Takarakuji de 40-oku Atattandakedo Isekai ni Ijuu Suru
81 Stories: Rock Crushing Plans
バーナーワークショップでの買い物を終え、次に一良は屋敷にいる間に調べておいた、手押しポンプの製造と販売を手がけている会社の応接室へとやってきていた。
市街から少し離れた場所にあるこの会社は、会社の規模こそあまり大きくはないが、深井戸用の本格的な手押しポンプからガーデニング用のアンティークポンプまで、幅広い商品を取り扱っているらしい。
一良が通された応接室の本棚には、手押しポンプと井戸掘りの歴史を記したハードカバーの本が何冊か置かれていた。
本の著者名の欄にはこの会社の名前が併記されているので、この会社が監修して本を作り上げたのだろう。
本棚から1冊抜き取り、ソファーに座って出されていたお茶を啜りながら、ぱらぱらとめくって流し読みしてみる。
本の内容は時代ごとの井戸の構造や掘り方、そして井戸にまつわる仕事の歴史と、読んでいて飽きがこないようにと考えて書かれているようだった。
このあたりの地域の民族史も交えて解説がされており、とても読みやすい。
しばしの間一良が本を読みふけっていると、部屋の戸がノックされた後に作業服を着た中年の男が入ってきた。
男は懐から名刺を取り出すと、腰を折って一良に挨拶をする。
一良も反射的に立ち上がり、名刺を受け取りながら頭を下げた。
名刺には課長という肩書きが記載されていた。
「この度はご来社いただきありがとうございます。手押しポンプの購入と、井戸掘りについてご相談があると伺っていますが?」
「突然お伺いしたにも関わらず、ご対応いただきありがとうございます。どうしてもプロの方にご相談したいことがありまして……」
課長に促されて再び椅子に座ると、一良はイステリアで問題になっている井戸水についての説明をする。
説明した内容は、イステリアの井戸掘り職人から聞いた内容そのままだ。
掘った場所から出てくる水の性質が悪く、その水を使って洗濯をするとタオルが真っ赤になってしまうといったことを、掘リ進めた土の具合も合わせて説明を行う。
一良の説明を頷きながら聞いた課長は、「なるほど」と頷くと口を開いた。
「恐らく志野様が掘った井戸から出た水は、鉄分が多くて使い物にならない『カナケ水』と呼ばれるものです。水が出始めた土は『ヤマズナ』と呼ばれる砂の層でして、その層から出る水はあまり性質が良くないんですよ」
課長の説明によると、イステリアで掘られている井戸の深さと土の具合では、そのような鉄分を含んだ質の悪い水が出てしまうことが多々あるらしい。
そういった井戸は雨が降ると水が濁って水位が上昇し、柄杓ですくえるくらいにまで水位が上昇することもあるという。
だが、逆に雨が少ないと井戸自体が枯れてしまうこともよくあり、水を得るには不安定な井戸とのことだ。
一良が説明したイステリアの井戸の具合から課長が察するに、ヤマズナの下にある岩盤の層を突き抜けると『ウミズナ』といわれる細かい砂の層があり、そこからは良質な水が安定して湧き出すだろうと教えてくれた。
ちなみに、岩盤の上から出た水の事は『ウワミズ』というらしい。
「なるほど、では、その岩盤を何とかして砕いて掘り進めればいいわけですか」
「恐らくは。または掘る位置をずらして、岩盤が無い位置を探せばいいと思います。志野様が掘った井戸の場所を教えていただければ、有償で地層を調べることもできますが、いかがでしょうか? 我々どもで工事を代行することもできますが」
「あ、いや、そこまでは大丈夫です。全部自分たちでやってみたいんで、必要な道具だけ売っていただければ何とかやってみます」
一良がそう言うと、課長はうんうんと頷いた。
「そうですかそうですか。井戸掘りはロマンですからねえ。是非頑張ってみてください。必要な道具と手順はお教えできますので、うちで揃えていって頂ければと思います」
「ありがとうございます。あと、この本も一緒に買っていきたいんです。読んでいたらはまっちゃって」
「おお、そうですか。それは社長が執筆した本なんで、きっと今の言葉を聞いたら喜びますよ」
そんなこんなで、一良は井戸掘りのプロから説明を聞きながら、手押しポンプと合わせて道具を揃えることとなった。
一良が購入した井戸掘り道具は、削岩用のガソリン式エンジンブレーカーが1機、打ち抜き井戸用の小型井戸掘り機が2機、青銅製手押しポンプ(色合いに味があるので割りと人気の商品らしい)が2機、採掘中に送風に使うためのエアーコンプレッサーが1機だ。
購入した品物は重量があるため、運送会社に頼んで直接屋敷にまで運んでもらう手はずになっている。
エンジンブレーカーとは、装置の先端に付いた金属製のノミを岩盤に押し当てて、振動による打撃力で岩を粉砕する装置のことだ。
大きさは直径80センチほどもあり、本体の重さも20キロ以上ある代物だが、ガソリンエンジン搭載ということもあって取り回しもしやすく、打撃力もすさまじい。
もっと小型のコンクリートハンマーという道具も紹介されたのだが、イステリアにはガソリンをドラム缶で持っていってあるので、せっかくだからパワーの大きいものにしようと、より大型のエンジンブレーカーを購入した。
小型井戸掘り機とはその名の通り井戸を掘るための道具で、この会社で扱っている道具は20センチ程度の小さな穴をひたすら掘り続けるものだった。
作業の仕方としては、まず地面に突き立てた筒状の井戸掘り機の持ち手を捻って回転させて土を掘る。
その後、井戸掘り機を穴から引っ張り出して、掘った土を外に捨てるのだ。
掘った土は井戸掘り機の中に納まるのだが、井戸掘り機の先端には弁がついていて土が落ちてしまうことは無いので、この作業を繰り返せばいくらでも深く穴を掘り進むことができる。
ただし、固い岩盤に当たるとお手上げな上に、井戸掘り機を引き上げるのは人力なので、掘れる深さにもおのずと限界がやってくる。
掘れる深さは井戸掘り機を引き上げられる限界までということになるだろう。
今回買ったエンジンブレーカーはすさまじい騒音を発するので、もし実際に使う場合はイステリアの外の人気の無い場所になる予定だ。
川から離れた場所に農地を作る場合などには活躍するだろう。
小型井戸掘り機は岩盤が無い場所ならば役に立つはずなので、街中であちこち試し掘りするのにはうってつけである。
騒音の心配をする必要がない上に、掘るスペースも小さくてすむので、多少時間はかかるが目立たず作業ができるはずだ。
この他にも、使われずに社内にほったらかしにされていたという超鋼製の石ノミを1つ譲ってもらった。
元々はホームセンターで買って来ようと考えていたのだが、ホームセンターでは削岩用の石ノミは売っていないらしい。
どうしてもイステリアの街中で岩盤を貫通させなければならなくなった場合にはこういったアナログな道具が是非欲しいところだったので、課長にお願いして30本ほど都合をつけてもらう事にした。
注文した数が多かったため、「そんなに買ってどうするのか」と聞かれたが、世話になっている知人に配り歩くと言って誤魔化した。
手作業で少しずつ岩盤を砕いていくのでかなり時間はかかるが、石ノミと金槌ならば目立たずに作業が進められる。
現在使用されていると思われる青銅製の石ノミよりも削岩作業の効率は格段に上がるだろうが、道具の紛失などには絶対に気をつけなければいけないし、作業に当たる人員の選定にも気を配る必要がある。
いっそのこと鉄の製法を教えてしまえば楽になるのだろうが、鉄の発見は古代史では革命的な出来事だったはずなので、思いつきで製法を伝えてしまうのはまずいだろう。
もっとも、周辺国との状況によっては鉄の製法を投入したほうがよいという可能性もあるので、イステリアに戻ったらそのあたりについてもナルソンかジルコニアにしっかり話を聞いたほうがよさそうだ。
他国で既に鉄が作られているような状況であれば、遅かれ早かれアルカディアでも鉄が作られる時代はやってくるはずなので、なおのこと一良の手で製法を伝授してしまっても構わないだろう。
もし鉄の製法を伝えることになった場合に備えて、製鉄技術の書籍も買い集めておいたほうがいいだろう。
購入したこれらの機械の他にも、明治時代に使われていたという手回し式送風機の設計図のコピーと、昭和初期に日本中で使われていたという手押しポンプの設計図のコピーももらった。
これらの設計図さえあれば、多少手間はかかるかもしれないが、イステリアで道具の量産も可能になるだろう。
「沢山ご購入いただきありがとうございます。何かあった場合はいつでもご相談に乗れますので、ご連絡いただければと思います」
「ありがとうございます。そのときは是非お願いしたいです」
こうして井戸掘り道具と各種設計図を無事入手し、一良はポンプ会社を後にした。
その日の夜。
一良は市街のビジネスホテルに飛び込みで宿泊していた。
ベッドに腰をかけて大学ノートを開き、本日こなした作業の項目にボールペンで取り消し線をつけていく。
本日行った作業は、ガラス関連の品物の購入、井戸掘り関連の道具の購入、粉挽き機や脱穀機などの農業機械の設計図の収集、そして氷室の資料の収集だ。
ポンプ会社を出た後、一良は街中にある郷土資料館で粉挽き機などの資料を買い集め、それらの機器の設計図や民族史の資料を入手した。
その後、あちこち車を走らせて、氷室についても資料をかき集めることに成功した。
書籍で補えない部分の情報はネットカフェでインターネットを使って収集し、備え付けのプリンターで印刷してファイリングしてある。
氷室や農業機械については専門業者に直接話を聞きに行かなければならないかと考えていたが、かなりの量の資料、それに設計図自体を手に入れることができたので、とりあえずは専門業者を尋ねる必要はないだろう。
氷式の家庭用冷蔵庫の製造方法も調べたいところだが、冷蔵庫の出番はまだ当分先になるはずなので、時間的な問題から今回は手を出すのは止めておいた。
ちなみに、集めた資料や設計図は、バレッタも見たがるだろうと考えて全て2部ずつ用意した。
「本当に今日は疲れたな……いや、今日も疲れたが正しいか……」
大学ノートを膝に置いたままベッドに仰向けに倒れこみ、天井を眺めながら一息つく。
明日も色々と動き回らなければならないが、残っているのはバレッタに頼まれた書籍や道具の購入、そして自分用の食料品や書籍、家電などの調達だけだ。
明日の午前中には屋敷に発電機と井戸掘り道具が届くので、買出しは午後からとなるだろう。
「あー、そういえばバターの作り方も調べておかないとな……あと遠心分離機か。あれって何処で買えるんだろうか」
そんなことをぼやきながらしばらく一良がぼーっとしていると、ポケットの携帯電話から着メロが響いた。
ポケットから取り出して相手を確認してみる。
かけてきたのは、父親の真治だった。
「もしもし」
「おう、一良か。頼まれてた銅と錫、それにプロパンのボンベだが、明後日の午前10時に屋敷に届くぞ。材料の形は丸棒でお願いしておいたが、それで構わないな? 一応金ノコも付けておいたが」
「うん、ありがと。助かるよ」
何とか予定日数内に材料の都合がつき、一良はほっと息をついた。
金属材料の調達にはどれくらいの時間がかかるのか一良は把握していなかったので心配していたのだが、取り越し苦労で済んだようだ。
金ノコもあるのならば、材料の切断も容易だろう。
「あと、その……何か危ない目にとか遭ってないよな? 面倒なことに巻き込まれたりとか……」
「んー? 危ない目にはまだ遭ってない……少しあったか。面倒なことは……まあ、仕方が無いっちゃあ仕方がないことなんだけど……うーん」
奥歯に物の詰まったような言い方をする真治に、一良も煮え切らない返事を返す。
お互いの言いたいことが分かっているような分かっていないような、微妙な会話だ。
「……なあ、今、お前には」
「うん?」
「……いや、すまん。何でもない。また何かあったらいつでも連絡してこい」
「え、ちょっと」
突然通話の切れてしまった携帯電話に、一良は「なんなんだよいったい……」とつぶやいた。