Takarakuji de 40-oku Atattandakedo Isekai ni Ijuu Suru

116 Stories: Late Night Tea Party ③

 数日後の夜。

 氷室と氷池の工事視察を終えてイステリアに帰還した2人は、一良の部屋でテーブルを囲んでいた。

 現在時刻は24時を回っているが、まだ屋敷に戻ってきてから30分も経っていない。

 当初、長旅で疲れていた一良は、すぐに風呂に入って寝るつもりだった。

 だが、屋敷に近づくにつれてジルコニアがそわそわし始めたので、もしやと思ってカキ氷を食べるか聞いてみた。

 彼女はその言葉を待っていたと言わんばかりに「食べます」と即答し、今に至る。

「冷たくて甘くて美味しいです」

 一良の対面で、ジルコニアは嬉しそうにイチゴ味のパックカキ氷を頬張っている。

 よほど気に入ったのか、頬が緩みっぱなしだ。

 対する一良は、テーブルの上に広げた製粉機の図面をじっと見つめていた。

「本当はその氷よりも細かく削ったやつに、色んな味のシロップをかけるんですけどね」

 製粉機と違い、カキ氷機は氷を上から押さえつけて刃に押し当てる必要があるが、構造は簡単だ。

 要は回転する氷に刃が当たって削れればいいだけなので、刃の角度さえ気をつければ他は大雑把な造りでも大丈夫だろう。

「もっと細かくですか。どうやって削るんです?」

「刃物を固定した板の上に氷を載せて、それを上から押さえつけるようにして……」

 カキ氷機の説明を、ジルコニアはふむふむと氷を頬張りながら聞く。

 料理に特殊な道具を用いるという発想が面白いのか、とても感心している様子だ。

「なるほど、便利な道具ですね。氷の代わりに肉とか野菜を挟めば、料理がすごく楽になりそうです。包丁で刻むのはとても手間ですから」

「そういえば、この国で料理に使ってる道具ってどんなものがあるんです? 包丁とかおたまくらいしか見たことないんですけど」

「道具ですか? すり鉢と穴あきボウルと……調理場に行けば、たいていの物はあると思います。行ってみましょうか」

 パック氷を手にしたまま、上機嫌な様子でジルコニアは立ち上がった。

「あ、なんかすみません。行ったついでにお茶でも作りますかね」

 つられて一良も立ち上がると、自分のパックカキ氷と近くにあったティーセット入りの木箱、そしてリポDを手に取った。

「お湯を沸かしますね」

 調理場に着くと、ジルコニアは竈の炭を掘り起こして鍋に水を入れた。

 そして、棚から料理道具を取り出し、大きな調理台の上に並べていく。

 その間に、一良は近くにあった丸椅子を2つ、調理台の前に運んだ。

「包丁とのし棒とおたまと……このあたりは普段からよく使うものですね」

 一良は何度かマリーと一緒に料理をしたことがあるが、その時は刻んだ野菜をレトルト食品に混ぜるといった程度のことしかしていなかった。

 そのため、道具を色々と見るのはこれが初めてだ。

「この、雫型の陶器はなんですか?」

「それは計量器ですね。細かく砕いた木の実や、刻んだ香草などの乾物を量る時に使います」

「ふむふむ……この、ギザギザのついた四角い棒は何ですか?」

「硬いものを叩いて砕いたり、擦り潰す時に使います。あと、手際の悪い新人を折檻するのにも使いますね」

「え!?」

「ふふ、冗談です」

 一良と並んで調理台の前に座り、ジルコニアはカキ氷を食べながら調理器具の説明をする。

 よほど機嫌がいいのか、普段よりも態度が砕けた感じだ。

「これが果物を搾る時に使う穴あきボウルで、こっちは調理時間を計るための水時計です」

 日本でも見たことのあるものもいくつかあったが、歴史の教科書でしか見たことのないようなものもあった。

 穴あきボウルは木製のボウルに細かい穴がいくつも開けられているもので、日本でも同じ形のステンレス製の物が使われている。

 水時計は足の付いた青銅製の大きなボウルの底に穴が1つだけ開けられたもので、内側に目盛りがふってあった。

 目盛りの間隔は一定でなく、水圧によって変化する水の排出量も計算されているようだ。

「こうしてみると、色んな種類の道具があるんですね……あ、このカキ氷も食べていいですよ」

 カキ氷を食べ終わったジルコニアに、一良は自分のカキ氷を差し出した。

 まだフタを開けておらず、手付かずのものだ。

「あら、ありがとうございます。いただきますね」

 ジルコニアは遠慮なくそれを受け取ると、嬉しそうにフタを外す。

「そんなに気に入りました?」

「はい。今まで食べてきたものの中で、一番美味しいです」

「そ、そんなにですか」

「そんなにです」

 しゃりしゃりと音を立ててカキ氷を食べる彼女は、実に幸せそうだ。

 この分なら、一般市民に対して売り出しても大ヒットすることだろう。

「えっと、野菜を薄く刻む時って、簡単にできる道具ってあるんですか?」

「そういった道具はないですね。手でまな板に食材を押さえつけて、包丁で切るのが普通かと思います」

「なるほど……スライサーっていう、野菜を薄く切る道具があるんですが、それを作ってみましょうか」

「先ほど説明していただいた、カキ氷機みたいな道具ですか?」

「あそこまで大掛かりな道具じゃなくて、板の中に刃を取り付けただけの簡単な道具です。野菜を押し付けて前後に動かせば、刃の隙間から薄切りされた野菜が出てくるんですよ」

 一良が説明すると、ジルコニアはふむふむと頷いた。

「それなら簡単に作れそうですね。主婦や料理人に人気が出そうです」

「あと、おろし金っていう、いくつも開けた穴に細かい突起を付けた道具も作りたいですね。硬い野菜を磨りおろす時とか、かなり便利ですよ」

「色々な道具があるのですね。これが文化の違いというやつでしょうか」

「そうですね。場所によって、道具も違いが出ますよね」

「カズラさんは、普段から料理をされていたのですか?」

「一時期ハマってやってたこともありましたけど、だんだん面倒に……」

 一良はそこまで話し、何やらまずいことを話させられそうになっていることに気づいて言葉を止めた。

 ジルコニアは特に気にした様子もなく、にこにこと微笑んでいる。

「まあ、そうなのですね。でも、男性の1人暮らしだと毎食外食で済ませるような人も多いですから、自分で作るなんて偉いです」

「え、ええと……ジルコニアさんも料理はするんですか?」

「結婚するまでは毎日していましたよ。でも、最近はめっきりやらなくなりましたね……たまにはやらないと、包丁の持ち方を忘れてしまいそうです」

「あ、そうなんですか。調理道具のある場所がすぐに分かってたんで、時々やってるのかと思いました」

「昔、兵舎で使用人に混ざって料理の手伝いをしていたことがあるんです。そこと道具の配置がほとんど同じだったので、すぐに分かりました」

 そんなことを話しているうちに、お湯が沸いた。

 すぐにジルコニアが席を立ち、竈から鍋を取る。

「そういえば、リーゼもけっこう料理が上手なんですよ」

 ハーブ入りのティーポットにお湯を注ぎながら、何気なくジルコニアが言う。

「あ、やっぱりそうなんですか」

「あら、ご存知でした?」

「この間グリセア村から帰ってきたら、部屋のテーブルにクッキーが置いてあったんです。わざわざ作っておいてくれたみたいで、とても美味しかったですよ」

 一良がそう言うと、ジルコニアは嬉しそうに微笑んだ。

「リーゼはエイラから料理を習っているらしくて、たまにお菓子を作ってくれるんです。夜勤の兵士にも時々配っているみたいで、評判がいいんですよ」

「そうだったんですか。本当にマメですね……」

「ええ。その辺の貴族の娘みたいにお高くとまっているといったこともないですし、本当にいい娘だと思います。仕事ぶりも真面目で機転も利きますし、それでありながら相手を立てるということをちゃんと心得ていますし」

「確かに、それはありますね」

「あんなにいい娘、なかなかいないと思いますよ。あの娘と結婚する人はとても幸せだと思います」

「そうですね」

「カズラさんは、ご結婚はされているのですか?」

「え? してませんが……」

 何やらものすごい勢いでリーゼを持ち上げ始めたジルコニアに、一良は若干気圧されながらも返答した。

 にこにことかわいらしく微笑んではいるが、その笑顔が逆に怖い。

「まあ! それでしたらぜひリーゼを……」

「ジルコニアさんはどういった経緯でナルソンさんと結婚したんですか!?」

 このままではまずいと、ジルコニアの台詞を食い気味に一良が言った。

 とっさに思いついたまま口にしたのだが、話題を変えられれば何でもよかった。

 ジルコニアは突然話を振られ、きょとんとした表情をしている。

「経緯ですか?」

「はい、前にジルコニアさんは元平民だって言っていたので、貴族のナルソンさんとどういう馴れ初めがあったのかなって」

「ただの政略結婚ですよ」

 なんでもないことのように、さらりとジルコニアは言った。

 一良はリアクションをとることができず、思わずジルコニアの顔を見返してしまう。

「あの時……10年前の戦争開始直前のことですが、この国には旗印が必要だったんです。開戦間近と噂のたっていたあの時期に、平民が領主と結婚して軍を率いれば、民は貴族に従うだけの戦いではないということに気づきます。あの時私がナルソンと結婚することは、この国にとって必要なことだったんです」

「……」

 どう反応していいのか分からず、一良は押し黙ってしまった。

 その様子に気づき、ジルコニアは困ったように微笑んだ。

「ごめんなさい。色気のない話で」

「い、いえ……あの、どうしてジルコニアさんだったんですか? 他に候補はいなかったんですか?」

 あまり聞いてはいけない内容にも思えたが、我慢できずに一良は問いかけた。

 今ここで聞かねば、もう聞く機会はないだろうと感じたからだ。 

「候補者は野盗に扮したバルベール軍に襲われた村の出身者に限られていたようですが、皆が心の傷が深すぎたり、小心者すぎたりでダメだったようです。幸い私は図太いというか、そういったことはなかったので、声をかけられたみたいですね」

「……ごめんなさい」

 そこまで聞き、一良はとんでもないことをしでかしたと後悔した。

 前に氷池の建設地でリーゼから聞いた話や、自室にジルコニアを呼んだ際に異常に怯えていたことの辻褄がようやく合った。

 彼女は自らのことを図太いと言ったが、きっとそれは嘘だろう。

「いえ、いいんですよ」

 ジルコニアは微笑むとティーポットを手に取り、2つのティーカップにハーブティーを注いだ。

 それの1つを手に取り、ハーブの優しい香りに表情を綻ばせる。

「次の戦争が終わったら、私はイステール家を出て平民に戻るつもりなんです」

「……え?」

 予想外の台詞に一良が聞き返すと、ジルコニアは一良に視線を移した。

「私があの娘の母親でいられるのは、その時までです。それまでに、良縁に恵まれてくれたらと思って」

「あ、あの、どうしてイステール家を出るんですか?」

「元々、そういう約束でしたから。それに、私には貴族なんて向いていませんし」

「その……行くあてはあるんですか?」

「一応、『帰っておいで』と言ってくれた人がいます。厚かましいですが、そこにお世話になろうかなと思っています」

 どう返せばいいのかと一良が口ごもっていると、ジルコニアは先ほどと同じ笑顔を一良に向けた。

「それで、どうですか?」

「え、何がです?」

「リーゼなら、とても素敵なお嫁さんになると思いますけど」

「いや、あの、何を言ってるんですか」

「今なら一緒にエイラも付けますよ」

「だから、付けるとか付けないとかじゃなくてですね」

「足りないようでしたら、私も付けましょうか? マリーも付けます?」

「あの、私の話聞いてます?」

 途端にほぐれた場の空気に話はぐだぐだになり、その後も深夜まで2人は雑談に興じていた。

 ジルコニアはハーブティーやリポDの効果で体力全快になったが、一良は完全に寝不足になった。