Takarakuji de 40-oku Atattandakedo Isekai ni Ijuu Suru
121 Stories: Iron and Agitation
エイラに連れられて、一良とバレッタは4階に用意された部屋にやってきた。
着替えや日用品などの荷物は部屋に運び込んだが、他のものは広場の荷馬車に置きっぱなしだ。
それらの荷物は、明日の朝に1階の別室に運び込む予定である。
「カズラ様、給仕はいかがいたしますか?」
「あ、勝手にやるんで大丈夫です。何かあったら呼びますんで」
「かしこまりました」
エイラが扉を開け、先にバレッタが部屋に入る。
「あの……」
続いて一良も部屋に入ろうとすると、エイラに声をかけられた。
「ん、どうしました?」
「……いえ、何でもありません。失礼いたしました」
よく分からない態度を取るエイラに小首を傾げながらも、部屋に入る。
扉を閉めて顔を上げると、先に入っていたバレッタと目が合った。
どことなく、不安そうにしている様子が見て取れる。
新しい環境に緊張しているのだろう。
「どうぞ座ってください。夕食にしましょう」
「はい」
向かい合わせで席に着き、並べられている料理を見やる。
焼き魚や野菜など、いつもナルソンたちが食べているような内容のメニューだ。
「あ、しまった。マリーさんが屋敷にいなかったから、料理の食材がこっちのものだけだ」
「カズラさんの食事は、マリーさんが用意しているんですか?」
「ええ、朝から晩まで、全部用意してもらってます。彼女、料理がすごく上手なんで助かってますよ」
最初のうちは缶詰料理に肉や野菜を足して再加熱するといったものばかりだったが、慣れてくるにつれてマリーは色んな料理を作ってくれるようになった。
小麦と肉でミートパイを焼いてくれたり、リクエストに応えてチャーハン(卵はこちらの世界のもの)を作ってくれたりと、レパートリーは広がり続けている。
最近のヒット作は、果物の缶詰とこちらの世界の果物を合わせて度数の高い酒に砂糖を混ぜた『なんちゃってフルーツポンチ』だ。
「そうなんですか……あ、あの、もしよければ、私にもカズラさんの食事を作らせてもらえませんか?」
「えっ、いいんですか!?」
「はい、包丁は毎日使っていたくて。腕が鈍ったら困りますし」
「うわー、嬉しいなぁ。ぜひお願いしたいです。後でマリーさんに言っておきますね!」
「はい、お願いします」
とても嬉しそうにしている一良に、バレッタはにっこりと微笑んだ。
こちらに来たら自分が一良の食事を作るのだと、前々から強く決心していたのだ。
他においては無理を言うつもりはあまりなかったが、これだけは譲れなかった。
「あ、でも、マリーさんは私の専属料理人兼従者って扱いになってるんですよ。料理担当から外すと彼女の立場がまずいことになるんで、一緒に料理するか代わりばんこってかたちにしてもらえると」
「そうなんですか……分かりました。彼女と相談しますね」
「バレッタさんの作る料理は本当に美味しいからなあ。いやあ、楽しみだ」
「えへへ、期待しててください。もしよかったら、今から何か作ってきましょうか?」
「んー……いや、それだとこれを作ってくれた人に悪いですし、このまま食べることにします。後で何か缶詰でも食べれば平気なんで」
「あ、缶詰ならたくさん持ってきてますよ」
バレッタは席を立つと、持ってきた箱を開けて中から桃缶を取り出した。
「家にあった桃缶はほとんど持ってきちゃいました。確か30個くらいあったかな」
「バレッタさん、本当に桃缶好きですよね……そういえば、空き缶とかかなり溜まってるんじゃないですか? 今度日本に持って帰らないと」
「村の空き家にまとめて置いてあるんで、大丈夫ですよ。それに、使い道も色々とありますし」
「使い道? 鉢植え代わりにするとかですか?」
「えっと……まあ、そんなところですね」
バレッタは棚から銀皿を取り出すと、缶詰をあけてテーブルに持ってきた。
カロリーが摂取できて満腹感が得られればいいので、用意された料理を食べながら桃缶をつまめばとりあえずはいいだろう。
2人して『いただきます』をし、料理を食べ始める。
「村はどんな様子ですか? 駐屯部隊の人たちとは上手くやってます?」
「はい、みんなすごくいい人たちで、村のみんなとも打ち解けて仲良くしてます。最近は村の外で畑も作り始めてて、水路の脇が豆畑になっていますよ」
駐屯部隊の近衛兵たちは全員が予備役なため、年齢的に50歳近くの者が大半である。
元近衛兵ということもあり、経済的に裕福な者たちばかりだ。
楽隠居の暇な身分から久々の軍の仕事、しかも裕福な村の警備という半分休暇のような任務のため、皆が仕事を楽しんでいるようだった。
3ヵ月で半数が一旦任務を切り上げ、イステリアから新たにやってくる人員と交代する手はずとなっている。
「それはよかった。部隊の隊長はアイザックさんの従姉妹だと聞いていますが、バレッタさんは話しました?」
「シルベストリア様ですね。あの方には毎日武術を教えてもらっていました」
「え、武術ですか? そういえば、昼間に武術も医術もとか言ってましたね」
「はい。剣術と槍術と、騎乗術を教えてもらいました。まだ習いたてなんで、へたっぴですけどね」
そう言って微笑むバレッタの手を見てみると、右手に持っているフォークの隙間からマメが潰れたような痕が見えた。
ちらりと見ただけで分かるような傷があるのなら、おそらく手のひらはマメだらけになっているのだろう。
「でも、これからも頑張って特訓して腕を磨くつもりです。何かあったら、これからは私がカズラさんを守りますね」
「おお、ありがとう……って、何か情けないですね。普通、言う立場が逆なんじゃないだろうか」
「そ、そんなことないですよ! 今までは私がカズラさんに守ってもらってましたから、そのお返しです!」
少し慌てたように言うバレッタに、一良は笑ってしまった。
以前は米袋すら持ち上げられないような非力少女だったのに、ずいぶんと頼もしくなったものだ。
あまりにも頼もしすぎて、逆に自分の非力さが際立つような気さえしてきてしまう。
技術力といいやる気といい、太刀打ちできるような気がしない。
「医術はどんなことを学んだんです?]
「基本的に本の丸暗記ですけど、山で捕まえた動物を使って解剖や手術もしてみました。人間では試したことがないんで、今度街のお医者さんに習いに行かないと」
「か、解剖に手術ですか。よくできますね……」
「本当に難しかったですよ。生きたまま足の切断と縫合とかも試してみたんですけど、血管の止血に使う鉗子(かんし)(ハサミのような形状の止血用の道具)が作った分だけじゃ足りなくて……」
「道具まで自作したんですか」
「はい、青銅を加工して作ったんで、比較的簡単でした。それで、鉗子が使えない血管は糸で縛ってなんとかしたんですけど、解剖学の図譜と違って神経の色が白塗りされてるわけじゃないので探すのに手間取って……筋肉の縫い合わせと皮膚の縫合もイマイチだったし、まだまだ修行が足りないです」
「あの、生きたままそんなことやったら、その動物は痛みでかなり暴れたんじゃないですか?」
「あ、それは大丈夫でした。麻酔を使ったんで」
「え、麻酔?」
「はい、麻酔です」
怪訝な顔をしている一良に、バレッタが頷く。
「精油のカモミールの原液を染み込ませた布をたっぷり嗅がせて、手術に使った部屋にはラベンダーを焚いておいたんです。半ば意識を混濁させることができたみたいで、ほとんど暴れなかったですよ。私もリラックスして執刀できたんで、とても助かりました」
カモミールには鎮静と鎮痛の作用があるので、バレッタはそれを麻酔として応用できないだろうかと考えたのだろう。
精油の効果が強く出る、こちらの世界の生物だからこそ使える芸当だ。
ちなみに、原液を直接長時間かぐという行為は刺激が強すぎて危険なので、普通は行ってはならない。
「そりゃすごい……でも、それって私には効かなそうですね」
「そうですね。もしカズラさんに手術をすることがあったら、タオルでも噛んで我慢してもらうしかなさそうです」
「それ、痛みでショック死しますって……」
ぶるっと身を震わせる一良に、バレッタがくすくすと笑う。
「カズラさんは、何か変わったことはありませんでしたか?」
「私のほうは特には……あ、そうだ、1つ……いや、2つ相談したいことがあるんですよ。1つ目は、イステリアに掘ってる井戸のことなんですけど」
「井戸ですか。確か、街中でたくさん穴を掘って岩盤がないところを探してるんでしたっけ」
「ええ。それで、今日までに150カ所も井戸掘り機で掘ったんですけど、水が出たのが5カ所しかなくて……水が出た場所の特徴も見当たらないし、このままだとがむしゃらに掘り続けるしか手段がないんですよね。なんとか岩盤がない場所を見つける方法はないかと思って」
バレッタは話を聞くと、口に手を当てて「うーん」と唸った。
「水の出た場所は、水量は豊富でしたか?」
「ええ。水脈に達するとすぐに水が染み出してきて、周りを広げれば安定して汲みだせるような感じでしたね」
「水の出た深さはどれくらいですか?」
「8メートルから10メートルってところですかね」
「10メートルいかないくらいですか……うーん」
バレッタは少しの間考えていたが、ぽん、と手を打つと、席を立って壁際の棚へと向かった。
中から銅製のコップを1つ取り出し、席に戻る。
「これを使ってみるのはどうでしょうか」
「これって、コップを使うんですか?」
用途が分からず首を傾げる一良に、バレッタが頷く。
「夜のうちに、これから井戸を掘ろうとしている場所にこのようなコップを伏せておいてみてください。朝になってコップの内側に水滴が溜まっているものがあったら、その下には水脈があるかもしれません」
「ま、マジですか。そんな方法初めて聞きましたよ。よく思いつきましたね」
「あ、私が考えたんじゃないですよ。井戸掘りの歴史の本に、確かそう書いてあったんです」
「え、本当ですか。あの本は確か本棚に……」
一良は席を立って本棚に向かうと、井戸掘りの歴史の本を引っ張り出した。
バレッタに手渡すと、ぱらぱらとページをめくってすぐに該当箇所を見つけ出した。
ページ番号まで暗記しているらしい。
「ここです。『夜のうちにコップを伏せておいて、朝になって内側に水滴がついていたら、その地下には水脈があるといわれている』……確実に水脈があるって断言はされてないですね。外れるかもしれないです」
「なるほど、こんな方法があったのか。前に読んだ時は、必要なことが書いてある場所だけぱぱっと読んだだけだったからなぁ……ていうか、よくページ番号まで覚えてましたね。何か覚えるコツでもあるんですか?」
「コツですか? 見たものをそのまま覚えておくだけなんですけど……あ、写真と同じですよ。見たものを写真に撮っておいて、頭の中に置いておく感じです」
「うん、そんなの絶対無理です。バレッタさんしかできないです」
「そ、そうですか? そうなのかな……」
げんなりとしている一良に対し、バレッタは少し戸惑っている様子だ。
一良は気を取り直すと、もう1つの相談をすることにした。
「あと、もう1つ相談したいことがあるんです。そろそろ製鉄技術の導入について、本気で検討しないといけないなと思って」
一良がそう言うと、バレッタの表情に緊張が走った。
「それは、経済力の底上げのためですか?」
「それもあるんですけど、一番の理由は4年後に始まるかもしれない戦争なんです。前回は痛みわけで終わったと聞いてますが、次の戦争はもっと厳しい戦いになるかもしれないらしくて。なんでも、東のクレイラッツが裏切るかもしれないとか」
「えっ、裏切るって、クレイラッツは同盟国ですよね? それなのにどうして……」
「私もジルコニアさんから聞いただけなんで詳しくは知らないんですけど、どうもバルベールがクレイラッツに接触してるんじゃないかって話で……もしそうなれば、アルカディアはバルベールとクレイラッツを相手にして2正面で戦うことになります。そうなっては敗北は必至なので、やれるだけのことはやってしまおうと思って」
「それは、軍事的に協力するということですか?」
「それしか方法がないようなら、やらざるを得ないですね。この国を滅ぼさせるわけにはいきませんから。それに、もしかしたらバルベールは、もう……」
一良はそう話しながら、バレッタが不安げな表情で自分を見つめていることに気がついた。
怖がらせてしまったかと思い、安心させるようにやさしく微笑む。
「大丈夫ですよ、きっとなんとかなります。バレッタさんもグリセア村も、必ず……」
「カズラさんは」
言いかかった一良の言葉を、バレッタが遮った。
「カズラさんは、軍事協力することに不安は感じないんですか? 技術や道具を与えることによって、間接的にたくさんの人を殺すことになるかもしれないんですよ?」
予期せぬ質問を受け、一良は一瞬きょとんとした。
だが、バレッタがいつになく真剣な表情になっていることに気づくと、再び柔らかく微笑んだ。
「そりゃあ、自分のせいで大勢の人が死ぬ姿なんて見たくないですよ。でも……」
一良は言葉を一旦区切ると、手元に目を落とした。
バレッタは黙って、その言葉の続きを待つ。
「親しい人たちの命が関わってくるとなったら話は別です。正直な話、バレッタさん1人の命と、何十万何百万といるバルベールの人びとの命のどっちを取るかと問われたら、私は迷わず前者を取ります。会ったこともない彼らが死のうがどうしようが、そんなの知ったことじゃありません」
「……」
迷いなく言い切った一良を、バレッタはじっと見つめた。
その視線を受け、一良は困ったように苦笑する。
「人でなしですかね、私は」
「そんなことないです。私だって……同じです」
そう言いながらも、バレッタは切なげな表情でうつむいてしまった。
お互い言葉を発さず、短い沈黙が流れる。
「……まだ戦争が始まると確定したわけではないですし、そこまで悲観するような状況ではないと思っています。ただ、万が一に備えて技術の支援は必要かなと。それと、出し惜しみも与えすぎもどっちも悲惨な結果になるような気がするんで、技術の選択は慎重に行いたいところです」
一良がそう言うと、バレッタは顔を上げた。
「戦争が起こらないならそれに越したことはないので、戦わなくて済むように何とかしたいところですね」
「……そうですね。できれば、戦争なんかしたくないです」
そう寂しげに言うバレッタに、一良は言葉を詰まらせた。
彼女自らの意思とはいえ、イステリアでのごたごたに巻き込まないと決めていた人を巻き込んでしまったことは事実なのだ。
だが、今さら村に追い返すようなことなどできるはずもないし、彼女もそれは望まないだろう。
「……そんなわけで、後ほど製鉄技術の導入について、バレッタさんにも意見を出して欲しいんです。炉の作り方とかも私だけだと不安なんで、手伝ってもらえると助かります」
「はい。炉は村でも1基作ったので、お手伝いできますよ。まだ数回しか使ってませんが、十分使用に耐えると思います」
「おお、さっそく作ったんですか。レン炉ですよね?」
「いえ、木炭高炉です。村の奥の畑を潰して建てました。水路を引いて水力式のふいごも付いてますよ」
「……え、レン炉じゃなくて高炉を作ったんですか!? ていうか、高炉に使った耐火レンガはどうしたんです? 持って行った分だけじゃ足りなかったでしょう?」
レン炉はそれほど大きいものではなく、高さが120センチほどしかない。
だが、木炭高炉は高さが10メートルちかくにもなる巨大なものだ。
日本から持って行った耐火レンガだけでは、どう考えても量的に足りない。
「実は、アイザックさんに材料を用意してもらって、自分でたくさん作っちゃいました。けっこう高品質のものができましたよ」
てへ、といったように微笑むバレッタに、一良は背筋に冷たいものを感じるのだった。
夕食後、一良は自室に戻ると、パソコンを起動した。
スキャナで取り込んでおいた戦時記録や外交記録を開き、目を通す。
「……やっぱこれって、向こうはやる気満々ってことだよな。やるしかないか」
パソコンの画面には、バルベールで3年前に行われた軍制改革についての資料と、蛮族との和平についての資料が映し出されていた。
資料によると軍制改革は成功を収めているようで、失業率は低下して治安も改善され、市民の支持率も向上しているらしい。
蛮族との和平も確実に広がりをみせており、最近では大規模な戦闘は発生していないようだ。
「しかもこれ、たぶん鉄作ってるよな……」
そう言いながら開いた別の資料には、バルベールでの木材生産量の急激増加について記載されていた。
一良は毎晩少しずつ時間を作っては、パソコンに取り込んだ資料を片っ端から読み漁っていた。
その時にこの情報についても見つけたのだが、これを目にしたのはほんの数日前だ。
時系列順に見ていこうと、資料を古い順に読んでいったのが原因である。
「休戦したのが4年前で、軍制改革が3年前。その頃から徐々に木材の生産量が増えてて、急激な増加が1年半前ってとこか。戦時中に錫が枯渇した時に代用品として製鉄技術を発明したけど、実用化が間に合わないと判断して休戦を申し出たと……それから1年でなんとか技術をものにできる目処が立って、これならいけると軍政改革に踏み切ったってところだろうな」
資料の隅には『大規模な錫鉱脈が発見されたと思われる』とメモ書きがされているが、木材生産量の異常な増え方から、製鉄を行っているのだろうと一良は踏んでいた。
先ほどバレッタと話した時にも口にしようとしたのだが、バレッタが怯えていると思い、言うのを取りやめたのだ。
新たな金属についての情報が資料に書かれていないとなると、相手は製鉄について秘匿してるということになる。
せっかく製鉄技術を確立したにもかかわらず、その存在を秘匿するとなると理由は1つしかない。
鉄の存在を想像すらしていないアルカディアを、鉄器の力で開戦と同時に一気に粉砕するつもりなのだろう。
「経済力をできるだけ上げて軍備もがっちり固めれば抑止力に……状況的に無理があるか。でも、開戦時期の先延ばしにはなるのかな……もしくは、開戦後に敵の主力を粉砕して、敵の再編が間に合わないくらいの速度で逆襲にかかれば有利な条件で講和が……うーん、俺素人だからなぁ。ナルソンさんに意見をもらわないとどうにもならないか。そういえば、エルタイルとプロティアって国はどうなってるのかな……」
一良はしばらくの間、ぶつぶつ言いながらモニターに向かっていた。