Takarakuji de 40-oku Atattandakedo Isekai ni Ijuu Suru

Story 131: Inside the straw shed.

 その頃、グリセア村のはずれでは、バレッタと職人たちがレンガ窯の前で一息ついていた。

 窯の中には生の耐火レンガが入れられており、今は乾燥のために200度近くまでゆっくり暖めているところだ。

 乾燥には半日かかり、そこから更に半日かけて1000度近い高温にまでゆっくりと熱しなければならない。

「乾燥が終わるのは夜中かい?」

「はい。そしたらまた半日かけて火力を上げて、温度を安定させます」

「その辺は普通のレンガと一緒なんだな」

「材料が違うだけですからね。他に違うのは温度管理くらいです」

 生レンガは大量に持ってきてあるため、しばらくの間はグリセア村で耐火レンガを製造することになる。

 元々バレッタたちが作った耐火レンガの備蓄もあるにはあるが、イステリアでレンガ炉を造るには数が圧倒的に足りないからだ。

 職人の何人かにはグリセア村に残ってもらい、村人たちと一緒に作業をしながら製作に慣れてもらう必要があるだろう。

 そんなバレッタたちのすぐ近く、薪が積まれている小屋の屋根の下では、リーゼとジルコニアが地面にしゃがみ込んで子供たちと一緒に真っ黒な団子状のものをこねていた。

「うう、手が冷たい。皆よく平気だね」

「本当、冷たすぎて痛くなってきちゃったわ」

 皆の手は真っ黒で、リーゼとジルコニアは時折手に息を吐きかけて暖めながら団子をこねていた。

 11月末ということもあって、時折吹く風はとても冷たい。

 そんななかで湿った団子をこねているので、手がかじかんで仕方がなかった。

「平気じゃないよ! でも楽しいよ!」

「たくさん作ると、お母さんが褒めてくれるの。これ、炭の代わりになるんだよ」

 作っている団子は炭団(たどん)という、木炭の粉を水とつなぎで丸めた燃料だ。

 乾燥させた後は木炭と同じように使うことができ、火力こそ強くはないが火の持ちがよく非常に燃費がいい。

 最近は山で炭焼きを行っているので、砕けてしまった炭がたくさん手に入るため材料には不自由しない。

 子供たちは作れば作るだけ大人に褒めてもらえるので、泥団子遊びの代わりに炭団作りをよくやっていた。

 ちなみに、今使っている木炭の粉は、木炭高炉の入口に落ちていたものをかき集めたものと、各家の火消し壷(炭化した薪の火を消すために入れる壷)の底に溜まったものを持ち寄ったものだ。

「リーゼ様、これも使っていいよ!」

 皆でせっせと団子をこねていると、1人の男の子が木のボウルにドロドロとした茶色い液体を持って走ってきた。

 お湯で溶いてあるらしく、ほかほかと湯気が立ち上っている。

 先ほどまでも別の子どもが持ってきた同じ液体を使って、炭団をこねていたのだ。

「わあ、ありがとう。これならたくさん作れそうだね」

 リーゼが男の子に微笑むと、彼は顔を赤くして照れたように笑った。

 すでにリーゼの笑顔の虜になっているようだ。

「そういえば これって何を溶いたものなのかしら? 少し変わった臭いがするけど」

 ジルコニアが男の子からボウルを受け取り、クンクンと臭いをかぐ。

「根切り鳥の糞(フン)だよ。それを水で溶いて炭と一緒にこねると、よく燃えるお団子になるんだってバレッタお姉ちゃんが言ってた」

「そ、そう。これ鳥の糞だったの……リーゼ? 大丈夫?」

「だ、大丈夫です……」

 手にべっとりと付いた半生状のものを見つめながら、リーゼはぷるぷると震えている。

 そんなことをやっていると、1人の村娘がやってきた。

 彼女はバレッタを見つけると、小走りで駆け寄る。

「バレッタ、ちょっと来てもらいたいんだけど、今平気かな?」

「うん、大丈夫だよ。どうかしたの?」

 バレッタが問うと村娘はちらりとリーゼに目を向け、すぐに視線をバレッタに戻した。

「作業でちょっと困ったことがあって。少し時間がかかるかも」

「ん、分かった。親方さん、ちょっと行ってきますね」

「おう。夜まで俺たちで火は見ておくから、その時来てくれればいいよ」

「すみません。お願いします」

 バレッタは親方にぺこりと頭を下げると、村娘と去って行った。

 そんな2人の後姿を、リーゼはじっと見つめている。

「どうかした?」

「いえ……」

 リーゼの視線を追い、ジルコニアも去っていく2人に目を向けた。

「カズラさんのこともあるし、私たちがあまりよく思われてないのは仕方ないわ。割り切るしかないわよ」

「いえ、そういうことではなくて……」

「リーゼ様、寒いなら俺の家に行く?」

 なおもいぶかしんだ視線を2人の背に向けているリーゼに、炭団をこねていた男の子が声をかけた。

 リーゼは男の子に笑顔を向ける。

「いいの? 迷惑じゃないかな?」

「そんなことないよ! 大丈夫だよ!」

 男の子はそう言うと立ち上がり、リーゼに手を差し出した。

 リーゼは一瞬きょとんとしたが、すぐにその手を取って立ち上がる。

「あ、いいなー! 私もリーゼ様と手つなぐ!」

「ぼくも!」

「俺も!」

 わいわいと歩いていくリーゼたちに続いて、ジルコニアもその後を追う。

 そしてふと、遠くに見えるバレッタたちの背に目を向けた。

「……うーん?」

 村娘の様子に何かおかしなところはあっただろうかと考えるが特に思い当たらず、ジルコニアは首を捻るのだった。

「ね、ねえ、どこに行くの? こっちには物置小屋しか……」

 早足で進む村娘の背に、バレッタは戸惑った声をかけた。

 てっきり武器や工作機械を作っている作業小屋へ向かうのだろうと思っていたのだが、村娘は作業小屋を素通りして村の端へと向かっている。

「いいから、黙って付いてきなって」

 村娘は問いには答えず、少しにやつきながら歩を進める。

 そうして暫し歩き、2人は麦藁が貯蔵されている古い物置小屋へとやってきた。

 小屋とはいっても村中の麦藁をすべて貯蔵しているためそこそこ大きく、湿気を抜くために屋根は高く藁葺(わらぶ)きである。

 換気窓も付いていてそれなりに立派なのだが、ずっと昔から使われている建物なために柱が少し傷んできており、そろそろ建て直しが必要な頃合だ。

「バレッタ」

 彼女は小屋の入口の前で振り向くと、真剣な表情でバレッタの両肩をがっしりと掴んだ。

「な、何?」

「チャンスだよ! 頑張って!」

「な、何を?」

 村娘は困惑しているバレッタから手を離すと、小屋の引き戸を開け放った。

「……カズラさん?」

 小屋の中に大量に積まれた藁に腰をかけている一良と目が合い、バレッタはきょとんとした表情になった。

「すみません、バレッタさん。急に呼び出しちゃって」

「え? え?」

 状況が飲み込めず、バレッタは村娘に目を向けた。

 彼女はバレッタと目が合うと、えいやとその背を押して小屋へと押し込んだ。

 ぴしゃりと戸が閉じられ、バレッタは困惑しながらも一良に向き直る。

「……はっ」

 そして一良と目が合った瞬間、バレッタは先ほどまでの村娘の態度の意味をようやく理解した。

 今自分は、薄暗い村はずれの物置小屋に一良と2人きりなのだ。

 どんな理由で呼び出されたのかは分からないが、状況的には千載一遇のチャンスといえる。

 この機を逃すな、そう彼女は言いたかったのだろう。

「どうかしましたか?」

「いえ! 何でもないです!」

 小首を傾げる一良に、バレッタは勢い込んだ返事を返す。

「ま、まあ、こっちに座ってください」

「はいっ!」

 バレッタはカクカクとしたぎこちない動作で一良の隣に歩み寄ると、積まれている藁の上にすとんと腰を下ろした。

 両手を膝に置き、緊張で強張った顔を前に向ける。

「藁ってずいぶんと暖かいんですね。バレッタさんに相談したいことがあるからこっそり呼び出して欲しいって彼女にお願いしたらここで待っているように言われたんですが、確かにここなら人もこないし暖かくて最適ですよね」

「はいっ! ばっちりです!」

「……あの、本当にどうかしましたか? 何かあったんですか?」

 あまりにも挙動不審なバレッタに、一良が困惑気味に声をかける。

「い、いえ! ……すーっ、はーっ……大丈夫です」

「は、はあ」

 無理矢理呼吸を整えて表情をとりなしたバレッタに、一良は困惑しながらも頷いた。

「それで、相談したいことなんですが……昨晩、ジルコニアさんに『自分にもグリセア村の人たちのような強力な力を与えて欲しい。そのために食べ物を分けて欲しい』って懇願されたんです。それで、どうしようか悩んでて」

「えっ、食べ物って……ジルコニア様は、食べ物の効果のことを知っているんですか? カズラさんが近しい相手にだけ祝福を与えて力を授けているって考えていたはずじゃ……」

 驚いたように言うバレッタに、一良が頷く。

「それが、どうやら自分で気づいてしまったみたいなんです。少し前に日本から持ってきたカキ氷を食べさせたことがあったんですが、その時に勘付いたのかなと。その時はばれないようにリポDも渡したんですが、それを彼女は飲まなかったんだと思います。あと、言い伝えがどうとかも言ってましたね」

「そう……ですか……カズラさんは、何て答えたんです?」

「どうして力が欲しいのか、力を得てどうするつもりなのかって聞きました。そしたら、彼女は……」

 そこまで言って、一良一瞬躊躇したように言葉を詰まらせた。

 ジルコニアから聞いた悲惨な生い立ちを、勝手に他人に話すことに若干の負い目を感じたからだ。

 だが、もとよりバレッタに隠し事などするつもりはない。

 すぐに気を取り直して、口を開いた。

「自分の故郷を襲った者たちに復讐する、そう言っていました。ジルコニアさんは元平民で、過去に生まれ故郷を野盗に扮したバルベール軍に襲われたことがあるそうなんです。その後ナルソンさんに政略結婚を持ちかけられて結婚したらしいんですが、おそらくその話を受けたのは復讐のためかと」

「……」

 それを聞き、バレッタは以前ジルコニアに武器製造の話を持ちかけて断られてしまった時のことを思い出した。

 あの時彼女がにべもなく断ったのは、おそらくこれが理由だったのだろう。

 先進的な武器は確かに魅力的だが、身体能力の強化は一良の協力無しでは不可能だからだ。

 バレッタの話に乗って勝手に武器を製造していることが一良にばれたら、信頼を失って力を得ることができなくなってしまう。

 きっと彼女はそう考えたのだろうと、バレッタは思った。

「相手は特定できているのかとも聞いたんですが、名前すらも分からないとのことで……そんな状況で力を得てどうするのかって聞いたら、可能な限り自分の手でバルベールの奴らを皆殺しにする、なんて言ってました。それで、すぐには答えられないでいるうちに別の話になっちゃって、その時は結局答えずじまいです」

 一良はそこまで話すと、閉まっている戸に目を向けた。

 その隙間からは僅かに光が漏れており、他の光源は天井近くの格子窓から入ってくる外の光だけだ。

 バレッタはじっと、一良の横顔を見つめている。

「その話をしていた時、ジルコニアさんは特に感情的になっているようにも見えなくて、正直どうしてあんな言い方をしたのか分からないんです。どうしても力が欲しいなら、もっと別な言い方があったんじゃないかなって」

「そうですね……どうしてそんな言い方……」

 一良の話に、バレッタもジルコニアの言葉の意図が読めずに首を傾げた。

 自分が提示した武器製造案を蹴ってまで力を得ることに執着しているのなら、もっと同情を誘うような言い方をするのが普通ではないだろうか。

 あれこれと考えてみるが、これといった納得できる回答が思いつかない。

「境遇には同情しますし力になってはあげたいんですが、あんなことを言われては何かあった時に1人で飛び出していってしまいそうで……そう考えると、食べ物を渡す気にはなれなくて。やはり、今は断るべきですよね」

 話しているうちに自分の中で結論が出たのか、一良が独り言のように言う。

 バレッタは何も言わず、自分の膝に目を落とした。

 2人の間に沈黙が流れる。

「……カズラさんは」

「ん?」

 ふいに名を呼ばれ、一良はバレッタに目を向けた。

「カズラさんは何か納得できる理由があれば、他の人にも食べ物を与えても……力を与えてもいいって考えているんですか?」

「んー……そうですね……」

 納得できる理由、という言葉を反芻し、すぐにリーゼの顔が頭に浮かんだ。

 この村の人びとのような剛力があれば、ニーベルのような男に襲われたとしても簡単に撃退できるだろう。

 たとえ自分の目の届かないところにいたとしても、これなら安心できる。

「そうすることで最善の結果に結びつくのなら、与えてもいいと思います。もちろん、信頼のおける人に対してだけですけど」

「……私だけじゃ、ダメですか?」

「え?」

「私は、他の人に力を与えて欲しくないです。他の村の人たちがこの力を持っていることだって、本当は……」

 どうして、と一良は問おうとして、バレッタの表情に気づいてその言葉を飲み込んだ。

 バレッタは思いつめたような表情でうつむき、自身の手をじっと見つめている。

「もし……もしですよ? 力を得た人が、何らかの理由でカズラさんを裏切ったとしたら。カズラさんのことを邪魔だって考えるようになったとしたら。……カズラさんに、刃を向けるようなことになったとしたら」

 そう言い、膝に置いた手を強く握り締める。

「今は周りにいる人たちは皆友好的ですし、皆がカズラさんを必要としています。でも、これから先もそうであるかは分かりません。今は大丈夫でも、後々心変わりする人が出てくるかもしれない。カズラさんを邪魔に思う人がでてくるかもしれない。もう用済みだと、排除しようとする人が出てくるかもしれない」

「……」

「私、何があってもカズラさんのことを護ります。たとえどんなことがあっても、誰が敵になっても、指一本触れさせません。でも、もしこの力を得た人が敵になってしまったら……」

 バレッタはそう言うと、ぎゅっと目を瞑った。

「私、怖いんです。もしカズラさんの身に何かあったらって……私の前から、いつかいなくなってしまうんじゃないかって……そう考えるだけで、私……」

「バレッタさん……」

 バレッタの手を、一良はそっと握った。

 バレッタは少しだけ顔を上げ、一良を見つめる。

 その儚げな表情に、一良は胸がきゅっと締め付けられるような感覚に襲われた。

 思えば、イステリアに先んじて設備や道具の開発をしたり、ほとんど休みも取らずに必死に勉強したり武術を習得したりしていたのも、すべては自分の役に立ちたいと願ってのことだったのだろう。

 ろくな設備もないこの村で一度も触れたことのない機械を1から作ったり、苦手だと言っていた武術の特訓を手が豆だらけになるほどにまで行ったりと、その苦労は筆舌に尽くしがたいものであったはずだ。

 そして今、彼女は自分の身を案じて、不安に怯えるようにその小さな身体を縮ませている。

 そんな彼女を見ていると、愛(いと)おしくてたまらなくなった。

「大丈夫。俺はいなくなったりしません。だから、そんな顔しないでください」

「……」

 バレッタは無言でこくりと頷き、一良の肩に顔を寄せた。

 強く握り締めていた拳からは力が抜け、開いた手のひらが一良の指先に触れる。

 剣や槍の訓練のせいで少し硬くなってしまった皮膚の感触が、一良の指に伝わった。

「……もう、離ればなれは嫌です」

 しばらくして、バレッタはぽつりとつぶやいた。

 顔を上げ、一良の顔をじっと見つめる。

 その頬は紅潮しており、瞳には緊張の色が浮かんでいた。

 互いの視界には、相手の顔しか映っていない。

 その距離、僅か15センチ。

「……バレッタさん」

「カズラさん……」

 バレッタがそっと目を閉じた時。

 頭上から「メキメキッ」という木が軋むような音が響いた。

「……ん?」

「……え?」

 続けて、ぱらぱらと砂が降り、2人の頭にかかった。

 2人は同時に上を見上げ、その光景に表情を引きつらせた。

「……あ、あはは、見つかっちゃった」

「だからやめようって言ったのに……」

 天井の梁の上から、数人の村娘が2人を見下ろしていた。

 どうやって小屋の中に入ったのか、先ほどバレッタを連れてきた娘の姿もある。

「うう、もう最悪……」

 バレッタは耳まで真っ赤になった顔を両手で覆い、身体を折っている。

「な、何やって……」

 一良がそう言いかけた時、彼女らの乗っている梁から、「バキッ」という大きな音が響いた。

 続けて、木が強く軋むような音とともに、梁の中央に大きく亀裂が入る。

 その場にいる全員が、ぴたりと動きを止めた。

「み、皆、そのまま動かな……あわわわ!」

「きゃあああ!?」

 娘の1人が制止の声を上げると同時に、梁がバキバキと大きな音を響かせながら中央にひしゃげ始めた。

 建物全体が大きく揺れ、天井からばらばらと砕けた木片や屋根の藁が落ち始める。

「「危ない!」」

 一良とバレッタは同時に叫び、お互い庇い合おうとして抱き合うような格好になった。

 次の瞬間、大量の木片と藁と少女たちが2人に降り注いだ。