Takarakuji de 40-oku Atattandakedo Isekai ni Ijuu Suru
Story 193: Reflections
ウリボウたちの下から引き揚げた一良たちは、戦闘時の指揮官たちを集め、ナルソンの天幕に詰めていた。
今は、戦闘結果の報告会をしているところだ。
騎兵隊長や歩兵中隊長たちが、雁首(がんくび)をそろえている。
「……そうか、だいぶ逃がしてしまったな」
最後まで敵を追撃していた第1騎兵隊長の報告を聞き、ナルソンがため息をつく。
戦闘結果だけ見れば、イステール領軍の完勝だった。
だが、その後の追撃が上手くいかず、かなりの数の敵を取り逃がしてしまったのだ。
捕虜もいくらか捕らえたが、ほぼ全員が深い傷を負っていて治療が必要である。
無傷なのは、戦闘中に何らかの原因で気絶していた者だけだ。
「バルベール軍の練度は想像以上ね……士気も高いし、恐ろしいくらいに頑強だったわ」
ジルコニアが厳しい顔で唸る。
クロスボウの一斉射撃で、敵の前衛部隊は半ば壊滅状態に陥った。
それを見て、イステール領軍は全軍を押し進め、そのまま敵を引き潰しにかかったのだ。
だが、敵は撤退しながらも、予備隊をすべて投入して追撃を阻んだ。
結果としてかなり時間を稼がれてしまい、そうしているうちに敵の騎兵隊の生き残りが駆けつけてきた。
敵騎兵たちは追撃を試みるこちらの騎兵と死に物狂いで戦い、敗走していった弓兵や重装歩兵の大部分に逃げられてしまった。
それどころか、予備隊の指揮を最後まで執っていたマルケスまで取り逃がしてしまったのだ。
代わりに、予備隊はほぼ全滅させることができ、騎兵も半数以上討ち取ることができたのだが。
「うむ……逃げる敵兵を追って兵を進ませず、あのまま撃ち続けて背中を狙うべきだったか。よりにもよって、自ら近接戦闘に持ち込んでしまうとは……判断を誤ったな」
「そんなことは……。あの状況なら、一気に攻めるのが普通よ。誰だって、すぐに総崩れになると判断するわ」
「そうかもしれないな。まあ、今さらどうこう言っても仕方がない。この教訓は、次に活かすこととしよう」
やれやれ、とナルソンが椅子の背もたれに寄りかかる。
「皆、ご苦労だった。今夜はゆっくり休んでくれ」
ナルソンが各部隊長たちを下がらせ、幕には一良たちのみが残った。
本題はこれからだ。
「カズラ殿、オルマシオール様のことなのですが……あれから、何か連絡はありましたか?」
「連絡? オルマシオールさんからですか?」
「はい。もしお会いできるなら、一言お礼を言いたいと思いまして」
ナルソンの言葉に、一良が困った顔になる。
どうやら知り合いだと思われているようだが、一良とて『あの』オルマシオールに会うのは今日が初めてだ。
しかも、あれは人間ではなく、どう見てもただの獣だった。
連絡など取りようがない。
「えーと……ちょっと私からは連絡の付けようがないんですよね……」
「む、そうなのですか。いつもは、オルマシオール様から連絡を寄越してくるのですか?」
「そ、そうですね。そんな感じです」
一良が視線を泳がせながら答える。
「そうでしたか。できれば今後も助力を願いたいとも思ったのですが……それでは仕方ありませんな」
ナルソンは残念そうにしているが、納得もしたようだ。
ジルコニアとリーゼは、相変わらず困惑顔である。
「怪我をしたウリボウたちは、どうすればよいでしょうか?」
「うーん……怪我が良くなって動けるようになったら、放してやりましょうか」
ウリボウたちには、ラタ麦と米で作った粥に痛み止めを混ぜたものを食べさせることになっている。
薬も一良が持参したものを使うことになっているため、治りは早いはずだ。
人に襲い掛かる気配は今のところないが、念のため口輪を付けたほうがいいかもしれない。
「あのまま、我らで飼うということはできませんでしょうか? 言うことを聞いてくれるなら、かなりの戦力になると思うのですが」
「いや、それはさすがに……自分たちから居ついてくれるなら話は別ですけど」
「お父様、オルマシオール様のご厚意で助けてくださったのに、そのような言い方は……」
「いや、すまん。確かに失礼な言い草だったな。カズラ殿、申し訳ございません」
リーゼに咎められ、ナルソンが頭を下げる。
気持ちは分かるが、猛獣使いのような真似を一良ができるはずもない。
元気になって森に帰ってくれれば、それが一番だろう。
「それはそうと、ハンドキャノンは一度も使わなかったのですね?」
「ええ。敵が横から来てしまったので、とても使うどころじゃなかったです」
「ううむ、残念ですな。砦攻めの前に、効果を確認しておきたかったのですが……」
ナルソンが心底残念そうに唸る。
予測通り敵が後方から来てくれていたなら、敵騎兵を全滅させることができていたかもしれない。
もしくは、側面にもいくらかハンドキャノン兵を配備しておいても、結果は違ったものになっただろう。
ウリボウが横入りしなければ、の話だが。
「森の中って、しっかり索敵したんですよね? それなのに、何で奇襲を喰らうことになったんです?」
「おそらくですが、敵は戦いが始まるまで、森に兵を置いていなかったのかと思います。戦いが始まった後、遠方で待機させていた騎兵を森に突入させ、我らの側面を突いたのでしょう」
「えっ、でも、そんなこと可能なんですか? 目印とか、森の中では何も見つからなかったんですよね?」
「はい、目印になるようなものがあったという報告はありませんでした。見つけられなかっただけという可能性もありますが」
「うーん……」
「考えられるとすれば、進軍太鼓やラッパの音です。ある程度方向に見当をつけて森を進み、それらの音が聞こえたらそれを目標にして進んだのでは」
ナルソンの予想に、一良が「なるほど」と頷く。
だが、方法としては納得したが、実際にそんなことが可能なのだろうか。
森の中を方向を違わずに、しかも一塊になってラタで駆け抜けるなど、至難の業なはずだ。
「正直、かなり危険な手段だと思います。道を違えばそのまま戦闘には参加できませんし、タイミングが悪ければこちらの真正面に飛び出てきてしまう可能性だってあります」
「最初からこういう戦いを想定して、訓練を積んでいたっていう可能性もあるわね」
「うむ。そうでもなければ、初めて来るような森でそんな作戦を実行するとは思えないな。だが、だからこそやる価値があるとも言える」
絶対にありえない、と相手が思っているからこそ、そこに隙が生まれる。
戦争とは騙し合いとはよく言ったものだが、今回の戦いがまさにそれだ。
「次からは、森での索敵はもっと範囲を広げることにしよう。側面を突かれた時にも慌てないよう、あらかじめ訓練しておく必要もあるな」
「そうですね……本当に、何が起こるか分からないですね」
「まあ、それが戦というものです。カズラ殿、戦いの経過を撮った動画を見たいのですが」
「あ、はい。ちょっと待ってくださいね」
一良が木箱から、プロジェクタとハンディカムを取り出た。
互いを接続し、天幕の壁に投影を始める。
場面は、ナルソンがマルケスの下へラタを走らせているところからだ。
一良以外の全員から、「おお」と声が上がった。
持ってきたハンディカムは、「超遠距離でも撮影できるもの」と店員に注文して買ってきたものだ。
店頭価格で17万円とかなり高価だったが、性能は折り紙付きである。
「あれが第6軍団長ですか。遠くてよく見え……お、ズームした」
撮影を行っていたハベルが操作したらしく、ナルソンとマルケスがどんどんズームされていく。
限界までズームしたのか、画面いっぱいに肩上からのマルケス写った。
さすがにぼやけているが、どんな顔なのかはよく分かる。
ズームした際、ハベルの「すげえ……」という驚きの声まで入ってしまっていた。
「す、すごいですね……私が使ってた双眼鏡より、よく見えてます……」
バレッタは興味深々のようで、動画とハンディカムを交互に見ている。
昼間に彼女が触った時は、ただ録画ボタンを押しただけで、細かい操作は一切行わなかった。
ズームが引いていき、ナルソンとマルケスが画面中央に納まった。
今度はぼやけておらず、はっきり映っている。
「ううむ、最近のはこんなにすごいのか。ここまで見えるとは思ってなかったな……」
「あ、カズラも使うのは初めてだったの?」
隣に座るリーゼが、一良に言う。
「うん。ここまでいいやつは初めて使うな。もっぱら、スマホとデジカメしか使ったことなかったから」
画面の中では話し合いが終わったようで、ナルソンがこちらへと戻ってくる。
それに合わせて、ズームもゆっくりと戻されていく。
「ハベルさん、初めてなのにずいぶん上手に撮りましたね。すごいですよ!」
「はい! ありがとうございます!」
一良に褒められ、ハベルが背筋を伸ばす。声がとても嬉しそうだ。
「ナルソンさん、どの場面が見たいとかあります? 映像を早送りできますが」
「はい、クロスボウを使用したところを見たいのですが」
「分かりました」
動画を早送りし、味方の重装歩兵隊が敵に向かって進んでいく場面にまで進めた。
映像がズームされ、射撃の瞬間の兵士たちの動きがしっかりと映し出される。
ハベルは初めてハンディカムを扱うというのに、撮影がかなり上手いようだ。
ただ撮っているのではなく、皆が見たいであろう部分をズームしたり、視点を動かしたりしている。
彼にはカメラマンの才能があるのかもしれない。
「……改めて見ても、本当にすごい威力ね。胴鎧を貫通してるわ」
ばたばたと倒れていく敵兵に、ジルコニアが感心した声を漏らす。
次々と襲い来る矢の嵐に、恐慌状態に陥っている兵士たちの様子が見て取れた。
「うむ。かなり距離が近かったし、敵が投げ槍の投擲体制に入っていて無防備だったからな」
「離れると、盾を貫けなかったりするのかしら?」
「当たり所にも左右されるな。あれの倍程度の距離なら、まず大丈夫だとは思うが」
「なるほどね……殺人兵器、か」
ジルコニアが以前バレッタに言われた言葉を思い出し、ぽつりとつぶやく。
ナルソンは連続して放たれた矢が敵を襲う映像を、食い入るように見つめている。
「ふむ、殺人兵器か。まったくその通りだな。これは素晴らしい」
威力に満足したのか、ナルソンが深く頷く。
「やはり、至近距離での連続射撃は効果が絶大だな。初撃で、たまたま敵の指揮官の多数を倒せたのも効果的だったようだ」
「そうね。これからは、この戦法で行きましょう。味方の被害も少なくて済むし、何よりこれなら負けようがないわ」
「だが、何らかの方法で敵が接近してきたら、前列を起き上がらせるのに時間がかかって危険でもあるぞ」
「接近って……こんなの、近づきようがないじゃない。大丈夫よ」
「いやいや、戦いで一番危険なのは、『こうなるはずだ』という思い込みだ。今回の森からの奇襲がいい例だよ。予想だにしていないことが起こるとも、常に頭に置いておかねばならん」
その後も2時間近く動画を見ながら、次はああしよう、こうしようと反省会が続いた。
途中、エイラとマリーが夕食を運んできたのだが、ナルソンは当然のように動画を回したまま食事をとろうとした。
そんなものを見ながら食事など食べられたものではないと、一良とバレッタとリーゼが全力で反対して事なきをえた。