Takarakuji de 40-oku Atattandakedo Isekai ni Ijuu Suru
212 Story: Oil King
「うー……」
寝ているリーゼがもぞもぞと動き、目を開ける。
囲炉裏の前で灰焼きパンをつついている一良と目が合った。
「え、もう朝なの?」
「おはよう。今日もいい天気だぞ」
「おはよ……うう、眠い。なんでこんなに眠いの……」
リーゼが掛け布団を抱きしめながらうめく。
ジルコニアもちょうど起きたようで、身を起こして頭を押さえていた。
「私も眠いわ……頭がぼうっとする」
「きっと疲れてたんですよ。イステリアからここまで走って来たんですし」
「いえ、疲れは全然ないんです。ただ、眠気がすごくて……こんなの初めてだわ」
昨日の夕食の残り物を並べている一良に、ジルコニアが目を向ける。
「カズラ、昨日の夕食に薬とか盛ってないよね?」
「盛るわけないだろ。俺だって食ってたのに」
「本当? 寝てる間に、エッチないたずらしてない? 別にしてもいいけどさ」
「あら、そうだったんですか? でも次からは、起きてる時にしてくださいね」
ジルコニアがリーゼに合わせて、くすくすと笑いながら言う。
「いや、母娘そろって何言ってるんですか……」
一良が困った顔をしていると、隣の部屋からばたばたとエイラとマリーが出てきた。
2人ともリーゼたちのように寝坊してしまい、慌てて私服に着替えていたのだ。
昨日は侍女服だったが、村では私服のほうが動きやすいだろうとジルコニアが勧めた。
「カズラ様、申し訳ございません! 私たちが代わりますので!」
「あ、いいんですよ。もうできますから」
「すみません……うう、日の出の時間になっても目が覚めないなんて初めてです……」
「私もです……申し訳ございません」
エイラに続き、マリーもしゅんとした様子で頭を下げる。
大丈夫ですよ、と一良が2人をなだめていると、バレッタが家に入ってきた。
洗濯物を済まし、外に干してきたのだ。
「バレッタさん、おかえりなさい。パンって、そろそろ灰から出しちゃっても大丈夫ですかね? 取り出すタイミングがよく分からなくて」
「串でつついて硬いようなら、出しちゃっていいですよ」
バレッタが居間に上がり、一良の隣に腰を下ろす。
一良の手の上から串を握り、パンをつついた。
「……うん、ちょうどいい焼け具合みたいです。食べごろですね」
「ああ、なるほど。これくらいの硬さか」
「ふふ、次は1人で頑張ってみてくださいね。私は手を出さずに見ているので」
「……バレッタは、全然眠くないの?」
もそりとリーゼが起き上がり、怪訝そうな顔でバレッタを見る。
「はい、私は全然。いつもどおりですよ」
「んー……なんでだろ。カズラも平気なんだよね?」
「おう、ぱっちり目は覚めてる」
「やっぱり、私たちに眠くなる薬でも盛ったんじゃないの?」
「だから盛ってないっつーの。ほら、布団片付けろ。寝間着のままでいいから、朝食にするぞ」
「はーい」
一良が灰焼きパンを皿に載せて、皆に配る。
いただきます、と手を合わせて食べ始めた。
「あちち……カズラは、今日も日本に行くんでしょ?」
熱々の灰焼きパンをちぎりながら、リーゼが聞く。
「うん、そのつもり。バイクを注文しにいかないといけないし。あと、動画についても聞きに行かないとだ」
「帰ってくるのはどれくらいになりそう?」
「夕飯までには十分戻ってこれると思うぞ」
「夕食は、またカズラが買ってきてくれるの?」
「うん、いろいろ買ってくるよ。今夜は宅配ピザにでもするかな」
「宅配? 家まで届けてくれるの?」
「そうそう。指定範囲内だったら、配達用のバイクで届けてくれるんだ」
「そっか、バイクなら、すごく離れた場所でも配達できるもんね」
「うん。温かいうちに運んでもらえるから、すごく便利なんだ」
「カズラさん、バイクって、私でも運転できたりするのでしょうか?」
残り物のホイコーローをもぐもぐと食べながら、ジルコニアが聞く。
「できると思いますよ。乗ってみます?」
「はい、よろしければぜひ。なんだか楽しそうですし」
買ってくる予定のバイクはサイドカー付きのものなので、よほど荒っぽい運転でもしない限りは転倒する恐れはないだろう。
もちろん、上手く乗りこなすにはそれなりの技量が必要なはずだ。
教習ビデオなども買ってきて、予習してから運転したほうがいい。
「そしたら、買ってきたら練習がてら乗ってみましょうか。俺も練習しないとだ」
「あら、カズラさんは不慣れなんですか?」
「ええ、バイクなんて学生時代に乗ってたきりなんで。一緒に練習しましょう」
そんな話をしながら朝食を済ませ、それぞれ作業に向かうことになった。
「それじゃ、行ってきます。そんなに遅くはならないと思うんで」
一良が農業用運搬車に乗り込み、エンジンをかける。
「カズラ、ぬいぐるみ忘れないでね!」
「おう、分かってるって」
「カ、カズラさん! ミルクレープをお願いします!」
「たくさん買ってきますから、安心してください」
リーゼやバレッタたちに見送られ、雑木林へと向かい日本へ通じる通路を進む。
日本に戻ると屋敷の庭先に運搬車を停め、スマートフォンを取り出した。
バッグから名刺ファイルを取り出し、ぱらぱらと捲る。
「あのお姉さん、親切だったもんな。今度も力になってもらえないかな」
以前、パソコンのフォント関連でいろいろと親切にしてもらった、ソフトウェア会社に電話をかける。
『はい、フタバソフトウェアです』
「すみません、私、志野一良と申します。宮崎様はおられますでしょうか」
『私が宮崎です。あの、もしかして、以前オリジナルフォントの件でご相談いただいた――』
名刺に載っていた番号は直通だったようで、前回応対してくれたお姉さんが出た。
事情をかいつまんで話すと、相談に乗ってくれると快く承諾してくれた。
『とても面白そうなお話ですね。ご予算もあるというのなら、もしかしたらお力になれるかもしれません。ぜひ一度、お話を聞かせてください』
「すみません、なんか毎回無茶ぶりというか、変な相談ばっかりで」
『いえいえ、大丈夫ですよ。どんなご相談でも、お気軽にどうぞ』
何ともフレンドリーな応対をしてもらい、通話を切った。
これは菓子折りでも持って行かねばと、一良は車に乗り込むのだった。
数時間後、高級マカロンの詰め合わせを手土産にソフトウェア会社に到着した一良は、会議室に通されていた。
作りたい動画内容と、あくまでも個人用として使うという趣旨を説明をする。
「個人用で、ですか」
「はい。ちょっと事情があって、できれば2週間以内くらいに欲しいんです。なので、映画のつぎはぎで作れないかなと」
「つぎはぎですか。うーん……」
女性社員――宮崎――が考え込む。
「映画のつぎはぎとなると著作権の問題が生じるので、会社としてはお手伝いできないんですよね。知り合いの業者をご紹介できるかなとも思ったのですが……申し訳ございません」
「ああ、そうですよね。となると、自力で何とかするしかないのか……」
「そうなってしまいますね。でも、志野さんが私個人にお仕事をくれるというのなら大丈夫です」
思わぬ提案に、一良が驚いた顔を向ける。
「え、宮崎さん個人に、ですか?」
「はい、いくらか手間賃をいただければ、つぎはぎくらいでいいなら作れますよ。私、ゲームの実況動画をネットに上げてるんで、ちょっとした動画編集程度ならできますから」
このことは会社には秘密にしてくださいね、と宮崎が付け加える。
「そ、そうなんですか。じゃあ、お願いしようかな……報酬はどれくらい出せばいいですかね?」
「そうですねぇ……1時間あたり7000円くらい貰えれば嬉しいかな、なんて」
今月ちょっと厳しくて、と宮崎が恥ずかしそうに言う。
どうやら、お小遣い稼ぎをするつもりのようだ。
一良としては動画が作れれば文句はないので、とてもありがたい話だ。
「つぎはぎだけでいいなら3、4時間くらいで何とかやってみるので、いかがでしょうか?」
「なら、完成時に20万円出しますから、宮崎さんの納得のいくクオリティのものを作ってもらえませんか? 納期は10日後でどうでしょう」
一良の提案に、宮崎がぎょっとした顔になった。
数万円の小遣い稼ぎのつもりが、いきなり20万円もの大金を提示されれば驚くのも当然だ。
「に、20万円ですかっ!?」
「はい、20万円でお願いできればと。あと、つぎはぎの他に録音した音声を入れてもらったりとか、細々とした作業もお願いしたくて。結構時間がかかってしまうかもしれないです」
「分かりました! で、では、作りたい動画の具体的なイメージを教えていただけると! あと、報酬はぜひ現金手渡しでお願いします!」
「は、はい。えっと、求めている雰囲気はですね」
「あっ! ここでお話するのはちょっとアレなので、外のカフェで話を詰めましょう! 外出申請をしてくるので、少々お待ちを!」
ばたばたと慌てた様子で席を立つ宮崎。
これで何とか目途が立ったと、一良はほっと胸を撫でおろした。
その後、カフェで昼食をとりながら動画の詳細を詰め、一緒にレンタルDVDショップへ赴いてイメージに合いそうなものを数十点レンタルし、彼女に渡した。
昼食代などの諸経費は一良持ち&高級マカロンのお土産の合わせ技で、彼女はさらにやる気を見せていた。
車で会社の前まで送り、彼女を下ろす。
「では、今日帰ってからさっそく作成に取り掛かります! 明日の夕方頃に、私から電話しますね!」
「お願いします。あと電話は俺からかけるんで、スマホの番号教えてもらってもいいですか?」
「は、はい! よろしくお願いします! 個人用のをお教えしますね!」
緊張した様子でスマホを取り出した彼女と、番号を交換してその場を離れる。
ぶんぶんと手を振っているその姿をバックミラーでチラ見し、次の目的地へとハンドルを切った。
市内にある一番大きなバイク店に到着し、駐車場に車を停める。
ショウウィンドウ付きの店内に入ると、スーツ姿の上品な中年男性店員がやってきた。
「すみません、先ほど電話した志野ですが」
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
テーブル席に案内されて、席に着く。
「サイドカー付きのものをお求めとのことですが、用途はすでにお決まりですか?」
「はい、オフロードを走りたいので、それに適したものが欲しくて。できるだけ頑丈で、故障知らずなやつがあるといいんですけど」
「それでしたら、いいものがありますよ。こちらのカタログに載っているものなのですが……」
店員がテーブル脇に置かれていたカタログから1冊を取り出し、開く。
ダークグリーンの、かなり渋いデザインのサイドカー付きバイクの写真が載っていた。
「これはロシアで開発されたものでして、悪路の走破に特化したモデルとなっております。雪道や未舗装の道でのツーリングにはもってこいですよ」
「へえ、それはいいですね。メンテナンスとかは、どんな感じです?」
一良が聞くと、店員は自信ありげな笑みを浮かべた。
「ご安心ください。元々軍事用に用いられていたものを、設計はそのまま民間転用したものなのでかなり頑丈です。故障知らずといっても過言ではありません。万が一何かあっても、当店が修理等の対応いたしますので」
「軍事用ですか。それは頑丈そうですね!」
「はい。しかもこれ、普通車免許で運転できるんです。キャンプ好きなかたには、お勧めの1台ですよ。店内にもございますので、見てみましょうか」
店員に案内され、サイドカー付きバイクが展示されている一角へとやってきた。
いろいろなモデルのものが展示されているが、そのなかでもそれはかなり渋い色合いとデザインが際立っている。
力強い、といった表現のほうが正しいかもしれない。
「なるほど……荷物もそこそこ載りそうですね」
「そうですね。人が乗れるくらいなんで、それなりに運べますよ」
「分かりました。では、これをいただきたいです」
「おっ、即決ですね! ありがとうございます、見積もりをしましょう!」
途端に笑顔になった彼と一緒に席に戻り、再びカタログを見る。
「こちら、お値段は検査費や輸送費は別で、255万9200円となっております。ここからお値引きをさせていただいて……」
店員が電卓を取り出し、何やら計算を始める。
こういった時の値引きはいったい何を計算しているのだろう?
などと考えながら待っていると、店員が電卓を差し出した。
「245万円ちょうどではいかがでしょうか。かなり頑張らせていただいた価格なのですが」
「245万円ですか。けっこうしますね」
「はい、申し訳ございません……ご予算的には、いかがでしょうか?」
「予算……うーん」
一良が腕組みして考える。
予算的には34億円以上あるのでまるで問題ないのだが、先日リーゼたちに心配されたこともあり、安くできるなら安くしたいといった考えが浮かぶ。
とはいえ、強気に出て値引きをしてもらう、というのも性に合わない。
――1台245万円だと、諸経費とかオプション込みでもう20~30万円くらいかかるよな。それを20台だから……あ、そうか。
よし、と頷き、やや緊張している様子の店員へと目を向けた。
「あの、他にも何か買ったら、もう少し安くしてもらったりできますか?」
「そうですね……ヘルメットやマッドカバーなどの装備品をご購入いただけるなら、多少の値引きは検討できるかと」
「それじゃあ、オフロード走行に必要なオプション品を全部付けます。あと、このバイクを合計で20台購入するんで、もう少し値引きしてもらえる嬉しいのですが」
「えっ?」
店員の顔が、鳩が豆鉄砲を食ったようなものになる。
「す、すみません、もう一度おっしゃっていただけませんか?」
「オプション込みで同じバイクを20台買うので、少し値引きしていただけると。お金はキャッシュでも銀行振込でも、即日払いますんで」
「……ん?」
店員は話の展開に頭が追いついていないのか、額に脂汗を浮かべて一良を見ている。
「あの、20台一気にってのはやっぱり無理ですかね? ダメそうなら、もっと少な目でも――」
「しょ、少々お待ちください! 仕入れが可能か確認してまいりますので!」
ばたばたと店員が慌てて店の奥に駆けていき、すぐに何やらざわつく声が聞こえてきた。
「やばいです。一度の会計が5000万超えです」とか「どこの石油王だよそれ……え、マジで言ってんの!?」いった話し声が微かに聞こえる。
20台はさすがに買いすぎかな、と一良がお茶をすすっていると、先ほどの店員が壮年の男性を連れて戻ってきた。
胸には『支店長』と書かれた名札が付けられている。
「志野様、大変お待たせいたしました。バイクを20台まとめて購入いただけると聞いているのですが……」
「はい、お願いしたいです。大丈夫そうですか?」
「も、もちろんです! 同じものをとのことですので、少々日数はかかるかもしれませんが!」
「よかった。じゃあ、とりあえず見積もり出してもらってもいいですか?」
「かしこまりました! 少々お待ちを!!」
再び彼らは奥へと引っ込み、何やら相談しながら見積もり計算を始めた。
その後、新しいお茶とともに栗羊羹が出されたり、なぜか関係のない店員が名刺を渡しに来て支店長に引きずり戻されたりしているうちに数十分が過ぎた。
「志野様、大変お待たせいたしました。同車種20台、オプションパーツ付きで、こちらの金額となりますが……」
最初に応対してくれた店員と一緒に支店長がやってきて、緊張の面持ちで金額を提示する。
確認してみると、かなり思い切った額の値引きがなされていた。
この客を手放してなるものか、といった意気込みが伝わってくる値引き額だ。
奥の席にいる他の社員たちは、皆が固唾をのんでこちらの様子をうかがっている。
他の席にいるお客さんも、何事かといった顔でこちらを見ていた。
「分かりました。ではこれでお願いします。支払いは振り込みでも大丈夫ですか?」
一良が言うと、おお、とあちこちから声が響いた。
「はい! では、必要書類をご用意いたしますので、少々お待ちください!」
その後、数十枚の書類にサインと判子を押しまくるという苦行を一良はこなし、店を後にした。
額が額なので納車手続きは振込確認後とのことだったので、その足で銀行に行って全額入金した。
これだけの台数があれば、急場にたとえ何台か故障したとしても、稼働するバイクは確実に確保できる。
どのような事態になっても、各地に即座に伝令を走らせることができるだろう。
ちなみに、今回の一連の出来事は『石油王事件』として、この店にて長く語り継がれることになるのだった。