Takarakuji de 40-oku Atattandakedo Isekai ni Ijuu Suru
236 Stories: The Future Coming One Day
翌朝。
朝食を済ませた一良は、さっそくジルコニアとセレットを応接室に呼び出した。
セレットは長い金髪を頭の後ろで結んでいる、きりっとした表情が印象的な女性だ。
鉄の鎧に身を包み、腰には長剣、背中には円盾を装備している。
一良がグリセア村の守備隊長交代の件を説明すると、ジルコニアはセレットに目を向けた。
グレイシオール関連の説明は、特に教える必要もないと一良が判断して省いてある。
「セレット、どうする?」
ジルコニアの問いかけに、セレットが一良に目を向ける。
「カズラ様にとって、グリセア村はどんな場所なのですか?」
「食糧増産のために使う土の唯一の採取地であり、鉄や兵器の製造拠点ですね。様々な物資の集積場としても機能していますよ」
「いえ、そうではなくて、カズラ様自身にとってどんな場所なのか、教えてほしいんです」
セレットが一良に真剣な眼差しを向ける。
「俺にとって、ですか」
「はい」
一良が少し考える。
一良にとって、グリセア村は第二の故郷のような場所だ。
村ではほんの少しの間しか生活をしていないが、一良は村の人たちを大切な家族のように思っている。
この世界において、もっとも心が安らぐ場所と言っても過言ではない。
「言うなれば、俺の故郷みたいな場所ですかね。大切な人たちが待っている、かけがえのない場所です」
「故郷、ですか」
「ええ」
セレットがジルコニアに目を向ける。
「ジルさんは、私にどうして欲しい?」
敬語も使わずに話すセレットに、一良は少し驚いた。
リーゼから2人が親しいらしいことは聞いていたが、愛称で呼ぶほどの間柄だとは思っていなかった。
「そうね……これは、誰にでも任せられる役目じゃないの。あなたがそこを守ってくれるなら、私も安心できるかな」
「そっか」
セレットが頷く。
「じゃあ、ジルさんにとってのカズラ様って、どんな人なのか教えてもらえる?」
「私にとって? カズラさんのことを、どう思っているかってこと?」
「うん」
本人を前にしてそんなことを聞くセレットに、一良が「えっ」とたじろぐ。
ジルコニアは「んー」と唇に指を当てて、考える仕草をした。
「……何でも相談できて、誰よりも頼りにしてる人、かな。私にとっての、特別な人よ」
「それは、家族とか恋人みたいな?」
「うん」
「ナルソン様や、リーゼ様よりも大切な人?」
「んー……」
ジルコニアが再び考える仕草をする。
そして、一良に目を向けた。
その自然な表情に一良は、どぎまぎしてしまう。
いつものような、からかってやろう、といった雰囲気は微塵も感じられない。
「うん、そうかもしれない。カズラさんがいなかったら、今の私は存在していないと思うし、きっと何も成し遂げられなかったはずだから」
「ん、そっか。分かった」
セレットは頷くと、一良に目を向けた。
「カズラ様。その役目、お受けいたします」
セレットの返事に、一良がほっとした顔になる。
これでようやく、シルベストリアの願いを聞き届けることができた。
ジルコニアから、聞きようによっては爆弾発言を聞いた気もするが、それはひとまず置いておくことにする。
「ありがとうございます。本当に助かります。配属日とか給金などの待遇については、また別途お話ししますね。なるべくいいお給金を払えるよう努力しますから、期待していてください」
「はい。よろしくお願いいたします」
セレットがにこっと微笑み、席を立つ。
「ジルさん、今夜、少しお話しできる?」
「ええ、いいわよ。仕事が終わったら、私の部屋にいらっしゃい」
「うん、ありがとう。では、カズラ様、失礼いたします」
セレットは一良にぺこりと頭を下げると、部屋を出ていった。
さて、とジルコニアが一良に目を向ける。
「カズラさん、動画を見せた者たちから……カズラさん?」
あからさまに緊張している一良に、ジルコニアが小首を傾げる。
「す、すみません。なんですか?」
「あ。もしかして、さっき私が言ったことですか?」
「いやその……」
「あれは、私の本心ですよ」
目を泳がせる一良に、ジルコニアが微笑む。
「私にとって、カズラさんはかけがえのない大切な人です。死んでしまった家族と同じくらいに、特別に思っていますから」
「え、えっと……あ、ありがとうございます」
一良はどう反応していいのか分からず、顔を赤くしながら答える。
いつもならば、「照れちゃいました?」などと言われてからかわれるのだが、今日はどうも違うようだ。
どことなく、いつもより優しい雰囲気がジルコニアから感じられた。
ジルコニアは顔を赤くしている一良を気にするでもなく、にっこりと微笑んだ。
「いえいえ、お礼を言うのは私のほうです。これからも、よろしくお願いしますね」
「は、はい」
「それで、さっきの続きなんですけど、動画を見た人たちからカズラさんに大量の贈り物が――」
その後もジルコニアは一良をからかうことはなく、ごく普通に連絡事項を伝えると自身の仕事に戻っていった。
その日の夜。
ジルコニアが自室で一良から貰ったお菓子作りの雑誌を読んでいると、部屋の扉がノックされた。
「セレットです」
ジルコニアが本を棚にしまい、扉に向かう。
扉を開けると、セレットがにっこりと微笑んだ。
「ジルさん、こんばんは」
「いらっしゃい。待ってたわ。入って」
セレットを部屋に招き入れ、二人並んでソファーに腰掛ける。
二人で部屋で話す時は、いつもこうして隣り合って座っていた。
「セレットとこうやって話すのはひさしぶりね。最近はどう?」
「いつもどおりだよ。特に変わりなし」
「そっか。他の人とは、相変わらず話してないの?」
「うん。仲良くなっちゃうと、お別れする時がつらいから」
セレットは屋敷で働きだしてから、極力人とは関わらないようにしてきていた。
いつか、仕事を辞めて自身の村に戻る時のことを考えると、親しくなりたいとは思えなかったからだ。
セレットは子供の頃に、ジルコニアと「戦争が終わったら一緒に村に帰る」という約束をしている。
なので、屋敷の者たち、特にリーゼとは、極力言葉を交わさないように気を付けていた。
「そっか。でも、別に普通に話をするくらいはいいんじゃない? 皆、気のいい人たちばかりだし――」
「ジルさん、カズラ様のことなんだけど」
セレットがジルコニアの言葉を遮る。
「ジルさんは、カズラ様をリーゼ様やナルソン様より大切な人って言ったよね?」
「ええ、そうね。とても大切な人よ」
「戦争が終わったら、ジルさんはどうするつもりなの?」
その質問に、ジルコニアがきょとんとした顔になる。
「どうするって、なにが?」
「私と一緒に村に帰るのか、それともカズラ様の傍にいるつもりなのかってこと。カズラ様のこと、ジルさんは好きなんでしょ?」
「……うーん」
ジルコニアが小首を傾げて唸る。
「あなたと一緒に村には帰るつもりだけど、カズラさんのことを好きっていうのは……うーん」
「えっ、違うの?」
「ううん。違くはないんだけど、なんていうのかしら。あの人と一緒にいると、ほっとするのよ。気を張らなくていいし、自然体でいられて、すごく安心するの」
「それ、好きってことでしょ?」
「……うーん」
再びジルコニアが唸る。
あれは確か、グリセア村で藁小屋が倒壊する事件があった前の晩のことだ。
バリン邸で一良と二人きりになった折、ジルコニアは一良に「ずっと近くにいたいと思うようになった」と話したことがあった。
その時に一良は、「きっとそれはこれが原因だろう」とアロマペンダントを見せ、その効能を説明してくれた。
ジルコニアは今もそれが原因で、彼の近くにいたいと考えるようになっているのだろうと思っているのだが、それをセレットに説明するわけにもいかない。
「違うの?」
「そんなこと、考えたこともなかったから。カズラさんのことは、いつもからかってばかりだったし」
「なによそれ。はっきりしないなぁ」
「ごめんなさいね。でも、本当に分からなくて」
ジルコニアが苦笑しながら答えると、セレットはやれやれとため息をついた。
そして、真剣な表情でジルコニアを見る。
「ジルさん。もし、村に戻ってきたくないって思うんだったら、無理しなくてもいいよ」
「えっ?」
「私は今も、昔みたいにまたジルさんと一緒に生活していけたらなって思ってる。でも、ジルさんには幸せになってもらいたいの」
「……幸せに、か」
「うん」
ぽつりとつぶやくジルコニアに、セレットが頷く。
「ジルさんは、ジルさんのやりたいようにしたらいいよ。後悔しないように、自分で決めてさ」
「ふふ、あなたからそんな言葉を聞けるなんてね。屋敷に来た時なんて、すごい剣幕で『村に帰ろう!』って私を引っ張っていこうとしたのに」
「あの時は、まだ私も子供だったんだよ」
セレットが気恥ずかしそうに言う。
「でも、ここでジルさんやリーゼ様たちが生活しているのを見て、考えが変わったの。私の我がままを押し付けるんじゃ、ダメだって」
「……そう。ありがとう。あなたは優しい子ね」
よしよしと、ジルコニアがセレットの頭を撫でる。
セレットは微笑むと、ソファーから立ち上がった。
「だから、私はジルさんの帰る場所がなくならないように、ジルさんが大切に思ってる人や場所を守る。私にできることなら、なんでもするから」
そう言うと、すたすたと部屋の扉へと向かう。
ドアノブに手をかけ、ジルコニアに振り返った。
「でも、一緒に村に帰ってくれるなら、すごく嬉しいよ。姉さんは結婚しちゃったから、また3人で生活っていうわけにはいかないけど、その時は私と一緒に暮らそうね」
セレットは微笑むと、部屋を出ていった。
ジルコニアは数秒、閉まった扉を見つめていたが、ソファーに背を預けると、ふう、と息をついた。
「幸せに、か。考えたこともなかったな」
戦争が終わった後はセレットと一緒に山の麓(ふもと)の村に戻り、自分を支えてくれた人々に恩返しをしながら余生を過ごせたらと、漠然と考えていただけだった。
自分のために何かをしようなどと、今まで一度も考えた事すらなかった。
11年前に目の前で家族や故郷の仲間を皆殺しにされた時点で、自分はもう死んだようなものだったのだ。
「……」
ジルコニアがソファーから立ち上がり、ベッド脇の小テーブルに向かう。
引き出しを開け、ずっと伏せたまましまっていた写真立てを取り出した。
「……こんな毎日がずっと続いたらなって思うのは、私には贅沢すぎるわよね」
今まで一度も引き出しから出さなかったそれを手にし、表を向ける。
1年前のナルソン、リーゼ、ジルコニアが、じっとこちらを見つめていた。