「えっ、村を防衛するんですか!?」

 ナルソンからグリセア村を防衛すると説明され、一良が驚く。

 一良の周りにいる村娘たちも、驚いた顔をしている。

「はい。グレゴリアからイステリアまで最短で進むとなると、グリセア村は確実に通過すると思われます。イステリアの守備隊を村に送り、反乱軍に備えます」

「でも、イステリアには防壁もありますし、市民の協力も得られるじゃないですか。相手方の数もよく分からないんですし、村は放棄してイステリアの防御に集中するべきじゃないですか?」

「そうですな。しかし、やはりグリセア村を一時的にでも失うのは危険だと思うのです」

 ナルソンがいつものように、冷静に話す。

 先ほどのセレットとのやり取りにあった、ジルコニア関連の話は一良には話していない。

 村の防衛体制を聞いたうえで、やはり村を拠点として反乱軍を迎え撃つのが最善であると判断したと一良には説明していた。

「村は各種兵器の製造拠点として機能しています。カズラ殿が神の国へ戻るのにも必要な場所ですし、万が一長期にわたって占領されてしまえば、なにかと不自由を強いられることになるかと」

「それはそうですが……」

 一良が困惑顔になる。

 ナルソンの方針転換理由は一応筋が通っているようにも思えたが、あまりにもリスクが高いように感じられた。

 いつものナルソンなら、こんな提案はしないだろう。

「セレットの説明では、村の防衛設備はかなりしっかりしたもののようです。スコーピオンも多数配備されていますし、複数の監視塔と防護柵、それに加えて堀まで備わっています。食料も豊富にあるので、守備戦には適しているかと」

「確かにグリセア村は要塞化されていて守りは硬いと思いますけど、彼らがグリセア村を迂回してイステリアへ向かうっていうのは考えられませんか?」

「その可能性も考えて、砦の騎兵をイステリアの守備に回します。此度の決戦は守備戦なので、騎兵の出番はほとんどないと思われます。騎兵隊を引き抜いても、問題はありません」

「そうですか……分かりました。ナルソンさんが言うなら、間違いないですよね。でも、村の人たちはイステリアに避難させてください。村には老人と小さい子供たちのいる家族しか残っていませんし」

「それは大丈夫です。村人は全員、すぐにイステリアに向かうようにと指示しておきましたので」

「そうでしたか、それはよかった」

 一良としては村人たちの安全が第一だが、グリセア村を守れるのならそれに越したことはない。

 日本から持ち込んだ食料はイステリアにも砦にもたくさんあるので、数カ月は一良自身が飢えることはないだろう。

 だが、半年や一年といった長期にわたってグリセア村が占領されてしまった場合、異世界の作物からは栄養を得ることができない一良は餓死する可能性がある。

 新たな資材を補給することができなくなるというのも、ナルソンの言うとおりかなり問題だ。

「しかし、できれば可能な限り戦闘は避けたいですね。仲間同士で殺し合うのは、どう考えてもまずいですし」

「ええ。最悪の事態を想定して準備をしなければなりませんが、最善は反乱軍の兵士たちに真実を伝え、ニーベルから取り戻すことです」

「ですよね……」

 一良が頷き、考え込む。

 現在の状況は、反乱軍に対してこちら側のアドバンテージはかなりある。

 反乱軍側は、反乱が起こったことをこちらが把握していることを知らないのだ。

 その状況を利用し、上手く戦いを回避する方法はないものか。

「ナルソンさん、反乱軍はこちらが反乱に気づいていることを、まだ知らないはずです。戦闘が起こる前に、反乱の首謀者……ニーベルさんたちを何とか捕らえることはできないでしょうか?」

「そうですな……可能であれば、そうしてしまいたいところですが……」

 ナルソンが顎に手を当て考え込む。

 ニーベルたち反乱軍の首謀者は、グレゴリアから逃げ出した者がこちらに情報を伝える可能性は考えているはずだ。

 彼らが味方のふりをしてイステリアやグリセア村に入り込もうとしてくるかもしれないが、どう動いてくるのかは未知数である。

「斥候を出し、反乱軍を発見したら、グリセア村に到着する前に守備隊の者を接触させる方法もあります。こちらは反乱に気づいていないふりをすれば、もしかしたら反乱軍の指揮官に接触できるかもしれません」

「その場で取り押さえるってことですか?」

「取り押さえるか、その場で殺してしまうか、ですな。しかし、相手は一般兵含め、イステール領がバルベールと手を組んでいると考えています。激高した彼らに、送り込んだ者たちは殺されてしまうでしょう」

「むう……となると、その方法はダメですね。首謀者をなんとかできても、それをした人たちが周りの兵士たちに殺されるのは問題外です」

「はい。なので、グリセア村に布陣させた部隊で彼らを足止めし、ルグロ殿下が王都軍とともにグレゴリアへ向かって反乱軍を取り込むのを待つのが最善かと。イステリアに向かってくる反乱軍部隊に、ニーベルがいるとも限りませんので」

「なるほど。グリセア村に送る部隊に、砦の王都軍も加えることはできますか? 軍旗を掲げて軍団長あたりが説得すれば、反乱軍も動揺すると思うんですが」

「そうですな。効果は期待できますので、そういたしましょう」

 話がまとまり、一良は先ほどまでナルソンが無線を使っていた場所で泣いている村娘に目を向けた。

「あの、彼女、どうして泣いているんです?」

「いえ……グリセア村を守ることになったと聞いて、感極まったようでして」

「そうですか……故郷が襲われて占領されるなんて、耐えられないですもんね」

「……はい。帰る場所がなくなるという思いをさせてはなりません。なんとしても、グリセア村は守らねば」

 ナルソンが険しい顔で、絞り出すように言う。

「では、その件も含めてイステリアには伝えますか」

 一良が無線機の送信ボタンを押す。

 先ほどまで、一良はコルツの父親のコーネルと話していた。

「お待たせしてすみません。カズラです。どうぞ」

『コーネルです。カズラ様、息子を何とか探し出していただけますでしょうか? どうぞ』

「もちろんです。すぐに探してみます。コルツ君は、いつ頃からいなくなってるんですか? どうぞ」

『カズラ様たちが砦に向かった直後からです。あちこち探しまわったのですが、どこにもいなくて――』

『カズラ様! どうか息子を見つけてください! お願いしますっ……うぅっ』

 無線機から、涙声の女性の声が響く。

 コルツの母親のユマだ。

『ユマ、カズラ様にお任せしておけば大丈夫だ。しっかりしろ』

『でもっ! 私、あの子にもしものことがあったら……』

『大丈夫だ。きっと……あ、カズラ様、すみません。ロズルーと代わりますので。どうぞ』

「分かりました。こちらでも探しますから、コーネルさんたちも引き続き街の中を探してみてください。どうぞ」

『かしこまりました。ほら、ロズルー』

 無線機を受け渡す音が響く。

『ロズルーです。カズラ様、おひさしぶりです。どうぞ』

「おひさしぶりです。ロズルーさん、グリセア村から、明日にも村の人たちがそちらに到着すると思います。彼らのこと、お願いできますか? どうぞ」

『そのことについてなのですが、私たちも村の守備隊に加えていただけないでしょうか。どうぞ』

 ロズルーの申し出に、一良が顔をしかめる。

 おそらくそうくるだろうな、とは思っていたのだが、一良としてはそのままイステリアに留まって欲しい。

 だが、村を守りたいという彼らの気持ちもよく分かる。

「気持ちは分かりますが、私としてはそのままイステリアに留まっていただきたいんです。村は必ず守りますから、分かってもらえませんか? どうぞ」

『カズラ様、グリセア村は私たちの村です。自分の村の危機に、当の住人だけが逃げ出すなど、どうしてできましょうか。自分たちの手で、故郷を守りたいのです。どうぞ』

「もしかして、そちらにいる人たち、全員村に行きたいって言ってるんですか? どうぞ」

『はい。カズラ様のお許しがあれば。どうぞ』

 ロズルーたちが守備隊に加われば、かなりの戦力になることは明白だ。

 だが、もし大規模な戦闘になった場合、彼らが無事で済むという保証はどこにもない。

 村人たちの安全を一番に考えている一良にとって、それは飲める話ではなかった。

 親族を安全な配属先へ、と頼んできたエイラと自分も同じだなと、頭の片隅で自嘲気味に考える。

「……いや、許すわけにはいきません。そのまま、街に留まってください。どうぞ」

『……かしこまりました。ですが、私なら相手方の写真を見せていただければ、そのニーベルという男を遠距離から矢で暗殺することができるかもしれません。やらせていただけませんか、どうぞ』

「いやいや、それをやってしまうとですね、反乱軍の兵士たちに、イステール領が裏切っているという雑言に信ぴょう性を与えてしまうんですよ。反乱軍の兵士たちは騙されているだけなので、なるべく戦わずに説得して内部崩壊させる必要があるんです。どうぞ」

『う……た、確かにそうですね』

 ロズルーが申し訳なさそうな声を漏らす。

『では、接近してくる反乱軍の偵察を私にやらせてはいただけないでしょうか。ギリースーツもありますし、相手には絶対に見つからずに逐一情報をお伝えしますので。どうぞ』

「カズラ殿、私としても、ロズルーに偵察を任せたく思います」

 ナルソンが横から口を挟む。

「彼の視力と身体能力は驚異的です。隠密任務の手腕は証明されていますし、万一反乱軍に発見されても、彼ならラタよりも速く走って逃げおおせるかと」

「えっ、ラタよりもですか? さすがにそれは……」

 いくらなんでも無理だろう、と一良は思うのだが、本人に聞いてみなければ分からない。

 それに、ナルソンの言うとおり、偵察任務にはロズルーが適任に思えた。

 暗視スコープのような超視力を備えている彼ならば、絶対に安全な場所からの偵察も十分可能だろう。

 念のため、高倍率の双眼鏡を持たせれば万全だ。

「ロズルーさん、ラタより速く走ることってできます? どうぞ」

『ラタよりですか。試したことがないので分かりませんが……ちょっと試してきますね。また後ほど連絡いたします。どうぞ』

「お願いします。あと、街の守備隊長を呼び出してもらえます? ナルソンさんから直接指示を伝えてもらいますので。どうぞ」

『かしこまりました。少々お待ちください。通信終わり』

 一良が無線機をナルソンに手渡し、いまだにしゃくりあげて泣いている村娘に歩み寄った。

「マヤさん、大丈夫ですよ。村は絶対に守りますから」

「ひっく……カズラ様ぁ!」

「おわっ!? っとと!」

 マヤに飛びつくように抱き着かれ、一良はたたらを踏みながらも持ちこたえた。

 わんわん泣いている彼女を抱き締め、よしよしと頭を撫でる。

「村の人たちは砦に避難させますし、皆安全です。戦争が終わったら、また皆で村でのんびり暮らしましょうね」

「っ……はいっ」

「カズラさん、殿下たちの出発の準備が……」

 その時、バレッタが屋上に駆け上がって来て、一良とマヤが抱き合っているのを目にして言葉を止めた。

 ニィナたちが、バレッタに小走りで駆け寄る。

「あの娘、村を守ってもらえるって聞いて泣いちゃってさ。カズラ様が宥めてくれてるの」

 そっと、小声でニィナがバレッタに囁く。

「そ、そうなんだ。村を守ることになったんだね」

「うん、そうみたい」

 頷くニィナ。

 他の娘たちは、羨ましそうな視線をマヤに向けている。

「マヤ、いいなぁ。私も泣いちゃえばよかった」

「カズラ様、私のこともぎゅってしてくれないかな……」

「あんな人が旦那様だったらなぁ……」

 心底羨ましそうに言う娘たちに、バレッタがぴくっと反応して目を向ける。

「あっ、そ、それよりも! コルツ君が何日も前から行方不明なんだって! 砦に来てるかもしれないから、探して欲しいってコーネルさんたちが言ってたよ!」

 これはまずい、とニィナが慌ててバレッタに言う。

「えっ、コルツ君が?」

「うん。ほら、あの子、カズラ様の傍にいるんだってずっと言ってたんでしょ? だから、こっそりこっちに来てるんじゃないかって」

「うん、分かった。殿下たちを見送ったら、私も探してみるよ。皆も、この後すぐに探してみて」

 もしかしたらウッドベルかシルベストリアが何か知っているかも、とバレッタは考えながらも、いまだに一良に抱き着いているマヤに視線を向けた。

 先ほどから、何だかマヤの様子がおかしい。

 他の娘たちも、それに気づいて怪訝な目を向けた。

「……なんかあの娘、ニヤついてない?」

「カズラ様の胸にスリスリしてるし……」

「……カズラさん、ルグロ殿下がお待ちですが」

 バレッタが静かに声をかけると、一良の肩がびくっと震えた。

「あっ、はい! すぐに行きます! マヤさん、そろそろ離れてもらえると……」

「カズラ様ぁ……いひひ」

「え、ええと……はは。どうしよ」

「ええい、このアホ! さっさと離れなさい!」

「あいたっ!?」

 駆け寄ったニィナに頭をしばかれ、マヤはようやく一良から離れたのだった。