Teihen Ryoushu

Episode Thirty: Break Your Parents!

「ふへへへへへっ、いよいよ今夜かぁ! 楽しみだなぁ~~~!」

 貴族たちにパーティーのお誘いを出してから一か月後。俺は城の窓辺からお月様を見上げながら、お客さんたちが来るのを今か今かと待ち構えていた!

「フフフのフン! いやぁ、俺ってばいつの間にかたくさんの人たちに尊敬されてたんだなぁ……!」

 この一か月間、何度も読み返してきた貴族たちからの返答の手紙の束を手に取る。

 そこには体調が悪くていけないという旨と、代わりに『我らが英雄様ッ! 末っ子を行かせますので、どうか男爵とは思えないほどの英雄パワーでウチの子を教育してやってくださいッ!』的な言葉が書かれていた!

 はっはっはっはっは! リゼくんの素晴らしさをよくわかってるじゃないかキミたち! IQ999はあるなッ!

 いいだろう。禁忌を犯してドラゴンと化したスネイルから国を救った英雄にして、IQ99999の超絶天才領主である俺が、真の貴族の在り方を教えてやろうじゃありませんか!

 ぶっちゃけ他の貴族とほとんど絡みがないから真の貴族の在り方とか全然知らないけど、まぁ俺は生まれながらに王の器を備えた存在だと最近思ってきたのでたぶん上手くいくだろう! ふへへ!

 おっと、城の外からゴトゴトと何台かの馬車が走ってくる音が聞こえてきたぞ。どうやらお客様たちのご到着らしい。この地の領主として毅然とした態度で出迎えてやらなくちゃな!

「待ってろよ、末っ子キッズども! 英雄王リゼ様が教育しに行ってやるからな!!!」

 そう思いながら、意気揚々と出迎えに行った俺であったのだが――、

「――お、お前がリゼ・ベイバロンか! なんなんだこの城はーッ!?」

 ……城門の前にまで行ってやったら、何やら女顔のチビっ子が難癖をつけてきた。

 ええ……初っ端からなんだよコイツ。てかなんだこの城はってなんだよ? みんなが建ててくれた自慢の城になんか文句あるのか? あ?

「何だとはなんだ。どこからどう見てもこの国の王城と同じデザインの城だろうが。それを馬鹿にするとは、王族に怒られても知らないぞ? 少年」

「お、おまっ!? ボクがその王族、第四十八番王子・ヨハンだっつのッ!!! お前わかってて言ってるだろこの野郎ッ!?」

 え、マジで!? このなぜかプリプリ怒ってるショタっ子が王族だったの!?

 ああ、そういえば王家のほうからも『王は御多忙なので王子をお送りするそうです。てか王様にご足労を願うとか流石はベイバロン生まれの方はアタマの出来が違いますねぇ……』って俺のかしこさを褒めた手紙が届いてたな。そっかそっか、こいつが王子か。全然わからんかったわ! オーラゼロだし器小さそうだしな!

 ……でも気付かなかったって言うとヨハンくんが傷付いちゃいそうなので、ここはごまかしておきますか!

「フフ、冗談ですよ王子。場を和ませるためのちょっとしたジョークです。王家の者であればそれくらいは一瞬で見抜けると思いますが?」

「なっ、貴様ーーーーー!? それはボクが王家の者にふさわしくないってことかーーーーッ!?」

 ってうわぁ、なんかめちゃくちゃキレてきたんだけど!?

 はぁ……なんだよコイツ、頭おかしいんじゃねぇの? ていうか年上相手には敬語使えよな。温厚で優しくて平和主義者なリゼ君だから何も言わないであげてるけど、スネイルあたりだったらとっくにブチ切れてるところですよ? まぁ俺は人格者なので笑って許してあげますけどね。

「ははっ、王子はどうやらお疲れのようだ。頭に回復魔法でもかけてあげましょうか?」

「殺すぞテメェッ!!? ……王城のデザインを丸パクリしたあげく、汚らしい黒で染め上げるとか何考えてんだよ!?

 最初は噂と違って緑豊かで発展してるなぁってビックリしたけど、街に近づいてったらこんな馬鹿みたいな城があって二度ビックリしたわッ!!!」

「実家を思い出せてよかったですね」

「うるせぇ!!! くそっ、さっきから王子であるボクを馬鹿にしやがって……お前、さてはこのグノーシア王国に反逆する気だなーッ!?」

 はぁぁぁぁあああッ!? 何言ってんだこのショタ助はッ! 王城のデザインを丸パクリしちゃうくらい王家のことをリスペクトしてる俺が、反逆を目論んでるだと!?

 うわぁ……やっぱコイツ頭おかしいわー。やれやれ、王様ってばとんだ問題児を押し付けてきやがったもんだぜ。まぁそれくらい俺のことを信用してるってことなのかな? じゃあ見放すわけにはいかないかぁ。

 さぁどうやって教育しようかなぁーと思ってると、ヨハンとかいうクソガキは後ろを振り向き、いつの間にやら立ち尽くしていた少年連中に吼え叫んだ。

「おいお前たちっ、貴族の末っ子ども! お前たちからも何か言ってやれ! リゼ・ベイバロンという男はこの国をめちゃくちゃにする気だぞ!?」

 相変わらず好き勝手なことを言ってくれるヨハンくん。しかし少年連中はジッと固まったままだった。

「お、おいお前たちっ!? 貴族の一員として悔しくないのか!?」

「……別に、国のことなんてどうでもいいし。もうオレたちのことはほっといてくださいよぉ……」

 おっと、どうやら後ろのキッズたちは元気がないらしい。表情も死んでるしまるで覇気が感じられない。

 うーんヨハンとは別の意味で問題だなぁこれは。なるほど、だから貴族連中はリゼくんの元気さを見習わせようと思ってコイツらをよこしたわけだな。ナイス判断と褒めてやろう。

 キレやすい若者に無気力な若者か……よし、いいだろう! 全員まとめてリゼ先生が面倒を見てやろうじゃないか!

「――教徒たちよ、こいつらを拘束しろ」

『ハッ、リゼ様ッ!』

 俺の言葉に応え、キッズたちの周囲に黒フードの連中が現れた。俺に無駄に忠実なデミウルゴス教の者たちだ。

 彼らは驚いてる少年たちの首筋へと手刀を打ち込み、一瞬にして全員の意識を刈り取った。

「かっ、はっ……!?」

「少しのあいだ眠っているがいい。お前たちの未熟な心を、俺が調教してやろう」

 さぁてキッズたちよ、有能教師・リゼ先生の愛に溢れた教育テクニックをたっぷりと味わってもらうぜ!!!

 ◆ ◇ ◆

「――ぅ、ううぅ……ここは……?」

 どことも知れない一室にて、ヨハンをはじめとした少年たちは目を覚ました。

 まだぼんやりとした意識のままで周囲を見渡すも、薄暗闇に覆われていて詳細が分からない。

「ど、どこなんだよ、ここ……!」

「オレたち、いったいなにが……!?」

 理解できない現状に、少年たちが困惑の声を上げた時だった。

 不意にいくつもの蝋燭の火が灯り、周囲の状況が明らかになる。

 彼らは窓のない地下聖堂の中――数十人の漆黒のフードを纏った者たちに取り囲まれていた。

「ひっ、ひぃいいいいいいいいいいッ!?」

 思わず絶叫を上げて逃げ出そうとする少年たちだったが、身体がまったく動かない。彼らは木椅子に座らされ、四肢や胴をきつく拘束されていたのだ。

 ならば魔法を放ち、自分たちを取り囲んでいる謎の集団を吹き飛ばそうとした瞬間――それよりも一瞬早く、漆黒のフードの者たちは抜身のナイフを首元に押し当ててきた。

 銀色の輝きが皮膚に食い込み、一筋の血が流れ落ちる。

「ぁっ、ぁあぁぁぁ……ッ!?」

「――うふふ……動かないほうがいいですよぉ? 暴れない限りは殺しませんからね〜?」

 黒装束の者の一人が可愛らしい声でそう囁いてくるも、むろん安心など出来るわけがない。

 謎の集団によって生殺与奪の権利を完全に握られていることに、少年たちは震え上がった。

 そんな中、ただ一人ヨハンだけは、ナイフを握った黒装束の者たちへと吼え叫ぶ。

「なっ……何なんだお前たちはっ!? ぼぼっ、ボクを王家の者と知っての狼藉か!?」

 目尻に涙を浮かべながらも、周囲を睨み付けるヨハン。王子としてのプライドだけが彼の心を支えていた。

「ボクに何かしてみろ……お父様が許さないんだからなっ!」

 まるで怯える子犬のように、ヨハンが必死で声を上げた――その時、

「――駄目だぞヨハン。立派な男になりたいのなら、安易に親に頼るなよ」

 周囲を取り囲んでいた謎の集団がざっと道を開け、ヨハンの前へと漆黒の礼装を纏った男が姿を現した。

「っ!? お、お前は……リゼ・ベイバロンッ!」

 氷のような冷やかな目をした男を前に、ヨハンは理解する。自分たちを拘束したのは、やはりこいつの仕業だったかと。

「お、お前、なんのつもりだぁ!? ボクたちにこんな真似をして何が目的なんだよ!?」

「決まっているだろう。この国の未来のために、お前たちの心を俺が正してやるんだよ。

 ――なぁお前たち、今の現状に不満はないか? 全て俺に話してみせろ」

「は、はぁ!?」

 訳の分からないリゼの言葉を前に、“何を言ってるんだ”とヨハンが叫ぼうとした瞬間――彼の口は、意(・)思(・)と(・)は(・)無(・)関(・)係(・)に(・)動(・)き(・)出(・)し(・)た(・)。

「ぼっ……ボクをぞんざいに扱う父上が嫌いだ!!! 腐るほどいる王子の中でもさらに末の子だからと、陰ではボクを嘲っている貴族の者たちが大嫌いだ!!!」

 全力でそう叫んでから、ヨハンは自身の身に起きた異変に恐怖した。

 これまで胸の奥底に閉じ込めていた想いが、リゼの言葉をきっかけにあっさりと口から飛び出したのだから

「なっ、なんだ今の!? おま、え……ボクに、何を!?」

「なぁに、心を正すにはまず不満を吐き出せたほうがいいと思ってな。回復魔法の応用で、お前たちの『秘めた憎悪』を増幅させてやったんだよ」

「なぁ――ッ!?」

 ヨハンは絶句した。そんなことが出来るわけがないと。

 回復魔法とは、魔法使いであれば誰でもある程度は使えるもっとも簡易な術のはずだ。魔力を土や火や雷などに変換するのとは違い、生まれ持った血肉はある意味いちばん馴染み深い物質なのだから。自身の擦り傷を塞ぐくらいなら子供でも出来る。

 だがしかし……血肉を増やすのと同じ要領で他者の『心』にまで干渉するなど、もはや完全に回復魔法の域を超えていた。

「貴族の幼き末裔たちよ、お前たちも声を上げろッ! このリゼ・ベイバロンが聞いてやろう! さぁ、喉が枯れ果てるまで吼え叫ぶがいい!!!」

「ぉ、オレたちは――オレたちは親が憎いッ! 家が憎い!!! 今の貴族社会が憎いッッッ!!!」

「ぁっ……ああああああああああああああああああああああああああああああ! 魔法使いとしての才能がそんなに大事なのかよぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「パパぁぁぁぁあああああああッ! もうぼくをぶたないでぇぇえええええええええ!!!」

 光の届かぬ聖堂の中、少年たちの絶叫と嗚咽が響き渡る――!

 心を殺して意識しないようにしてきた憎悪が、嘆きが、もはや溢れ出して止まらないッ! 誰もが涙を流しながら、親族や社会に対して呪いの言葉を吐き散らかしていた!

 さらには周囲を取り囲んだ黒装束の集団――頭のおかしいアリシアを筆頭とした異端滅殺過激派宗教・デミウルゴス教の者たちもまた「憎しみに染まれッ!」「殺意に堕ちろッ!」「正義の怒りを解放せよッ!」と吼え叫び、少年たちの狂気と歪みを加速させていく――ッ!

「死ねぇえええええええええええええええ!!! オレたちを虐げるヤツはみんな死んじまえぇぇぇぇええええええええ!!!」

「っ――ボ、ボクは……ボクは……っ!」

 周囲がトランス状態に陥っていく中、ヨハン王子だけは必死で歯を食いしばり、溢れ出す憎悪に耐え続けていた。

 父王は偉大なる存在だ、そんな人に対して邪悪な思いを向けてはいけないと全力で自らを制し続ける。

 だがしかし――、

「なぁヨハン……お前も叫びたい思いがあるんじゃないのか? リ(・)ゼ(・)お(・)に(・)い(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)に(・)、遠慮せずに言ってみろ」

「あっ――」

 そっと優しく肩に手を置いてきたリゼの言葉に、ちっぽけな自制心が砕け散る――!

 これまで吐き出す先がなかった邪悪なる想いが、ついにヨハンの中で暴走する!

「ぁ――あのクソジジイをぶっ殺してやりてぇええええええええ!!! ゴキブリみたいな数いる兄貴も全員全部ブチ殺してやるゥウウウウウウウウウウッッッ!!!」

 決壊した憎悪はもはや溢れ出して止まらない。ヨハンの心は恨みと呪いと怒りに染められ、瞬く間に黒く染め上げられていった。

 かくしてこの夜、不遇なる少年たちは変貌を果たす。

 リゼという男によって暴走させられた憎しみに狂い、凶悪極まる『ベイバロンの使徒』へと生まれ変わることになったのだ――!

「ぶっ壊してやる……こんな社会ぶっ壊してやるッ!!!」」

「そんなに魔法使いとしての実力が大事なら見せてやらァッ! 親父も兄貴も全員殺して、オレが領地を奪い取ってやる!!!」

 目を血走らせ、怨みの叫びを張り上げる少年たち。

 そんな彼らへと、リゼ・ベイバロンはさらなる祝福を与える――!

「フハハッ、いいぞお前たち! それでいいんだよッ! 理想を掲げ、欲望を燃やし、自身が正しいと思う道を突き進むがいいッ! このリゼ・ベイバロンがお前たちの未来を照らしてやろうッ!」

 リゼの言葉に応えるように、黒装束の教徒たちが懐から注射器を取り出し、少年たちの首筋へと突き刺した。

 その瞬間――歪み狂った少年たちの全身に爆発するような熱が迸《ほとばし》る!

 歯は鋭く尖《とが》り、瞳は黄金に染まり、それに加えて少量しかなかった魔力が劇的に倍増したのだ――!

「なっ、なんだこれぇ!? 力が溢れるぞォオオオオオオッ!!!」

「すげぇぇぇえええ! まるで生まれ変わったような気分だぁぁあああ!!!」

 歓喜の声――というにはあまりにも狂暴な、まるで吼え猛る『ドラゴン』のような叫びを上げる少年たち。筋力も爆発的に増大し、身体を拘束していた縄をいともたやすく引き千切ってしまった。

 狂喜乱舞する彼らへとリゼは満足げに語る。

「今お前たちに打ち込んだのは、ドラゴンの力を取り込んで暴走し、その果てに大樹になった男から取れた樹液だ。『竜の因子』を微量に含んでるらしく、葉を食べた虫や小動物が強壮になるのを見て思いついたんだが、やはり人間にも効果があったらしい。

 ――さぁ少年たちよ、生まれ変わったお前たちの力を親兄弟に見せてやるがいいッ! 今のお前たちは無敵だッ!!!」

『オオオオオオォォォォオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!!』

 憎悪と殺意と魔力を滾らせ、変わり果てた少年たちは禍々しき咆哮を張り上げる。

 もはや彼らの瞳には、リゼ・ベイバロンという男に対して最初に感じていた不信感など一切あらず。自分たちに進むべき道を教え、さらには絶大なる力を与えてくれた『導師』として、信頼と感謝の念しかなかった。

 そして何より、身体に埋め込まれた竜の因子が無意識下で囁くのだ。“この男には絶対に逆らってはいけない”と……!

 その思いはリゼに対する忠誠心として表れ、少年たちの心を縛り付けるのだった。

 ゆえに――彼らは気付かない。

 『親族たちへの反逆』という素晴らしき結論に辿り着かせてくれたリゼが、むしろ親(・)孝(・)行(・)に(・)な(・)る(・)と(・)思(・)っ(・)て(・)こんなことをしでかしたなんて――ッ!

(フヘヘッ、子供たちをこれだけ元気にして帰したらパパさんたちも喜ぶだろうなぁ! なんか色々と不満を溜め込んでたみたいだし、いちど親子喧嘩でもしてスッキリするといいぞいッ!)

 ポコポコと殴り合った末に「父さんッ!」「息子よッ!」と抱き合う場面を想像し、内心ほっこりとするリゼ・ベイバロン。

 ……あまりにも考えが足りなさすぎるこの男は、少年たちの心をぶっ壊しながらそんなアホみたいなことを考えていたのである。

 かくして数日後――コイツのせいで血みどろの復讐劇が巻き起こり、大量の新当主たちが爆誕することになるのだった。