「んー……」

 ひんやりとした冬の気温と眩しい朝日によって目が覚める。

 恐らく、まだ俺が起きるには早い時間。勿論メイドのサーラ達やバルトロは朝食の準備の為に起床して、せっせと朝早くから働いているだろう。

 この世界は日本のように灯りとなる電気などが無いために、暗くなれば即座に寝るというなんとも健康的な生活リズムをしている。

 俺は無属性魔法の『ライト』によっていくらでも夜更かしをすることができる。

 しかし悲しいかな。俺は六才児。身体が夜更かしを許すこともなくすやすやと夢の世界へと飛び立ってしまう。まあ、どちらにせよ夜は日課である魔力トレーニングを繰り返し、魔力を使い切って疲れるのだから一緒のことなのだが。

 そんなことはともかく。まだ眠い。それに寒くて布団から出たくない。どうして冬はこんなにも布団が愛しくてたまらなくなるのか。どんなに魔力を鍛えても冬の布団が持つ魔力には永遠に勝てる気がしない。

「ああ、布団よ。もう君を離さないよ。絶対にだからね」

 俺は布団に愛を囁き、ぎゅっと抱きしめながらポカポカと陽だまりの中にいるような感覚を楽しむ。

 ああ……まるで宙に体が浮いたような感じだ。まさに幸せ。

 完全に眠ってしまえば人は布団に横になっている気持ちよさを感じることはできない。

 しかし、このまどろみの状態であれば寝ていながらも布団や枕の心地よい感触を感じられる状態になるのだ。

「……やばい、おしっこに行きたくなってしまった」

 今この布団から出てしまうと、極寒とも言える冷たい乾燥しきった空気が瞬く間に俺へと襲い掛かるであろう。

 この心地よい場所を捨て去り爽快感を得るか、尿意による猛攻を耐えることによって心地良い場所を死守するか。

 一方を選ばなければならない。これが物語の世界での主人公やヒーロー、英雄が経験するという葛藤というやつなのか。

「………駄目だトイレに行きたい」

 尿意があっては二度寝を楽しむことすらできない。すなわち早急にトイレへと向かいことが快適な二度寝へと至る道。そこに目が冴えるという危険があったとしてもやらなくてはいけない。

 しかし、俺は先程布団と愛の約束を交わしたばかり。それをすぐに破るだなんて許されるのか? 

「んあああああ」

 俺の心の中でうごめく葛藤がぶつかりせめぎ合う。

「……決めたよ。俺は前へと進むことにするよ」

 俺は開くことさえ億劫だった重い思いまぶたを持ち上げる。

「くっ!」

 朝日という名の光が、俺の瞳と焼き焦がすかのように容赦なく降り注ぐ。

 目を開いただけでこれとは。トイレまでの道のりは随分と険しい。

 それでも俺は前に進むんだ。

 布団からゆっくりと足を出す。

「ああああああああああ! 寒いいいい!」

 針で刺すかのような冷たい空気が俺の足を襲う。

 今すぐこの足を布団の中へと戻したい。今ならばまだ間に合う。足を布団へと戻せば、愛する布団は心身ともに温めてくれるだろう。

 だがそれでいいわけがあるか!

 げんに尿意は着実に膨れ上がるばかり。やがてそれは限界を迎え破裂するだろう。

 俺にも守るべき誇りがある。

 この誇りを傷つけるようなことになれば、人々は俺を指さし、あざ笑うことだろう。

 男としてそんなことは許せない。

 俺は瞬時に動き布団から飛び出す。

 愛しい愛しい布団が、俺を引き止めるかのように絡みついた気がした。

「すまない」

 全身が露わになることで、真冬という名の自然が猛威を振るう。

 俺は即座に布団の中の熱が逃げてしまわないように布団を整理する。

 そして俺はトイレがある場所を鮮明にイメージをして転移をした。

 トイレへと転移した俺は、ズボンを下ろしーー

「はっ!……何だ夢か。やけにリアルだったな」

 今の季節は秋。当然肌を刺すような寒さなどあるわけがなく、自然も猛威を振るわない。それに俺は布団ではなく、ベッドだ。

 朝の空気は寝起きにはすこし冷たく感じるかもしれないが、体が活動しだせばこれくらいの温度が適温だろう。

「はっ! まさかおねしょとかしてないよな!?」

 急いで俺は股間部分を確認する。

 あんな夢を見た後なんだ。可能性は十分にあり得る。

「……セーフ。何もなかった」

 俺の誇りに傷がつくようなことは無かった。

「よし、今度こそ二度寝をするか」

 夢では結局二度寝が出来なかったしな。

 俺は布団に体が沈んでいくの心地よさと、毛布の肌触りのよさを堪能しながら徐々に意識を暗闇の中へと沈める。

 コンコン

「アル、起きてる?」

 廊下からノックをして投げかけられるシルヴィオ兄さんの声。

「寝てます」

「………ねえアル」

「駄目だ」

「まだ僕何も言ってないよ?」

「それでも駄目だ!」

「いや、僕はエリーー」

「駄目! 聞きたくない。あっち行って」

「……はぁ。わかったよ」

 俺のかたくなな意思に負けたのか、呆れたのかは知らないが、シルヴィオ兄さんは扉の前から去っていく。

 全く俺の二度寝を邪魔するだなんて。それにしてもこんな朝早くからシルヴィオ兄さんが部屋に来るだなんて珍しいね。

 しかしシルヴィオ兄さんへの興味より、二度寝をしたい欲求の方が勝ってしまったために考えないことにする。

「アル」

「………」

 兄と姉でここまで言葉に違いが出るのか。エリノラ姉さんの場合は断定してるよね? 形式上仕方がなく言葉を投げかけていますよ? というオーラがありありと感じることができる。アルという二文字だけなのに様々な意味合いを感じ取れる気がするのは俺だけであろうか。

「起きてるわよね? だって、さっきシルヴィオと会話してたそうじゃない?」

 本当にシルヴィオ兄さんは最近余計な一言が多いと思う。

 後半の言葉だけを聞き取れば可愛い女の嫉妬と思えなくもない。そうこれは女の可愛い嫉妬。ならば男であるならばここは黙って受け止めるべきだろう。そう黙って。

「………入るわ」

 早い。決断が早いよ。

 キイィという音を立てて、無慈悲にも扉は開かれる。どうして昨日ちゃんと鍵を閉めていなかったのだろう。悔やんでも悔やみきれない。

「起きなさいアル」

 エリノラ姉さんの呼びかけられるが、俺はあどけない顔をして寝息を立てる。

 どこからどう見ても可愛い弟だろう。

 エリノラ姉さんはそんな俺の栗色の前髪を撫でる。

 そしてピタッと手の動きを止めると、腕に力をこめだした。

「ちょちょちょ! 痛い痛い! 頭蓋骨が!」

 アイアンクローである。

「あんな作りきったような顔であたしを騙せると思っていたの?」

 「そう、考えていた自分が愚かでした」

 そういうとエリノラ姉さんは腕の力を緩める。もっとも俺の頭から手は離れないままなのだが。

「手は放していただけないので?」

「まだ駄目よ」

 良かった。『ペットには首輪が必要でしょう?』とか言われるかと思ったよ。

「別に今日は収穫祭二日目なだけで、こんなにも早くに起きる必要ないじゃん。メルナ伯爵とロリーナ子爵達は、今日屋敷でゆっくりするって言っていたし」

「ユリーナ子爵よ。アルってばそんなに薄っぺらい口をしているから、いつも痛い目にあうのよ?」

 薄っぺらい口と薄っぺらい胸。どちらが罪であろうか。

「痛い!? 今何も喋ってなかったよね!?」

「あたしの中の女の勘が殴れって言っていたわ」

 また例の神託という奴だろうか。そんなにポンポンと神託が下りては、ありがたみというものが薄れるじゃないか。少しは自重して欲しい。

「とにかく今日は朝稽古をするのよ」

「そんなことノルド父さんは言ってなかった」

「今朝決まったのよ。メルナ伯爵とルンバさんが来て、じゃあ剣の稽古でもしようかって」

 くそ、ふらりと帰ってきやがって。最近は村で力作業をして暮らしていたのだが、何故今日になって遊びに来たんだ。

 確か冬までに一度王都に戻るって言っていたな。それで春になったら戻ってきてコリアット村に腰を落ち着けるんだとか。

 面白くていいやつだから嬉しい。それにBランク冒険者だし頼りになるなあ。

 しかし今はそんなことは関係ない。

「なら俺はお邪魔だよ。おやすみなさい」

「メルナ伯爵とルンバさんから直々にご指名されていたけど?」

「シルヴィオ兄さんを盾として献上したら駄目かな?」

「………盾」

 ん? 何か廊下で物音がした気がする。

「シルヴィオじゃ無理よ。すぐに壊れちゃうし」

「………壊れる」

「あー、そうだもんね。シルヴィオ兄さん防御力低いし」

 過去にシルヴィオバリアを使用して、その防御力の低さは確認済みだし。

「………防御力低い」

「ほらわかったら、行くわよ」

 メルナ伯爵のお呼びだしと言われては仕方がない。二度寝はまた今度ゆっくりと楽しむことにしよう。

 ようやくエリノラ姉さんの手が頭から離れる。手形とかついてないだろうか。額をさすりながら、俺はエリノラ姉さんと部屋を出る。

「シルヴィオ、こんなところで膝ついて何してるの? 稽古に行くわよ」

 廊下に出ると何故かシルヴィオ兄さんが転がっていた。

「………アル、今日の稽古。覚悟しときなよ」

 シルヴィオ兄さんが真剣な顔つきで語る。

 ん? それはメルナ伯爵とルンバがいるから、今日の打ち合いは厳しくなるってことだろうか? 

「うん。頑張ろうね」

 俺は満面の笑みで返答する。

 お互いに生き残ろうね!