「雪やこんこ 狐はこんこん、降っては降っては」

 あれこの続きなんだっけな? そもそも最初の歌詞すら覚えているか怪しい。最後に猫はこたつで丸くなる、という感じだったはずだが……

「アルって、たまに変な歌を歌うよな」

 雪道を歩いていると、トールが振り返って言う。

 変って、俺が音痴という事だろうか。ちょっとへこむぞ。

「え? そう?」

「なんか、無駄に音程が良くてセンスがあるような。なんかここらへんでは全く聞いたことのない音程だったな」

 なんだ良かった。音痴ではないのか。

 まあ、確かに村人が歌っている曲とは全然リズムが違うな。なんか村の歌は大合唱して歌う、歌詞が長い曲だから歌うのが難しいんだよな。海賊が歌ってそうな曲だし。

「でもなんか、アルの歌好きだよ。村の歌より短くてわかりやすいし」

 隣を歩くアスモが何とも嬉しい事を言ってくれるではないか。

 ちなみにアスモはトールと同い年で七才だ。こいつも最初のノリのせいか敬語なんて全く使わない感じになった。その方がこっちも楽で嬉しい。

「ありがとうアスモ。ところで、めちゃくちゃ沈んでいるけど大丈夫なの?」

 見れば、アスモが自分の重さゆえに深々と雪に埋もれている。それでよく歩けるね。アスモが進むたびに大きな穴ができているよ。

「転がった方が早いんじゃねえか?」

「トールってば頭いい!」

「そうだね。転がったほうが――なわけねえよ!」

 鋭い突っ込みを言いながらも、アスモは雪に足を取られまいと大股で歩くがその度に沈んでいく。おいおい、大丈夫かよ。どんどん沈んでいるぞ。

「はいはい。そっちは雪が深いからこっちにおいで」

「おう」

 アスモをこちらに引き寄せる。

「おおお! すげえ! アスモの足跡のお尻の痕が付いているぞ!」

 トールの指を指した場所を見ると、確かにアスモのお尻らしき痕がついた箇所がちらほらと。

 なるほどあの辺りは雪が深いのか。

 トールが興味深そうに深い穴を覗いている。これはまたなんとも落とし穴に落としたくなる恰好だ。

 ふと隣を見ればアスモもうずうずとした様子だ。

 アスモが俺の視線に気が付くと、黒い笑みを浮かべた。

 俺もそれにならって笑顔を浮かべた。やる事はただ一つ。

「「せーのっ!」」

「お? なん、ええっ!? ぶふぉっ!」

 俺とアスモに背中を押されたトールは、なすすべもなく深い雪の穴へと倒れ込む。

 おおお、顔からいったよ。あれは冷たそうだ。

「「いええええい!」」

 俺とアスモは満足な結果を得られて手を打ち合わせる。

 コイツ結構できるな。俺とアスモは笑い合って友情を深める。

「いえええい! じゃねえよ! 穴に突き落としやがって! というかここ結構深いな」

 思ったよりも深い穴だったらしく、トールが雪の穴から出るのに手間取っている。

 トールの胸元くらいまであるなあ。この感じだと足を使うにも分厚い雪靴じゃ難しいし、腕の力だけで上がるのも雪の上ではなかなか難しい。

 これはまた面白い事になった。

「ちょっと、お前ら手伝って……おい何だよ、その笑顔は。ちょっとおい! 寄るなよデブ! あっ、ごめんなさい! 謝るから埋めないで! ちょっ! アルも無言で雪をかけるな! やめろおおおおおおおおっ!」

 ×      ×       ×

 そんなこんなでやっと着いたコリアット村。

 いつも俺を一番に出迎えてくれた黄金色の稲穂は、収穫祭で刈られて一面土となり、今はたくさんの雪をのせている。村の小屋や柵はどこもかしこも雪に覆われていて、化粧をしているみたいだ。

 道中の雪遊びが楽しくてなかなか進めなかった。

 途中でトールが拗ねてしまったのだが、エリノラ姉さんの情報でけろりと上機嫌になった。トールちょろい。

 そんな奴は今も楽しそうに俺達の前を歩いている。そんなトールが急に振り返り、興奮した様子で叫びだした。

「おい! もう始まってんぞ!」

「何が?」

「雪合戦だって!」

 トールが走っていく方に俺とアスモは慌てて付いていくと、そこではあちこちで雪合戦をしている村人達が。

「チームローランド行くぞおおおおっ!」

「「よっしゃああああああああああっ!」」

「チームウェスタ突っ込めええええっ!」

「「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」」

 見れば、二組に分かれた村人達が雄叫びを上げて、雪玉を片手に走る。

 子供から大人の入り混じったチームは、小屋を盾にして立ち回り雪玉を投げ合う。

 おいおいお前達、内職のノルマはきちんとこなしているのだろうな。

「いけええええっ! いてこましたれ!」

「死にさらせっ!」

「エルマンがやられたっ!」

「おのれ、よくもエルマンをやったな!」

「いや、あの、私、まだ気絶してない――」

「とうっ!」

「がふっ!」

「よくもエルマンをおおお!」

「いや、待て! 俺は一発雪玉を当てただけで、お前が気絶させた――」

「ラルドがエルマン殴って気絶させたぞおお!」

「おいっ!?」

「「「ラルドって誰だ?」」」

「セリアさんの旦那だ!」

「「「へえええ。それはいい事を聞いたぜ」」」

「え、ちょ、それ俺には関係ないし!」

「あの時、公衆の面前で尻をひっぱたかれた恨み」

「カーラさんのお尻を見つめていただけなのに、トレーで思い切り叩かれた恨み」

「家族に晩飯にいくら使っていたと告げ口された恨み」

「それ俺じゃなくて全部セリアだよな!? あいつに言えよ」

「「「できるわけないだろ」」」

「何だよそれ!? 根性なし!」

「「「黙れ尻にしかれている癖に!」」」

「お前達も同じだろうが!」

「え、ええいっ! やってしまえ! 日頃の恨みをぶつけろ!」

「埋めろ埋めろおお」

「痛いっつうの! ていうかおい! 雪の中に石が詰まっているぞこれ!」

「ちいっ」

 何ともバイオレンスな雪合戦だ。今朝のバルトロとは違った怖さがある。

「おい、トール本当にここに混ざるのか?」

「そ、そうだな。大人達とは少し離れて子供達でやろうぜ」

 先程の村人達のやり取りにびびったのか、トールが端を歩き出す。

 アスモも賛成のようで、俺達はゆっくりと小屋の影を進み戦場を迂回する。

「はーはっはっははは! どうしたウェスタ! 攻撃してこねえのか!?」

 俺達の進む方向には、こんなクソ寒い中にも関わらず上半身を裸の姿のローランドが小屋に隠れて大声を上げている。

「クソ! 貴様卑怯だぞ! 我が家を盾にするとは!」

 少し離れた道では、同じく上半身裸のウェスタが雪玉を抱えて怒声を上げている。

「んん? 何の事かな? たまたま身を隠すのに使っているだけだぞ?」

「くうっ! しらじらしい! わざわざこんな所に身を隠しよってからに」

「どうした? 投げてこいよ? 投げるのが怖いのか? ほれほれ!」

 歯を食いしばり、悔しそうな表情でウェスタはローランドから放たれる雪玉を回避する。

 ウェスタが反撃に雪玉を投げようとするも、ローランドはすぐに小屋の影へと身を隠す。

「くそっ!」

 ローランドのおっさん人の家を盾にするとか結構やるなあ。

「どうした? 投げねえのか? 知っているぞ俺は。ここの壁が丁度もろくなっているという事! ここの窓なんてもう壊れかけているじゃねえか」

「勝手に人の家に触るな!」

 ウェスタの声と共に投げられた雪玉はローランドへと向かう。

 それをローランドは余裕たっぷりの様子でひょいと躱し、雪玉は窓へとぶち当たり、破砕音が轟く。

「ウェスタの野郎自分の家を自分で壊しやがった」

「……もう家など知るかああああああっ! くたばれローランド!」

 やけくそになったウェスタが、大量の雪玉を放り投げる。

「ちょ、おい! お前自分の家だぞ!」

 ウェスタが放り投げた豪速球は、もろくなった小屋の壁を容赦なく削る。

「エルマンに直させる!」

「その手があったか! 上等だ! きやがれ!」

 やがて二人は手元の雪がなくなると、つかみ合いをしだす。

「いつも思うんだけど、あの二人いつも喧嘩しているよな」

 俺は何となく気になっていた事をトールとアスモに聞いた。

「まあ、あの人らにも色々あるんだよ」

「そうそう。色々あったんだ」

「え? 何それ。気になるんだけど」

「はいはい、向こうに行こうな。ここは危ないから」

 トールとアスモに聞いたが教えてはもらえず、背中を押されて端っこへと向かった。

 え? 何があったのねえ?