Tensei Shite Inaka de Slowlife wo Okuritai
A moment of fun
貴族の交流会はあの後、リーングランデ公爵とやらが舞台に立って、歓迎の挨拶をしていた。
燃えるような赤い髪をオールバックにした男性で、落ち着いた雰囲気を持っていた。
だがその瞳の奥には野生に潜む獣のようなギラギラとした眼光を秘めており、俺としては関わりたくない人ランキングのぶっちぎり一位を記録した。
あれは見た瞬間に捕食者の目だと思った。
挨拶の最後に俺と目が合ったのは気のせいだと思いたい。
この王国には紳士が多いからきっとラーちゃんの事を凝視していたに違いない。
それにラーちゃんの家も公爵家だから、色々と確執があるかもしれないしね。
俺としてはリーングランデ公爵の紳士説を信じたいところだ。
そして夜は更けてゆき、貴族交流会の一日目は無事? 終了となった。
明日もパーティーはあるらしいのだが「今日参加したから明日は出席しなくていい?」
とノルド父さんに尋ねると「明日は王族の方が来られるから絶対に参加しないと駄目だよ」と笑顔で言われてしまった。
それを聞いて虫を噛んだような苦い表情をしたのは、俺とエルナ母さんだった。
そして次の日の朝。
俺とエルナ母さんは切実に呻いた。
「「パーティーに行きたくない(わ)」」
俺とエルナ母さんは言葉が重なるなり、顔を見合わせ笑みを交わし合った。
いやー、やっぱり親子の仲がいいって言うのは素敵だと思います。
それを聞くなり、俺の前に座るノルド父さんは飲んでいた紅茶が喉にでもつまったのか苦しそうに咳き込む。
それから落ち着くと、にっこりと笑って俺達を諭すように言う。
「だ、駄目だよ。今日は王族の方が参加なさるんだから、王都にいる以上は絶対に行かないと」
「「ええぇー?」」
「ごねても駄目だよ」
俺達の抗議も虚しく、跳ね除けられてしまう。
今日の朝になれば忘れてくれるかと思っていたのに。
それなら今日だけ参加すればよかったじゃないか。
「だって、貴族の女性と話すのは疲れるのよー。常に気を張っていないといけないから」
「わかります母上」
確かに会場にいる貴族の女性の視線は辛い。
こう値踏みされているというか、体の動作を全て監視するかのような感じ。
貴族の令嬢は、いいお相手を見つけるのにも必死なので仕方のない部分はあるが……。
もし、俺の隣にシルヴィオ兄さんが歩いていたら速攻で逃げていた事だろう。
それくらい凄い。あと、囁き声も遠慮が無い。
「アルはそんな苦労していないでしょ。まだ子供なのだし、昨日は楽しそうにミスフィード家のご令嬢と楽しそうに喋っていたじゃないの」
あの殺伐とした空気のどこが楽しそうに見えるのだろうか。最後なんてあいつらナイフとフォークを手に取ったんだぜ?
「それには僕も驚いたよ。どういう接点があったのかな?」
ノルド父さんがそう言うと、エルナ母さんも目を爛々と輝かせて身を乗り出した。
「いや、別にたいした事じゃないんだけれど……」
俺は王都に来た初日の事を、かいつまんで話す。
すると、ノルド父さんとエルナ母さんは感心したような声を漏らした。
「へえー、そんな事があったんだね」
「アルなら適当に衛兵の所に連れていくかと思ったわ。エリノラに似て面倒見がいいのね」
「いや、さすがにそんな冷たい事はしないよ!?」
あと、エリノラ姉さんの面倒見がいいって言うのは違うと思います。
あれはきっとそういうんじゃ無くて……。
「ところで、今日の交流会にいらっしゃる王族のお方っていうのは?」
エルナ母さんの瞳が細められる。あれは獲物を追い詰める時の目だ。
心無しか、その声も冷たい気がする。
「……多分あの方がいらっしゃるのだと思う」
それに対してノルド父さんは困ったような苦笑いで答える。
「あのお転婆王女ねえー」
エルナお母さんが笑顔でそんな事を言う。どうやらエルナ母さんからすると、珍しい事に余り印象の良い人ではないらしい。
「駄目だよそんな言い方をしちゃ。一応、彼女のお陰で領地に引っ込んでいても怒られないんだから」
「お転婆王女って?」
「第二王女のクーデリア様よ。あの王女様がノルドのファンだから」
ああ、なるほど。それでノルド父さんがコリアット村に引っ込んでいてもあまり怒られないのか。いくら王都から遠い田舎だからと言っても、よほど経済に余裕が無いのでなければ頻繁に顔を出さないといけないみたいだしね。
第二王女のお気に入りだから、皆あまり文句も言ってこないのね。
俺としては第二王女様様だけれど、お転婆ってところが怖い。
「まあ、そんな訳で挨拶はしないとね」
「それならしょうがないか……」
ノルド父さんがゴマをするだけで、王都のパーティーに行かなくていいのだから万々歳だ。
これはドラゴンスレイヤーの劇が楽しみになってきた! 第二王女様も大好きなようだしね。
今日は何をしようか。そう思いながら宿の廊下を歩く。
『おかしいです! 昨日はポケットからクッキーが出てきたはずなのに!』
『……ミーナさん、何をしているのですか?』
寝室から聞こえるそんな声。
『クッキーが無いんです!』
『……クッキーがアルフリート様のズボンから出て来る訳がありませんよ』
『確かに昨日見ました! アルフリート様が右のポケットからクッキーを取り出すところを! その前だってたくさん出していたんですよ!?』
『そんな事がある訳ないじゃないですか。とうとうミーナさんの頭もおかしくなりましたか? クッキーの食べ過ぎです』
『違うんですってー!』
なんともまあ、ミーナの残念な事。あれは空間魔法のお陰であって、ポケットのお陰ではないよ。
メイドのミーナやサーラものんびりできているようだ。
パーティーは本日も夕方からなので、まだまだ時間はある。
何故かノルド父さんとエルナ母さんには、宿でじっとしていて欲しいと言われているが、
言われなくても今日はさらさら宿を出るつもりは無い。
どうせパーティーが終わってからも、王都に少し滞在する予定なので後でいくらでも散策できる。転移魔法があるので、もはやいつでも可能になってしまったが。
今日は回転以外に買った魔導具の確認しよう。
コタツを作るために買った、放熱魔導具の調子を見ないと。それに照明の魔導具の具合も確かめたい。確かシルヴィオ兄さんが欲しいってぼやいていたような。
今度もう一つ買っておくか!
「人は楽しい時間ほど、光の速さで過ぎてしまうのは何故だろうか……」
俺は揺れる馬車の中でひっそりと呟く。
あんなに楽しかった魔導具をいじる時間は過ぎ去り、堅苦しいスーツを着させられこうして馬車に揺られる。
「アル、しっかりしなさい。顔がいつにも増してやつれているわ。魔導具を触っている時はあんなに生き生きとしていたのに」
隣のエルナ母さんが俺の体をゆすってくる。
いつにも増してって普段からやつれ気味って言っているのかな? おかしいな、今日は魔力を使い切るトレーニングはまだやっていないはずなのに。
「やつれていないよエルナ母さん。これは元々の状態の顔だよ」
「パーティーの時は母上と呼んでおくのでしょう?」
誤魔化した。
「まだ着いていないから大丈夫」
「昨日は宿の時からそう心がけると言っていたじゃないの」
くそ、やはり女性というのは細かい所まで覚えているものだ。
そんな遥か大昔の事まで覚えているだなんて。
「ほら、そろそろ着くよ」
ノルド父さんがそう言うと間もなく馬車は停まり、昨日と同じように使用人達が馬車を収納して俺達は会場へと歩く。
すでに空は紅い光から、蒼い宵闇へと移り変わろうとしている。
屋敷の周りには今日も光源が設置されており、既に光が灯っている。
会場へと歩く人の数や、馬車の数が昨日より多かったのは王族が来るせいであろうか。
道の傍で出迎えるメイドや執事の数も昨日より段違いの数であり、警備の衛兵や全身を金属鎧で固めた騎士の者も多い。
それだけ気を配らないといけないのであろう。王族に何かがあったらまずいから。
「……アル」
「わかってるよ。トングは突かない、振らない」
「普通に問題を起こさないって言って欲しかったな」
失礼な。その言い方じゃあ俺が問題児みたいではないか。
昨日はちょっとエリックが喧嘩のバーゲンセールをやっていただけで、仕方が無かったんだ。
こうして貴族交流会の二日目は始まった。