Tensei Shite Inaka de Slowlife wo Okuritai
Dad Nord and table tennis
ダイニングルームでゆっくりとカグラについての話などをして過ごしていると、トリーの商会が荷物を運びにやってきてくれた。
サイキックで浮遊した状態のまま、中庭へと出ていくとトリーの商会の馬車がずらりと並んでいる。うちの屋敷の庭に、これほど多くの馬車が入ってきたのは初めてではないだろうか。
食材の受け取りを任されているバルトロは、並んだ馬車を見て呆れた表情を浮かべる。
「おいおい、坊主。屋敷の外にまで馬車が続いてるぞ」
「お米を百キロ単位で買ったからね」
「お米に関してはうちでも消費できるし、村の食堂にも回せば何とかなるけど他が心配だぜ」
「大丈夫だよ。保存の利くやつを中心に買ってきたし、調味料も村でも気に入ってもらえるはずだよ」
「だといいけどな」
次々と馬車から下ろされる荷物を見て、バルトロが遠い目をしながら呟く。
これらの全てをバルトロや少数のメイドだけで確認しなければいけないのだ。
彼のしばらくの仕事は品物のチェックと整理に負われるだろう。
「でも、新しい調味料や食材が手に入るとなると料理人としてワクワクするでしょ?」
「まったくだ! 料理人の腕が鳴るってやつだな! カグラ料理を作るために手を貸してくれよ?」
「勿論!」
腕まくりしながら得意げに笑うバルトロの言葉に返事をして、俺はひっそりと遠ざかる。
すると、バルトロのごつい腕が伸びてきて俺の布団を掴んだ。
「……何をするのさバルトロ」
「坊主にはあらゆる無機物を自在に動かせる魔法があるんだろ? これだけの荷物があると日が暮れるまでに終わらねえ。手伝ってくれよ」
「嫌だよ。俺は今日は一日ゴロゴロして過ごすんだ。離してよ」
エルナ母さんかトリーが何を吹き込んだのかは知らないが、そう便利屋扱いされてたまるか。
旅の疲れと筋肉痛のよる疲労がまだとれていないんだ。
今俺がやるべき事はお手伝いなんかではなく睡眠なんだ。
「さもないと、この布団を引っぺがして身体中を突いてやってもいいんだぜ? 坊主は今、筋肉痛なんだろ?」
「ひ、卑怯な!」
くっ! サイキックによる念動力で無理矢理動こうにもバルトロにしっかりと布団を掴まれているせいか動くことができない。料理人の癖に無駄に立派な握力をしやがって。
結局俺はバルトロに脅されて、サイキックで荷物を屋敷の食糧庫へと運ぶことになった。
わかってはいたけど、人が一個ずつ運ぶのと魔法で一気に運ぶのでは効率がまったく違う。
トリーの商会が運び込んできた荷物はあっという間になくなった。
バルトロやメイドが一気に収納した品物のチェックにかかると、俺の仕事は終わりだ。
「アル! ちょっといいかい?」
自分の部屋に戻ってひと眠りしようかと思ったところで、トリーを引き連れたノルド父さんに声をかけられた。
トリーとノルド父さんは早速卓球の打ち合わせをしていたはずだが、何か問題でもあったのだろうか?
「なに?」
「いやあ、卓球についての説明をしていたんすけど、実物を見せない事にはどうにも説明しにくいんで申し訳ないっすけど、卓球台を一つ作ってもらえるっすか?」
前に出て言ってくるトリーの言葉を聞いて納得する。
確かに、台の上で球を打ち合うとか言われても、まったく知らないノルド父さんからすれば理解しにくいことだろう。
カグラでお金を勝手に使い過ぎたこともあるし、どうせノルド父さんに途中から丸投げするのだ。携わるものとしてどんなものがくらいの体験は必要だな。
「いいよ、今から作るよ」
「助かるっす! ああ、コルク球とラケットは俺が持ってるんで大丈夫っすよ!」
最初から実物を見せて納得させるつもりだったんだな。用意がいいね。
そんな事を思いながら、俺は屋敷の玄関へとサイキックで移動する。
「ここで作らないのかい?」
「これは室内でやる遊びだしね。実際に遊んでみるなら部屋でやった方がいいよ」
どうせ卓球をしてみるんだ。外で打ち合うよりも室内でやった方がいいだろう。コルク球とか落ちて土塗れになってしまうし。
旅館では女将と三之助に遠慮して庭に作ったが、本来は室内でやるものだし。
「とりあえず、ここにある空き部屋を使うね」
「ああ、そこは何も置いてないし問題ないよ」
一階には空き部屋が結構多い。その中の一つを今回は使わせてもらうことにした。
ノルド父さんの許可をもらった俺は、サイキックで扉を開いて中に入る。
部屋の内装は待合室などと変わりはない。その代わり家具といった置物の類はなく、殺風景であるメイド達による掃除が行き届いているのか十分に綺麗だった。
ノルド父さんも部屋を見回して、メイドの仕事に納得しているようだ。満足そうに頷いている。
そんなノルド父さんをしり目に、俺は部屋にある窓をサイキックで開いて空気を入れ替えてやる。
「しかし、アルフリート様は本当に魔法を器用に使うっすね。ここまで繊細な魔法を生活の中で使える人は中々いないっすよ」
「それをもっと広く活用すれば、将来は安泰だと思うんだけどね……」
魔法は自分の生活を豊かにするために使うんだ。人のために使うなどと面倒な仕事を請け負うのはごめんだよ。
というか皆は魔法をどんな風に使っているんだ? 身近にこれほど使う用途があるというのに、他の人はこういう魔法が使えないと聞く。俺はそれが不思議でならない。
まあ、うちはうちよそはよそだ。
これくらいの広さがあれば十分なので、早速俺は室内で土魔法を発動。
カグラで作った卓球台のイメージをそのまま使って、一台の卓球台を作り上げる。
俺が卓球台を作り上げると、ノルド父さんが興味深そうにペタペタと台を触っていく。
「この台の上で打ち合うのかい?」
「そうっすよ! このラケットを使うっすよ!」
トリーにラケットを渡され、場所を促されてノルド父さんが位置につく。
ふむ、ノルド父さんが卓球ラケットを持つのを見ると、少し違和感があるな。
トリーも自分のラケットを持つと、意気揚々と位置についた。
「それじゃあ、このコルク球を打つっすから、そのラケットで打ち返すっすよ?」
「う、うん、わかったよ」
ノルド父さんが返事をすると、トリーが優しくコルク球を打つ。
自分の陣地にやってきたコルク球をノルド父さんは戸惑いながらもラケットで打つ。
しかし、ラケットは面が外を向いていたために、コルク球はトリーの陣地に入らずに台の外に落ちてしまった。
「あちゃー、失敗っすね。これで俺に得点が一つ入るっす」
「な、なるほど。こうやって打ち合ってミスしなかった方が点を取るのか……」
トリーの言葉にノルド父さんが納得したように呟く。
おお、これはノルド父さんの反応も悪くなさそうだな。
「もう一回いくっすよ?」
「ああ、頼むよ」
トリーがそう言うと、ノルド父さんが最初とは違って真剣な表情をし始めた。
姿勢も直立状態ではなく、前屈みになってトリーの動きを観察しているようだ。
そしてトリーが再び一球目を打つ。
すると、ノルド父さんは今度は外に飛ばすことなく、きちんとトリーの陣地へと返すことができた。
その事にトリーは驚きながらも再度優し目に返球。ノルド父さんはそれもあっさりと返球してみせた。
ふむ、さすがは運動神経のいいノルド父さんだ。もはや簡単なフォアハンドのコースに返球ができるようだ。
さすがに沈めることまではできていないようだが、しっかりとラリーが続いている。
「さすがはノルド様っすね! なら、こっちのバックハンドはどうっすか?」
「うっ!」
さすがのノルド父さんも、バックハンドは難しかったらしく当てるだけで精一杯だった。
ラケットに当たったコルク球は斜め上に飛んでいってしまい、部屋の床を転がる。
剣ならあらゆる軌道や物にも反応できるだろうが、使い勝手の違うラケットではそうはいかないだろうな。
「あそこは、どうやってとるんだい?」
床に転がったコルク球と、ラケットを交互に見ながらノルド父さんが尋ねる。
「ラケットを持ち変えるか、摘まむように持って打つんっすよ!」
「なるほど! 余裕があれば、回り込んで打っても問題ないよね?」
「そうっすよ! 相手との読み合いも大事っす!」
トリーの説明を聞いているノルド父さんがいつになく楽しそうだ。
リバーシの時よりも断然に興味を持っており、楽しそうだ。
座ってやるボードゲームよりも、身体を動かす遊びの方が好きなのかもしれないな。
「よし、ならもう一回やろう!」
「いいっすよ! 十一点を先に取った方が勝ちっす! 貴族様だからといって、手加減はしないっすよ?」
「遠慮はいらないさ。すぐに吸収するから!」
俺がそんな事を考えている間にも、トリーがコルク球を拾い、ノルド父さんが羽織っていた上着を脱ぎ捨てる。
どうやら本格的に卓球をやり始めるようだ。
この感じ、リバーシの時にあったエリノラ姉さんとエルナ母さんと状況が似ているな。
何か本気でやり始めたようだし、俺はもう必要ないのではないだろうか。
「ノルド父さん、もう部屋に戻っていい?」
「ああ、いいよ」
俺が問いかけるも、ノルド父さんは視線すらこちらに向けずに返事をする。
それがしっかりとした答えかは、別として言質はとったので俺は部屋を退出していく。
俺が廊下を移動して二階へと上がると、食料の確認をしていたのか厨房の方からミーナとエルナ母さんが出てきた。
「……あれ? 何か空き部屋の方でコンコンと音が鳴っていませんか?」
「確かに音が鳴っているわね。何をしているのかしら? 見てみましょう」
そう言って、ミーナとエルナ母さんが卓球をしている部屋へと向かっていく。
ああ、リバーシの時のように皆が卓球にはまるのではないだろうか。
食料の確認をしているバルトロは人手が減って大変だろうな。
俺はその事に少し笑みを浮かべながら、自分の部屋へと戻っていった。