Tensei Shite Inaka de Slowlife wo Okuritai

The importance of sofas and beds

 

 それぞれ自己紹介を終えると、俺達子供は滞在期間を過ごす部屋へと案内される。

 エリックとルーナさんに案内されて屋敷の一階から上がって二階へ。長い廊下を進むと格式が高そうな扉があった。

 中へと入ると、まるで高級ホテルの一室のように広々とした空間だ。うちのリビングルーム二つほどはあるな。部屋の造りから見ると、二つの部屋をぶち抜いて一つの部屋にしたのだろう。

 窓をチラリと見ると、そこからは浜辺やら海が見えておりとても眺めがいい。まるで南国にきたかのようだ。

「シルヴィオ兄さん、海が見えるよ」

「本当!?」

 俺がそう教えてあげると、シルヴィオ兄さんが嬉しそうに窓へと駆け寄る。

「アルフリート、知ってるか? 海というのはたくさんの水が――」

「はいはい、正確には水じゃなくて塩水でしょ。知ってる知ってる」

「……何だ、貴様は海を知っていたのか?」

「知ってるよ。だから、俺達に塩水なんて飲ませようとしても無駄だから」

「……チッ、つまらん」

 エリックが露骨に舌打ちを漏らし、どこかつまらなさそうな顔をする。

 もはや海を知らない人に塩水を飲ませるのは定番のように感じられるな。

「……うわぁ、これが海か。見たこともない量の水がずっと広がってる! 凄いよ! アル!」

 俺とエリックがそんなやり取りをしていると、シルヴィオ兄さんが純粋そうな瞳で景色を眺める。その表情はとても無邪気なもので、初めて玩具を与えられた子供のようであった。

「エリックは、こんなにも純粋な人を騙そうとして恥ずかしくないの?」

「……言うな。俺だってそれを今痛感しているところだ」

 まったく、こんなにも海を楽しみにしている人を騙そうとするなんてエリックは人が悪いな。

「そもそもお前がそんな性格をしているから悪いのだ。兄も似たようなものだと判断してしまうのもしょうがないだろう」

 なんて失礼なやつなんだ。それじゃあ、俺は騙されても問題ないほどの悪人ということになるではないか。

「ルーナ、あたしの寝室はどこ?」

「……こっち」

 エリノラ姉さんは、それほど海に興味がないのだろう。遠目から眺めると飽きたのか、ルーナさんに案内してもらって寝室の確認へと向かった。

「エリック、俺とシルヴィオ兄さんの寝室は?」

「ここから廊下に出て左側にある部屋だ。今から見に行くか?」

「いんや、シルヴィオ兄さんが海を見るのに夢中のようだし、今はここでゆっくりしてるよ」

 荷物に関してはミーナとエリックの家の使用人が運び込んでくれるみたいだしな。別に今から昼寝するわけでもないので、急いで寝室に向かう必要はない。

 それに何よりも、シルヴィオ兄さんがまだこの場から動く気がなさそうだし。

「エリック、紅茶淹れて。喉が渇いた」

「わかったわかった。すぐに使用人を呼ぶ」

 俺が紅茶を要求すると、エリックがテーブルに置いてあるベルを鳴らす。

「自分で紅茶も淹れられないの?」

「世話をしてくれる使用人がいるのにどうして自分でやるんだ?」

 あ、あれ? そういうものなの? うちでは当たり前のように俺が紅茶を淹れるんだけど。

 勿論メイドであるミーナ、サーラ、メルが淹れてくれることもあるが、皆が働いている日中とかは基本的に俺が呼ばれるし。

 俺が首を傾げている間に、ノックの音が鳴って執事であるラルゴさんが入ってくる。

「エリック様、お呼びでしょうか?」

「紅茶を五人分と適当な焼き菓子を用意してくれ」

「そう言われると思いまして、ご用意していました。今から運んでもよろしいでしょうか?」

「さすがはラルゴだな。頼む」

「おお! 主から言われるであろう命令を汲み取って既に行動していたのか!」

「ふふん、ラルゴは優秀だからな」

 俺がラルゴさんを褒めると、エリックが自慢げな表情をし、ラルゴさんが柔和な笑みを浮かべる。

「いえいえ、この程度のことは相手の事を考えればすぐにできることです」

「……なるほど、旅で疲れた俺達がリラックスできる部屋に通されたら、次に欲しがるものは飲み物と癒しとなる甘味だからな」

 相手の気持ちになって行動するというわけか。やはりお年寄りの言葉というのは参考になるな。

「アルフリート様はお年の割に相手の気持ちを察するのがお上手ですね」

「アルフリートは貴族よりも使用人の方が向いているのではないか?」

「うっさい」

 ちょっとそれは自分でも思うからやめてくれ。悲しくなる。

 俺がそのような悲嘆の気持ちに暮れていると、ラルゴさんが三人分の紅茶と焼き菓子を置いて退出する。

 暗い気持ちを切り替えよう。今はとにかくソファーにでも座って、温かい紅茶と焼き菓子を頂くのだ。

 俺は一休みとばかりに、室内にある大きなソファーへと腰かける。

 そして、ティーカップを手に取ると、エリックが目頭を揉むようにしながら呟いた。

「にしても、王都での出来事のせいでこのような面倒事になるとは。どうして俺が貴様をもてなさないといけないのだ」

 大きくため息を吐くエリックだが、それはこちらも同じだ。

 トングで斬り結んだ事が原因で、シルフォード家とスロウレット家が不仲であると噂されるとは。それが原因でわざわざ遠い所に来る羽目になったのだ。ため息を吐きたいのはこちらだ。

「元はと言えば、エリックが突っかかってきたのが悪いんだよ」

「何を言うか。貴様が俺の狙っていた肉を不当に奪おうとしたのだろう」

「いーや、エリックが先に手を出してきたね」

「「ああん?」」

 お互いに額をくっつけてねめつける俺達。

 しばらく睨み合っていたが、何となく虚しくなってどちらともなく離れた。

 もうどちらが原因でトングバトルになったのかすらも正直覚えていない。

「まあ、終わったことだし今さら掘り返してもしょうがないか」

「だな」

 俺達は頷き合うと、ティーカップを手に取って紅茶をすする。

「ん? ロイヤルフィードじゃないの?」

 いつものようなまろやかで深みのある味とは違うことで俺は首を傾げる。

 荒い茶葉だが、ラルゴさんの腕によって可もなく不可もないラインに押し上げられているというところだろうか? これだけの腕があるのに、いい茶葉を淹れられないとは勿体ない。

「あんな王都にしか売ってないような高級茶葉をポンポンと買えるか」

「そうなの? うちでは毎日飲んでるけど?」

 ここぞとばかりに財政自慢をすると、エリックが悔しそうな顔をする。

「ぐぬぬ、ここのところ貴様の領地はおかしいのだ。トリエラ商会を経由して、パスタにリバーシといった画期的なものが生まれては収入が入っている。一体どうなっているのだ」

 そう、スロウレット家はそれらの商品のお陰で通常の男爵家とは思えないくらいの財力があるのだ。

 その大きな収入源を担っているのが俺と言ったら驚くだろうか。

 いや、エリックは何となく信じなさそうなので止めておこう。

 焼き菓子を摘まみ、紅茶と一緒に喉に流した俺は息を吐いてソファーにもたれる。

 すると、俺の体重がソファーに吸収される――ことなく、どこか弾き返すような反発感があった。それにどことなくクッション性も薄い。

「……エリック、ちょっとこのソファー硬くない?」

「招待された客でありながらさっきから文句をつける奴だな。そもそもソファーなんてどれも同じだろう。ある程度のクッション性があって、座れれば問題ない」

「…………」

 きっぱりと告げるエリックの言葉に俺は思わず絶句する。

「……おいおい、まさかベッドまでも同じような考えとかしてないよな? 自分が眠れる広ささえあればいいとか言わないよな?」

「な、何だ、急に! その死んだ目をこちらに近づけるな! 不気味だ!」

「いいから俺の質問に答えろよ」

「ぐっ! べ、ベッドもソファーも同じだ。変わらん! ソファーは座れればいいし、ベッドは眠れさえすればいい! そんな事に金を使う暇があったら美味い飯でも食べるわ!」

 信じられない。貴族であるというのに、そのような戯言を抜かすような輩がいるとは……。

 俺は腕を組んでそっぽ向くエリックに真摯に語りかける。

「エリック。人はどれほど頑張っても集中して何かをできるのは一時間程度だ。集中した後は休憩しなければならない。そんな人にとって必要な休憩時間を有意義にしてくれるのがソファーやベッドだ。そこに拘らずして切り捨てるなんて勿体ないを通り越して愚かだぞ?」

「……お? おお」

「特にベッドは拘ろうよ。一日の約三分の一を過ごす場所なんだ。それが一年、十年と繰り返せば、自分がどれだけの時間をベッドで過ごしているのかわかるだろう? それほどまでの時間を過ごす場所にお金を注がないでどうする?」 

「た、確かに、考えてみればたくさんの時間をベッドの上で過ごしていることになるな」

「だろ? だから、眠れればいいなんて考えはおかしいんだよ」

 そうやって俺はしばらく、エリックにソファーやベッドの素晴らしさを説き続けた。