Tensei Shite Inaka de Slowlife wo Okuritai
Elinora Unnie vs. Eric
俺とエリックの作った砂の城騒動により、予定していた場所は使えなくなったので移動。
砂の城よりも南側にある浜辺へと移動することになった。
「よし、ここなら村人もいないし問題ないな!」
南側にある浜辺は、屋敷の近くにある浜辺よりも人気が少ない印象。だだっ広く浜辺が続いており、停泊している船はない。
エーガルさんが元気よく言うと、俺達は各々の荷物を端へと置いて準備。
革鎧の防具をしっかりと閉めて、グローブや靴の調子を確かめる。
うあー、そういえばここは浜辺だったな。転んだりした時は、普通の砂地よりも痛くないだろうが隙間とかに砂が入り込んで大変そうだな。
「アル、てきぱき準備しないと遅れるよ?」
「え?」
俺がそうやって心の中でうめき声を上げている間に、シルヴィオ兄さんと俺以外の面子は木剣を引っ提げて浜辺の中央に集合していた。
とても意識の高いことで三人は、無駄な会話をすることなく身体をほぐしている。
なんか意識の高い場所に放り込まれたようで気後れしてしまうな。
エンジョイ勢なのにガチ勢のグループに入ってきてしまったような感じだ。
慌てるようにして準備をしていると、俺を気遣ってかシルヴィオ兄さんがゆっくり準備してくれる。
このお兄さん、本当に優しいわ。どこかにいるさっさと来いとばかりに視線を寄越してくる姉とは大違いだ。
俺とシルヴィオ兄さんも遅れながら合流すると、自然と身体をほぐす。
何も言われてはいないがそうしなければいけない雰囲気というものをヒシヒシと感じたからだ。
「それじゃあ、まずは身体を温めるのと浜辺の砂に慣れるために軽く走っておくか」
「そうですね。それがいいでしょう」
しばらく身体をほぐしていると、エーガルさんとノルド父さんがそう言うので、俺達は浜辺を走ることになった。
ルーナさんやエリックが慣れた様子で走り出すと、エリノラ姉さん、シルヴィオ兄さんが走っていく。
俺もそれに続く形で走ると、二歩目で足を取られそうになった。
「うおっ!」
「ハハハッ! いつもの場所とは勝手が違うから注意して走るんだぞ!」
俺の様子を見て、エーガルさんが軽く笑いながら言う。
昨日浜辺を歩いていたので足を取られやすいとわかっていたのだが、走ってみると想像以上に躓く。
一歩二歩と足を出すと、不規則に積もった柔らかい砂を蹴飛ばしてしまったり、逆にはまり込んだりしてしまう。
それにルーナさんの言っていた通りに、地面を蹴る足の力が伝わりにくいように感じられる。
これは屋敷の中庭のように走っていては進まないな。
砂に足をとられないように意識しながら、いつもよりも足を大きく上げて地面を強く蹴る。
そうすることで多少マシに走れるようになった。
だけど、足を大きく動かしているせいかいつもよりも疲れるな。
でも、浜辺で海の音を聞きながら走るってちょっと青春のワンシーンみたいだな。
少し童心に返ることで悲鳴を上げる筋肉から現実逃避。
「よし、集合だ!」
しばらくそうやって走っていると、ウォーミングアップは十分と判断されたのかエーガルさんが声を張り上げる。
「今日は我がシルフォード家とスロウレット家の合同稽古だ。日頃からそれぞれの家で剣をやっていると思うので、今日はそれを精一杯出し切って少しでも糧にしてくれたらと思う!」
「今回の目的は簡単。お互いに経験を積むこと。いつもと違う相手と打ち合うことで、それぞれの相手の癖を掴み、考えながら戦うんだ。負ければどうして負けたのかを反省し、修正し、次に試す。今日はひたすらそれを繰り返してもらうよ」
「「はい!」」
えー、マジか。ということは今日はひたすら打ち合い稽古かよ。
まず常識というものが通じないエリノラ姉さん相手だと、どうして負けたと反省して修正すればいいん
だ。
まあ、屋敷でいつも打ち合いしている相手のことを考えても仕方ないか。
問題はエリックとルーナさんだ。
エリックはトング勝負で勝っているが、あれはそもそも剣じゃないし、最後に俺は魔法で目つぶしをした。正攻法で勝ったとはいえないな。
だが、俺と打ち合えるという時点で実力は常識クラスだろう。エリノラ姉さんのように剣の軌道が速すぎて見えないとかではないので問題ない。
残るはルーナさん。こちらはスピードタイプだと聞いているが、情報量が少なくて想像できないな。とりあえず、エリノラ姉さんよりも強くはない。強くはないが鉄壁を誇るシルヴィオ兄さんでも負ける程の実力者。
エリックはともかく、ルーナさん相手には苦戦しそうだな……。
「まずは実力を把握したいので、子供達だけで打ち合いをしてもらう。まずはエリックとエリノラ嬢。そしてルーナとシルヴィオ君だ」
「アルは一回目は見学だけど、二回目からだよ」
おお、俺は最初にやらなくていいんだ。
というかエリック。最初の相手がエリノラ姉さんとはご愁傷様だ。
「エリック、心を強く持てよ」
「……なぜに俺が心を砕かれる前提なのだ」
「じゃあ、せめて一合はもってね」
「待て」
憐みの感情を乗せながら場所を離れようとすると、エリックが俺の肩に手をかけて静止させてくる。
「エリノラ嬢は、俺の姉上よりも強いと聞いているがそれは本当なのか?」
「さあ? 俺はルーナさんの実力を知らないし。とにかく頑張ってね」
先入観を持たせずに戦わせた方が面白い。
俺は適当に答えると邪魔にならないようにノルド父さんと離れる。
「ボーっとしていないでエリック君やルーナ嬢の動きをよく見ておくんだよ?」
最初に打ち合いをしないで済むと気を抜いていると、ノルド父さんが言ってくる。
そうだな。見学できる時間があるのなら相手の動きを見ておいた方が有利だ。
自分が戦う番になった時にボコボコにされないように相手の動きをしっかり見ておこう。
俺が気を引き締めている間にエリノラ姉さんとエリック。そこから距離を離してシルヴィオ兄さんとルーナさんが向かい合う。
監督者が二人いるし、場所も広いので一気にやってしまうのだろう。
木剣を持って向かい合った四人は、それぞれ剣を構えて睨み合う。
さて、俺は誰を注視するべきか。全体的に見ていてはエリックやルーナさんの動きを確認できる気がしないな。
となると個別に見ていくのが一番。通常時であれば、多少知っているエリックなど無視してルーナさんの動きをしっかりと観察するべきだろう。
だが、エリノラ姉さんとエリックの実力はかなり離れているので、すぐ決着がつくはず。
ここはエリックがエリノラ姉さん相手に何分持つか眺め、さっくり終わった後にルーナさんの動きを見た方が賢いな。
無言で佇む空気の中、潮風と波の音が大きく聞こえる。
「始め!」
エーガルさんが開始の声を上げると、エリノラ姉さんがいち早く反応して砂を蹴った。
エリックも遅れて砂を蹴るが、既に目の前にはエリノラ姉さんが肉薄していた。
「んなっ!?」
エリノラ姉さんの速度を予想していなかったのか、エリックが目を剥いて素っ頓狂な声を上げる。
いつの間にか、エリノラ姉さんは木剣を振り上げており、驚くエリックへと振り下ろす。
いきなりエリック死んだか。
そう思った瞬間、乾いた音が響き渡った。
「ふぬおおおおっ!」
よく見れば、肩を狙ったエリノラ姉さんの攻撃はすんでのところでエリックが横にした木剣で防がれている。
どうやらエリックはかろうじて防御に成功したようだ。
とはいえ、いきなりエリノラ姉さんのパワーに押され、体勢を大きく崩している様子。
エリックはそれでも諦めずに力で押し返そうとするが、エリノラ姉さんはそれを読んでいたのかあっさりと木剣を引く。
押し合いにならず前のめりになるエリック。そこにエリノラ姉さんは流れるように足をかけて、腕で背中を押す。
「お? あれ? ぐふっ……!」
すると、エリックが面白いように回って転げた。
受け身すら取れずに浜辺を転がるエリック。
勢いが止まり、仰向けになった時の表情は訳がわからなさそうなものであった。
「エリック、そこまで!」
エーガルさんの終了の声が入ると、エリノラ姉さんが小さく息を吐く。
「もう少し強く地面を蹴っとけば良かったかしら?」
いつもと違う感触に首を傾げるエリノラ姉さん。
俺からすれば十分に速かったのだが、エリノラ姉さん的に納得できるスピードではなかったようだ。多分、慣れない浜辺じゃなかったら最初で終わっていたな。
……それにしてもエリック、一合しかもたなかったな。