「トルネル。あまり調子に乗って失礼なことはするなよ?」
「おう!」
トルネルの父さんは、トルネルにそう言い聞かせると離れた。
エルナ母さんとナターシャさんに問題ないと言われて納得したのか、一先ず見守ることにしたようだ。
「で、トルネルが獲ってきたオススメはどんな物なの?」
「海の魔物から獲れた素材でな、すっげー綺麗なんだぜ!」
「海の魔物から獲れたもの? そんなに凄いのかしら?」
海の魔物から獲れたと聞いて興味が湧いたのか、エリノラ姉さんが近付いてくる。
「ああ、凄く綺麗な――」
声をかけられたトルネルが咄嗟に振り返りながら説明しようとすると固まった。
トルネルの頬は見事に紅潮し、熱に浮かされたようなボーっとした瞳になる。
この状態はどこかで見たことがある。具体的にはトールがエリノラ姉さんを見る時のような目だ。
途中で途切れた説明に眉をひそめ、エリノラ姉さんは聞き返す。
「凄く綺麗な何?」
「……凄く綺麗な女性ですね」
「はい?」
エリノラ姉さんが小首をかしげるをしり目に、俺は頭を抱えそうになった。
トールといい、エリックといい、トルネルといい、どうして俺の身の回りには恋愛にチャレンジャーな奴ばかり集まるのだろうか。面倒くさいことこの上ない。
「あ、あの、名前を聞い――」
「トルネル、ちょっとこっち来い!」
変な事を言い出さないうちに俺は、トルネルを連れてエリノラ姉さんから離れる。
「うえっ? な、何だよアルフリート様」
「一つ言っておくけどエリノラ姉さんはやめておけ。お前の手に負える女性じゃないから」
「え、エリノラ様というのか? あの綺麗な人は? いい名前だなぁ……」
しまった。こいつを華麗に説得するつもりが逆に少し火をつけてしまったよう。
トルネルはうわ言のように「エリノラ様……」と呟いている。
「エリノラ姉さんは、見てくれは良くても中身は良くないからオススメしないぞ?」
「……姉さん? ……そうか! ということは俺とエリノラ様が結婚すれば、アルフリート様は義兄さんに!?」
俺がエリノラ姉さんの中身の悪さを説こうとすると、トルネルがハッと我に返りながらバカな事を抜かす。
俺が義兄になる前に、貴族になるという認識はないのだろうか? いや、そのような正しい認識ができていれば、そのような発想に至るはずもないか。
「悪い事は言わないからエリノラ姉さんはやめておけ」
「何でだ?」
「エリノラ姉さんは綺麗だけど料理とかダメなんだ。綺麗だけど掃除もダメで、洗濯もダメ。綺麗だけどお洒落にだって興味なくて女子力低いし、ガサツで面倒くさがりだしトルネルの思うような女性じゃないよ」
「お、おい、アルフリート」
俺がエリノラ姉さんのダメなところを挙げて説得していると、エリックがやってきて肩を突いてくる。
「何だよエリック? お前もトルネルに――」
俺が振り返ると、エリックの傍にはちょうどエリノラ姉さんが立っていた。
いつの間に、こっちに来ていたんだ。まったく気配に気づかなかった。
とりあえず避難しようとするも、エリノラ姉さんの右腕グンと伸びてきて、俺の頭を掴む。
「……アル、綺麗綺麗って言えば相殺できる訳じゃないのよ?」
もし聞かれてしまった時のために三回予防線を張ったのだが、お世辞は効かないようだ。
エリノラ姉さんの指に力が入り、俺の頭がミシミシと悲鳴を上げる。
「あ、痛い! エリノラ姉さん! 指がめり込む!」
「た、確かに俺が思っていた女性とは違うかも……」
図らずしも、俺は身をもってトルネルを説得できたようだ。
◆
トルネルがエリノラ姉さんに恋に落ち、疑問を抱くようになるという一連の流れを終えて、改めてトルネル自慢の品へ。
「これだぜ!」
トルネルは店のタンスに仕舞われていた木箱を取り出し、蓋を開ける。
そこには透き通るような青色の牙が一本と、その横には小さなペンダントが置かれている。青色の牙は普通の生き物の牙とは思えないほど綺麗で、とても澄んでおり、緩衝材の絹綿すら透けて見える。
「綺麗だね。海に住む魔物の牙かな?」
「ああ、そうだ! 俺が銛で突いて仕留めてやったんだぜ!」
「嘘言わないのお兄ちゃん。たまたま海の中で拾っただけでしょ」
胸を張って自慢するトルネルであったが、即座に妹であるクイナにバラされた。
「そ、そうだったっけな」
こいつ確信犯だな。川辺にいた子供達が疑うようになるのも当然だな。
「トルネルが仕留めた云々はどうでもいいけど、何の魔物?」
「わからん。海の魔物については屋敷にある書物に纏められているが、このような綺麗な牙を生やした魔物は見たことがないな」
トルネルは知らないようだし、エリックに尋ねてみるも知らないよう。
海には生き物の数も多いし、地上のように簡単に調べられるわけでもないしな。
「エリノラ姉さんも見たことないよね?」
「そうね。地上の魔物なら結構覚えてるけど、海まではね」
戦闘に興味があるエリノラ姉さんは、それに関係することになると覚えはいい。ただ、覚えがいいだけどシルヴィオ兄さんにように積極的に調べたりはしない。
「ルーナさんも?」
「……あたしもこんな綺麗な色をした牙は見たことがない」
どうやらルーナさんでも知らないようだ。
「隣に置いてあるペンダントは、この牙を材料に使ったものか?」
「おう、そうだぜ! 牙の上部分を削って、クイナがそこにはめ込んだんだ」
エリックが問いかけると、トルネルが自信満々に言い、クイナが少し恥ずかしそうな表情を浮かべる。
ペンダントの真ん中部分には、透き通るような青色の宝石のようなものが埋め込まれている。トルネルが言う通り、牙を加工して埋め込んだよう。
勿論、それ自体も綺麗だが、それを生かすようなデザインが凄いな。銀色のベース部分がとても流麗な線と形を描いており、神秘的で透き通るような青がマッチしている。
素材やデザイン、そのどちらかが欠けていてはここまでの仕上がりになっていなかっただろう。
「なるほど、よくできているね。トルネルが自慢して勧めるのもわかるよ」
「ああ、これはトルネルとクイナ、二人で完成させた作品だな」
「おう!」
「あ、ありがとうございます。……嬉しい」
俺とエリックが褒めると、トルネルは自信満々に、クイナは嬉しそうに笑った。
「ねえ、これ付けてみていいかしら?」
お洒落に興味のないエリノラ姉さんだが、この綺麗なペンダントには興味が出たのか、意外な事を言い出した。
「……エリノラ、これ気に入ったの?」
「うん、ちょっと付けてみたいかも。付けても大丈夫? それとも大切な物だから身に付けたりはできないかしら?」
「いえいえ! では、私が付けますので、こっちの椅子に掛けてください」
エリノラ姉さんが尋ねると、クイナは首を横に振って、嬉しそうに店内に置いてある椅子を勧めた。
エリノラ姉さんがそこに座ると、クイナが後ろに回って先程のペンダントをつける。
「できました」
クイナがペンダントを付け終わると、ゆっくりと離れて手鏡を手にする。
エリノラ姉さんは付けてもらったペンダントと自分を鏡で確かめて、こちらに振り返った。
「どうかしら?」
その姿は赤茶色の髪をポニーテールに纏めたエリノラ姉さん。服装も動きやすいようなシャツにベスト、短パンというお洒落なものではない。
だけど、首から覗く銀色のチェーンと透き通る青色のペンダントが、どこかエリノラ姉さんを色っぽく見せていた。
「……エリノラの髪とペンダントの色が強調されていい感じに似合ってる」
ルーナさんの的確な言葉に頷くエリックとトルネル。
「アルは?」
「似合ってるよ」
どこかドヤ顔のエリノラ姉さんに言うのは悔しいが、この言葉以外に出てくるものはなかった。