「お買い上げありがとうございました」

 トルネルの店で買い物をして出ると、トルネル一家が頭を下げる。

「アルフリート様、明日には帰るんだよな?」

 そして、頭を上げたトルネルが俺に尋ねてきた。

 トルネルとクイナはもはや友達だ。このまま何も言わずに帰るのは違うと思ったので、明日に帰ることを告げたのだ。

「うん、明日でコリアット村に帰るよ」

「いつ頃に出るんだ? せっかくだからクイナと見送ってやるよ!」

 トルネルがニカッと欠けた前歯を見せ、後ろにいるクイナもこくこくと頷く。

 一緒に過ごした時間は短いが、こうして確かな友情ができたことが嬉しいな。

 時間さえあれば、もう少しここに滞在して一緒に海で遊んだりしたかった。

「ありがとう。明日の正午にエリックの屋敷から旅立つ予定だよ」

「わかった。昼だな!」

「早めに仕事を切り上げて向かいますね」

「うん、二人とも待ってるね」

 そう言って俺はトルネルとクイナに手を振って離れていく。

 トルネルの父さんだけでなく、奥で仕事していた母さんも出てきて総出の見送りだ。

 嬉しい気持ちもある反面、ちょっと恥ずかしいな。

 スロウレット一家とシルフォード一家は答えるように手を振ってから、貴族らしくクールに帰路についた。

 ◆

 エリックの屋敷に戻った俺達は、それぞれお風呂に入って汗を流すと、ダイニングルームに集まった。

 シルフォード領で豪華な海鮮料理を食べられるのは今晩と明日の朝だけ。

 明日の朝には帰る準備やらもあってゆっくり食べられないし、大人達はお酒を呑むこともできない。よって、気兼ねなく食べられるのは今晩だけと言っても過言はないだろう。

 テーブルの前には初日と同じように新鮮な刺身がたくさん置かれ、海鮮サラダ、大きな焼貝、エビのバター焼きとテーブルの上を彩っている。

「おお、今晩もすごく美味しそうで……うん? これは醤油を使った煮付け?」

 数は少なめだが、料理の中にうちがお土産に持ってきた醤油を使ったらしき料理がある。

「はい、スロウレット家から頂いたカグラの調味料、醤油を使わせて頂いた一品です。醤油などの調味料を使って煮込んだそうですが、カグラでは煮付けと呼ぶのですね」

 俺が身を乗り出すように見ていると、後ろから説明をしてくれるラルゴ。

「魚はカレイとブリかな?」

「はい、何度かメニューで出しましたが、もう覚えられたのですね」

 確かに滞在中に何度も出てきた料理だけど、さすがにそれだけじゃ覚えられない。前世で何度も煮付けを見て食べたお陰だ。

「料理が美味しいから、すぐに覚えちゃったよ」

「ありがとうございます。厨房にいる料理人も喜びます」

 俺が笑顔で適当に誤魔化すと、ラルゴは嬉しそうに頭を下げた。

 にしても、醤油を渡して数日も経っていないうちに煮付けを作り出してくるとは、シルフォード家の料理人もやるな。

 さらにはうちが渡したお米もあるので、晩御飯はご飯が進むに違いない。

「アルはよく魚の種類がわかるわね。あたしには全然、どれがどの魚かわからないんだけど……」

 俺の隣に座るエリノラ姉さんが、魚料理を凝視しながら不思議そうに言う。

「焼き魚はまだしも、刺し身は覚えたでしょ?」

「刺し身なら少しは……?」

 これはちょっと怪しいな。

「じゃあ、この赤いのは?」

 俺は試しにマグロの刺し身を指さしてみる。

「マグロよ」

「これは?」

「エビ」

 ふむ、見た目が分かりやすいのは覚えているようだ。では、ちょっと難しいものにいってみよう。

「この白くて微かに赤いピンクと赤っぽいのは?」

 そう言って、俺が指さしたのはタイとブリだ。なんとなく色合いは似ているけど、そこまで難しくないと思う。

「……う、うーん」

 のだが、エリノラ姉さんはこの二つを見て唸っていた。どうやらマグロやエビのような目だった特徴がないと怪しいようだ。

「どっちかがブリだと思うのよ」

「へー」

 エリノラ姉さんの言葉に俺はどちらともとれるような生返事をする。

「へーって何よ? 合ってるわよね?」

「さぁ?」

 そうやってこちらを揺さぶって選択肢を絞ろうとしても無駄だ。まだまだエリノラ姉さんはそういうところが甘いな。

 こちらを忌々しそうに睨んでいたエリノラ姉さんだが、俺からヒントは貰えないと理解したのか、ついに決断を下す。

 エリノラ姉さんは毅然とした表情でスッと指を伸ばす。

「こっちがブリで、こっちがタイってやつよ!」

「プクク、逆だよ。頑張ってタイって思い出したのに残念だったね」

「ちょっと逆だっただけじゃないの! 大体合ってるわ!」

 間違えたのが恥ずかしいのか、エリノラ姉さんが少し顔を赤くしながら無茶苦茶なことを言う。

「いやいや、味も見た目も全然違うから」

 タイとブリは全然味が違う。タイ好きとブリ好きに謝って。

「ではアルフリート、これらの違いがわかるか?」

 俺がそんな事を思っていると、エリックが二つの刺し身を差し出してくる。

 皿の上に乗っているのは恐らくブリとカンパチだ。こいつ、赤身ではなくわざわざ似ているような白い部分を持ってきやがった。

「え? これ二つとも同じじゃないの?」

「……同じじゃない」

 エリノラ姉さんが目を丸くしながら言うも、対面に座るルーナさんがバッサリと言う。

 確かにブリとカンパチはパット見、同じものと見間違ってしまうほどに似ている。

 だけど、その二つにはきちんと違いがあって、見分けられる部分がある。

「ふっ、右がブリで左がカンパチだね」

「くっ! どうしてわかるのだ?」

 俺がきっぱりと告げると、エリックが悔しそうにする。

「ブリの方が赤っぽいし、皮も白っぽいから」

 ブリはカンパチに比べて身が赤っぽく、血合いの色も濃い。また、ブリはカンパチよりずんぐりしているので同じように切った時、ブリの方が大きい切り身になるのだ。それに皮だってカンパチは銀色っぽい。

 その違いさえわかっていれば、見分けることは簡単だ。

「……魔法の時も思ったけど、アル君はボーっとしている割にちゃんと物事を見ている」

「エルナ様も言っていた、日々の観察とやらか……」

 ルーナさんが褒めてくれているのだが、言い方のせいかいまいち嬉しく思えない。せめてボーっとしてる割にというところは抜いて欲しかった。

 そうやってメニューや魚のこと、稽古の話しなどをしていると全員が食べる準備が整ったのか、エーガルさんが声を上げる。

「さて、スロウレット家の皆さんが滞在するのも今日で最後だ。初めはパーティーの一件のせいで両家が不仲という噂が広まり困ったものだが、結果的にこうしてスロウレット家と友好を深めることができたの

で良かったのではないかと思う、これを機会にして、今後ともスロウレット家とはより仲良くやっていきたいものだ」

「ええ、こちらこそお願いしたいです。互いに王都から遠い身でありますから、色々と苦労話も共有できますしね」

「まったくだ! 王都の貴族共は、辺境領主の苦労をわかっておらんからな。大体――」

「……あなた」

 ノルド父さんの言葉に何か思う所があるのかエーガルさんが深く頷いて、語ろうとしたが、話が大きく脱線しそうになったのでナターシャさんに止められた。ナイス判断だ。

「不仲という噂も、我々がこうして普通に交流しているだけで払拭できることでしょう。秋の季節には是非、スロウレット領へお越し下さい。今度はこちらが歓迎致しますので」

「ああ、秋には収穫祭とやらがある模様。是非、お邪魔させて頂こう」

 エーガルさんが軽く礼をすると、ナターシャさん、ルーナさんもそれに続くように軽く礼をする。

 しかし、ノルド父さんが普通に交流という部分で、俺に視線を向けたような気がするのだが、気のせいだろうか?

「今日が最後という訳ではないが、新鮮な海鮮料理を食べられる機会は少ないと思う。今夜は思いっきり呑んで食べて心行くまで堪能していってくれ」

 エーガルさんがそのように締めくくると、大人がワイングラスを持ち始めるので、俺も空気を読んで果実水の入ったグラスを持つ。

「では、両家の友好に乾杯!」

「「乾杯!」」

 こうして俺達は楽しく海鮮料理を食べたり、食後にリバーシをしたり、語り合ったりと最後の夜を過ごした。