神社からの風景を満喫した俺は、小次郎と出会った河原にある橋の下に転移した。

 ここならカグラの商店街にほど近いし、転移を見られることもほぼないからな。

 周囲に人がおらず、誰にも見られていないことを確認してから歩き出す。

 目の前では大きな川が心地の良い波音を立てて流れている。

 足元には、丸みを帯びた石ころが転がっており、踏みしめる度に石が擦れるような音がした。

 うん、この如何にも和の河原という雰囲気が感じられていいな。

 エリックの領地にあった大きな川とは違った良さがある。

 確か小次郎とはこの辺で出会っただろうか。

 小次郎と出会ったことの事を思い出すと、フンドシ一丁の絵面が浮かび上がってきたので即座に打ち消した。

 仕事を辞められたと笑顔で言っていたが、まさか楓さんの兄だったとはな。

 しかも、次期将軍と目される長男の修一の護衛役であったとは。

 とはいえ、いくら小次郎が偉かろうと、凄い刀士であろうと、辞めろという後押しをしてやったことに悔いはない。

 どれだけやっている仕事が凄かろうと、辛い労働で人を圧し潰すようなものはいけないからな。

 小次郎が本気で辛くて辞めたいと言っていたので、それは辞めて正解だ。

 前世の俺のように手遅れになってしまっては遅いから。

 小次郎は今もうな丼を作るために特訓をしているのだろうか。それとも、もうウナギ屋さんを開いていたりするのだろうか。

 小次郎がどうしているかボンヤリと想像しながら河原を歩いていると、大きめの和船に乗っている青い作務衣を着たおっちゃんが網で漁をしているのが見えた。

 遠くを見て見れば、同じように網を引っ張ったり、仕掛けたりしている人が何人かいる。

 さすがは水資源な豊富なカグラ。こうして河原を歩いているだけで漁が見られるのだな。

 コリアット村ではあまり見られない光景だ。

「よいしょ! よいしょ!」

 軽快なかけ声をかけながら力強く網を引っ張るおっちゃん。

 何が獲れるのだろうと見ていると、引っ張り上げられた網の中にはやたらと細長い生き物が入っているのが見えた。

 日の光を浴びて遠目にも体表を反射させて輝いている魚。というより、ぬめっている?

 なんか見たことのあるような魚の気がする。

 魔力を瞳に集めて倍率を上げて見ると、網の中はなんとウナギだった。

 あれ? どうしてウナギを捕まえているのだろう? カグラではマズくて食べられないと敬遠されているはずなのに。

 俺が不思議に思いながら眺めていると、こちらの視線に気づいたのかおっちゃんが首を傾げながらこちらを見る。

「おーい」

 話しを聞いてみたくて試しに手を振って声をかけてみると、青い作務衣のおっちゃんはプイッと顔を逸らした。

 無視された事に若干ショックを受けていると、おっちゃんは網を片付けるなり櫂を持った。

 どこかに行ってしまうのだろうかと思いきや、おっちゃんは器用に櫂を操って、和船をこちらに向けた。

 どうやら俺の話しを聞いてくれるために、わざわざ船を移動させてくれるらしい。

 安心したように笑うと、おっちゃんは悪戯が成功したかのようなお茶目な笑みを浮かべた。

 無骨な顔をしているが結構気さくな人みたいだ。

「どうした?」

「なんでウナギを獲ってるのかなーって思って。ウナギって料理しても美味しくないでしょ?」

 正しく調理すれば、とても美味しいことは知っているが、ここは相手の理由を知るためにわざと知らんぷり。

「ああ、そうなんだが、最近ウナギを気に入った変な男がいてな。そいつが定期的に買い付けるからって、頼まれたからこうして獲ってるんだ」

 おっちゃんの言葉を聞いて俺はなんとなく確信した。

 そいつは小次郎だ。小次郎に違いない。

 きっとうな丼の練習をするために、ウナギを定期的に買い付けて練習したりしているのだろう。

「へー、変な人もいたもんだね。食べてもあんまり美味しくないのに」

「俺もそう言ったんだが、そいつはウナギは美味いの一点張りでよ。ウナギを美味しく食べられる方法を知ってるのかなー? いや、でも生臭くて骨の多いウナギだからな」

 ははは、こういうおっちゃんを相手にして、ヤキモキしたり、美味しくできると啖呵を切ってしまう小次郎が容易に想像できるな。

 まだうな丼というキーワードが出ていない辺り、店についてはまだ開けていないようだ。

 きっとウナギを捌いたり、タレを作るのにじっくりと時間をかけているのだろう。

 うな丼の他にも白焼きやう巻きなどと他の料理も伝授しておいたからな。

 メニューの開発や熟練、仕入れルートの確保、店の開店などを含めると、さすがに四か月やそこらで新しくお店を作るのは厳しいか。

 それに小次郎は少し上手くできたくらいでは納得しないからな。

 初めてとは思えない小次郎のうな丼を見たが、本人は全然納得していないようだったし。

 あの感じからすると自分が満足のいくものができるまで開店はしないかもしれないな。

 どうせ店を開けるなら、最初の客は俺とルンバにして欲しかったのでちょっと安心だった。

 せっかく、うな丼を伝授したのに無言で店を開いていたとしたらショック過ぎる。

「ねえ、おっちゃんとしては、ウナギが美味しく食べられるようになると嬉しい?」

「想像はできねえが嬉しいな。なんてたってこの川には腐るほどいるからな!」

 そう言って、和船の中にある網を見せてくれるおっちゃん。

 網の中にはてかてかとした光を放つウナギが大量に蠢いていた。

 たった一回でこれだけ獲れるとなると呆れる程の数だな。これらが全部美味なるものびなると、民や漁をするおっちゃんもウハウハだろうな。

「ところでお前さん、どこから来たんだ? カグラ人じゃねえだろ?」

「ミスフィリト王国ってところだよ」

「ほえー、全然知らねえな」

 そんな感じで軽く世間話をして、俺はおっちゃんと別れる。

 櫂でスムーズに方向転換するおっちゃんの後ろ姿がとても漢らしい。

 見送りが終わると、俺は商店街を目指してのんびりと歩き出す。

 いやー、小次郎がうな丼屋を開くために、小次郎が頑張っているのがわかって嬉しかったな。

 小次郎に会って軽く話でもしてみたい気分になったが、どこにいるか知らないし、小次郎と会うと春や修一と会う事になりそうだしな。

 そうなると泊まってけとか、いつの間にやってきたとか言われてややこしい事になりそうだ。

 別に楓さんと会う事が怖いわけじゃないよ?

 何故か小次郎が辞めたのは俺のせいだとか、そそのかしたとか思い込んでいる節があったけど、さすがに冷静になって状況を理解しているはずだしな。

 大人だしそうだろうと思っているけど、どこかそうではない、近付くと危ないと告げている自分もいる。

 それでも落ち着いて話し合えばきっと理解してくれる。

「――妹はうな丼をマズいと言い、『こんな物を作るくらいなら刀士を続けろ』と決闘を吹っ掛けてきたのだ」

 そう思った瞬間、別れ際で話していた小次郎の言葉がふと蘇った。

 うん、やっぱり小次郎と会うのは辞めておこう。急に会いに行ったら迷惑かもしれないしな。小次郎はうな丼を作ったりするのに忙しいだろうし。

 どうせなら次は客人として会いたいからな。

 俺はそう思い、カグラの商店街の方に足を進めた。