Tensei Shoujo no Rirekisho
Wave Greeting Edition ⑤ We want the strongest escort
親分が私の命を狙っている。
そして、王国騎士の中に裏切り者がいる可能性がある。
もしかしたらこの随行している騎士の中にいるかもしれない。
実際どうなるかわからないけれど、でもそう思って動いた方が良い。
殺されないように、対策を練る必要がある。
「私の護衛を増やしてほしいのですが」
ということで、お風呂上がりの私はいやいやだけどゲスリーに協力を仰ぐことにした。
同じ部屋の中で、ソファに座る私とベッドの近くの肘掛椅子に腰掛けたヘンリーとの話し合い
だ。
あの線から入っちゃダメのルールを忠実に守ってくれてるようで、私とゲスリーの間はずいぶん離れた距離感である。
そして、ゲスリーの周りにはカイン様含む近衛騎士が控えており、私の周りにはアズールさんとシャルちゃんがいてくれた。
私が信頼できる護衛と呼べるのはこの二人だけ。
「ひよこちゃんの護衛ね……」
そう言って、ゲスリーは興味なさそうにゆったりと背もたれのある肘掛椅子に座って、お酒の入ったグラスを手に取った。
こいつ、呑気にしやがって……。
ゲスリーは、気づいたはずだ。
あの時射られた矢が王国騎士のものだったこと。
そして、私がその矢で命を落とせばこれからどうなるのか。
「護衛は私が信用のおける者だけでお願いしたいのです」
呑気にお酒を嗜むゲスリーにイライラしながらも私が希望を伝えると、チラリとカイン様に目線を向けた。
ゲスリーの護衛の中で、私が信用できるのはカイン様しかいない。
そしてカイン様が見繕ってくれた騎士の方々ならとりあえずは信用できる。
「どうだい、カイン。我が婚約者は君を護衛にご所望のようだ」
少し酔ってるのか楽しげな口調でそうゲスリーが言うと、カイン様が前に出て片膝をついて頭を下げた。
「私としましても、そのお役目引き受けたく」
カイン様が快く承諾の返事を返してくれて、ほっと一安心。
カイン様はいつでも私の心のオアシス。
私がカイン様の返事に心が温かくなったところで、ゲスリー氏が私を見てクククと含むような笑い声を漏らす。
「……それにしてもやっぱりひよこちゃんの考えることはよくわからないな。魔法も使えない弱者を集めたところでどうなるというのだろう」
そう言って馬鹿にしたような笑い方をするゲスリーを思わず睨みつける。
だって、こいつ……カイン様を馬鹿にした。
魔法が使えないカイン様が護衛についたところで何になるって言った。
ゲスリーにとって、カイン様はただの飾り物みたいな存在なのかもしれないけれど、カイン様は強い。強いんだから。
カイン様にはいつも助けてもらっていた。そんなカイン様を馬鹿にするのは許せない。
私が何か言ってやろうと息巻いた時、カイン様が口を開いた。
「殿下、確かに私に奇跡は扱えませんが、リョウ様を狙う刺客も奇跡の力は持ち合わせていないでしょう。それならば、私でもお役に立てるはずです。いざとなればこの身を盾にしてでも、リョウ様を、そして殿下をお守りすると誓っております」
涼やかなカイン様の言葉に浄化されて、私の怒りはどうにか落ち着いてきた。
カイン様。あんなこと言われても、ゲスリーに対する敬意は忘れてない。
優しい眼差しで、子供に諭すように言葉をゲスリーに投げかける。
カイン様さすが天使。
そんなカイン様の有難いお言葉に感銘を受けたらしいゲスリーは大きく頷いた。
「ああ、なるほど、何かあった時の盾にはなるか」
納得したように頷いたゲスリーなわけだけど、いや、カイン様が本当に伝えたかったことはそう言うことじゃないからね!?
盾にはなれるってところに頷いてるけど、そうじゃなくてさ、それぐらいの気持ちで守ろうとしてくれてるんだよっていうこのカイン様の尊さに、こう思うところあるでしょ!?
本当に、こいつは……。
と思って忌々しくゲスリーを見ていると、ゲスリーの呆れたような眼差しと目が合った。
「しかし、昔から知ってる家畜を盾にして使い捨てようとするとは、ひよこちゃんは本当に酷なことを考えるね」
とおっしゃったので、先ほど浄化されたばかりの憤怒のリョウがむくりと起き上がる。
「使い捨てにしようなどとは思っていません!」
「だが、そういうことだろう? 危険なことが起こるのをわかっていて、それに巻き込もうとしていて、自分の命が惜しいから盾にしようとしている。違うのかい?」
憤怒のリョウの怒りの言葉もどこ吹く風とばかりにまったく堪えていないゲスリーが飄々とそう答える。
なんだろうこの、のれんに腕押しみたいな感覚は!
私は改めて何か言い返そうとしたけれど……
何故か、言葉に詰まった。
確かに、ゲスリーの言う通りなのかもしれない、という考えがよぎったからだ。
ここでカイン様に護衛を頼むことは私の事情に巻き込むことだ。
信頼しているから、という気持ちを理由にそれを正当化しているだけで……。
よく考えたら、すでに私ってやつはシャルちゃんにアズールさんも巻き込んでる……。
「殿下、リョウ様は私の強さを信じてくださっているのです。危険なことが起こっても、私ならうまく対処できると信頼してくださっている。私は、そのことを嬉しく思っております」
カイン様が、頭を下げながらそうはっきりと告げてくれた。
カイン様……!
流石のフォロリストキングの言葉に、ゲスリーのゲス術にはまりそうになっていた思考が浄化される。
そうだ、私は、カイン様を犠牲にしようなんて思ってない。
カイン様なら大丈夫だと信じてるからお願いできる。
しかし、ゲスリーにはよくわからない話だったのか、かすかに首を傾げた。
そして改めて気づいた。
非魔法使いがただの家畜にしか見えないゲスリーにとって、非魔法使いは弱い存在だ。
だから、非魔法使いが誰かを守れる強さを持ち得るということがわからないのかもしれない。
「強さか。まあ確かにカインは、力も強く美しく丈夫な騎士だったな」
幾分面白くなさそうにゲスリーがいうと、改めて私の方に視線を向けた。
「そこまで言うなら、カインを貸そうか。まあ、スピーリア領に滞在するまでの間になるだろうが」
ん? スピーリア領に滞在するまでの間しかカイン様貸してくれないってなんで……?
むしろ旅路の途中が大変だからこそ護衛として側にいてほしいのに。
しかも、スピーリア領は早速明日旅立つはずだ。全然貸してくれる気ないじゃん。
こいつ、まさか、ケチなのでは……?
「スピーリア領に滞在する間までと期限を決める理由を伺っても?」
「ひよこちゃんの護衛を手配するように王都には連絡している。正式な護衛がそのうちここにやってくる。そうなれば護衛は交代だ」
え……? マジで?
いつの間にそんな手配してくれてたの?
「護衛といいますと、どなたがいらしてくださるのですか……?」
「さあ、誰が来るかはわからない。人選は王都にいるアルベールに任せている。使えないものは送らないだろう」
ゲスリー、私のことなんて何も考えてないと思ってたのに、何気に護衛を増やすように手配してたってこと……!?
いや、まあ、私が死んで困るのは王家だ。
それぐらいしてもいいのかな。でもゲスリーだからさ……。
そうして思いの外に動いていたゲスリーに驚きつつ、護衛がくるまでの間カイン様をお借りできることに決まったのだった。