神殿を出たジンはすっきりした気持ちで街中を歩いていた。

 どことなくもやもやしていた気分が晴れ、ジンの目に映る慣れて来たはずの街中の光景さえもがより輝いて見える。 そしてジンはその良い気分のまま散策を続け、途中たまたま目にした酒屋や本屋に寄り道しつつ楽しんだ。

 ジンは本屋ではどんな本があるかを見てみただけだったが、酒屋ではグレッグが好きな銘柄と自分用を含め何本かの酒を購入した。

 そして少し早めではあったが、ガンツとの約束の為に店へと向かった。

「こんにちは」

「おう、いらっしゃい。 早かったな。 革鎧の方は修理しといたぜ、着て行くか?」

「はい、お願いします」

 ジンは早速革鎧を装備する。 ジンにとって鎧なぞ当然この世界に来て初めて身に付けたものだ。 だがたった3日前に装備し始めたばかりなのにもう既に鎧を着ている状態に馴染んでしまっており、逆に無いと物足りなく感じるほどだ。

 ガンツの手によって綺麗に修復された鎧を半日ぶりに身に付け、ジンの頬が緩む。 そんなジンの様子を見て、ガンツもまんざらではないようだ。

「うん、まあそんだけ愛着持ってくれりゃあこっちも嬉しいよ。 それで預かっているマッドアントの素材だが、状態も良いし鎧に加工するのに何の問題も無い。 しかもせっかくのクイーンの甲殻だから裏打ちとなる革にもこだわった方が良いと思って、最低マッドボア以上の良い革を使う事を考えている。 だから良い革が手に入った後に作成を始めるつもりだ。 まあ、それ込みで作成期間は1週間前後というところだ。 値段はその革次第だが、今の鎧の下取り込みで大体小金貨5枚~8枚といったところかな。 どうだ、もし足りんなら少しは待ってやってもいいぞ」

 どうやらガンツもマッドアントクイーンの素材という滅多にない品に、職人として気合が入っているようだ。 幸いジンには先程ギルドで貰った報酬もあるので、予算的には余裕があるので問題ない。

「お気遣いありがとうございます。 でも予算も大丈夫ですので、そのあたりは全てガンツさんにお任せします。 楽しみにしてますね」

「おお、もうそんなに稼いだのか。 任せとけ、期待は裏切らないようにするさ」

 そう言ってジンとガンツは、お互い笑顔で相手への信頼を示す。

「しかし金が入ったんならお前、武器は良いのか?」

「ああっとそうでした。 臨時収入が入ったので武器の予算も出来たんでした」

「くっくっく、忘れんなよまったく。 だがどっちにしろ、うちには前と同じ片手半剣は鉄のやつしか残ってないがな。 相手が悪かったとは言え鋼鉄の剣でも折れるようなら、ちと早いが1ランクか2ランク上の剣を買った方が良いかもしれんな」 

「そうですね。 でもそうなるとちょっと予算が厳しくなりますね」

 ジンはとりあえずしばらく種類の違う鋼鉄製の武器で我慢するしかないかと考え始める。

「しかしその木剣が良いもんだってのは分かってるが、それでも鋼鉄の剣でも折れるような戦いで良く無事だったな。 ちょっと見せてみろ」

 確かにガンツの意見はもっともだ。 ジンはいつもと同じように腰から木剣を外しガンツに渡そうとする。 そこに違和感は無い。

「うおっ。 重いぞって、あれ? 軽くなったな」

 そう言ってガンツはまずジンの差し出した剣を持ち上げようとしたが、重く感じたので腰を入れて木剣を持ち直す。 そしてジンの手を離れた瞬間に軽くなった。

「ちょっとジン、すまんがお前もう一回持ってくれ」

 そう言って真剣な顔のガンツは、再度ジンに持たせた剣を持ち上げたり降ろしたりを数度繰り返した。

「うん、やっぱりお前の手の中にある時は重くなってるな」

 重いと言われてもジンにとっては何時もと変わらない重さだったので、ガンツが言っている事が理解できない。 そうして呆然としているジンを横目にガンツは木剣を細かくチェックし、そして大きくため息をつくと再び真面目な顔になってジンに向かって言った。

「ジン、今から色々言うがまずは黙って聞いてくれ。 まずお前なら構わんから言うが、俺は〔鑑定眼〕を持っている。 だから手にした品物の良し悪しや大体の価値なんかもわかるんだが、こいつは初めて見た時から普通じゃない事くらいしか分からなかった。 おまけに今確認したら激しい戦いの後だっていうのに傷の一つもついていない、新品同様の状態だ。 初めはもしかして俺が知らないタイプの珍しいマジックアイテムか何かかと思ったが、それにしては魔石が見当たらない。 それに使用者の手にあるうちは重量を増し、離れると通常の重さに戻るという魔法の効果を常時発動させている武器など、俺は伝説のアーティファクトくらいしか思いつかない。 つまりこの武器は色んな意味で普通じゃないという事だ。 ここまでいいか?」

「はい」

 ジンは自分を信用してスキルの情報を明かしたガンツに感謝した。 またガンツの持つ〔鑑定眼〕は自分の〔鑑定〕とは別物で、おおまかな印象しかわからないものだと判断した。 そして木剣が単なる木の剣ではなく、異常な性能を持つ事も理解した。

「よし、それじゃあこの話はここで終わりだ」

「え?」

「お前がこの木剣について特に知識が無い事は分かっている。 そうじゃなきゃいくら何でも俺にあそこまで無頓着に渡さんだろう。 だから何も言う必要は無いし、仮に今後お前が知ったところで俺に言う必要もない。 ただお前はこの木剣がそれだけ普通じゃないという事はわかっとけばそれで良い」

 どうしたら良いかわからず戸惑ってしまうジン。 ガンツはそんなジンを見て、それまでの真剣な表情を和らげて笑顔を見せた。 

「へんちくりんな顔すんなっての。 まあ、細かい事は気にすんな。 これまでどおり普通に使えば良いと思うが、さっきみたいな事は一応秘密にしとけって事さ。 俺が使った〔鑑定眼〕は直接持ってみないと分からないから、これからはばれないように軽々しく他人に触らせないようにしとけ」

 職人として当然あるであろう好奇心も抑えて詳しい事は聞かず、そして今後ジンがとるべき対応をアドバイスするガンツの気遣いは、ジンにとって非常にありがたいものだった。

 だからジンは様々な想いを、ただ一言に込めて言った。

「ありがとうございます」

 深く一礼するジンに、ガンツは莞爾として笑った。 顔を上げたジンも嬉しくて笑った。

 そしてしばしの余韻の後、ガンツは話を元の「木剣以外の武器をどうするか」に戻した。

「主武器は木剣で問題ないとして、予備武器をどうするかだな。 ダミーの意味も少しはあるから前回と同じ片手半剣も悪くないが、木剣が使える事がわかった以上は出来れば攻撃手段を変えた方が実戦では役に立つ。 ジン、お前は何か希望があるか?」

「いえ、特には。 ただガンツさんのお話を聞いていると、剣系の武器は除外した方がよさそうですね。 とは言っても打撃系は木剣の性質とだぶっている気がしますし、いっそ槍とかの方が良いですかね?」

「槍か、結構良い選択かも知れんな。 問題は取り回しだが、そういや前に実験で作ったやつがあったな。 ちょっと待ってろ」

 そう言ってガンツは奥の作業場に姿を消し、そして数分後一本の槍を持って戻ってきた。

「こいつは見た目は普通の鋼鉄の長槍(ロングスピア)だが、ここをこうすると・・・」

 ガンツは言いながらその槍の中ごろを捻じりだすと、その槍は2つに分離した。

「こういう具合に2つに分かれるって寸法だ。 このままでも短槍(ショートスピア)としても使えるから、街中では分離して持ち運べば邪魔にならねえと思うぞ」

「これは良いですね。 でも何で試作品どまりなのですか?」

 ジンは大昔の漫画に出てた武器を思い出す。 仕込み杖や三節根など、ジンはこういうギミックは大好きなのだ。

「一つは耐久性だな。 やはり一本ものに比べると接合部の耐久性は落ちるのは避けられない。 しかもこのギミックのせいで値段も上がるしで結局没にしたんだよ。 まあ、お前さんが気に入ったなら使ってくれ。 値段は鉄の片手半剣と同じ小金貨1枚でいいぞ。 どうせ倉庫で眠っていた奴だから構わん」

「ありがとうございます。 是非購入させてください」

「ああ、こっちこそありがとよ。 ただ、スキルがある分たぶん木剣の方が威力はあると思うから、普通はそっちを使った方がいいだろうな。 ただ、こういう槍のリーチの長さは敵によってはかなり有効だから、上手く使いこなしてみてくれ」

「はい! ありがとうございます」

 そうしてジンは穂先に革のカバーを付けた短槍と棒を、昔ガンツが一緒に作ったという専用の固定具に入れて右腰に装備した。 主武器である木剣は左側に移動だ。 新しい装備を得て、浮き立つ気分と共にジンの顔はニヤニヤしっぱなしだ。

「くっくっく。 しかしお前は本当に嬉しそうに武器や防具を扱ってくれるな。 こっちまで気分が良くなるよ」

「いやあ、やっぱり男と産まれたからには、特に武器には熱い何かを感じてしまいます」

「まあ、確かに言いたい事はわかるがな。 っとそういやどうだった? アリアの穣ちゃんには花を持っていったんだろ?」

 ガンツは「男と産まれた」というキーワードから逆に女性であるアリアを思い出したのか、『ローゼンの花』の顛末をジンに聞いてきた。

「はい。 ガンツさんのおかげで喜んでもらえましたよ。 助言ありがとうございました」

「おお、そうか喜んでいたか」

 そう言うガンツも嬉しそうだ。

「はい、笑顔も見せてくれましたし良かったです。 ただ……」

 ガンツは笑顔のところで驚いたように目を見開いたが、言いよどんだジンが気になり続きを促す。

「何だよ。 もったいつけんなよ、どうしたってんだ?」

「いえ、大したことではないのですが、一瞬笑顔のアリアさんが怖く感じてしまいまして。 その時誰が自分がこの花を好きだと教えたかを訊かれたりしたんですよ。 その後は普通に笑顔に戻ったのですが、ちょっとその事が気になりまして」

「……おい。 まさか言ったのか?」

「え? はいもちろん。 あ、もしかして内緒にしとくほうが良かったですか? 良い事だから隠しとかなきゃいけないという考えがなかったです。 すいません、ガンツさん」

 やっぱ奥ゆかしく隠しときたかったのかもしれないなと、ジンはガンツに対して軽い罪悪感に駆られた。 もちろんガンツは違う意味で自分の名前を隠しておきたかったのだが、勘違いしているままのジンは当然気付かない。

「いや、良い。 気にするな」

 わざわざアリアが紹介してくるくらいだから気に入っているんだろうと、ジン(こいつ)なら何か良い変化をアリアにもたらしてくれるかもしれないと思っての行動だった。 基本はアリアを思っての『ローゼンの花』発言であり、ガンツには悪戯心は半分程度しかなかった。 ……半分もあれば充分かもしれないが。

 そしてその結果アリアが笑っていたというなら、それはガンツにとって想定以上の成果だ。 そいつを引き出したジンには感謝してもしきれない。 甘んじて責めは受けようとガンツは覚悟した。

「(でも、ちっとは手加減してくれよ)」

 アリアを怒らせると怖いと身にしみて知っているガンツは、そうは言いながらも最後に少しだけへたれた。

 そうして一連の会話の後にガンツはジンを採寸すると、微調整の為にこの1週間の間に2~3回は店へ顔を出すようにジン約束させた。 ガンツの店での用事を全て終えたジンは、店を出ると今度は寄り道せずにまっすぐ宿へと帰った。

 そしてジンは美味しい夕食を堪能しながらこの世界に来てからの事を思い返し、自分は環境に恵まれているなと周囲の人々に感謝した。

 元の世界でも家族や友達、元同僚などの人間関係は恵まれた方だと思っていたが、ジンはこの世界に来てからの方がより強くそう感じていた。

 最初に会ったのは門番のバークだった。 そしてこうして食事を楽しんでいる宿の従業員の皆やギルドのグレッグやアリア、神殿のクラークと名も知らない若い男性神官に武器屋のガンツ。 雑貨と衣料店の姉弟にもお世話になったし、素直で可愛いエルザに調合士のビーンとも依頼が縁で知り合えた。 この世界に来て出会った人は皆良い人ばかりだとジンは思う。

「(そう、自分は恵まれている)」

 改めてジンはそう自覚した。

 そして食事を終え2階の自分の部屋に戻ったジンは、この世界に来た時に身に付けていた装備を全て〔鑑定〕した。

【木剣…丈夫な木で作られた剣 総合評価C+~ (状態保持・破壊不可)】

【快癒(リジェネ)の指輪…クリスから友情の証に贈られた指輪 HPが1分間に1自動回復する (状態保持・破壊不可)】

【丈夫な服…丈夫な生地で出来た高品質の服 総合評価E+ (状態保持・破壊不可)】

【丈夫なズボン…丈夫な生地で出来た高品質のズボン 総合評価E+ (状態保持・破壊不可)】

【丈夫な靴…丈夫な革で出来た高品質の靴 (状態保持・破壊不可)】

【丈夫な鞄…丈夫な革で出来た高品質の鞄 (状態保持・破壊不可)】

【HP回復ポーション(小)…HPを20回復する (状態保持・破壊不可)】

【MP回復ポーション(小)…MPを20回復する (状態保持・破壊不可)】

 ゲーム時代からの変化としては、全ての品物に『状態保持・破壊不能』という項目が追加されているという事がある。 これは元々のゲームの仕様に耐久度などが設定されていなかった為、そのままその仕様がこちらの世界でも採用されているという事であろう。

 中でもゲームでは攻撃力5という武器の中でも一番低かった木剣が、現在は蟻モドキ(マッドアント)との戦闘で使っていた鋼鉄の片手半剣と同じぐらいの総合評価だ。 恐らく『破壊不可』から来る耐久度MAXと、レベルアップによって上昇した筋力でも以前と同じ使用感で剣を振るえるようにという、つまり『状態保持』の解釈で剣の重量が重くなって評価が上がったのではないだろうか。 それにC+~となっているという事は、今後レベルアップしてSTRが増える事で性能が良くなる可能性もある。

 実際は慣性もあってそう単純な物でもないはずだが、こう考えるのが一番納得できる。 耐久度MAXも含めた総合評価として考えると実際の威力はそこまで強くはないだろうが、折れたりしないだけでも使いやすい。

 そして快癒の指輪は、クリスに貰ったこの中でも木剣と並んで思い入れが強い品だ。 その他の品もすべて『状態保持・破壊不能』がついているので、ジンにとって思い出の品がずっと使い続けられるのはありがたかった。 ポーションは既に空だが、空き瓶は何かに使えそうだ。

 色々と吹っ切れたジンは、これらの恩恵を素直にありがたく感じた。 そして今後きちんと活用していくつもりだ。 とりあえず木剣は主武装(メインウェポン)として活用するし、指輪もこれまでどおり常に指にはめておく。 そして衣類関係はもちろん普段も使うが、特にここぞという時には必ず身に付ける予定だ。

「この恵まれた環境と状況で俺は何をするか。 これからはそこをちゃんとしていかなきゃな」

 そう言って微笑むジンは、これからの自分がどう変わっていくのかが楽しみだった。