「それじゃあ、6時くらいに部屋に迎えにいくよ」

 さすがにまだ飲むには早い。時間まで部屋に戻って休むエルザと一旦別れ、ジンはギルドへと戻っていった。

 ギルドではもう交替で昼食をとる時間帯だが、幸いにもアリアはまだ受付に居た。ジンは真っ直ぐアリアの元へ向かう。

「すいませんアリアさん。途中で退席してしまい失礼しました」

「いえ、お気になさらないで下さい。それでエルザさん達はどうでしたか?」

 ジンの謝罪を受け入れたアリアは、そもそもジンが退席した原因について尋ねる。

「はい、二人でちゃんと話し合えました」

「それは良かったです。それではシーリンさんはやはり?」

 やはりアリアにも、二人の揉めていた理由に想像がついていたのであろう。

「はい」

「そうですか……」

 直接見聞きしたとは言え、部外者である自分が語るべきことではないだろうと、ただ肯定の答えを返すジン。

 当然アリアもそれは心得ており、それ以上聞くような真似はしない。ただ、寂寥の感情を込めて呟くだけだ。

 レベルアップ次第でステータスが大きく変わるこの世界では、性別によるステータスの差はほとんど無いと言って良い。僅かに男性がSTRやVITが、女性がINTやDEXが高めの傾向があるだけだ。とは言え冒険者という仕事は過酷である事も間違いではなく、冒険者における女性の比率は3割に満たない。自然と女性冒険者同士の繋がりが強くなるのも道理だろう。

 これまで基本的に二人だけで頑張ってきたエルザ達を、恐らくアリアは彼女達が新人の頃から見守ってきたはずだ。それが直接か間接かは別にしても、やはり思うところは多いのだろう。

「大丈夫ですよ、アリアさん。二人なら大丈夫です」

 そう繰り返し、問題ない事を伝えるジン。二人が道を違えた理由は、決して悪いものばかりではないのだ。当事者でないジンには詳しくは言う事は出来ないが、アリアの心が少しでも軽くなるようにそう伝えた。

「そうですね、エルザさんにはジンさんもついてますしね」

 ジンの気遣いを感じたのか、微笑を浮かべてアリアが言った。アリアにそのつもりは無いのだろうが、でしゃばってしまった自覚があるジンにとっては些(いささ)か耳に痛い。

「友達ですからね」

 苦笑しつつも答えるジン。

「それではエルザさんと正式にパーティを組むのですね?」

「あ~それはまだ決めていないです。一応明日一緒に依頼を受けるつもりですが」

「そうなんですか……。あ、遅れて申し訳ありません。此方がマグナ村の討伐依頼の完了の書類になります」

 正式なパーティを組むと決めていない事に少し残念そうだったアリアだったが、ジンに肝心の依頼完了の書類を渡していない事を思い出して慌てた。

「ありがとうございます。今日エルザと飲むことになっていますから、その時に機会があれば話してみます」

 もとよりジンが途中退席したのが原因なのでジンが気にするはずもなく、逆に普通にお礼を言うジン。それに正式にパーティを組むと決めていない事へのアリアの残念そうな様子から、エルザのこれからがアリアには気に掛かるのだろうと思ったジンは、アリアを安心させる為にも今夜の予定を話した。

「……お二人だけでですか?」

 しかし、ジンが安心するかと思ったアリアは、逆に感情を感じさせない静かな声でジンに尋ねる。ジンのその考え自体は間違っていなかったが、別の理由でアリアはそのような態度になってしまったのだ。

「え?ええ、そのつもりですが。……アリアさんも参加しますか?」

 戸惑いつつもジンはアリアも参加したいのかなと、一応誘いを掛けてみる。アリアはしばし考え込み、そして首を軽く振って言った。

「いえ、お二人だけの方がエルザさんも遠慮なく色々と言えるでしょうから、残念ですが私は遠慮します。ジンさんがちゃんと話を聞いてあげてください」

 アリア非常に残念そうだが、それでもその発言にはエルザに対する真摯な気遣いが感じられた。ジンは笑顔で請け負う。

「はい。確かに承りました。アリアさんの分もちゃんと話を聞いてきますね」

「はい……」

 今度はアリアがどこか決まり悪げに返事をする。アリアとしては変なやきもちを妬いてしまった事を自覚し、恥ずかしさを感じたのだ。

「それじゃあアリアさん。今度お礼がてら二人で食事でもどうでしょうか?」

 そう言えばアリアとはギルドでしか会った事が無い。今回はアリアが遠慮してくれたので実現しなかったが、いつもお世話になっているし別の機会にどうかとアリアを食事に誘うジン。

「はい!?」

 突然の展開にびっくりしてしまい、一言しか口に出来ないアリア。

「えー、とは言ってもこれから討伐依頼を増やす予定ですので、しばらく先の事になってしまうかと思うのですが。良ければ考えておいてください。私も良い店がないか探して見ますので」

 アリアの反応に少し気恥ずかしくなってしまったジンは、へたれて逃げ道を作ってしまう。

 良く考えればエルザとの飲みもそうだが、女性と二人っきりの食事など口説いていると捉えられかれない行為だ。しかも相手はとびっきりの美人だ。下心などここ数十年持った事がなかったジンだったが、少し意識してしまうと若返った精神がひょっこり顔を出して来て、今更ながら恥ずかしくなってしまったのだ。

「はい。楽しみにしてますね」

 ジンのそんな反省をよそに、きちんと気持ちの整理がついたアリアは笑顔で承諾した。色々考えてしまったジンもホッと一安心だ。

「はい。また改めてお誘いしますね」

 ジンもそれほど回数は多くないが、女性の友人と食事に行く事などはあった。とりあえず少なくともアリアには友人と思ってもらえているのだろうと、ジンは嬉しく思う。

 もちろんアリアにとっては友人以上の感情がある事は言うまでも無い。しかしこれまでの人生で散々良い人で終わってきたジンにとっては、これ以上の好意は無い物と考えているのだ。勘違いや肩透かしを食らってきたが故の、悲しき防衛本能であろう。

 だが、繰り返される好意にはいつか気づくものだ。ジンが自分に向けられる好意の種類に気付くのも、そう遠い事ではないだろう。

 そうして食事の約束をしたジンは、アリアと別れてギルドを出た。そして昼食を取った後に今度は神殿へと向かう。正確には神殿に隣接しているという診療所へだ。

 目的はレイチェルに会う事と、この世界の診療がどのようになっているのかを確認する為だ。そして診療所の門をくぐろうとする時に、背後から声を掛けられる。

「おにいちゃんだー」

 その声と同時に、小さな子供が此方へ駆けてくる気配を感じるジン。振り返ったジンの足に抱きつくようにしがみついてきたのは、以前迷子になっていたアイリスだ。ジンがアイリスの頭を撫でている間に、遅れて両親も駆けつける。

「その節は本当にお世話になりました」

「いえ、お気になさらないで下さい。あれは周囲の皆さんのご協力のおかげですので」

 改めてアイリスが迷子になった時のお礼を言う両親と、逃げるようにその場を去ってしまった気まずさから苦笑するジン。ただ、こうして懐いてくれるアイリスにまた会えたのは、ちょっぴり嬉しくもあるジンだった。

 アイリスの両親は、王都に本店を持つ商会のリエンツ支店を任されているそうだ。お互い簡単な自己紹介を済ませると、連れ立って診療所の門をくぐる。

 診療所の中はジンの想像以上に広く、清潔感があった。中では神官達が患者さんを診察しているようだ。ジン達が中に入ると丁度そのうちの一つの診療が終わり、次の方と案内された。そしてその手が空いた神官こそが、ジンが探していたレイチェルだった。ジンは此方に気付いたレイチェルに、軽く片手を挙げて挨拶する。

「私の用件は診察では無いので、お先にどうぞ」

「だめ。おにいちゃんもくるの」

 ジンはアイリス達に先を譲って見学の手続きをしようとしたが、結局はアイリスに連れられて一緒にいく事になった。

「ジンさんのお知り合いの方ですか?」

 レイチェルがアイリス達を見てそう言う。一方アイリス達はレイチェルとジンが知り合いである事に少し驚いたようだ。

「まあ、そんな感じだよ。それより見てあげて」

 ジンに促されてレイチェルが診察したのは、やはりアイリスだ。レイチェルの問診にアイリスはもちろん、両親も答える。

 どうやらたまにアイリスが体調を崩して、熱を出す事があるそうだ。一晩寝ると治るそうだが、気になるので念のために診てもらいに来たとの事だ。

 レイチェルは道具を使ってアイリスの体温を計ったりするなど、元の世界と同じ様な事をして健康をチェックする。魔道具等を使ってある程度のチェックはできるようだ。

 いきなり魔法を使わず、こうして診察をするのには訳がある。魔法は万能のようで、実際はそうではない。例えば怪我などであれば回復魔法で比較的簡単に治すことが可能だが、病気はそうではない。ある程度病気の原因がわからないと、魔法も最大の効果を発揮する事が出来ないのだ。また、病気によっては、完全に治すにはやはり薬の力も必要になることもある。しかし神殿にはこれまでの経験がきちんと保存されている事もあり、魔法と薬の併せ技で病気が治る確率は元の世界と同程度には高いのだ。

「特に異常は見受けられませんね。現状は健康だと思います」

 一通りの診察を終えたレイチェルが結果を伝える。

「無いほうが良いのですが、もしまた具合が悪くなる事があったら、その時に来てください。悪いときに見ないと原因が分かりませんので」

 そうして、とりあえずは健康である事に安心したアイリス達は診療所を出る。何故かジンも一緒だ。

 自分の家に来てとせがむアイリスと、是非いらしてくださいと言う両親の誘いを断りきれなかったからだ。特にアイリスの涙目には勝てなかったのだ。

 ジンはレイチェルに明日の討伐依頼の事を伝え、明日朝にギルドで待ち合わせをする。そしてレイチェルの笑顔に見送られながら、アイリスに手を引かれてその場を去ったのだった。