「よし。じゃあ、明日は朝6時に西門前集合だ。遅れるなよ? あと、ジンは手配が済んだら俺んとこに顔を出せ。夜になってもかまわんぞ」

 グレッグのその台詞を最後に、一旦その場は解散となった。

 グレッグとクラークは二人で別室に移動し、今後の細かい打ち合わせをするようだ。結果、部屋には新しくパーティとなったばかりの、ジン達4人だけが残っている事になった。

「アリアさん、改めてお礼を言わせてください。おかげで何とか上手くいきました」

 そう言ってジンが頭を下げ、続いてエルザやレイチェルも同様にアリアにお礼を言った。

「それに、エルザとレイチェルにも改めてお礼を言わせてくれ。二人が当然のように俺の考えに同意してくれて嬉しかった。ありがとう」

 ジンはアリアだけでなく、エルザやレイチェルにも同様に礼を言う。

 ジンは会議前の短い時間でしか、二人に病気や今回の依頼について話せなかった。だと言うのに、二人はジンの無茶とも言える今回の方針に即答で同意したのだ。

 助け舟を出してくれたアリアに、自分の我侭に付き合ってくれるエルザとレイチェル。

 ジンは三人に心から感謝していたのだ。

 しかし、感謝しているのはジンだけではない。アリアが口を開く。

「いえ、皆さんに同行させていただくのは、私の方こそお願いしたい事だったんです。此方こそ、同行を許してくれてありがとうございます」

 アリアは孤児院で子供達の看病を手伝いつつも、それくらいしか出来ない自分の無力さを噛み締めていたのだ。ジン達に協力して治療薬の材料探しに同行することは、アリアにとっても心から望むところだった。

 それは、これまでアリアにあったジンの役に立ちたいという想いだけではなく、それ以上に久しく忘れていた冒険者の本分をアリアに思い出させるきっかけとなった。

「それにジンさんは一人で病名や対処法を見つけ、こうして解決までの道筋をつけてくださいました。しかも、これまで隠していた秘密を私達に公開してまでです。私の方こそお礼を言わせてください、本当にありがとうございます」

「その点は私達も同じだな。ジン、さすが私達のリーダーだ。おかげで、ようやく私もこうして具体的な行動が出来るようになった。ありがとう」

 エルザも自分をジンやレイチェルと比べ、なかなか役に立ててない現状を悔しく思っていたのだ。

 勿論エルザが行っていた薬草採取も、間違いなく重要な仕事だ。

 しかし、問題は本人がどう思うかなのだろう。エルザはもやもやが晴れ、スッキリした笑顔だ。

「はい。これで子供たちの病気を治せるかと思うと、とても嬉しいです。本当に素晴らしいです。ありがとうございます」

 この中で一番多く病気の子供達に接したのは、やはり治療院で診断もしていたレイチェルだろう。回復魔法の使い手として、対症療法ばかりで根本治療が出来ない自分を不甲斐なく思う気持ちは、此処にいる誰よりも強かったはずだ。

 色々と思い出しているのか、その目が潤んでいるようにも見える。

「あー、まあ、うん。ありがとう」

 自分が伝えた以上の感謝で返されて少し戸惑ったが、ジンは結局その気持ちを笑顔で受け取った。

 しかし内心は、たまたま自分にその能力があったから使っただけで、むしろその結果を具体的な形にしてくれたクラーク達の方がその感謝には相応しいと、ジンはそう思っていた。もちろん、その力になれた自分の事も、よくやったと思っていない訳ではない。

 だからアリア達に感謝されると嬉しいし、こうして表情も笑顔になるというものだった。

「でもアリアさんにお礼を言うのは良いんだが、私達に言うのはちょっと水臭い感じもするぞ。パーティなんだし、同意するのも当たり前じゃないか」

 エルザが苦笑しつつ、ジンに少しだけ釘を刺した。それに合わせて、レイチェルもコクコクと頷く。

 アリアの場合は、ついさっきまでパーティメンバーではなかったので仕方が無い。しかし数日前に病気の解決の為にそれぞれが出来ることをやると、そうパーティ方針として決めて行動していたのだ。なのにジンの対応が、ちょっとその事を忘れているようにエルザ達には感じられたのだ。

 勿論お礼を言われて嫌なわけはないし、不満なわけでもない。ただ、若干距離を置かれているようで、少し気になっただけだ。

「これは俺の性分みたいなもんだからなー」

 頭を掻きながらジンが言う。

 エルザ達の心情もおおよそ推測出来ていたが、長年の習い性はなかなか変えられるものではない。

 ジンの基本的な考えとして、「人にしてもらって当たり前の事は、ほとんど存在しない」というものがある。

 例えば食堂で注文した料理を店員さんが持ってきたときも、ジンはこれを当たり前だとは思わない。

 同じく部下に書類作成等の仕事を頼んだ時も、それを仕上げて持ってきた部下に対して、仕事だから当たり前だとは思わない。

 食卓での「醤油とって」や、何も言わなくても出てくるコーヒーやお茶等の些細な事でも同様だ。

 そうした事を「当たり前」ではなく「してもらった」と考えると、自然とその事に対して感謝の気持ちが湧いてくる。後はその気持ちのまま、「ありがとう」や「どうも」等の言葉で表したり、少なくとも会釈や笑顔で謝意を伝えたりするだけだ。

 これはその方が人間関係が上手くいくという経験則もあるが、単純に自分が気分がいいからそうしているという理由も大きい。

 お互いが「してもらっている」と考えると、そこには自然と笑顔や気持ちの良い雰囲気が生まれるものだ。

 ジンが口癖の様に「ありがとう」等の感謝の気持ちを口に出すのも、こういう考えが基本にあるからだ。

 ジンがこう考えるようになったのは、本人が元々持っていた性質のせいもあるのだろう。しかしそれ以上に、ジンがこれまでの長い人生経験で培ってきた、信念に近いものなのかもしれない。

 ちなみに極々稀にではあるが、「してやっている」とか「やってあげている」と増長してしまう者が出る事もある。例えば有名繁盛店の従業員を思い浮かべると、頷ける者も多いかもしれない。

 また、今度は逆に「お客様は神様です」という言葉を勘違いしているのか、「来てやっているんだ」と好き勝手に振舞う客がいる事も事実だ。

 だが、あれはあくまで売り手側の心得であって、買い手側が要求するものではない。

 勿論こうした考えを持つ者にまでジンが感謝するかと言えばそんな事はなく、あくまでお互いに「してもらっている」と考える事が基本だ。

 だから、この「してやっている」という考え方は百害あって一利なしだと思っており、正直ジンは好きではないのだ。

 ジンは上記の様な事を、この世界での具体的な例を挙げてエルザ達に伝えた。

「そんなわけだから、水臭いなんて思わないでくれるとありがたいな」

 実はジンにはこの考え方で失敗した経験もあるので、少し弱気だ。

 例えば最初の会社での失敗だが、上司の説教を受けている最中に笑顔になってしまい、ひどく怒られた事がある。それは上司がジンの成長の為に指導してくれているのが分かったが故の反応だったが、上司からすれば不真面目な態度に感じられたのだろう。説教終了後に「ありがとうございます」ならばまだ良かったのだが、素直な反応が裏目に出た形だ。

 この他にも色々なケースがあるが、謝意を表すのにも時と場所を選ぶ必要があるというのは間違いない。

 いずれにせよこれはあくまでジンの考え方で、それを強要するつもりは無かった。

 一方で、アリア達三人は神妙な顔つきだ。

 特にエルザやレイチェルは表情が硬い。共同生活の中で普段ジンが些細な事でも礼を言っていた事を思いだし、対して自分達を省みて少し反省するところがあったのだ。

 思いがけないところでジンの人となりを再確認した三人だったが、それぞれに思うところがあったようだ。

「おっと、話が変なところにいっちゃったね。それじゃあ各自分かれて手配しようか」

 ジンは変な話をして失敗したかなと、少しあせって話題を変える。

「道中の食料や水なんかの食料品関係は俺が手配するから、アリアさん達は三人でそれ以外に必要なものをお願いできるかな? この中では一番アリアさんが旅なれしているだろうから、指示をお願いしますね。あと、基本的に全て俺の『無限収納』に入れて旅をするから、あった方が便利だけど邪魔になるから普段は買わないというようなものもドンドン買っちゃってね。俺が思うに、フカフカのクッションなんかはたくさんいると思う。基本馬車の旅だから、何も無しじゃお尻が痛くなりそうだからね」

 ジンには今回の旅を、使命感で身動きが取れないような窮屈なものにする気はない。子供達の命が掛かった重要な使命だと認識しているからこそ、それに囚われ過ぎては最高のパフォーマンスを発揮する事は出来ないと考えているのだ。

 ただでさえ困難が予想されるのだから、無理をして失敗するのでは話にならない。

「わかりました。届け先はジンさん達のご自宅で良いですね?」

「はい、大丈夫です。その後は皆自分の買い物や用事を済ませて、夕方6時くらい迄に自宅に集合するくらいでいいかな? ちょっと俺はグレッグさんとの話があるみたいだから遅れるかもしれないし、今日の夕食は外で済ませてきてくれ。あと良かったら、アリアさんも今日は家(うち)に泊まってください」

 親睦を深めるとはいかないが、ちょっとしたミーティングは出来るだろう。それに旅の確認はパーティ全員で行った方が間違いが無いと、ジンは考えたのだ。

 本来アリアはあくまでギルドの見届け人という建前なのだが、既にジン達には新しい仲間という意識しかない。

 それが今回に限っての事なのか、それともこれからも続くものと考えているのかは定かではないが、少なくともそれによってジン達が態度や接し方を変えることは無いだろう。何故ならどちらにせよ、アリアが信頼できる仲間であるという事実は変わらないからだ。

 そうして今後の段取りを確認し、最後にジンは皆で気合を入れる。

「よし、それじゃあ子供達は俺達が必ず助けるぞ! 各自行動開始だ」

「おう!」「「はい!」」

 こうして各自が各々の役割を果たすべく動き出した。女性陣だけで行動する事で、三人の距離も少しは縮まったようだ。

 そして夕方までに全ての準備を終わらせた四人は、自宅に戻り簡単なミーティングをおこなった。

 その後は明日に備えて早めに就寝し、いよいよ出発の朝を迎えた。

「準備はいいな? 俺が言った事を忘れずに、ちゃんと無事で帰って来い」

 西門前の道路脇で、グレッグはジンに話しかける。

 その場には、グレッグの他にメリンダとクラークも見送りに来ていた。それぞれエルザやレイチェルと話をしている。

 此処にいないガンツやビーンにはジンが昨日のうちに挨拶を済ませ、ビーンからは格安で大量の各種ポーションを購入している。

「はい。必ず依頼を達成して無事に戻ってきます」

 答えるジンの顔も真剣なものだ。

 昨日の内にジンはグレッグと二人きりで会い、そこで様々な話をしている。

 グレッグはジンの返事に頷くと、次にアリアを見つめる。

「アリア、ジン達を頼んだ。それに、この機会に自分の事もちゃんと決めて来い」

 アリアの事を6年前からずっと心配し続けてきたグレッグだ。

 今回の旅がアリアにとっても良いものになるようにと、心から願っているのだ。

「はい。ありがとうございます」

 アリアもグレッグの言葉に真剣に答えた。 

 そしてここでエルザ達の話も終わり、グレッグ達見送り組の前にジン達四人が並ぶ。

「戻ってきたら奢ってあげるわ。楽しみにしてなさい」

 そう言うのはメリンダだ。

「そうですね。戻ってすぐはまだ忙しいかもしれませんけど、落ち着いたら是非私も参加させていただきたいですね」

 クラークもメリンダの軽口に乗っかって話した。

「ふふっ。そん時は取って置きの高い酒でも提供するかな」

 これからジン達に待ち受ける試練は、そう簡単なものではない。その事を承知の上で、こうしてグレッグ達は戻ってきてからの事を話している。

「ええ、その時はこないだみたいに、また家(うち)でパーティしましょう。今度は私が作るだけでなく、皆さんの持込にも期待させていただきます」

 ここにいないアイリス達やシーマなど、再び皆が笑顔で集まる事が出来るように、その為にジン達は旅立つのだ。

「そうですね。私は以前お爺様が作ってくださった事がある、ビーフシチューがいいです」

 レイチェルが珍しく率先して話しに乗った。

「メリンダ教官には手作りは期待できないな。以前自慢していた『プッカ』のオードブルでも期待しようかな?」

 続けてエルザもメリンダに話しかける。ちなみに『プッカ』とは、この街で一番高いレストランの事だ。

「ふふっ。それではグレッグ教官もお酒だけでは寂しいですね。私は以前奥様が差し入れしてくれたパイが食べたいですね」

 笑い混じりのアリアの反応は、そこにいるほとんどの人にとって珍しいものだった。しかし、ジンと一部の人間にとっては、それ以上に驚かされるものがあった。

「「「奥様!?」」」

 ジン、エルザ、レイチェルの三人の声が綺麗にハモったが、特に大きな声を出してしまったのはジンだ。

「何だ? 俺が結婚しているのがおかしいか? ん?」

 額に青筋を立てながら、怖い笑顔でグレッグがジンにプレッシャーをかける。

「いやー。ははははは」

 さすがにジンも乾いた笑いしか出ない。

 グレッグはしばらくそんなジン達の様子を眺めていたが、ふんと大きく鼻を鳴らす。

「まあいい。そんなわけで、帰ってきたらお楽しみが待ってるからな。もう一回言うが、ちゃんと無事で帰って来い」

「「「はい!」」」

 グレッグは最後にニカッと笑い、これにジン達も笑顔で返した。

 それは明るい未来を予測させる、それに相応しい旅立ちの様子だ。

「それじゃあ、行っ」「ちょっと待ったー!!」

 グレッグの最後の締めを遮り、呼び止める大きな声が聞こえた。

 走って此方に向かって来るのは、武器屋のガンツだ。

「ふう、間に合った。ほれ、ジン。持って行け」

 到着して少し息を整えた後、そう言ってガンツがジンに渡したのは、黒鉄製のグレイブだ。

 昨日ジンがガンツの所を訪ねた時には、残念ながらまだ完成していなかった品だ。

 だからジンは今回の旅には間に合わなかったなと諦めていたのだが、恐らくガンツが徹夜で仕上げたのだろう。

「ガンツさん、ありがとうございます!」

 ジンがガンツに深く頭を下げる。

「いや、多分こいつも言っただろうが、全員無事で帰ってきてくれりゃそれで良い」

 ガンツはグレッグを指してそう言うと、照れくさそうに笑った。

「はい、必ず無事に帰ってきます」

 今回の旅ではC級どころかB級の魔獣と戦う可能性があるのだ。いくら極力戦闘を避けるつもりとは言え、ジンにとってこれほど心強い事は無い。

 そんな様子をグレッグはニヤニヤ笑って黙ってみていたが、頃合と見てそのまま口を開いた。

「とんだ闖入者だったが、新しい武器が手に入ってよかったな。それじゃあ行って来い!」

「「「はい! 行って来ます!!」」」

 こうしてジン達はグレッグ達の見送りを受け、意気揚々とリエンツの街を出発した。

 まず最初に目指すは、ダズール山脈の麓(ふもと)にあるアポス村。その目的は、恐らく山の上にあると思われるマドレンの花びらの採取だ。

 そして最終的には子供達を苦しめる魔力熱を治す為、ジン達は旅立ったのであった。