ジン達は逸る気持ちを抑えつつ、リエンツの街を目指して馬車を走らせる。今は特に急ぐべき理由もないのだが、もうじき家に帰れると言う事もあって気持ちが浮き立っているのだ。

 そうしてジン達は休憩もそこそこに馬車を走らせ、ついに約半月ぶりにリエンツの街へと帰ってきた。

 門の前には街に入る順番待ちをしている隊商の姿があり、ジン達もそれに続いて並ぶ。それからさほど待たされる事も無く、すぐにジン達の番となった。

「おお! ジンじゃないか。お帰り」

 御者台にいたジンに声をかけてきたのはバークだった。ジンが出発する前はニルスの心配をして顔が曇っていたバークも、今では満面の笑顔でジン達を迎えていた。

「お久しぶりです、バークさん。その分ならニルスも無事回復したようですね」

「ああ。お前達のおかげ(・・・・・・・)で元気だよ。本当にありがとうな」

 ジンの問いに笑顔で答えるバークだったが、その言葉にジンはホッとすると同時に、何か違和感を覚えた。

「おっと、すまん。次が来ているんで、礼はまた今度させてもらうな」

 だが、ジンがその違和感の正体に気付く前にバークは門番の職務に戻った。ジン達の後ろに順番待ちをしようとしている人々の姿が見えた為だ。

「アリアも皆もお帰り。通っていいぞ」

 バークはテキパキと馬車の中を覘いてジン達四人の姿を確認した後、そう言ってジン達を街の中へ入るよう促す。

 こうして若干慌しくはあったが、ようやくジン達は無事リエンツの街へと帰りついた。

 門でバークと別れた後、ジン達はまず最初にギルドから借りていた馬車と馬を返却した。

 この二頭の馬には今回の旅で随分世話になった事もあり、ジン達は全員でブラッシングしたり餌を与えたりと最後にきちんとお礼をしてお別れした。ただ別れる時には馬達も寂しそうな様子を見せたので、ジン達はまた人参を持って会いに来るつもりだ。

 馬車の中にあった荷物は全部『無限収納』の中なのでジン達は身軽だ。二週間と少ししか離れていないのに懐かしく感じてしまう風景を眺めながら、ジン達はゆっくりと街中を進んだ。

「ジンお兄ちゃん!」

 元気良くジンを呼ぶ声が聞こえ、すぐにその声を発した少女、アイリスが駆け寄って来る。ジンがしゃがんで優しく受け止めると、少し遅れて駆け寄って来るオルト夫妻の姿も見えた。

「ただいま、アイリス。ちゃんと帰ってきたよ」

「おかえりなさい。うふふっ。ゆびきりしたもんね~」

 思いがけない出会いだったが、戻ってきてすぐにアイリスの元気な姿を見る事が出来てジンは嬉しかった。と同時に、自分達はやったんだと本当の意味で実感する事が出来た。

 アイリスとジン、そしてそれを見守るアリア達やオルト夫妻も、全員がとても嬉しそうな笑顔だった。

「お久しぶりです、オルトさん、イリスさん」 

 ひとしきりアイリスとじゃれた後、ジンはアイリスを胸に抱えたまま立ち上がり、オルト夫妻とも挨拶を交わす。

「お帰りなさい、ジンさん。皆さんのお帰りをずっと待っていました」

「本当に。皆さんのおかげで、こうしてアイリスも元気でいる事が出来ます。本当にありがとうございました」

 だがオルト夫妻は単なる挨拶には留まらず、特に奥さんのイリスは少し涙で目を潤ませながら深々と頭を下げた。

「いえいえいえ。どうか頭を上げてください」

 街中なので人通りも多く、この光景は非常に目立つ。ジンは若干焦りつつ頭を上げるように促した。

 しかし今回の旅や『魔力熱』については、ごく一部の人しか知らない極秘で行った事だ。結果として『滅魔薬』を使わずに済んだとは言え、ペルグリューンの存在や彼が話した過去の件もあって秘密にしなければならない事は変わらない。

 勿論オルト夫妻にもはっきりとした事は言ってないのでジン達が何かをしたとは分からないはずだが、もしかしたらアイリスと約束した事もあって推測がついたのかも知れない。ジンはそう思いつつも、先程バークが言った言葉と共に、その違和感がどうしても拭いきれなくなったジンは思い切って訊いてみる事にした。

「あの、何故私達が何かしたとご存知なのですか?」

「え? 噂になっておりますので、皆知っていると思いますが……」

「え?」

 絶句し、思わず固まってしまうジン達だった。

「すまん!」

 場所は移って冒険者ギルドの一室、そこではグレッグが頭を下げてジン達に謝っていた。

 ジン達がトロンから魔道通信機を使ってグレッグに『魔力熱』の解決法を連絡したのは記憶に新しいと思うが、まずそこで情報が漏れた。

 特にその直後に大々的に神殿も巻き込んで解決に動いた為、口止めはしていたもののグレッグも完璧には手が回らなかったのだ。

 漏れたのは単に何処からの通信だったかという情報だったが、そこでトロンの街にいる冒険者が子供達を救った立役者だという噂が流れた。そこで終わればバレなかった可能性もあるが、次にゲルドが討伐されたという知らせが同じトロンからもたらされ、そこにジン達が一役かったとの記載があったのが決定的だった。

 突発的に発生したこの件に関しては当然口止めがされておらず、積極的に情報を流す者はいなかったものの、別々に流れたこの二つを結びつける者が出るのも自然な流れだろう。

 こうして真実を言い当てた噂がリエンツの街に広まったのである。

「頭を上げてください、グレッグ教官。これはバレるのも仕方ないですよ」

 ギルドから漏れたのは何処からの通信だったかという事のみで、それは大して重要な情報ではない。つい反射的に口に出したとしてもおかしくはない。ましてやその後にジンの名前が記載された通知が回るなど、そんな事を想像できるはずもない。ジンにグレッグを責めるつもりは全くなかった。

「考えてみれば、必要だったとはいえ通信をした時点で秘密を守る事は難しい事でしたね」

「確かに今後『魔力熱』の対処法を広めるのは急務だと思いますし、そうなれば仮にリエンツでは漏れなくてもトロンで漏れる可能性は高いですしね」

 アリアとレイチェルが続けざまにそうフォローを入れる。

 他の街で『魔力熱』で苦しむ子供達がいる可能性も否定できない以上、今回の対処法を広めるのは治療院で働く事もあるレイチェルにとっては当然の事だ。実際今回の対処法を始めてから約7日が経って検証も終わった為、明日にでも今回の件を全ギルド支部を通して広める予定だ。

 それは今後『魔力熱』で命を落とす子供が出ないと言う事を意味するが、そうなれば情報の出元を調べようと思えば然程難しくはない話だ。何故なら魔道通信機の使用は必ず記録が残るし、グレッグの口止めはあくまでリエンツのみでトロンまでは及ばないからだ。

 グレッグは今回の件に対して責任を感じて謝っているが、仮に責任があるとすればそれは自らも口止めに動かなかったジンにもあると言えるのだ。それに『滅魔薬』の話が漏れたわけではないのでまだマシな話だと、ジンはそう判断していた。

「それよりグレッグ教官、今後どうするか考えよう」

「エルザの言うとおりですよ。話せない事があるのは変わらないですしね」

「……分かった。すまんな」

 今後の対応が大事とエルザとジンに言われ、ようやくグレッグも顔を上げる。

 話せない事とは勿論ペルグリューンの件だ。仮にその存在が公になれば『マドレンの花=吸魔花』の存在が明るみになる危険性もでるし、それに彼との約束を破る事にもなりかねない。

 ペルグリューンの名や『マドレンの花』の詳細については約束なのでグレッグに伝えてはいないものの、聖獣と遭遇して『マドレンの花びら』を諦める代わりといった形で『魔力熱』の解決法のヒントをもらったという話はしていた。

 その聖獣の存在を隠すとなると、『魔力熱』の解決法を知った経緯と場所をどうやって誤魔化すかが重要なポイントになるだろう。その後ジン達はグレッグと共にしばらく議論を続け、次のような形で通す事に決まった。

 まず『魔力熱』の解決法については、幸いな事に実際の解決法が言われてみれば成る程と納得出来る話でもある。そんな言わばコロンブスの卵的な話であるため、ずっとリエンツの街で病気に苦しむ子供達について考え続けていたジンが突然閃いたという事にした。

 ただし『魔力熱』という名称はジンが『鑑定』で読み取ったものの為、公開することは出来ない。あくまで13歳以上の罹患者がほとんどいないという共通点から、解決法が『基礎魔法』ではないかと思いついたという話だ。

 ちなみにここでジンが思いついたようにしたのは勿論功名心ではなく、今後万一トラブルが発生した場合を考えてのことだ。他にも架空の第三者から聞いた事にするというのも考えたが、偽者が現れて犯罪に利用される可能性も考えてやめたのだ。

 また、今回思いついたのは『ダズール山脈』を下山している時という事にした。その後、思いついた事をパーティで話し合った結果、恐らく間違いないだろうと判断したのでトロンの街に向かい、そこからリエンツの街に通信したという流れだ。

 ここで重要なのはジン達が『ダズール山脈』に向かったのはあくまでCランク昇格試験の為で、今回の件に場所は無関係という事だ。

 こうして今後この事について話すことがあれば、「昇格試験の帰りに急に閃き、それが正解だと妙な確信があったので知らせてみたら本当にそれが正解だった」で通す事となった。

 突込みどころがないわけでもないが、これが一番無難なストーリーだった。

 今回グレッグには話せる範囲の真実は既に説明済みだが、ジンは同様にクラークやビーンにも話せる範囲の真実を後日伝えるつもりだ。

 しかし、この話せる範囲というのにはもどかしさを感じてしまうのも事実だ。『マドレンの花』の真実や過去の過ち等、いずれ避けて通る事の出来ない事だとジンは思うが、ペルグリューンが他者に話す事を許可しなかったのは今は未だその時ではないと考えているからだろう。だが、もし今後この事を話す必要性を感じた場合は、ジンは改めてペルグリューンに話す許可を求めに行くつもりだ。

 こうして方針も決定したところで、グレッグが最後のまとめに入る。

「よし、では今後はこれで通す事にする。この情報もお前達が目立ちたくないと考えているという事にして、基本的に口止めしておく。そうした方が信憑性が出るからな。ただ、既にある噂からお前達の周囲が騒がしくなる可能性はある。すまんがそこはうまく対処してくれ。他に何かあるか?」

 最後の問いにジンはアリアを見るが、アリアは黙ったまま軽く首を横に振った。

「ありません」

 その合図を受けてジンが答えると、そのやり取りに気付いたグレッグが何かを察したのか可笑しそうに口元を少しゆがめた。

「そうか。それじゃあお前達も長旅で疲れただろうし、2~3日ゆっくり休むと良い。ほんとお疲れ様。そんでジンは明日にでも飲みに付き合え」

「ははは、わかりました。丁度私も話したい事がありましたし、喜んでお付き合いしますよ」

 そうして笑顔で約束する二人だったが、それを見る女性陣の顔が若干こわばっていたのには気付かなかった。

 この後グレッグに自分の進退を話すつもりのアリアに、エルザとレイチェルがアイコンタクトしたのも同様にだ。

 ともあれその後ジン達はギルドでCランク昇格試験の報告も終え、これで晴れてCランク冒険者へと昇格したのだった。