Thanks to a Different World Reincarnation

How to use dangerous knowledge

「よーし、出来た」

 近く改築予定の一階作業場で、ジンは満足そうに笑みを浮かべる。

 その目の前にあるのは、少し大きめの卓上調理器――ホットプレートだ。勿論上部の鉄板は、用途に応じて別のものにも変更可能だ。

 そもそも魔石と魔法文字で構成された魔道具は、動かすのに必要なのは魔石だけなので場所を問わず使用可能だ。ただ、問題となるのはその大きさだ。

 魔法文字に関する知識の多くが失われている現代では、その改良は遅々として進んでおらず、ほとんどが既存のものを焼き直している状態だ。一応小型化などにも挑戦していたが、サイズが小さくなった分火力も減少し、なかなか実用に耐えるものは出来なかった。

 だから小型のコンロやホットプレートのような卓上調理器はほとんど存在しておらず、食卓で何かを調理しながら食べるという発想自体もあまり一般的ではなかった。

 だが元日本人であるジンにとっては、鍋や焼き肉など、卓上で料理をするのは別に珍しいことではない。そこで無いのなら作ろうとばかりに、先日新たに(・・・)得た魔法文字の知識を活用し、ジンはこのホットプレートを作り上げたのだ。

「――うん、隅っこもちゃんと炎が出てるし、これなら焼きムラも出ないだろう。ふふっ、これでアレが出来るぞ~」

 ジンは鉄板を外した状態で魔力を流し、ちゃんと炎が全面に行き渡っているのを確認して満足そうだ。

 彼の脳裏に浮かんでいるあるメジャーな料理、それは王都でジンが得た調味料や、この用途に合わせて鉄板を他のものにも交換できるホットプレートを考えれば、おのずとそれが何かは想像がつくだろう。

 ジンは大阪人ではなく九州人だったが、ソース味も粉物も大好きだった。

「しかし、先輩には感謝だな。おかげで色々と作れるようになったし、今度はキッチンのコンロを改良するか。火力が上がると色々便利だし」

 ここで言う先輩とは、ジンが王都で知りあったケント、その祖先である日本人の転生者、渡瀬健二――ケンのことだ。

 この家を譲ってもらう時に読んだメッセージに、「玄関横の倉庫に役立つかもしれないものを埋めた」とあったが、いよいよ改築工事の日取りも正式に決まったので、他人が出入りする前にと、言われた通り掘り返してみたのだ。

 そしてそこにあったのは、『魔法文字』のユニークスキルを持つ過去の転生者が記した魔法文字の一覧だ。それはユニークスキルによって全ての魔法文字を理解、記憶していたケンがその知識を全て記しており、魔法文字の辞書といってもよいものだ。

 そこには現代では意味どころか文字そのものが失われたものまで載っており、その使い方次第では、以前聖獣ペルグリューンが語った、世界規模の魔獣の大暴走により失われた過去の高度な文明を再現することも不可能ではないだろう。もし公表すれば、良くも悪くもこの世界は大きく変化することは間違いなかった。

 だが、この知識を公開しなかったケンと同様に、この世界の在り方をできるだけ尊重するという考えを受け継いでいるジンが、その選択をするはずもない。

「ふふっ、自宅用の製氷機も簡単に作れそうだし、アイスクリームなんかもいいかもな。トウカも喜ぶだろう」

 ジンはあくまで個人で楽しむレベルでしか使わない。

 例えば全部ではなく魔法文字の知識を一部でも公開すれば、人々の生活はかなり便利になるだろう。しかし、遅々としたものではあっても、魔道具の改良や魔法文字の読解は少しずつ進んでいるのだ。

 この世界を尊重するという骨子が変わることはなく、社会に与える影響の大きさを考え、公開に関しては慎重に慎重を重ねるべきだった。

 コンコン

「おとーさん、入っていいー?」

 そのノックと呼ぶ声が、次は何を作ろうかと妄想していたジンを現実に引き戻す。いいよと返事をして招き入れると、可愛い娘であるトウカが現れた。

「わー、何かまた出来てるー。今度はどんな料理を作ってくれるの?」

 作業机の上にあるホットプレートを見つけ、トウカが歓声を上げる。ジンが何かを作ると美味しいものが食べられるので、自然とトウカのテンションも上がりがちなのだ。

「ふふっふー、このホットプレートは色々つくれるぞ~。今度作るのはたこ……いや、丸々焼きだ! 熱々はふはふで、美味しいぞ~」

「きゃー、楽しみー! お昼ごはんはレイチェルお姉ちゃんが作ったから、今日の晩ごはんかな? あ、そうだ! お昼ごはん出来たから呼びに来たんだった。おとうさん、早く行こう」

 具材は蛸だけでなくエビやソーセージも入れるつもりなので、たこ焼きではなく丸く焼いたものという意味で丸々焼きだ。どんなものかは分からなくとも、期待で歓声を上げたトウカだったが、ようやくここに来た目的を思い出した。つい新しい道具に気を取られてしまったが、トウカはご飯ができたことを知らせに来たのだ。しまったと焦るトウカに促され、ジンはトウカと共に家族が待つ食卓へと向かうのだった。

「お、ピリッとして美味いぞ、レイチェル」

「ほんとうに美味しいわ、レイチェルも腕を上げたわね」

 エルザとアリアが、香辛料の効いたペペロンチーノをおいしそうに口に運ぶ。パスタのなかでは簡単な部類ではあったが、それでもこの家で暮らすようになるまでレイチェルは全く料理をしたことがなかったのだから、そう考えれば大きな進歩だ。

「ふふっ、ありがとうございます。トウカちゃんのは唐辛子はちょっとしか入れてないけど、大丈夫? 辛くない?」」

「うん。辛くないし、おいしいよ、レイチェルお姉ちゃん」

 さすがに大人好みの香辛料が効いた味付けは、子供のトウカにはきつすぎる。だからレイチェルは辛みを控えめにしたものを、トウカのために用意していた。

「ふふっ、ほんと美味しいよ、レイチェル」

 ジンもレイチェル謹製のペペロンチーノを口に運ぶが、ベーコンの脂とニンニクや唐辛子などの辛みが相まって、スパイシーで実に美味しかった。

「えへへ、そうですか? ふふふ、ありがとうございます♪」

 褒められて嬉しそうなレイチェルを少しだけ羨ましそうに見るアリアとエルザだったが、かといって自分も料理に手を出そうとは思わないようだ。ここの見せ場は譲るわと言わんばかりに、食べる方に専念していた。

「さっき新しい魔道具を作ったから、今日の晩御飯は新しいメニューにするよ。俺もレイチェルに負けないように美味しく作るから、期待してくれ」

「また作ったんですね。美味しいものが食べられて嬉しいんですけど、また内緒にしておかなきゃいけないものが……」

「はははっ、まあいいじゃないか、アリア。秘密なんて今更だぞ」

「ふふっ、そうですね。でもトウカちゃん、今晩ジンさんが作るご飯のことも、他の人にしゃべっちゃだめよ?」

「うん! おとーさんの凄いは、内緒なんだよね!」

 アリアの心配はもっともだが、確かにエルザが言うようにこれ以外にも秘密はたくさんあった。トウカにはまだ詳しいことは説明していないが、秘密にすることはその都度ちゃんと言い聞かせていた。もしばれるとジンが大変なことになると言っているので、トウカもちゃんと秘密は話さないようにしている。

「ふう、私だけ心配し過ぎなのかしら」

 ジンの特異性について、一番危険性を理解しているのはアリアだ。性分もあって気苦労は人一倍多かったが、こうして気を張ってくれる人がいるから助かることも多いのだ。

「ははっ。アリア、いつも心配してくれてありがとう。でもちゃんと気を付けるからさ」

「……はい」

 ジンの感謝の言葉を受け、アリアもようやく微笑みを見せる。

 こうして魔道具の作成を続けていけば、そのうちもっと高度なものまで作成できるようになるかもしれないが、ジンにそのつもりはない。あくまで現在の技術を改良したり、少しだけ発展させたりするに留めるつもりだ。

(この幸せを守れるだけの力さえあればいい。……守れるように頑張ろう)

 ジンが新しく得た魔法文字の知識がもたらす、ちょっとした幸せを感じさせる平和な光景。

 だが魔法文字の本質は魔法、つまり攻撃魔法にある。

 魔法文字が何十文字も重ねられることで発動する失われた魔法は、嵐を呼んで天空から雷を落とすことも、炎の竜巻ですべてを燃やし尽くすことも可能だ。詠唱は長く、多大なMPを必要とするので扱える者はごく少数だろう。だが、発動してしまえば広範囲に破壊をもたらす、個人が持つには大きすぎる力だ。

 世界を左右しかねない知識を得たジンだったが、今でも求めているものは変わっていなかった。