「お、ジェイド。久しぶり」

 迷宮からの帰りにギルドに寄ったジン達は、オズワルドの一番弟子ともいえるジェイドに遭遇した。

 つい先日オズワルドとの会話で話題にしていただけに、ジンの顔にも自然と笑みが浮かぶ。

「たしかに久しぶりだな。お前のBランク昇格の祝いぶりか?」

 つられたのかジェイドも笑顔で返す。ジン達がBランクに昇格してからまだ一カ月も経っていないが、以前はよく訓練場で一緒になっていたので、余計に久しぶり会ったように感じていた。

「――おい、ジェイド」

 そしてこれがジェイドを訓練場で見る機会が減った理由なのだろう。ジェイドは一人ではなく、彼の周囲にはそのパーティメンバーと思われる者達がいた。

「ああ、そうだな。ジン、紹介するよ。今、俺がパーティを組んでいる奴らだ」

 呼びかけられたジェイドは何気ない風を装いつつそう言ったが、ジンには彼の顔がどこか嬉しそうに感じられた。

「俺はCランクのハスタ―だ……です。ジェイドと同じく前衛やってます」

「ははっ、ハスタ―。お前なに似合わない話し方をしてんだ」

 先ほどジェイドに声をかけたドワーフの男性がまず最初に自己紹介を始めたが、若いであろうと推測はできるものの、きっちりそろえたその髭の見事さもあって実年齢が不明だ。若くてもジン達より年上であることは間違いないだろう。そんな先輩であるハスターのかしこまった口調に、ジェイドがすがさず突っ込んでいた。

「ばっ、そりゃそうだろ。あの(・・)『フィーレンダンク』だぞ!?」

 実は二十四歳のハスタだったが、二十歳前のジン達に対してこうした対応をしたのには理由がある。ジン達『フィーレンダンク』は、今やリエンツでも有数の実力を持つBランクパーティとして広く認識されるようになっていたのだ。

 まだBランクになって日は浅いが、ジン達はBランクになってからは迷宮の到達階層やドロップアイテムなどを誤魔化すことを止めており、今ではジン達『フィーレンダンク』の迷宮の到達深度がダントツの一番であることは広く知られている。

 しかもそのメンバーはジンの『木剣』やアリアの『氷の魔女』など、字名持ちばかりなのだ。今やエルザには大剣を振るうその勇ましさと強さから『猛剣』、レイチェルにも回復職でありながらそこらの戦士顔負けの実力を持つことから『戦う聖女』の字名がついていた。

 しかも彼らの実力は真偽不明のあやふやな噂ではなく、タイミングさえ合えば彼らがギルドの運動場で行っている訓練や、Aランクのオズワルドとの模擬戦を見て確かめることができるのだ。

 字名や『魔力熱』解決の実績など、若くして名声を得ているジン達に複雑な想いを持っている者もいないわけではなかったが、少なくともその実力に関しては誰もが認めていた。

 特にジンの置かれた環境についてなど、一部複雑な感情も向けられていたが、基本的には良い意味でジン達『フィーレンダンク』は注目されていた。

「はっ、ジンは気にしないよ。なあ?」

 だが、そんな少しくらい調子にのっても不思議ではない状況の中でも、その程度でこいつが変わるはずがないというジェイドの信頼は厚い。

 そしてその信頼がジンには嬉しかった。

「ああ、もちろんだ。ジェイドの仲間なら普通に話してくれ。……ジェイドからは色々教えて貰った仲だしな」

「けっ、なに言ってんだ。……おい、お前らもとっとと自己紹介しろ」

 ジェイドはやや憮然とした表情で仲間達にそう促したが、そこに僅かな照れも見て取れる。促された他のメンバー達もそれぞれ自己紹介を始めた。

「あ、ああ。俺はレズン……だ。俺は土魔法を使う。よろしく」

 二十代前半に見えるこのレズンは、動きやすい革鎧を身に纏う中肉中背の人族の男だ。やはり魔法メインであっても接近戦の心得は必須なのだろう。彼の腰の左右には長剣と杖がそれぞれ収まっていた。

「俺はピート、よろしく! あ、俺も戦士だ!」

 猫耳をピコピコさせながら元気よく話しかけるこの男性は、彼らの中で一番若く、おそらくジン達とほぼ同じ年齢だろう。先ほどのハスタ―を重装備の防御型とすれば、このピートは逆に軽装備の攻撃型だ。猫の獣人は素早さに秀でていると一般に言われているが、それを肯定するかのようにその身に纏うのは軽い革鎧だった。

 総じて彼らの装備は黒鉄等の高級素材を使ったものは少なく、比較的入手しやすい物ばかりだ。種族的特性から一番力が強いと思われるドワーフのハスターさえその鎧や武器は鋼鉄製だったし、黒鉄製なのは先日新調したばかりというジェイドの剣だけだ。それは資金不足という理由もないわけではなかったが、それ以上に重い黒鉄などを扱う筋力(STR)に達していないなどのレベル的な問題もあった。今後成長と共に装備を充実させていく彼らは、ある意味で平均的なCランクの姿だといえる。

 余談だが、比べてエルザやレイチェルが比較的に早い時期から武器を黒鉄に替えて使い始めていたことからも、彼女達は元々素質に恵まれていたという事実がうかがえた。

「まあ、今はこいつらと一緒に四人でやっている。パーティ名は『ジェイドと僕(しもべ)達』だ」

「ぷふっ」

 その意外と硬派なジェイドらしからぬ冗談に、ジンは思わず吹き出していた。

「……てめえジェイド、ほんとうにその名前にしてやろうか?」

 ハスターが声を低くして唸ったが、本気で怒っているわけではないようだ。それはレズンやピートも同じで、彼らもジンと同じく笑顔を見せていた。

「ははっ、冗談だよ。俺が悪かった、勘弁してくれ」

 そんな冗談を交わせるくらい、ジェイドは彼らに馴染んでいるのだろう。オズワルドと共に外からやって来たジェイドが、このリエンツで仲間を見つけることができた。それをうかがわせるこの光景はジンにとっても嬉しいものだ。自然とジンの笑みが深くなる、

 また、その冗談のおかげかジェイドの仲間達が感じていた変な緊張感は既に霧散しており、見守っていたアリア達もクスクスと笑みをこぼしていた。

「ははっ、こちらこそよろしく。それじゃあ今度はこっちの番だな。もう知っているかもしれないが、俺達が『フィーレンダンク』だ。で、俺がリーダのジン、そして――」

 そしてその後しばらく、ジン達はジェイドとその仲間達と楽しく会話を交わすのであった。

「――ああ、お前も会ったのか。ようやくあいつも仲間が見つけられたようだ」

 数日後、再び行っていたオズワルドとの模擬戦の後で、ジンはジェイドとその仲間達と会ったことを彼に伝えていた。

「ジェイドの仲間達も運がなくてな。せっかく迷宮が出たっていうのに、その直前にリーダーと回復役が結婚を機に冒険者を引退することを決めていたらしいんだよ」

 おめでたい話とはいえ、せっかくの迷宮というチャンスを前に思うように動けないのは確かに辛いだろう。

「仕方がなく新しいメンバーを探しつつ訓練していたあいつらを見かけて俺が稽古をつけるようになり、それがきっかけでジェイドとも面識ができてな。その縁でジェイドはあいつらの臨時パーティに参加するようになったんだが、それでうまが合ったんだろうな。ついこの間、ジェイドからあいつらと一緒に正式にパーティを組むことにしたと報告があったよ」

「良かったですね」

 そのジェイド達は朝から依頼を受けて街の外に出ており、今は運動場(ここ)にはいない。

 笑顔のオズワルドを前にして伝える言葉は、これ以外にないだろう。ジンの言葉にオズワルドはさらに笑みを深くした。

「このリエンツに来た目的の一つだったからな。俺があいつとパーティを組んでやるわけにもいかないし、信頼できる仲間を見つけられてほんと良かったよ」

 しみじみと言うオズワルドに内心でうんうんと頷きながらも、ジンは少しだけ悪戯心を抱いた。

「……寂しいですか?」

「ははっ。それはない。いつまでも俺に引っ付いていても仕方がないしな」

 ジンのからかいにオズワルドは笑って答える。オズワルドとジェイドの関係性はともかく、年齢でいえば親子でもおかしくない。オズワルドのこれは独り立ちを喜ぶ父親の気持ちなのかもしれない。

「それに俺もまだ当分この街にいるつもりだからな。あいつらももっと鍛えてやらないと」

 順調にいけば、迷宮のおかげでレベルアップは早いだろう。それにより上がるステータスだけでなく、スキルも同時に伸ばさなければさらなる成長は望めない。また、パーティの構成からしても回復役が欲しいところで、そのうち彼らは新しい仲間にも巡り会うだろう。

 オズワルドはまとめて面倒をみてやるつもりだった。

「それじゃあ、私も負けないように鍛えないといけませんね」

 かつてジン達もそうであったように、人は何かのきっかけで大きく成長することがある。ジンはジェイド達もきっとそうなるであろうという妙な確信を覚えた。

「……お前の場合は、ほどほどでいい気もするがな」

 レベル差もあって未だオズワルドには及ばないとはいえ、ジンのスキルはオズワルドのそれにかなり肉迫してきている。しかもジンのステータスの成長率はかなり高いため、追いつくのもそれほど遠いことではないだろう。

 頼もしすぎる後輩に対し、オズワルドは苦笑いと共に返していた。

 ――それはある意味いつも通りの光景だった。そこには笑顔があり、そして互いへの信頼があった。

 だが、それでも彼らは冒険者という危険と隣り合わせの職業を選んだ者達であることは変わらない。

 そして冒険者である以上、時には理不尽な危険に襲われることもあると、ジンはその事実を突きつけられることになる。

「オズワルドさん!」

 運動場の扉が音を立てて開き、その場に大きな叫び声が響く。

「ジェイドが!」

 彼のパーティメンバーの一人、つい先日話したばかりの猫の獣人であるピートが、汗と埃にまみれた体でそこにいた。

 そしてその声には、悲痛なものが多分に混じっていた。