Thanks to a Different World Reincarnation
Settlement
かなり遠い距離にありながらも判別できる黒い巨体と赤い紋様。その更なる黒と赤。まさしくそれはレッドベアの変異種だ。
変異種はCランク以下の魔獣が変異して誕生するもの――その常識がここで覆った。
この事実になりかけでつぶされた迷宮の存在が影響しているのは間違いないだろう。極大魔石の崩壊によって荒れ狂った魔素の量は、魔力溜まりどころではなかったのかもしれない。
地震というイレギュラーが、このBランク魔獣の変異種という更なるイレギュラーを生み出していた。
その強さは最低でもAA(ダブル)。低く見積もっても、ジン達が苦戦の末倒した迷宮の守護者と同等以上の強さと思われた。
『恐れるな!』
戦場にジンの声がひびきわたり、広がり始めた動揺を鎮める。
『奴は俺達が仕留めてみせる! アリア! レイチェル! 悪いがこっちに来てくれ!』
自らの体が本調子ではないことも、そして相手が格上であることも百も承知だ。だが、それでもここが踏ん張りどころだ。あの変異種を倒さない限り、リエンツを守る戦いに勝利することはできない。
ジンはアリアとレイチェルを呼び寄せ、フルメンバーの『フィーレンダンク』で決戦を挑むつもりだった。
すぐにアリアとレイチェルがジンの元にやってきたが、集まってきたのは彼女達二人だけではなかった。
「あら、ジン君。あなた達だけってのはずるいんじゃない?」
まずメリンダが姿を現す。
「お、やっぱり来たか」
「少し人数が足りないが、久しぶりに三人でやるか」
メリンダが来るのを予測していたのか、グレッグとガンツが笑顔で迎える。
「俺も混ぜてもらえませんか? 足をひっぱるようなことはしませんから」
それにオズワルドも参加を表明する。同じAランクということもあり、グレッグ達にとってもオズワルドなら不足はない。
「――回復役も必要でしょう?」
更に救護テントで重傷者治療の指揮を執っていたはずのクラークまでやって来た。
彼は元Bランクな上に高齢なこともあり、直接戦闘能力はグレッグ達より一段落ちるが、長年神殿で研鑽を積んできた彼の回復魔法の腕に関しては不足があるはずもない。
ある意味でリエンツ最強のドリームパーティが結成されたことになる。
(ありがたいが……)
確かに彼らの力が借りられるのならば、勝率もぐんと上がるだろう。だが、リエンツのトップ戦力であるグレッグ達が抜けてしまうことは、戦力の大幅な低下を意味する。迷うジンにいくつもの声がかかる。
「あのデカブツはお任せします。思う存分やってください!」
「そうそう、後は俺達にお任せってね」
「アリア、エルザ、レイチェル! あたし達の分までしっかりやってくるんだよ!」
「皆さんの穴は必ず埋めて見せます!」
ゲインが、エイブが、ミラが、ヒギンズが。ジン達に次ぐ実力を持つBランク冒険者達が、口々に俺達は大丈夫だとジンの背中を押す。
(みんな……)
発言こそしなかったが、アルバートやクリスといったCランク冒険者達もジンの視線に力強く頷いて返していた。
「…………よろしくお願いします!」
そしてジンは仲間達を信じ、グレッグ達と共に戦うことを決意した。
『あのデカブツは俺達とグレッグさん達で必ず倒す! だから皆はそれ以外の魔獣を頼んだ!』
「「「「「おおおおおおお!!」」」」」
スピーカで拡大したジンの願いに、大地を揺るがすような力強い応えが返ってきた。
『俺達は必ず勝つ! 「ヴォルカニックレイン」!』
その古代魔法を合図として、今回の戦いにおける最大の山場がスタートした。
「ギュオオオオオオオ!」
まだ壁の内側いるレッドベア変異種を中心にして、古代魔法が生み出した炎の雨が降り注ぐ。だが周辺の魔獣が倒れ伏す中、レッドベア変異種は苛立たしげに吠えるものの、さほど堪えた様子は見られない。
ジンはレッドベア変異種のHPバーを表示させるが、そのHPは一割も減っていなかった。
レッドベア変異種は自らの歩みを邪魔する魔獣の群れを蹴散らしながら、壁の出口めがけて悠然と近づいてきていた。
「アリア、やっぱり炎には耐性があるみたいだ。氷は使えるか?」
「多分、いえ、必ずやってみせます!」
その光景を視線の端におきながら、ジンはアリアに確認する。
古代魔法を使うには、当然その魔法に使われている魔法文字を覚えていなければならない。アリアが完全に覚えて習得しているのは、炎魔法の単体魔法二つと範囲魔法を一つだけだ。氷魔法については勉強中の段階だったが、アリアはぶっつけ本番で必ず成功させるつもりだ。
「エルザ。あいつも階層主と同じく『武技』を使わないと攻撃がとおらない可能性が高い。それに一発食らったら終わりなのも変わらないと思うから、くれぐれも慎重にな」
「ああ。了解だ」
先日勝利した『迷宮』最深部での階層主(ミノタウロスロード)との戦いは、ジン達にとって貴重な経験となった。ジンはスピーカーを使い、続けて同様のアドバイスをグレッグ達にも伝える。
「レイチェルの回復が肝だ。クラークさんと連携して、俺達を守ってくれ」
「はい!」
傷付かない体を持つジンは今回も防御役として自らを任じているが、その生命線となるのがレイチェルの回復魔法だ。レイチェルはその重責を感じつつも気合いを入れて応える。
『奴が壁からでる前にもう一発でかいのをかます! みんな頼むぞ!』
ジンが撤退戦で使った古代魔法の一つ。氷の属性を持つ巨大な魔力球が対象にぶつかり、その余波が周囲にもダメージを与える強力な魔法。ただ消費MPが150と多く、外周に行くほど威力が落ちることから、使い勝手としては『ヴォルカニックレイン』より落ちる。だが、今回はその属性と、中央の目標に与えるダメージが最も大きいことから最適な魔法となる。
『4、3、2、1……「氷雪の花嵐(アイスブリザード)」!』
カウントダウンが終わり、壁の手前にいたレッドベア目がけて氷塊が激突して弾け、その周辺に集まりつつあった魔獣の群れを一掃する。
その間にジンは複製したMPポーションを『無限収納』経由でがぶ飲みし、盾を構えると同時に挑発をとばした。
「絶対に俺達が勝つ!」
そしてレッドベア変異種が壁の隙間から姿を現す。
(でかい!)
立ち上がったその高さは、巨躯を誇った階層主のミノタウロスロードよりもさらに頭一つ大きい。横幅も広く、さすがのジンも肝が冷える。
しかも古代魔法の直撃を喰らっておきながら、見た目には目立った傷はない。その体のあちこちは魔法の影響で凍り付いていたが、今のこの瞬間も氷は水蒸気を上げながら溶けている。HPバーは残り六割ほどまで減っていたが、ジンとしては思っていたよりも削ることができなかったというのが正直なところだった。
『風力撃』
壁から出てきた変異種にまずは先制と、その顔面に風の魔力を纏ったメリンダの矢が突き刺さる。いや、レッドベア変異種が煩わしげに顔を振るうと、刺さったはずの矢はポロリと取れて地面へ落下していった。
「かったいわねー」
半ばあきれたようにメリンダが呟く。強化した矢でさえ深く刺さらないとなれば、狙い所は限られてくるだろう。
「フォローをお願いします!」
ジンはそう言うと、変異種との距離を一気に詰める。今はまだ先ほどジンが放った古代魔法の影響が残っており、レッドベア変異種は本調子ではない。このチャンスに少しでもダメージを増やしておく必要があった。
また、下手に距離が空いていると、助走を付けての体当たりを受ける危険がある。ジンは体がでかい相手の体当たりの怖さは、骨身に染みて実感していた。
『ピアース!』
ジンは突進の勢いのまま、武技で貫通力を強化したグレイブをレッドベア目掛けて突き出す。黒魔鋼という希少金属で作られたそのグレイブは、レッドベアの堅い毛皮とその下の脂肪をも貫いた。
「グォオオオオアア!」
だが、レッドベア変異種に堪えている様子はなく、忌々しげに唸ると目の前にいる羽虫(ジン)目掛けて鋭い爪を振るう。
「『ガード』! ぐっ!」
その攻撃はジンの持つ大盾に阻まれたが、盾越しでも受ける大きなダメージと共に、その表面に浅くない傷を付けていた。
(予想はしていたが、強化していてもこれか!?)
さきほどの魔法の影響が残っている変異種はまだ本調子ではないはずなのだが、その攻撃は力強い。ジンは武技で防御力を強化しつつかろうじて大盾で受け止めるが、それでもHPの半分近くを持っていかれていた。盾越し、しかも武技で強化してこれなのだから、もしまともに喰らっていたらひとたまりもないだろう。
――だが、ジンは一人で戦っているわけではない。
「くらえ!」
「「スラッシュ!」」
「どっせい!」
「――を穿て!『アイスランス』!」
そこにグレッグが、エルザが、オズワルドが、ガンツが、それぞれが渾身の力で武器を振るい、更にアリアが見事発動に成功した古代魔法をレッドベア変異種の体に叩き込む。
『『大回復(ハイヒール)!』』
そしてその隙にレイチェルとクラークの回復魔法がジンのHPを全快させた。
急造パーティではあったが、その連携はよくとれていた。
「グルゥアアア!」
武技や魔力纏で強化された攻撃を連続で喰らい、さすがのレッドベアも少なくないダメージを受ける。怒り狂ったレッドベアが大きく吠えると、その全身から炎を吹き出し始めた。この分では先ほどの古代魔法の影響はもうないと考えた方がよいだろう。
レッドベアには元々炎弾と呼ばれる炎を口から吐くという攻撃手段を持つが、全身から炎を吹き出すこの変異種は、より炎に近しい特性を持つのかもしれない。
いずれにせよ、簡単には近づくことが難しい攻防一体の能力だ。
「ちっ! 厄介な!」
グレッグの舌打ちはその場にいる全員に共通していた思いでもある。慌てて距離をとるジン達だったが、変異種はそんなジン達に構うことなく、大きく息を吸い込む仕草を見せた。
(やばい!)
ジンの脳裏にレッドベアが口から吐く炎弾のことがよぎる。このAA相当と思われるレッドベア変異種が吐き出すそれは、その威力において最大限に警戒すべきものだろう。
しかもその視線は足下にいるジンではなく、その後方を向いていた。
「アイスランス!」
咄嗟にジンは変異種の下顎目がけて魔法を放つ。その一撃は確かに変異種の下顎に直撃したが、それより僅かに早く変異種の顎からバスケットボールの倍はあろうかという大きさの炎弾が発射された。
(しまった!!)
焦りから後方を振り返ろうとするジンの脳裏に叱責の声が響く。
『振り返るな! 後ろは無事だ!』
それは既にこの場から去ったはずのペルグリューンの声だ。ジンは反射的に振り向きそうになるのを堪え、視線を変異種から外さない。
『後ろは吾が守る! お前は一刻も早くそやつを倒すことに集中せよ!』
ペルグリューンの声からは、若干の後悔と、そして満足感が同時に感じられる。変異種から目を離さなかったジンは知るよしもなかったが、ペルグリューンはさらに禁を破り、変異種の炎弾が命中しそうだった救護テントとその中で治療中だった人達を丸ごと転移させることで守っていた。
『ありがとうございます!』
その詳細を知らずとも、ペルグリューンが守ると言ってくれた以上はジンに不安などない。確かにこのままこの変異種に時間をかけてしまっては、増え続ける魔獣の波に呑まれてしまうことになる。ジンは勝負をかけることに決めた。
『今から変異種を混乱させる! 耳をふさげ!』
変異種の全身を包む炎に怯むことなく、ジンは熱で減り続けるHPをポーションで回復させながら至近距離まで近づく。そしてその頭部を挟むようにスピーカーを、そして正面にカメラをセットする。それは不可視であるが故に、変異種も気付くことはできない。
そして次の瞬間、スピーカーからは爆発音が、正面のカメラからは周囲を白く染めるほどの光が放たれた。
これがジンが切り札として考えていた二つめの手段。開戦当初に使ったものを改良した、閃光と爆音のダブルパンチで相手を無力化する音響爆弾(スタングレネード)だ。
「グギャアアッ!!」
いかに巨体を誇るレッドベア変異種でも、耳や目から10センチも離れていない至近距離からの音と光の不意打ちにはひとたまりもない。変異種は奇声をあげながら体勢を崩すと、周辺にいた魔獣を巻き込みながら地響きを立てて仰向けに倒れ込んだ。
『今だ!』
本来あり得ない存在であるBランク魔獣の変異種に対し、この状況が長続きするのを期待するのは間違いだろう。今この瞬間こそ最大のチャンスだ。
ジンの叫びに仲間達が呼応する。
「うぉおおおお! 『魔力撃』!」
グレッグは大盾を放り投げ、両手持ちにした巨大なバスタードソードを変異種の首に叩きつける。
「もう一発! 『スラッシュ』!」
間髪入れずにオズワルドの大斧も同じ箇所を攻める。ジンから教えられた『武技』をオズワルドは自分のものにしていた。
「ちっ!」
二人の攻撃は大きな傷をつけたが、それでもその首を切断するまでには至らない。苦し紛れに暴れる変異種の腕に邪魔され、二人は追撃をあきらめて飛び退く。
「大人しくしやがれ!」
暴れ回る腕をかいくぐり、大きく振りかぶったガンツが渾身の力と魔力を込めて変異種の額目がけて大槌を振り下ろす。頭蓋を揺らすその衝撃の凄まじさに、変異種は一瞬硬直した。
「「スラッシュ!!」」
そしてジンとエルザがそれぞれグレイブと大剣を振るう。変異種の正面近くにいた二人は位置的に首を狙うことはできなかったが、ジンのグレイブは変異種の右腕を半ばから切り落とし、エルザの大剣も左足の半ばまで食い込んだ。
「グゥルァアアア!!」
それでも変異種は落ちない。痛みと怒りで転げ回り、ジン達の追撃を許さない。
「ちっ! これじゃあ近づけん!」
グレッグが苛立たしげに唸る。
ただ転げ回っているだけとはいえ、レッドベア変異種はその巨体に炎を身に纏っているため、それだけで十分脅威だ。迂闊に近寄ることはできず、ジンも距離をとるしかない。
だがそれが変異種の狙いだった。
周囲から人影がなくなったことを確認したレッドベア変異種は、四つん這いの状態から片腕をついて素早く身を起こす。そして大きく口を開けたそこにジンは炎が生じる瞬間を目にした。
「しまった!」
ジンは『急加速』を使い、空いてしまった距離を縮めるべく変異種に向かって走り出す。おそらく変異種は炎弾を放つつもりなのだろうが、その目標が後衛や他の者達に向かう可能性も十分ありえる。いくらペルグリューンの守りがあるとはいえ、黙って見過ごして良いはずもなかったし、更にいえばそれが一発で終わる保証もない。
ジンは魔獣達が追い詰められてから見せる怖さについて、これまでの経験から痛いほど感じていた。
だが、ジンが距離を詰める寄りも早く、この短時間で回復しかけた目で周囲を睨みつけながら、変異種は大きく息を吸い込む。
『アイスランス!』
『風力撃!』
しかしその瞬間、アリアの放った氷の槍が変異種の口の中に、メリンダの矢がその右目に突き刺さる。それはぎりぎりのタイミングではあったが、同時にベストのタイミングだったと言える。
「ガァアーー!」
(今だ!)
この隙に変異種の側まで到達したジンの目の前に、思わずのけぞった変異種のがら空きののど元があった。
「スラッシュ!」
そしてジンはがら空きとなったその首にグレイブを一閃する。それはグレッグが、オズワルドがつけた傷を綺麗になぞった。
――変異種の叫びが途中で途絶え、戦場に静寂が産まれる。
ドサッ! ズン!
そして僅かなタイムラグと共にレッドベア変異種の頭部が地面に落ち、遺された体も崩れ落ちた。
「「「「おおおおおおおおお!!」」」」
一瞬の沈黙の後、大きな歓声があがる。これが恐るべき強敵、レッドベア変異種の最後だった。
そしてそれと同時に、目に見えて魔獣の勢いが弱まりはじめる。それはまるで狂乱から覚めたようでもあった。
(こいつがボスだったってことなのか?)
本来『暴走』にボスなど存在しないはずだが、迷宮の崩壊が原因でおこった今回の暴走はいささか勝手が違うのかもしれない。いずれにしてもジンは理屈ではなく、直感でこの戦いが峠を越えたことを感じていた。
だが、まだ終わったわけではない。
『あと少しだ! ここで全滅させるぞ! 最後まで油断するな!』
「「「「「「おお!」」」」」
そして戦いは掃討戦の様相を呈し、この後約一時間が過ぎた頃に、彼らは壁の中にいた全ての魔獣を殲滅した。
この戦いで怪我をした者は多く、前戦で戦い続けた者達の中には体の一部を失った者も少なくない。だが、それでもこの戦いで死者は出ていない。生きてさえいれば、元通りの体を取り戻すことができるのだ。
この結果は神官をはじめとした回復役の存在なしにはあり得なかったし、ジンが提供した複製HP回復ポーションやHPバーの表示も手助けになったのは間違いない。だが、それ以上にこの場にいる全員が生きて帰ると誓って戦い、そしてお互いに助け合って戦い続けたからこそ得られたものと言って良いだろう。
だが、どんな理由があったとしても、今回『暴走』を死者を一人も出すことなく退けることができたのは奇跡としか言い様がない。と同時に、これはこの戦いが始まる前からジンを始めとしたリエンツの者達全員が目指していた結果でもある。
『俺達の勝利だ!』
歓声がリエンツにこだました。
『ようやく終わったな』
ジンの脳裏にペルグリューンの念話が響く。その思念からは安堵と若干の疲れが感じられた。
『ペルグリューンさん、色々と本当美ありがとうございました』
不意にできるという確信が湧き、ジンはペルグリューンに『念話』で応える。
彼はもう一つの迷宮の存在を知らせ、その崩壊とそれに伴う『暴走』の発生など、彼しか知り得ない情報をいくつも教えてくれた。さらには聖獣の守護者への協力という建前でジンに様々な協力をしてくれ、ついには魔獣の攻撃から怪我人達を直接守ってくれた。
もしペルグリューンの協力が得られなかったならば、リエンツはなすすべもなく壊滅していてもおかしくない。
ジンは心からペルグリューンに感謝していた。
『ふっ、ジンも「念話」が使えるようになったか。つくづく面白い男だな、お前は』
どことなく納得したように、ペルグリューンはその事実を受け入れる。
『まあ、今回は色々と特別だ。さすがに吾も力を貸しすぎたという自覚がある。今後はしばらく連絡せぬし、お前から念話があってもも応えないだろうが、シリウスのことはくれぐれも頼むぞ?』
同じ『念話』のスキルを持つ者同士でも、どちらかが相手を認識できていなければチャンネルは繋がらない。時空魔法で相手の場所を確認できるペルグリューンとは違い、その手段を持たないジンから連絡することはまずないだろう。
また、お伽噺の聖獣の様に直接手を下したわけではないが、ペルグリューンがしたことは、守護者に対する協力の範囲を超えているのは事実だ。
そのことに後悔はないが、ペルグリューンは仲間達に自ら報告するつもりでおり、場合によっては年単位の謹慎もありえるかもしれないと考えていた。
そのことをジンが知る由もなかったが、ペルグリューンも伝えるつもりはなかった。
『はい。任せてください。これから色々あるでしょうが、シリウスもうちの家族の一員ですからね。必ず守ります』
『うむ。任せたぞ』
その力強いジンの応えに、ペルグリューンも安心して後を託すことができるというものだった。
『次はシリウスが成長した頃か。では、また会おう』
『はい、またお目にかかれる日を楽しみにしています。本当にありがとうございました!』
このやりとりを最後に、ペルグリューンの気配が完全に消える。
ジンは彼がいると思われるダズール山の方角に向かって、深く頭を下げるのだった。
そしてこれがリエンツを襲った『暴走』という脅威の終焉であり、ジンがこの世界に来る少し前から始まっていた魔素異常が収束する始まりとなる。
今はまだリエンツの横に『迷宮』は存在しているが、必要とされる次の場所へ移動する日もそう遠くないだろう。そして次に行く場所でも魔素の異常増加を鎮め、名前も知らない過去の転生者が望んだ通り、世界から『暴走』をなくすために存在し続けるのだ。
ただ、こうしてリエンツから『暴走』の危機は去ったが、地震で壊れた建物や城壁の修復や『暴走』の後始末など、リエンツの街に残された課題は少なくない。それは今回いくつも超常の力を見せたジンもまた同じで、その周辺が騒がしくなる可能性も十分にありえる話だ。
だが、『暴走』を乗り越えたリエンツがその課題を乗り越える未来が容易に浮かぶのと同様に、ジン達も軽々と乗り越えて幸せをつかむだろう。
「帰ろう! 俺達の家に!」
ジンは満面の笑顔でそう言うと、アリア、エルザ、レイチェルという将来の伴侶と共に、リエンツで彼らの帰りを待つトウカとシリウスの元へ帰るのであった。