有角族の名は国と神殿のネットワークを通じて世界に発信され、徐々に周知されていっている。今はまだナサリア王国に住む一部の地域の人々しかその姿を目にしたことはないが、時が経つにつれて有角族は徐々に各地に広がっていくだろう。

 そしてジンも子爵に任じられ、強固な後ろ盾を得ることが出来た。これで王都に来た目的は全てやりきったことになる。

 国王との謁見から五日後、お世話になった人々に別れを告げ、ジン達は王都を旅立つことになった。

「――よろしく頼むよ」

 一度シェスティ達と共にジャルダ村に帰ることにしたジン達だったが、その旅路にはバーンを筆頭に数人の同行者が増えていた。

「よく四人だけで許可が下りたな?」

 ジンとしてもバーンが同行するのは納得出来る。先日国王に責任者として任命されたバーンは、有角族の今後に責任をもたなければならない立場だ。少なくとも一度は彼等に直接会って話をする必要があるだろう。

 だが、この国の後継者であるバーンに同行するのがクルトやフェル、ヴィーナだけというのはどうなのだろうか。一応各自それなりに戦えるそうだし、ジン達も正式に彼等の護衛依頼を受けてる。とはいえ、他に護衛の一人もいないのは本当にそれでいいのかと突っ込みたい気分だ。

「だってジン達が一緒なら充分だろ?」

 バーン達は対外的な方便ではない真のジンの実力を知っている。加えてバーンが知らないジンの力はまだまだあるので、確かに彼の言っていることは間違いではないかもしれない。

 だが、だからといって体裁を整える必要はあるのではないだろうか?

 こめかみを押さえるジンに、あっけらかんとバーンは応える。

「兵士をゾロゾロ連れて歩くのは有角族に対しても威圧感が出てしまうし、そいつらの目を気にしてはジンも実力が出せないだろうしな」

 一応はバーンも考えた上での判断であったようだ。それに目的地が同じジャルダ村である以上、たとえ護衛依頼を受けていなくとも同行するのには変わらないだろう。

 であるならば、このバーンの配慮はありがたいものだと言えなくもない。

「バーンさん、よろしくお願いします」

「はい。任せてください、シェスティさん」

 一時のぎこちなさもだいぶ薄れ、バーンとシェスティは自然な笑顔で会話を交わす。適度な距離感を保ったバーンの態度が、王子として、そして対有角族の責任者として相応しいものであるのはファリスやティアさえも認めざるを得なかった。

 今後の責任者たるバーンと旅をするのであれば、有角族の今後について話す時間はたっぷりできる。事前の打ち合わせがしっかり出来ていればいるほど今後の展開が早くなるので、シェスティ達にとっても渡りに船の状況だった。

 こうして計三台の馬車で王都を出発したジン達だったが、日に何度かある魔獣の襲撃も危なげなく片付け、特に問題もなく旅は進む。やはり有角族の存在が公に認められ、ジン達も確かな後ろ盾を得たこともあり、明らかに行きよりも帰りの方が皆の表情は明るい。

 王都を旅立って数日が経過したこの日も、それぞれが将来のために今出来ることをやっていた。

「――よし、大分良くなったんじゃないかな」

「ありがとうございます」

 対面稽古を終え、ジンはホープに微笑みかける。ホープはやや疲れてはいるようだが、確かな手応えを感じたのかその顔は明るい。恵まれた体格に反して戦いを好まないホープだが、であれば攻撃ではなく防御に重きを置いたらどうかというジンの提案に従い、少し前から大盾を使い始めていた。

「くどいようだけど、回復役でも自分の身を守るだけの力は必要だからね」

 ホープは今後の進路として冒険者になることを選んでいるが、神殿に所属することも選択肢の一つとして残している。近い将来、初めての有角族の神官が誕生する可能性は充分にありえたが、それも生きていればの話だ。何よりも死なないため、ジンはホープを鍛え上げていた。

「それじゃあ今度はファリスの番だから、ホープは休憩しながら俺の盾の使い方を見ていてくれ」

 鍛えているのはホープだけではない。同じく冒険者志望のファリスもそれは同じだ。残りあと十日ほどのこの旅路の間に、ジンは彼等を鍛えられるだけ鍛えるつもりでいる。

 何故ならここまでずっと彼等有角族と共に行動していたジン達だったが、そろそろ自分達のできることは終わったと感じており、ジャルダ村で数日を過ごした後はリエンツに戻り、後のことは有角族の責任者たるバーンに任せるつもりでいたのだ。

 冒険者志望の彼等は今後しばらくリエンツで行動することになるだろうが、それでも今のように一緒にいることはできなくなる。であるなら、一緒にいられる今のうちにジンは友人である彼等にできるだけのことをしてあげたかったというわけだ。

「よろしく頼む! 今度こそ攻撃を通してみせるぞ!」

 訓練用の槍を手に、気合い充分のファリスがジンの前に立つ。ホープも頑張っているが、このファリスの成長はめざましいものだ。レベルこそ上がっていないものの、なんと新規にスキルを二つも取得している。

実戦は旅の間に襲ってくる魔獣を退治するときだけにもかかわらずこの成果とは、それだけ訓練に真剣に打ち込んでいる証左であろう。

 とはいえ、それだけでは説明がつかない成長ぶりだった。

「ふふっ。良い気合いだけど、まだまだ届かせないよ?」

 だがまだまだレベルもスキルランクも低い現状では、ファリスもジンやエルザの前衛組はもちろん、アリアやレイチェルといった後衛組にも敵わない。だが鍛え甲斐があることに違いはなく、ジンは彼女の将来が非常に楽しみだった。

 そして実力に開きがあるからこそ、ファリスは全力で訓練に挑むことができているという側面もある。特にジンが相手の時は実戦のつもりで挑んでおり、そこが彼女の成長の一因かもしれなかった。

 そんな訓練に励む冒険者達の姿を、少し離れたところから見つめる者達がいた。

「やっぱり冒険者って凄いな」

「ああ、そうだな」

 バーンが感慨深げにつぶやくと、クルトもそれに同意して頷く。

 レベルが上がると病気になりにくくなって寿命も延びるため、王族である彼もレベル上げのために戦闘訓練は行っているし、魔獣と戦ったこともある。とはいえバーンのレベルは14。冒険者でいうDランク程度でしかない。それ以上レベルを上げたいのであれば、キチンとした護衛をつけた場合のバーンであっても命の危険を覚悟しなければならなくなる。ある程度以上のレベルになると、ゲームのようにスライムを倒し続けるだけでは上がらなくなるのだ。

「ふふっ。コーリンのことを思い出したの?」

 どこか落ち込んでいるようにも見えるバーンをヴィーナがからかう。

「別に……いや、そうだな。少しだけ思い出していた」

 初めは強がって否定しようとしたバーンだったが、すぐに無駄であることを悟って諦めた。この手の嘘が彼女達にバレなかった試しはない。

「すごいよね。『暴走』の撃退戦にも参加したっていうし。もうCランクだってさ」

 貴族学校にいた頃から、コーリンは冒険者になると公言していた。バーンは本気で惚れていたが、彼の妻となることは冒険者になる夢を諦めることと同意だ。コーリンにとってバーンの求婚は迷惑でしかなく、最後まで友人以上にはなれなかった。本気だったからこそ、それはバーンにとって苦い思い出だった。

「やっぱり俺が惚れた女(ひと)達は皆凄いな」

 コーリンは冒険者として頭角を現しつつあるが、戦闘力だけが人の凄さではない。フェルやヴィーナもそれぞれのやり方でバーンを支えている。そんな彼女達が側にいてくれる幸せを改めて噛みしめるバーンだったが、それと同時にコーリンへの失恋と先行き不透明なシェスティとの恋路の事が頭をよぎる。

「シェスティもコーリンと同じように俺から離れてしまうのかな……」

 有角族の今後についての話もあるため、この旅の間にシェスティと話す機会は増えたし、バーンは以前より距離が近くなったとは感じている。だがいつもガードとしてファリスかティアのどちらかがシェスティの側にいたし、当然ながら二人だけで話す機会があるはずもない。またバーンもまずは責任者として果たすべき役割があると恋心を抑えていることもあって、そっち方面の進展は全くなかった。

「しっかりしなさい!」

 そんなバーンの背中を叩く威勢の良い音と共に、彼の甘えをヴィーナが一喝する。

「フラれても三年間コーリンのことを諦めなかったあなたが、今更何を言ってるの?」

 今はこうしてバーンと共にいるが、フェルもヴィーナもバーンの求婚をすぐに受け入れたわけではない。彼の諦めの悪さはヴィーナも身に染みて感じていることだった。

「そうそう。最初の一年間なんかしつこくし過ぎて嫌われてたよね」

 更にフェルがバーンの古傷を笑顔で抉る。それから更に一年以上かけてなんとか友人レベルまで引き上げたが、当時のバーンはまだ人との距離感を上手く計ることができず、自分の気持ちを押しつけがちで盛大に空回りしていたのだ。

 ただそれが原因でコーリンから嫌われたバーンだったが、その不器用な真っ直ぐさにほだされたヴィーナやフェルが彼を受け入れたのだから、何が幸いするかわからないものだ。

「コーリンにはいい迷惑だったけど、あれであなたも学んだのでしょう?」

 ヴィーナが言うように、バーンはコーリンとのやりとりで様々なこと学び、成長した。だがコーリンにとっては、自国の王子に三年間求婚され続けるという立場は色んな意味で目立ってしょうがなく、最終的には友人といえる関係になった今でもバーンに対しての苦手意識が残り続けている。そしてこの迷惑をかけられた記憶こそが、彼女がバーンにジンのことを相談するのを躊躇した理由でもあった。

「ああ、確かにそうだな。コーリンには随分迷惑をかけちゃったけど、俺はあれで色々学ぶことができたんだ」

 最初の方こそ少し暴走気味だったが、少なくとも今のバーンはシェスティに自分の気持ちを押しつけるような真似はしていない。ちゃんとシェスティの気持ちを尊重しているし、彼女にかまけて己の責務を忘れたりもしていない。

 バーンに言葉に少しだけ力強さが戻って来ていた。

「諦めが悪くなくちゃバーンじゃないからね。……ははっ、これはシェスティとも長い付き合いになりそうだ」

 フェルが楽しそうにケラケラ笑う。最終的に受け入れるかどうかはシェスティ次第だが、バーンは絶望的に見込みのないコーリンに対しても三年間諦めなかったのだ。弱音をこぼすことはあっても、滅多なことでは諦めるはずがないと彼女は確信していた。

「ありがとう、元気が出たよ」

 少なくともバーンに諦める気はないようだが、果たして……。