The 5000-year-old Herbivorous Dragon
Emergency medical practice
「なぁんだ木偶。あんたまだ動けたんだ。ホラ、アタシはもう終わりだし、どこか行っちゃえば? 邪竜もあんたみたいな雑魚に興味ないだろうし」
「そうだ。貴様ごときの嘆願で魔王軍幹部を見逃す道理はない。それでも文句を捏ねるならば、貴様も無に帰してやる」
「ああ……主の助命が敵わぬならば、まずはオレから無に帰すがいい。主を失った人形に存在価値などない」
レーコが静かにイケメンさんへと右手をかざす。たぶんそのままエネルギー波的なものを出して消滅させるつもりだ。この子ならたぶん出す。
死への覚悟に歯を噛みしめたイケメンさんは、拳を握ってわなわなと震えた。
「く。申し訳ありません、主よ……。すべては邪竜を不用意に挑発してしまったオレの失態です。あなたの生涯をこんな路傍で終わらせてしまうとは」
「はっ。気にしなくていいよ木偶。アタシは魔王軍の幹部として堂々と邪竜――の眷属に立ち向かったんだ。この散り様を知れば魔王様もきっと称賛してくれる……」
「そうは言いますが主。魔王も含め、魔王軍の連中があなたの死を悲しむとは思いません。忠義こそ人形の王道とは心得ておりますが、あなたほどの御方が忠義だけに縛られずともよいのでは。現に、あなたが毎回ウキウキしながら書く幹部会の招集状に返事を寄越してきた幹部の方が少ないくらいで……」
「黙れ!」
物凄い剣幕で操々が一喝した。
が、レーコが兎のぬいぐるみの口を手に持って封じる。兎のぬいぐるみが手をじたばたさせて暴れるが、もちろんレーコには通じない。
「ほう。魔王軍の内部情報とは興味深い。続けろ人形」
「主は……元は、幼い魔導士の少女に所有されていたぬいぐるみだったのだ。持ち主の魔力が染みついていつしか生き人形となったが――迂闊に喋ってしまったせいで不気味がられて捨てられた」
「まあ普通そうじゃろうね」
むしろその場で魔物扱いされて退治されなかっただけ幸運と思う。
「そしてその恨みから、主は人類を滅亡させると決意したのだ」
「決意の振れ幅がすごくない? もうちょっとミクロな範囲の恨みで収まらない?」
「長い鍛錬の末に強大な魔力を得た主だったが、それでも人類に単騎で太刀打ちすることは難しい。ゆえに仲間を集うこととしたが――問題があった。見た目だ。主の可愛らしい見た目では、他の魔物があんまりついてきてくれなかったのだ」
レーコの掌の下で操々が猛抗議している。「ほろふ!」と連呼しているのは、たぶん「殺す!」という意味だろうか。
「そこで、やむなく人材を募集していた魔王軍に手を挙げたところ――いきなり幹部待遇の報せが来た。主は歓喜した。そして歓喜のあまり自主的に幹部会などというイベントを発案した。だが、初回参加者はゼロだった……。特にレーヴェンディア。貴様にはメインゲストとしての特別席まで用意していたというのにな……」
「あ、うん。本当にごめんの。心当たりはないけど謝るよわし」
くてっ、とレーコの腕の中で操々が脱力した。殺すなら早く殺せ、と言わんばかりに。
イケメンさんは助命嘆願のつもりで、自分の主を精神的にじわじわと処刑していることに気付いていない。
「第二回幹部会からは招集状にちょっとしたオマケを付けた。『参加者には漏れなく中級魔物相当の生き人形を手駒としてプレゼント』――という煽りを付けたのだ。これは効いた。最高幹部は依然として出席者ゼロだったが、人材不足に悩む地方幹部から少しだけ反応があった。他ならぬオレもその際のオマケとして作成された一体だ。精神体の魔物である『虚』殿は分体を憑依させたバッタを会合に寄越してきただけだったが……それでも出席は出席だったからな……」
「レーコ。わしそろそろ本格的に悲しくなってきたからこの話は終わりにしないかの?」
「黙っていいぞ人形。それ以上は邪竜様に耳障りだ」
「いいや、眷属の娘よ! このオレの命を賭してでもオレは黙らんぞ! 我が主がいかに哀れで悲惨か――その生涯がいかに悲嘆なるものであったかを伝える責務がある!」
なお、このとき操々は手先から魔力の糸を出現させて自分の首を刎ねようとしていた。
その自害行動はレーコによってすべて防がれていたが。
が、公開処刑はもはや続かなかった。イケメンさんは膝を折り、息を荒らげて地面に伏したのだ。
「く。オレの体力ももう限界か……。仕方あるまい。端折って説明させてもらう」
「あそこまでこだわってた主の生涯を端折るの?」
わしの率直な疑問は時間がないためかスルーされる。
「要するに、主は友達が欲しかっただけなのだ。その悲惨さ知ってなお、我が主の命を奪おうとするのか邪竜よ……?」
「お主もお主で命を奪う並みにえげつないことをやっておると思うけどね」
兎のぬいぐるみはレーコの腕の中で丸まって羞恥に震えている。逆にいっそトドメを刺してやる方が人道的にすら思えるレベルだ。
と、イケメンさんが最後の力を振り絞ってわしのすぐ近くまで這ってきた。
そして小声で、こう囁いた。
「……ということだレーヴェンディア。我が主の助命をあの娘に命じろ。さもなくば――オレの最期の力を使って、貴様をここで始末する」
わしの胴体に向けて、イケメンさんは浅く拳を向けた。
あまりにも貧弱な動きであるためレーコも特に動かないが、もしイケメンさんが自滅覚悟で攻撃を放って来たら、わしに耐えられる保証はない。
一気に汗を噴き出したわしは、こっそりと反論する。
「お、お主? わしは邪竜じゃよ? そんな攻撃が効くはずはなかろう?」
「ああ、確かに眷属の娘の強さにお前の風貌。どれをとってもレーヴェンディアそのものだ。しかし、お前自身の強さについてオレは大いに疑問を抱いている――実際に手合わせした先の手ごたえのなさに加え、セーレンの聖女も貴様のことを弱いと言っていた」
「聖女様ぁ……あんまり期待はしておらんかったけど口が軽いよぅ……」
やはりか、とイケメンさんはわしを睨む。
「ここで我が主を見逃せば、オレはこのことを誰にも口外しない。主にもな。魔王軍にも秘匿しよう。信じられぬならこの後にオレを破壊してもいい。人形としての誇りに誓って、必ず契約は守る。さもなくばここで貴様と相打ちになろう」
それは困る。わしが死ねばレーコがとんでもないことになってしまう。
わしはイケメンさんに「本当?」と何度も念押しし、彼はそれに真剣な表情で頷いた。
「よし。それじゃあ決まりじゃの。レーコ、その幹部の魔物さんを見逃し――」
「ねえ操々ちゃん? あのさ、そういうことなら魔王軍辞めてあたしの友達にならない? 待遇弾むよー。毎日クリーニングして人形用のいいお洋服も用意するよ?」
わしとイケメンさんが振り返ったときには、既にシェイナが勧誘活動に走っていた。
明らかに邪な意図をもって、操々を自分の手元に引き入れようとしている。
「待って何やっとるのお主。仮にもさっきまで戦っとった相手じゃよ?」
「えー。だって、なんだかおだてれば人間の味方してくれそうな感じしない?」
「しないでもないけどね。お主はちょっと切り替えが早すぎ。精霊さんといい、隙あらばすぐ勧誘するよねお主」
「まあまあ邪竜様。とりあえずあたしに任せてよ。上手くいけば心強い味方が……」
しかし、さすがにイケメンさんはこの見え見えの魂胆に惑わされなかった。
「主よ、甘言に騙されてはいけません。あれはあなたの力を狙う人間の邪悪なる謀です。どうか惑わされぬよう……。主? 主?」
操々はシーンとしている。
よく見れば、今まで満ちていた魔力が人魂のように抜け出て普通のぬいぐるみに戻ろうとしていた。
レーコは軽く瞑目し、
「満たされて浄化されたか……」
「馬鹿な! そうはさせるものか! 主よ! あなたには友達などいない! さっきのはすべて嘘に過ぎません! あなたは孤独で誰からも愛されておりません! 天上天下を見渡してなおあなたに友などありえない! どうか、どうかその孤独を自覚の上、この世にお戻りください!」
ぐぐっ、と抜けかけていた人魂が怒りに満ちた挙動でぬいぐるみに舞い戻る。
小康状態を取り戻した操々を見て安堵の息を吐いたイケメンさんは、わしに向かってダッシュで駆け戻ってくる。
「まだ予断は許さん。邪竜よ、我が主をこの上なく侮蔑してくれ。このまま満足されて消滅されては困る。『お前など眼中にない』とか『このお人形遊び野郎』とか、そういう感じで我が主をメッタメタにこき下ろすのだ」
「お主さ……。なんというか、主の幸せを祈ったりはせんの?」
「どんな幸せもまずは命あってこそだ」
「正論じゃなあ」
何かが間違っている気はするが、とりあえず最後の言葉には頷く。
わしは操々の近くに歩み寄って、
「あー……えっとね、申し訳ないんじゃけど、わしはお主のことにあんまり関心がないというかね……ごめんね」
カッ! と閃光のような赤い光がぬいぐるみの瞳に宿る。
「ああああぁっ! どいつもこいつもアタシを馬鹿にして! 見てろ! 絶対見返してやる!」
言うなり、操々の身は紫色の魔力の光に包まれ、驚くべきことにレーコの腕から自力で脱出した。
すかさずレーコは始末しようと短剣で斬撃を放つ。が――
「眷属ごときにこのアタシが怯えてたまるかぁ!」
その斬撃を、操々は正面から受け止めた。レーコも全力ではなかろうが、決して手加減しているわけでもない威力である。
真っ向からの凄まじい魔力のぶつかり合いに、辺り一帯が地震のごとく揺らぐ。
――結果、レーコの斬撃が砕けた。
「主! 撤退を!」
「うるさい! 分かってる!」
一瞬で空の彼方に糸を伸ばし、それを巻き取るようにして操々は宙に飛んでいく。
レーコも背に翼を生やして追撃をかけようとしたが――
「ストップ、レーコ。ここは見逃してもええのではないかの」
イケメンさんがわしに睨みを効かせてきたので、やむなく制止した。
「しかし邪竜様。私の斬撃を防ぐとは、あの者はなかなかの魔物です。ここで逃しては後で邪魔になるやもしれません」
「まあ……大丈夫じゃろ。極悪ってわけではなさそうじゃし、なんだか可哀想でもあったし」
「逃げちゃったかあ。上手いことあたしの友達に出来たら面白かったんだけどなー」
石を蹴ってボヤくシェイナは残念そうだったが、気を取り直すように地面から精霊さんを拾い上げた。
もう操々の干渉も抜けているようで、相変わらず呑気な表情で眠そうにしている。
危ういところだったが、一応の危機は去ったということでいいだろう。
「無事でよかった、我が主……。どうか幸せに……」
一方、イケメンさんは嬉しそうに涙を流して、操々の消えて行った方角に跪いている。
と、それにつられて空を見たシェイナが何かに気付いた様子となった。懐からコンパスを取り出して、磁針の向く先と照らし合わせる。
「あの方角ってうちの国の王都の方なんだけど……大丈夫かな」
わしの心に一抹の不安がよぎった。