「グーちゃん、はい、これお弁当。お昼になったら、馬車の中で食べるのよ」

「うん、ありがとう」

瞼に深い哀愁をこもらせた母であるアンナ・マグワイアーから、皮の鞄を受け取る。

マグワイアー家に到着してから、私は約二週間、マグワイアー家に滞在していた。

帝都付近の観光もかねて、もっと早く出立するつもりだったのだが、母アンナがそれを許さなかったのだ。

必ず戻ることを固く誓い、ようやく母の説得に成功した私は、一か月後の帝立魔導騎士学院の入試のため、帝都へ出立することと相成った。

「グーちゃん、まだ子供なんだから、危ないところに行っちゃだめ。用が済み次第、直ぐに帰ってきなさいね」

「はい」

もう幾度となく繰り返される会話。

この度の事件の概要については、マクバーン辺境伯も同席で、祖父――ダイマー・マグワイアーの口からマグワイアー家の当主――バルト・マグワイアーへのみ話している。始めは半信半疑だったが、最後は彼もおおよそ納得してくれた。

母アンナは生前の私よりも、若い。己より一回り年下の女性が母という訳の分からない状況だが、なぜか大した違和感を覚えない。それどころか、アンナの前では幼い子供を演じるべき。そんな使命感のようなものを感じていたのだ。

「アンナ様、グレイ様のお世話は私に任せてください!」

二人の同行者の内の一人、サテラが得意げに胸に手を当てて一礼する。

「うん、サテラちゃん、お願いね」

母上殿に頭を優しく撫でられ、目を細めるサテラに、背後に控えるメイド長のメイさんが感慨深そうに小さく頷く。

この二週間、メイドの作法なるものをメイド長のメイさんに習っていた。なんでも、サテラの最終目標は、伝説のメイドらしい。『伝説』だの『神』などの接頭語を直ぐ使いたくなるのは、彼女達の世代の特権といってもいい。あと数年して使うと極めて痛い人になってしまうし。

「我(われ)もいるし、心配いらねぇよ」

まだ酒も冷めぬ顔で、お調子者(シルフィード)が、長い青色の髪を掻き上げながら、力強くそう宣言する。

「シルフィさん、どうかこの子をよろしくお願いいたします」

母上殿にならい、マグワイアー家の使用人一同が頭を下げた。

「おうよ」

酒を今まで飲んでましたという顔で、断言されても、説得力など皆無なわけだが、この竜畜生(ドラゴン)、どういうわけか母上殿やメイさんからやけに信頼されてしまっていた。

間違いなく、私の見ていないところで、余計なことでもしたのだろう。

「グーちゃん、気を付けてね」

母上殿に強く抱き締められる。中身がおっさんの私としては、本来、公衆の面前で若い女に抱き締められるなど、恥辱以外の何ものでもないはずなのだが、まったく嫌悪感がわかないのは相手が母親だからだろうか。何せ、経験がないのだ。証明不可能なわけだが。

「ではいってまいります」

顔が発火するのを自覚しながらも、母上殿達に簡単な挨拶を交わし、逃げるように馬車へと乗り込んだ。

「ほう、あんたでも、そんな人間らしいリアクションするんだな?」

「ほっとけ」

乗り込んでくるシルフィのやけににやけた顔が癪にさわり、口をへの字に曲げると、ゴロンと馬車の固い木の板の上に横になる。