The Banished Villainess’ Husband

Refrigerator completion and rewards

「え!」

庫の上に竜石核を置き、ナイフで血を垂らす。

血を得た竜石核は光り輝いてエフェクトは庫に光の柱となって組み込まれる。

血は固まり竜石を支える金具となり、しばらく馴染ませれば竜石道具として使用出来るようになるわけだ。

竜石は基本的に壊れる事はないが、道具の方はよく壊れる。

だから竜石職人は食いっぱぐれる事はないし、設計図は高価なわけだけど……ラナってそこまで分かってて設計図を高値で売りつけようとしてるのかな?

竜石職人の事を知らなかったのに?

「フ、フラン! なんで指を!」

「は? え?」

「ち、ち、血が出てる! どうしよう! 絆創膏……いや! まずは水で消毒!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いてラナ。このくらい舐めておけば治る」

「なに言ってんの! というかなんで血!? そんな怖いシステムだなんて聞いてない!」

「ええええぇ……」

さっきまでの自信満々な君は一体どこ、に……!?

「と、とにかくハンカチで……」

「うっわ! い……! いいってば! 水で洗ってほっとけば治る!」

「な! でも今も血が出てるし!」

「お、落ち着きなさいな二人とモ。傷薬あげるかラ」

……て、手……手、掴まれた。

ち、小さっ……あったかいし……うおおおおう……!

レグルスが馬車から切り傷用の傷薬を手渡してきた。

お礼を言って塗ると、ガーゼで軽く縛る。

それを見てわなわなと震えるラナ。

そんな気はしてたけど、竜石道具の作り方知らなかったんだな?

「で、これでなにが起きるんだ?」

「……う、ううーん、ものすごい複雑なエフェクトが刻まれていたな。し、信じられない……中型竜石では普通あそこまで複雑なエフェクトは刻めないぞ」

「え? そう? 確かに少しキツかったけど出来ないほどじゃないよ」

「!? っ……」

「? なに?」

グライスさんに、ものすごい目で睨まれた?

なんだ、と聞き返す前に、庭先でなにかしている俺たちに興味を抱いたらしいクーロウさんの部下たちが集まってくる。

「なんすか、棟梁」

「へえ? 竜石道具ですかい?」

「でも箱ですね?」

「ああ、なんか革命がどうとか言ってたが……具体的になにが起きるんだ? おい、そろそろ教えてくれてもいいだろう、嬢ちゃん」

「あ、え、ええ。そろそろ効果って出るもの?」

「まあ、うまく機能してれば……」

ぱこ、と蓋……いや、今は扉を開けてみる。

少し冷んやりとした空気が流れ、周囲が固まった。

その一拍の間。

最初に動き出したレグルスが、冷蔵庫に手を入れて目を見開く。

「ウソ、ヤダ、冷たイ……!」

「ラナが言ってた冷凍? は一番下で出来るようにした。一番下の冷気で、上の段二つを冷やせる構造。どう? こんなんでイケる?」

「! 本当に冷凍庫もつけてくれたの!? すごい! フラン本当に天才!」

「…………」

やばい。

「え、ちょっとなんで褒めたのに怒るの?」

「あ、いや、怒ってるわけじゃないさ。ちょっと虫が飛んでた気がして」

「え! ヤダまさか蚊!?」

「あーうん、なんだろうね、蝿かな?」

……あぶねぇ。

顔が緩んでとても見せられるもんじゃない。

戻れ、戻れ。

顔揉めば戻るかな。

「はっ! こ、こほん! さあ! いかがかしら、レグルスさん。商品名『冷蔵庫』! 野菜や果物、生肉、ミルク! これに入れておくだけで、腐らせるのを大幅に遅らせる事が出来るわ! 更に更に一番下の段はなんと冷凍庫! 食べ物を冷凍させて、更なる長期保存を可能にしましたの! どう? これは画期的ですわよ!」

「し、信じられないワ……え、ええ、確かに……地下倉庫に入れるよりも格段に冷えるワ……! なんて事なノ……!? 物を冷やせる箱を作るなんテ! 発想が天才だワ! それに、中型竜石でそれを可能にする技術! スゴイ! 素晴らしいワ!」

「設計図は金貨八百枚! そして、もし販売するなら、一ヶ月の売上を一割、払ってもらいますわ。いかがかしら」

「買うワ! モチロン!」

「ウソでしょ!?」

即決ぅ!?

お、驚いて腰抜かすかと思ったんですけど!

い、いや、そうじゃない!

「ま、待って待って待って! これは試作品だよ!? い、一ヶ月待って! 使い続けて不備があったら困る! 竜石道具は器になった方が竜石の力に耐えられなくて壊れる事もあるんだから……そ、そんなの不良品だろう!?」

「え、そうなの?」

「そうなの!」

「あ、あぁ、確かにそういう事もあるわネ。アァーン、こんなに素敵なものが一ヶ月も様子見だなんてェ! 即、お城に売り捌けそうだったのにィ〜」

「し、城って……!」

マジで危なかったやつ〜〜!

なんて事画策してたんだ、このゴリマッチョオネエ……!

って、いうか、クーロウさんとグライスさんが目を剥いたまま固まってる。

他の職人たちも。

な、なんなの。

「こ、こいつぁ、ぶったまげた……ま、まさか『アルセジオス』はこんな竜石道具がゴロゴロしてるわけじゃあるまいな?」

と、顎鬚を撫ぜながら冷蔵庫を凝視するクーロウさん。

まさか、と肩を竦める。

俺だってラナが言い出すまで考えもしなかった。

「……き、き、君はきぞ、も、元貴族と、言ってなかったか? こ、こんな、こんな事……オレにだって出来ない……!」

「え?」

なにを言い出すんだ、現役竜石職人。

俺はアレファルドたちに言われて仕方なく試行錯誤しながら竜石へのエフェクトを覚えた。

だから本当に素人に毛が生えた程度、の、はず?

でも、グライスさんは目に見えて狼狽えているし、クーロウさんも職人たちも、なんだかどよめき始めた。

え……なに?

「採用! ユーフランチャン、うちの商会で働きましょウ!」

「はい、ダメでーす! フランの発明品はわたくしが販売権利を持ってるんですぅー! ね、フラン!」

「あ、うん」

よく分からないけどラナの言う通りでいいです。

つーか、レグルスの前に両手を広げてガニ股でスライディングしてくるラナが可愛い。

王太子妃、公爵令嬢として教育されてるはずなのに、なんでそんな事が出来るのか疑問は残るけど。

「クッ! それならユーフランチャンの発明品、優先買収権利を主張するワ!」

「許可しましょう!」

ガッ!

……と、手を組む二人。

俺だけ?

この二人のノリについていけないのって、俺だけ?

周りを見るとポカンとしてるから……あ、うん、良かった俺だけではないっぽい。

「じゃあ、とりあえず約束通り今日はドライヤーの設計図をうちの兄に教えてくれるかしラ? お兄」

「え! …………。い、いや、ううん……レ、レグルス、まさかとは思うけど、設計図を買い取ってオレにやらせるつもりじゃないよな? こんなの無理だ……! 今見たやつは、オレじゃ中型竜石には刻めない! 大型竜石クラスじゃないと!」

え?

いや、まあ、確かに中型竜石に刻むのはちょっとキツイけど、出来ない程じゃないよな?

グライスさんってプロの竜石職人だろう?

なんでそんな自信ないんだ?

……大体、大型竜石クラスはそう簡単に庶民の手には入らない。

庶民を相手にする商会には流通しないんじゃないか?

「そ、そうなノォ、お兄? 大型竜石はさすがに今のアタシじゃあ入手困難ヨ?」

ほら、やっぱり。

「…………」

ん?

「フラン、分かった? 貴方自分が思ってるよりとんでもない事をさらりとやらかしてたのよ」

「…………え、えーと……いや、ちょっと頭がこんがらがってきてるんだけど……、……え? 確かに冷蔵庫の竜石核を作るのはキツかったけど……しょ、職人ならあのくらい誰でも出来るんじゃ、ないの?」

「ぶっ飛ばすぞ!? 中型竜石にあんな精密かつ細かくエフェクトを刻むなんて無理に決まってるだろう!? く、くそう! これが貴族の才能だとでも言うのか! オレの、オレの十年の修行をあっさりとこの野郎おおおおおぉ!」

「ちょ、お兄! 落ち着いてちょうだいヨ! 大丈夫、お兄はちゃんと師匠に一人前として認められてるんだかラ! ネ!?」

くらりとした。

思わず片足で踏み止まる。

でも、俺は……俺は今まで職人でさえ無理な事を?

嘘だろう?

ラナを見るとなぜか得意気のドヤ顔。

い、いや、なんで?

「落ち着いてください。ドライヤーの設計図はそこまで複雑じゃありませんよ! ね? フラン」

「え、あ、ああ……冷蔵庫よりは……」

「…………」

うっ、す、スッゲー睨み上げられた。

こ、怖い……。

さっさと設計図を手渡して覚えてもらおう。

設計図を見れば難しくないって分かってもらえるはずだよな、うん。

「ええと、これが設計図です」

「……た、確かに冷蔵庫よりは……。だ、だが、温度調節? 道具(アイテム)への負担軽減!? ば、バカな……こんなエフェクトが……! か、可能なのか!? くっ、確かにこのエフェクトならアイテムの保ちは格段に向上する! ……っ! こ、これは! 風圧の調整エフェクトまで!? こんな細かく……」

…………あるぇ?

「ま、まあ、これぐらいなら……確かにオレでも……。それで、レグルス、これを刻む中型竜石は用意してあるのか?」

「あら? 小型竜石って聞いてるわよ?」

「はい。これは小型竜石用ですけ……ど……」

「「……………………」」

ぽん、と俺の肩をラナが叩いた。

…………察した。

そうか。

俺は……普通でない事を普通にやっていたのか。

愕然とした。

ラナは小声で言う。

アレファルドたちは俺の、この普通なら『天才』と呼ばれるレベルの領域をタダで、それも貪るように! 利用していたのだと。

それを貴方に分からせたかったのだと。

「どう? 分かった? アレファルドたちが貴方の時間と才能に報酬も支払わず利用してきた事。まったくろくでもない王候貴族ね」

「…………」

君も貴族だろうに。

俺もだけれど。

そしてなんでぷりぷりと君が怒るのだろう。

「……うん、まあ、まだ実感はないけどな。……少し、分かった気はするよ」

「そう!? それなら良かった! 私は! 私はアレファルドたちとは違うからね? ちゃんと貴方にお金という報酬を支払うから!」

「……ん、んー?」

「え、なにその反応!?」

報酬……報酬ねぇ。

自分にこんな才能があったと教えてくれたり、俺なんかの為にぷりぷりと怒ってくれた。

——他ならぬ、君が。

ああ、十分だな、と思う。

あいつらの為にやったわけではないし、あいつらはあいつらなりに『好きな女の為』だったので癪ではあるが気持ちは分かるのだ。

態度は気に入らないが、元より諦めていた事でもある。

もう、あいつらの為に働く義理はない。

本当に、俺の中にはなにもなく、空っぽで……。

それでもあいつらが『好きな女の為』に試行錯誤してこういうものが欲しい。

こういうものなら彼女も喜ぶと思う。

そう提案してくるのを、どこか羨ましく思ったものだ。

今、俺は……そしてこれから俺は……君の為に、君の為だけに、君の欲しい物を作っていける。

その才能があった。

それを他ならぬ君に教えてもらえた事。

「いや、うん。もうもらったな報酬」

「え? まだお金もらってないから渡せてないわよ?」

「ふふ、教えない」

「はあ!? なによそれ!」

気を遣わせてしまいそうだし、これは俺の自己満足。

金なんかには替えられない。

だからもうもらった事にする。

実際もうもらっているから。