The Banished Villainess’ Husband

[]/(exp, adj-i) (uk) (uk) (uk) (uk) not

どうかしてんなぁ、と思ったが。

と、クーロウさんにそんな前置きを頂いたあと、レグルスの商会店舗三階に連れて行かれ、呼び出されたメリンナ先生に右腕の手当てをされる。

商戦まっ只中のレグルスにも「なんでよりにもよって今日なのヨーーー!」っと叱られるし、グライスさんにも「そんな腕でエフェクトを刻めるのかぁ!」と怒られた。

牧場のベアたちはクーロウさんにより猟友会の人たちが回収しに行ってくれる事になったのでお任せする。

三メートルのクローベアは、駆除対象ではなかったものの……うちの牧場に入り込み、俺を襲って傷つけた、という事で殺してしまった事は『防衛』と見做されて不問とされる予定。

……え? それを狙って腕を怪我したんじゃないかって?

…………ラナには内緒にして頂きたい。

「くおおおぉらああああぁぁぁ!」

「……」

……の、だが……すさまじい音を立てて、扉を開くなり鬼の形相のラナが飛び込んできて……体が固まる。

メリンナ先生はその姿を見た瞬間、にんまり笑って俺の左肩を叩く。

そしてその上で、親指を立てて「がんばれ」と謎の励ましを置いてすたこらと部屋から逃げ去る。

くっ、素晴らしい危機察知能力……!

「……あ、えーと……子、子どもたちは……」

と、聞いたが、扉の方から覗き込んでいたクオンやアルがラナの怒声でサッと姿を消す。

アメリーがニコニコ手を振り、シータルとニータンがまるで「健闘を祈る」とばかりの顔で扉を閉めやがった。

なんなのあいつら天才かなにかなの。

「ユーーーフラーン? わたくしの言った事をお忘れなのかしら?」

「ひぇ……い、いいえ……」

「無茶しないでって言いましたわよねぇ?」

「は、はい」

あれ、未だかつてないほどにめっちゃ怖い。

腕を組み、笑顔。

泣くって言ってなかった?

いや、泣かれても困るけど!

「…………」

ドス、ドス、と淑女とは思えない足取りで俺の座る窓辺のソファーまでやってくる。

そして、腕を組んだまま……笑顔のまま俺の右側に座った。

どすん、と。

怖い。怖くて隣が見られない。

い、いつもなら眺めていられるだけで幸せだったのに……!

圧が! 無言の圧がすごいっ!

「………………」

「……えーと、その……ごめん?」

「なにに対して謝っているのかしら?」

恐る恐る、目線だけで隣を見る。

笑顔は消えていた。

無表情で見上げられていて、背筋が冷えていく。

い、いやいやいやいや怖すぎでしょ……。

クローベアより、親父より怖い……!

ちょっと頭が上手く働かなくなってる。

どうしよう、どうしたらいい?

対処方法が全然分からない……!

やばい、変な汗がめちゃくちゃ出てきた……どうしよう、どうしたらいいのこれ本当に……だ、誰かタスケテェ!

「………………」

「…………、……え、えっと、その……む、無茶して、ごめん……?」

上手く動かない頭で、それでもなんとか今日のラナの言葉を思い返して謝った。

だが、ラナの眼差しは鋭いまま。

え、えぇ……違うの〜?

「……フランは分かってないのよ」

「は、はい?」

「あのね、フラン……わたくし悪役令嬢なの」

「…………?」

え、それは、はい、一応存じ上げております?

でも、正直そこまでの無茶をしたつもりはない。

怪我だってかすり傷だ。

あの程度、避けようと思えば避けられた。

ただ、俺が怪我をしていた方が都合が良かっただけで。

と、言えばもっと怒らせそうなので言わないけど。

「今のところ『邪竜信仰』にも関わっていないし、お父様が陛下に毒を盛るとかそんなストーリにもなっていないみたいだけど、それでも、よ……わたくしが卒業パーティーの日にアレファルドに言われた言葉は一言一句、原作小説ともコミカライズ版とも同じだった。貴方だけが、わたくしの知る物語にはいない存在だったの。これがどんな意味か貴方に分かる?」

「……え、えーと……?」

「貴方と一緒なら、わたくしは物語のように破滅しないんじゃないか、って……そう思うの。でも貴方はこの世界を成り立たせる因子(ファクター)でもあるから、わたくしの破滅そのものでもあるのかもしれない」

「……え……」

言われた言葉に、思わずラナの方を振り向いた。

ラナは俯いて、深刻な顔をしている。

……いや、ラナが……『悪役令嬢』という言葉に囚われているのだとはある程度分かっていたけれど……。

俺がラナを——破滅に?

「でも、でも……貴方がわたくしを破滅させる、その運命のためにもし、死んだりしたら……わたくし、私……そんなの本当に自分を許せなくなる。だから貴方にも無茶して欲しくなかったのに……」

「…………ごめん……」

それは心の底から出た言葉。

まさかそこまで——……。

「それを差し引いても……」

「?」

あれ?

声のトーンが変わった?

「……す、す、好きな人が怪我をしたら! 普通に、不安で! し、心配で! 悲しくなるのよ!」

「っ!」

「フランのアホオオオォ!」

「す、すみません! ごめんなさい!」

本当に泣いたぁぁぁ!?

「ふぇ、ふえっ……!」

「ラ、ラナごめん、ごめんなさい……本当に反省したので泣き止んでください」

「ズビィーーー!」

……あれから十分ばかり、赤ん坊のように泣き喚いたラナ。

時折扉の前に人の気配を感じて「助かった」と思ったが、ラナのギャン泣きに無言で立ち去っていく。おのれ。

おかげでこの階から人の気配が消えた。おのれ。

必死に謝って、ラナが自分のハンカチに鼻水を噴射すると、ようやく息を吐き出した。

「…………ふ……普通ここは抱き締めて慰めるとかするものじゃないの……」

「ええええぇ!?」

そして第一声がそれ!?

突然の高難易度要求!?

そ、そ、そんな! 抱き締めて慰める!?

「ふ…………普通、なの、それ……が?」

俺は普通が分かりません、ラナさん。

女の子とまともに話した回数も少ないし。

そう聞くと赤い鼻のままじとりと睨まれた。

「……分からないけど、そうして欲しいって、わたくしは思ったから……」

「っ!」

こてんと、ラナの頭が胸元に……ぶつかってくる。

近い。

これまでにないぐらい、近い。

そんなところ、俺の心臓の音めちゃくちゃ……バレる……!

「フラン……わたくしもっと恋人っぽい事してみたい……」

「……こ、恋人っぽい事……」

そ、それは……それは、俺も……。

でも、どんな事を、どんなタイミングでどうしたらいいのか分からない。

ラナに嫌がられたり嫌われたりしたくない。

けど、触れてみたいと思った事は多いし、最近も、変な感じ。

ラナの側に、もっと近くに……いたい。

「!」

そうっ、とラナの手が、俺の背中に回された。

熱い。

手が行き場もなく持ち上がって、宙で止まる。

どうしよう、どうしたらいい。

「…………ふ、触れたら……俺……なんか……、なんか……だめになりそうなんだ……」

「……? どういう事?」

「分かんない……ただ、なんか……抑えてたものとか……よく分かんない、どろっとしてて、君の事を、離したくなくなって、それから……その…………、……分かんない……自分がどうなるか……不安……」

傷つけてしまうんじゃないだろうか。

って、思う。

息を、吐く。

ラナの手が強くなった。

「本当に見た目と中身のちぐはぐな人ね」

「…………」

「わたくしを誰だと思っているの……エラーナ・ルースフェット・フォーサイスよ。『青竜アルセジオス』の宰相の娘で、ルースフェット公爵家の一人娘で…………貴方の妻よ」

ぎゅう、と心臓が痛む。

握り潰されたかのようだ。

「あと、『守護竜様の愛し子』の悪役令嬢」

……その肩書は今つけ加える必要が果たしてあっただろうか?

「フランはもっとわたくしを頼っていいし、甘えていいし、信じていいわ。……その、わたくしも貴方の事、もっと……信じるし……えーと……あと、うん……こんな風に、触れても、いい……かしら……?」

「………………」

驚いた。

驚いたあと、息をほんの少し、吐いた。

とても熱い。

体にこもった熱が少しだけ出ていく。

それでも、溜まったものが出たわけではない。

とても細く、柔らかい。

抱き締めて、抱き締め返す。

壊れそうだな、と思った。

「……なんで貴方が泣いてるの」

「……なんで、俺が、泣いてるって、わかるの……」

「…………なんとなくかしら?」

背中を撫でられる。

幼子をあやすように。

……そんなのは俺だって分からない。

自分がどうして泣いているとか、そんなの……分かるわけがない。

きっと、多分…………君とあと二、三十年一緒にいないと、理解出来ないと思う。