The Branded Female Fencer

Preparing for Crusade, Part 2 - Lisa's Ability

***

それが昨日の出来事である。どうもアルフィリースは寝起きが悪いらしく、寝ぼけてるうちにもアノルンは既に支度を整えていた。

「あ、あれ? シスターどうしたの?」

「ん? 何って魔王討伐用の準備だけど?」

アノルンの恰好はいつものひらひらしたシスター服ではなく、体にぴたっとした軽装であった。髪は後ろで束ねてくくり、両手に小手・肩当てまでつけて、腰に沢山の小物を入れる革のポシェットをつけている。それに見たこともないような薬を出しながら次々に詰めて準備をしている。そしてどこから取り出したか、巨大なハンマーみたいなメイスを壁に立てかけている。

「シスター、その恰好は・・・」

「ああ、アンタには言ってなったか。私は昔戦士でね、主に前衛担当だったんだよ。これはその時の装備。教会がご丁寧に宿に届けてくれてたのさ」

と言いながらながら、てきぱきと用意をしていくアノルン。道理で腕っ節が強いはずだと、アルフィリースは納得した。

「で。相談なんだけど、アルフィ。アンタ、弓も使えるんだっけ?」

「一応は。でも実践ではあんまり使ったことないわよ?」

「前にダガーを使った要領で、魔術で飛距離・正確性を伸ばせるだろ? 何発くらいいける?」

「ん~だいたい40、50くらいかな。最近試してないから、正確にはわかんない」

「じゃあ40と思っておくよ。今回前衛はアタシとアルベルトだ。アルフィはリサの護衛かつ援護ね」

「それはいいけど・・・私も前衛じゃだめなの?」

不満そうなアルフィリースに、アノルンが説明する。

「・・・私は今までに複数回、魔王討伐の経験がある。その経験上、前衛としてアンタはまだ力不足だ。それにリサの護衛は必ず必要。魔王が単独でいることなんてまずなくて、大抵は部下を率いているからね。後衛を放置するのは危険だ」

「なんかいまいち納得できないけど、経験者には従うわ」

「素直でよろしい」

アノルンはニカッと笑ってアルフィリースを見る。確かにアノルンにはこの戦士の衣装の方が合っており、元々このようなあっさりした雰囲気だったのだろう。

「でも魔物討伐やったことあるってすごいよね。シスターもギルドに登録してたの?」

「ん~まあね」

「ちなみにランクは?」

「・・・B+」

「す、すごっ! それって町や地域によっては一番なんじゃない?」

「そんなすごくないわよ。はいはい、つまらない話は終わりだ、さっさと準備しな。アタシも食料の買い出しがあるから、先に出るよ。準備でき次第、西門で集合だってアルベルトが言ってた。ちなみにもうシスターの恰好してないから、『シスター』でなく『アノルン』って呼ぶこと。間違ったら、アルベルトの前でひん剝くからね!」

言うが早いか、アノルンは出て行ってしまった。

「な、なによ、もう」

むくれながらも着替えていくアルフィリース。

「・・・・・・ノロマ」

リサが扉の隙間から覗きながら、声をかけてきた。

「くっ、やりにくい・・・」

目は見えないはずなので呪印を見られる心配は無いが、妙にやりにくさを感じるアルフィリースだった。

***

食事を宿で簡単に済ませ剣を受け取りにいくと、やはりまだ研げてなかったのでチップを渡そうかとアルフィリースは考えたが、世間知らずの彼女にはどのくらいが相場なのかわからない。

「(ここはやはりシスターの言ったとおりに・・・ダメダメ、まだ男の人と手をつないだこともないのに。いや、つないだことがあってもダメだけど・・・あれ? じゃあどこからならいいんだっけ??)」

などと一人でアルフィリースが悶えていると、業を煮やしたリサが何やら店主に耳打ちする。すると店主があたふたとアルフィリースの剣を持ち出して、それこそ光の速さで研いでくれた。

「(まあ私は助かったけど、何を言ったんだろう?)」

ついでに弓矢を調達しようとすると、なぜか店主はサービスしてくれた。

「(あれ、日ごろの行いがよかったかな? のわりに店主の顔色が悪かったような? ・・・リサがニヤリと笑ったのは見なかったことにしよう・・・)」

そしてアルフィリースがリサを残して店から先に出ると、店内からは店主の悲鳴が聞こえてきた。一体どんなやりとりが2人の間で行われているのかは、既にアルフィリースの想像を超えていた。

***

そして西門である。

「お、早かったね」

アノルンが既に食料やら必需品やらを買ってきて、飛竜に積み込んで・・・

「な、何それ??」

「何って、飛竜」

「どこから?」

「大きな街では、急ぎの物流輸送のために飛竜が用いられる。覚えておくといい」

アルベルトが説明し、アノルンが付け加える。

「こいつなら低い山はひとっ飛びだしね。大きな荷物も運べるから便利だよ? まだ全然朝だし、これなら夕方には目的の森の近くに行って、宿まで探せるね」

「宿の心配は必要ない、既に手配を済ませている。今回も飛竜は一頭の予定だったのだが、4人乗りほどの大きいのは流石に出払っていて。2人乗り2騎になったが許してほしい」

アルベルトが全員にぺこりと頭を下げた。騎士と言えば結構偉そうにする者も多いが、このアルベルトは腰も低い。それだけなら好感が持てるのにと、アルフィリースは残念に思う。

「飛竜は初めてかい、アルフィ?」

「え、ええ。まあね」

「大丈夫だよ。飛竜の運転なら私もやったことあるしね。最近のはよく調教されてるのが多いから、簡単さ」

「アノルンは運転したことあるんだ・・・私は初めてだな」

「リサもです」

感心しながらアルフィリースが飛竜を見ていると、なぜかアノルンが後ろにいる。

「アノルン、何してるの?」

「ちっ、ちゃんと私を名前で呼んでるね。できてなかったら、この天下の往来でストリップだったのに」

「確かに残念です。なけなしでも、お金が稼げたかもしれなかったのに」

二人して「やれやれ」という仕草をしているが、どうやら本気だったらしい。さすがにアルフィリースが呆れるやら腹が立つやらでアノルンに向き直ると、横から飛竜にベロンと頬を舐められた。

「ひゃあっ?」

「お、飛竜にまで好かれるなんてねー。アンタ、それはもう才能だよ。アンタ、操獣士(ビーストテイマー)どころか、操竜士(ドラゴンテイマー)になれるかもね?」

「そ、それはいいから助けて~」

2騎の竜に舐められたり、擦り寄られたりでもみくちゃにされるアルフィリース。

「だ、ダメだって、そんなに舐めたら・・・や、ァん!」

「朝っぱらから天下の往来でドロドロになって、何嬌声をあげているんですか、破廉恥な」

「す、好きでやってるんじゃ・・・や、やめっててばぁ~ひゃうん!」

本人は自覚がないだろうが、相当に扇情的な光景である。声がわざとらしくないのもイイ、などとアノルンはくだらないことを思うわけだ。

「(う~ん。助けようと思ったけど、もう少し見学してもいいか? いや、しかし中々これは・・・)」 

などとアノルンが邪な事を考えていると、気がつけば通りゆく人が皆足を止めてこの光景に見入っている。ちょっとした人だかりができ始めていた。さすがにこの辺にしておくかとアノルンが考えた、その時――

「騒がしいな。何の騒ぎだ」

「ありゃ、西門の番兵か。また面倒くさい」

番兵らしき男が人込みを押しのけるように出てきたことに、アノルンがしまったという顔をする。番兵は仏頂面をしてこちらにずかずかと歩いてくる。

「貴様ら、ここをどこだと思っている。怪しい奴だな、取り調べるからこっちに来い!」

不機嫌にアルフィリースを呼びつけたのは、脂ぎった顔をした、いかにも好色そうな男である。身体検査とか言って、いかにもいかがわしいことをしそうなタイプだ。

「(面倒だね、ここで番兵殴って問題を起こすわけにもいかないし・・・)」

アノルンがどうしようかと考えると、リサが「大丈夫だ」という風に目くばせをしながら、その男に近づいていく。

「番兵の方、私たちは怪しいものではありません。これから仕事で北西のカラムに向かうところです。すぐに出立いたしますので、番兵の方々の手を煩わすほどのことはないかと」

「なんだと? その慌てよう、ますます怪しいな! これは是が非でも調べねばなるまい!!」

いやらしい笑みを浮かべながら、番兵がリサをつかもうと手を伸ばしてくる。と、リサが無表情を保ったままぎろりと番兵を睨む。

「よいのですか?」

「何がだ?」

反射的に番兵の手が止まる。そこにすかさず番兵にリサが近寄り、耳打ちした。

「あなた、3丁目のロンさんでしょう? 赤い屋根の住宅の、2階に住んでいる。この前、番兵同士の宴会で、酔ったどさくさに上司の奥さんに接吻しましたよね? アナタの奥さんと上司にこのことがバレたら、とっても楽しい光景が見られそうです」

リサはくすくす笑っているが、男の顔からは血の気が一瞬で引いていく。

「お、お前。なんでそのことを・・・」

「リサを誰だと思っていますか? 探すのは物や人だけでなく、噂の類いも入っているのですよ?」

「ひっ! ど、どうか妻や上司には言わないでくれ!」

「さあてどうしましょう・・・と言いたいところですが、以後リサ達が西門で何をしようと見逃す、という条件で黙っておいて差し上げましょう。よろしいですか?」

「わ、分かった・・・」

自業自得とはいえ、哀れな門番はふらふらしながら戻って行った。さっきの武器屋にどういう類(たぐい)のことを言ったかアルフィリースにはわかったが、詳しい内容は知りたくないかもしれない。

「た、助かったわ」

「朝から数えて2回目です。全く手間のかかる女ですね」

「だからありがとうって言って・・・」

「お礼の言葉など、何の生活の足しにもなりません。本当であれば素っ裸で土下座してもらうところなのですが、それは一瞬楽しいだけですし、アナタを素っ裸にするならもっと効果的な場面があります。ということで、これはツケということにしておくので、いずれきっちり払ってもらいましょう。お金に変えられないものは、これっぽっちも価値がありゃしないのです。覚えておきなさい」

そう言ってリサはすたすたと飛竜に行ってしまった。どうも非常に怖いことを言われたような気がするアルフィリース。

「これから魔王討伐に行くのに、ちゃんとやっていけるのかなぁ・・・」

緊張感と連携が無いことに、アルフィリースは心配になってきた。だがそれは仕方がなかったのかもしれない。アノルン以外は魔王の知識などは書籍程度でしかなかったし、カラムで待ち受けている魔王が、今までアルフィリースが知っているような魔物とはかけ離れた存在だということなど、この時点では誰にも想像しようもなかったのだから。

続く