The Death Mage Who Doesn’t Want a Fourth Time
Episode 192: Mother's Return and More Family?
ダルシアが復活する。
この大ニュースは瞬く間にタロスヘイム中に知れ渡り、ゴブリン通信機を使って境界山脈内部の各国にも伝えられた。
『ダルシア様、きっと復活した時驚くでしょうね』
『皆、すぐ集まりましたからね』
リタとサリアが、地下工房の様子を見まわしてそう言った。それもそのはずで、普段は半ばヴァンダルーと側近のたまり場と化している工房は、大勢の人々が詰めかけていたのだ。
流石にアミッド帝国側のヴィダの新種族の隠れ里に戻っている『暴虐の嵐』はいないが、レギオンとグファドガーンによって境界山脈内部各国の主要人物が集まっていた。
彼等のほぼ全員が、霊だった頃のダルシアには会っていて、挨拶も交わしている。しかし新たな生命を得て復活するのだから、改めて挨拶を交わしたいと思うのも道理だ。
「間に合った……! 感謝しますぞ、グファドガーン様。ここで更に遅れを取れば、ティアマト様と守護龍様方から何と言われるか分からんところじゃった。一安心じゃわい」
「安心している場合か! ただその場に居ても意味が無い。復活したダルシア殿に改めて挨拶を交わし初めて意味があるのだ! 頼んだぞ、ローエン!」
「いい加減にしてください、四老竜様!」
たった今グファドガーンに連れられてやってきた竜人国の指導者である四老竜(長老格の竜人)と、竜人国を代表する剣士の一人であるローエンが騒いでいた。
『山妃龍神』ティアマトにもはっぱをかけられている竜人国の為政者が必死なのは、復活したダルシアが今後発揮するだろう影響力の大きさが関係している。
サリアとリタは勿論、この場にいる全員が知っているが、ヴァンダルーはかなりのマザコンである。これまでは弱い霊でしかないダルシアを守るためという意味もあったが、ダルシアが復活した途端に治るものでもないだろう。
そしてヴァンダルーが治めるタロスヘイムの政治体制は、皇帝であるヴァンダルーの抵抗勢力が一切存在しない皇帝一強。将軍兼宰相のチェザーレや副将軍のクルト等、皇帝に忠告し止める事が出来る文官武官は幾らでもいるが、最後はヴァンダルーの意思で全てが決まる。
だがそのヴァンダルーが確実に意見を尊重するダルシアが、霊だった時とは違いいつも近くにいる。その影響力は、人間社会の国家における公爵を超える。
だが、ここは外界から十万年以上隔離された境界山脈内部。そんな政治的な影響力を恐れ、警戒して集まった者達は一人もいなかった。
「何を言っておるのじゃ、ローエン! ダルシア様は皇帝陛下のご母堂っ、ご挨拶して親しくなるチャンスじゃぞ!」
「然り、こう言った事は最初が肝心。きっかけを逃すと、後を引くのじゃ」
彼等が気にしているダルシアの影響力とは、ヴァンダルーの交友関係や異性関係に関するものだった。
現在ヴァンダルーが第二次性徴期を迎えている事は、境界山脈内部の全ての国々に知れ渡っている。つまり、年頃だ。成人するのはまだ数年先でも、婚約するには丁度良い時期だ。
『生命と愛の女神』ヴィダを頂点とする境界山脈内部の国々では自由恋愛が推奨されているが、親が決めた縁組が無いわけではない。
きっかけは第三者からの紹介でも、その後親しくなり愛を育めばそれはそれで幸せだろうと言う考え方である。愛ある結婚に貴賤は無い。
なので、親や上司から縁談が持ちこまれる事は珍しくない。そのためヴァンダルーにも、そうした事についてダルシアがなにかしら促すのではないかと、境界山脈内部の国々では思われているのである。特に「出遅れている」と種族の片親である『山妃龍神』ティアマトに叱責されている守護龍達と、その祭祀である四老竜は。……実際には人魚国やラミア国など、竜人国と同じようにヴァンダルーの元に人を送り込んでいない国も幾つかあるのだが。
ローエンも、自国の指導者である四老竜から縁談が持ちこまれた事自体には、抵抗は覚えていない。
問題は相手がヴァンダルーである事だ。
「……それは分かりますが、別に私である必要はありますまい。と言うか、私では釣りあうとは思いませぬ。もし私が妃の一人になったところで、他の方々の間に埋没するだけでしょう」
ヴァンダルーの周りには、妃候補が既に何人もいるのだ。そこに自分が加わる事を想像すると、すぐに存在感を失ってしまうだろうとしか、ローエンには思えなかった。
「むぅ、しかし……縁談が決まっておらず、お前ほどの器量良しで腕も立つ女子はおらんのじゃぞ」
「諦めも肝要です。それが出来なければ、我が種族と兄弟である魔大陸の鬼竜人や魔竜人の方々から探せば良いではありませんか。でなければ、ティアマト様本人にお願い奉れば宜しいでしょう」
『吸血竜人とかが生まれそうですね……あ、お茶どうぞ』
「どうも……ヴァンダルー殿!?」
話題の人であるヴァンダルーからお茶を受け取ったローエンは、驚いて湯呑を落としそうになった。
「えっ、いや、別に私はあなたを嫌っている訳では無くてですね!」
「そ、そう、儂等がしつこく勧めすぎたんじゃ」
話を聞かれていた事に気がついたローエン達が慌ててそう言うが、ヴァンダルーは『まあまあ、落ち着いてください』と宥めた。
『周囲に異性が多いのは自覚していますから、お気になさらず。別に政略結婚とかしなくても大丈夫ですから。だから……ティアマトをその気にさせるのは止めてください』
「は、はあ……ヴァンダルー殿は、ティアマト様は苦手ですか?」
そう聞き返されると、ヴァンダルーは『苦手ではありません』と答えた。
真なる巨人と同じ巨体に手足と尻尾に生えた鱗に、頭部に生えた二本の角。人間とはかけ離れた姿だが、勿論ヴァンダルーはティアマトから不気味さや醜悪さは感じなかった。
寧ろその大らかな神格と溢れんばかりの生命力、鮮やかな鱗の艶に好感と魅力を覚えたくらいである。
『でも、一度に数十から百の子が出来るのはちょっと……ハードルが高いと思うのですよ』
神代の時代より数々の龍や真なる巨人、獣王、時には神とも浮名を流した事で知られる『山妃龍神』ティアマトは、多産でも知られていた。
実際、鬼人の始祖と魔人族の始祖との間に鬼竜人と魔竜人を儲けた時は、一度に百人の子を産んだそうだ。当時は出来るだけ早く子孫を残さなければならない事情もあったし、龍の力で生まれた子の成長は通常の何倍も速かったそうだが。
「それは……確かに」
ローエンもヴァンダルーの言葉に思わず頷いた。子孫繁栄は国家の安定に繋がる喜ぶべき事だが、幾らなんでもその人数は無い。
「幾らティアマト様が多産で知られる神でも自重するのでは……いや、ありませんな」
四老竜の一人がそう抗弁しようとして、途中で言葉を濁して首を横に振った。ティアマトにとって多産は神としての性質なので、意図的に抑える事は難しい。
(ただ、流石のティアマト様でも龍や真なる巨人との子は一度に大量に産む事は出来ないと聞いておる。ヴァンダルー殿でも同じ事なのではないだろうか?)
その四老竜はそう思ったが、確証は無かったので黙っておくことにした。……後日、自ら魔大陸に赴き確認しようとは思ったが。
『そう言う訳で、ローエンさんの言う通り焦らず行きましょう。ほら、俺の寿命は三千年から五千年までありますし、百年後でも十分若い筈ですし』
ヴァンダルーが政略結婚はいらないと言っても結局安心できないだろうと思い、とりあえず先延ばしにする事を提案すると、ローエン以外に当ての無い四老竜達も引き下がった。
『では、席に案内しますね』
「ところで、ヴァンダルー殿自ら案内をしなくても良いのではないですか? ご母堂の復活を近くで待ちたいのはあなたでしょうに」
『いえ、俺はちゃんと母さんの近くで復活する時を今か今かと待っていますよ。ほら』
ローエンに尋ねられたヴァンダルーがそう言って指差す先には、『生命体の根源』に宿ったダルシアが収められたカプセルと、それをじっと見つめるヴァンダルーの姿が……彼の肉体があった。
その周囲には骨人やクノッヘンの一部、サムとサリアとリタ、ザディリスやバスディア、タレア等が集まって、感慨に耽ったり、思い出を語り合ったりしている。
『ここに居る俺は分身です。色々準備するのに分身を沢山作って動かしているので、そのついでですね』
実は地上では現在ダルシアが復活した事を祝う祭りの準備が急ピッチで進められている。無数のヴァンダルーの分身たちが料理を作り、人々が飾り着けやパレードの準備を整えているのである。
ダルシアは今まで【実体化】や感覚を共有する魔術でヴァンダルーの料理を味わって来た。だが、生き返ったら本当に食べて欲しいと思っていたヴァンダルーは、皆に振る舞う分まで作り続けているのだ。
「そうでしたか……お手伝いしましょうか?」
明らかに大変そうだったのでそう聞くローエンだが、ヴァンダルーは『いえいえ、ローエンさん達はお客さんですから』と遠慮した。
『最近まで本当に肉体が動けなかったので、分身で作業するのに慣れていますから、大丈夫です』
実際、【魔王の欠片】を発動させた生体部品を組み合わせ、ヴァンダルーの霊体を【憑依】させた魔王の欠片製使い魔、通称『使い魔王』が最近タロスヘイムでは当たり前のように闊歩している。
主にゴーレムの代わりに重い建材を運んだり、【魔王の墨】の塗料を塗ったり、建築作業で働いている。他にボークスやヴィガロの魔物討伐に同行して経験値を獲得したりもしている。
最近では【魔王の肺】から吐き出す空気を動力源にして、硬質化した【魔王の血管】から弾を撃ち出す、銃砲型使い魔王が、魔物討伐の共として人気である。……【念動】で弾を撃ち出す方式より威力は数段落ちるが魔力の消費量も低いので、本体から分離した使い魔王でも撃ち続ける事が可能なのだ。
「分かりました。では、我々はここでダルシア殿の復活を見守らせていただきます」
そう言うローエン達に一礼して、霊体ヴァンダルーは他の賓客にお茶を配りに行った。
そして動き続ける分身たちとは対照的に、カプセルの前から動かないヴァンダルーの肉体はその時を待ち続けていた。
液体で満ちているカプセルの中には薄いピンク色の膜で出来た球体が浮かんでいて、ダルシアの肉体はその中にある。
薄い膜の向こうに手足を丸めた女性のシルエットが透けて見えるが、まだ動いてはいない。この膜が無ければ、ダルシアの様子をもっと詳しく知る事が出来る。だが、膜は重要な役目を果たしていた。
「ふ~む、この膜の袋が無ければもっと詳細に経過を観察する事が出来たのだが」
やや残念そうにこれまで纏めた経過観察の記録……詳細なスケッチを含めた物……を顧みて、ルチリアーノが小さく唸る。
彼の視線を遮るのに、膜は必須だった。
「師匠の霊体なら膜の内側に入り込んで、様子を見る事も出来るのではないかね? それで見た物を私に教えろとは言わないから」
「『生命体の根源』はデリケートなので、他の霊が近づくのは不測の事態を誘発する恐れがあるとグファドガーンが言っていたじゃないですか。俺のでも霊体を近づけたくありません」
ヴァンダルーもダルシアがどんな状態なのか気になってはいたが、今までグファドガーンからの忠告に従ってカプセルの外から声をかけたり、【危険感知:死】に反応が無いか見るだけに止めていた。
『ヂュゥ……諦めが悪い。
しかし、何と感慨深い……クノッヘン、我々はやっと当初の目的を果たす事が出来るようだ』
『おぉぉぉぉぉん』
黒い大きな布を手に持って待機している骨人とクノッヘンは、自分達がヴァンダルーに創られた当初の目的を思い出していた。
骨人と、骨猿や骨鳥が融合して変化したクノッヘンは、この世界で最初期にヴァンダルーに創られ名前を与えられたアンデッドだ。
その目的は、ヴァンダルーをダルシアがいる場所へ運ぶ事。彼等が創られた時にダルシアは既に火炙りの刑に処されて霊となっており、その場所までヴァンダルーを運ぶ事は出来た。
しかし、今やっと生きているダルシアの前にヴァンダルーを運ぶことが出来たのだ。もし彼等の目に涙腺があれば、しみじみと涙を流した事だろう。
『そうですな……考えてみれば遠くまで坊ちゃんを運んできたものです』
『距離的にはそうでもないですけど、確かにそうですね』
『坊ちゃん達と出会った時は、私達が今の姿になれるなんて夢にも思いませんでしたからね』
やはり黒い布を持っているサム(本体である馬車は近くに待機)、そしてタオルを準備しているサリアとリタ親子が頷き合う。
『本当に……思いませんでした。妻は私を許してくれるだろうか』
サムは二人の娘……タルタロスメイドアーマーになった二人の姿を見て、遠い目をした。
『父さん、今更何を言っているんですか。母さんならきっと怒りませんよ』
『姉さんの言う通りですよ。ちょっと武器の扱いが上手くなって、返り血を浴びると回復出来るアンデッドになっただけじゃないですか』
突然目が遠くなったサムを二人して励ます娘達だが、彼が気にしているのはそう言う事では無かった。
ハイレグ型とビキニ型の鎧に宿ったリタとサリアは、【霊体】スキルで生前の姿を基にした少女の形を表している。カチューシャやレースなど多少装飾品が増えて露出度は減ったが……少し青白いがとても肌色である。しかも、女性らしい豊かな曲線が露わになっている。
『坊ちゃん、娘達をよろしくお願いします。なにとぞ、出来るだけ末永く』
やっぱり妻は許してくれないかもしれない。そう思って発作的にヴァンダルーの手を握って頼み込むサム。
「はあ……これから母さんも復活するので、こちらこそ母子共々よろしくお願いします」
「旦那様、多分そう言う事では無いと……いえ、私の言う事ではありませんでした」
ヴァンダルーの執事であるベルモンドは口を出しかけて、途中で自重してしまった。
「ダルシアママ、早く復活しないかな~」
一方パウヴィナは、大きな瞳をわくわくと輝かせていた。
『ママ……?』
そのパウヴィナの言葉に、複数の人間と魔物の死体を縫い合わせて創られたパッチワークゾンビのラピエサージュと、九本の首があるヒュドラの頭部を切断し、そこに異なる種族の美女の上半身を縫い付けたパッチワークヒュドラゾンビのヤマタが不思議そうに首を傾げた。
パウヴィナはダルシアから産まれた訳では無く、ヴァンダルーによってライフデッドとなった前世の自分自身を母体にして産まれた存在だ。
「そうだよ、ママ」
しかしパウヴィナはそう言ってカプセルの中のダルシアを指差す。
「あたしはヴァンの妹だから、ダルシアママなの。ママも、そう呼んで良いって言ってたもん。ね、ヴァン?」
「ええ、覚えていますよ」
実際にはパウヴィナにとってヴァンダルーは兄では無く生みの親なのだが、歳が近いので兄と妹のような関係になった。なので、彼女がダルシアをママと呼ぶのも変な事では無い。当人も歓迎していたし、ヴァンダルー自身も賛成である。
「だからラピとヤマタもママって呼ぶんだよ!」
「……あれ? それは覚えが無い」
ラピエサージュとヤマタにもダルシアをママと呼ぶようにと言うパウヴィナに、ヴァンダルーは首を傾げた。
そして言われた当人達も、合計十個の首を傾げて不思議そうにしている。
『ま……ま? 私、も?』
『ヤマタ……も?』
「うんっ、二人ともあたしと同じようにヴァンのお蔭で生まれたり、生まれ変わったりしたから、一緒だよ!」
どうやら、同じヴァンダルーの妹分だからダルシアはママと言う考え方のようだ。
『ま……ま……まま……まま……ママ』
『『『ママ~♪』』』
そして二人とも気に入ったのか、繰り返しママと呟き、歌い出し始める。
「じゃあ私と、私の娘達も? うん、それはいいわね。便乗しましょう」
『ママァ……フフフ……』
それを聞いたゲヘナビーの女王蜂であるクインと、スクーグクローのアイゼンがすかさず便乗する。確かに二人ともヴァンダルーが疑似転生させて誕生したので、条件はパウヴィナ達と同じだが……どう見ても彼の妹では無い。
「私達の場合はどうなのかしら? やっぱり確認してからの方が良いわよね?」
「確認するんじゃないよ! そんな恥ずかしい事出来る訳無いじゃないのさ!」
「僕は恥ずかしくないけどね。何なら僕が代わりにお願いしようか? 恥ずかしがっているバーバヤガーの代わりにお願いします、ママって呼ばせてくださいって」
「シェイド! このクソガキ!」
いつもの肉塊の姿のまま、首から上だけ人間だった時の姿に戻るという、器用な技を使って同時に話し出すレギオン達。彼女達の肉体の元になった『生命の原形』はヴァンダルーが創ったものなので、ラピエサージュ達と共通点がある。
『このままだと、陛下が創ったアンデッドや疑似的に転生させた人達は皆ダルシアさんの娘になってしまいそうですね。勿論私はそれで良いですけど♪』
『姉さんっ! それはまだ早いの! 一応私達は王族なんだから、ちゃんと時期と形式を整えてからじゃないとダメでしょ!?』
『私はどうしようかな~、迷うな~』
レビア王女を止めるザンディアと、迷っているジーナ。
「それじゃあ、オルビア姉さんはボクより先にお義母さんって呼べるんだ」
『プリベル、ちょっと意味が違うかなぁ。それに、アタシって妹っぽくなくない?』
「いやいや、プリベル殿も某もギザニア殿も、パウヴィナ殿の理論だと呼ぶ資格があるかもしれないでござるぞ。
某達、ヴァンダルー殿の導きや加護を得てから大分姿が変化したでござるからな」
微妙な顔つきのスキュラゴーストのオルビアと、彼女を羨ましがるスキュラのプリベル。だがカマキリの特徴を持つヴィダの新種族エンプーサのミューゼはそう言って自分達の姿を指す。
ミューゼは全身の外骨格と鎌腕が緑を帯びたクリスタルに変化したクリスタルエンプーサに、プリベルは下半身のタコを思わせる八本の触腕の先端がドラゴンの頭部に変化したスキュラオリジンに。
そして蜘蛛の特徴を持つヴィダの新種族アラクネの大型種であるギザニアは、牛を思わせる二本の角を生やしたウシオニに変化していた。
「そうかもしれないが……やはり時期を待つべきだ。母上に不義理だし、そもそも強引すぎると拙者は思う」
「相変わらず真面目でござるな、ギザニア殿。しかし、時期が来るまで待つのが肝要でござるか」
「そうだね、ボクも待つ事にするよ」
『あ、あっしは遠慮申し上げますんで!』
そう納得する三人の横で、キンバリーはそうカプセルの中のダルシアに話しかけていた。
「イリス、イリスはまだ俺達の娘で良いよな!?」
『待て、ゴドウィン……イリスの意思次第だ』
「父さんも父上も、いちいち私の意思を確認しないで頂きたい!」
魔人王ゴドウィンとネメシスジョージ、イリスの父娘がそう言って騒いでいた。
『どうすんだ坊主、弟妹が際限なく増えちまうぜ?』
自分は範囲外であるボークスがヴァンダルーに声をかけると、既に彼の背は煤けていた。
「やったね、母さん。家族が増えるよ」
『ダメだっ、坊主の心境は既になるようになれ状態だ!』
『おお御子よ、諦めてしまうとは何事……はっ!? 今なら巨大御子神像に加えて、ダルシア様像の建立の許可が下りるのでは!? 御子よ、なにとぞご検討を!』
『おいおい、信仰対象の隙を突くなよ』
盛り上がるヌアザを止めるボークスの近くでは、ザディリスが冷や汗をかいていた。
「……中々シャレにならん話題じゃな。これ以上幼く見られそうな要因はいらんと言うのに」
「良いじゃないか、母さん。私達はパウヴィナの言う条件に当て嵌まらない……のか? 考えてみれば、母さんとタレアは若返り、私は不妊治療で生まれ変わったと言えばそうなるのか?」
「母さん、あたしもダルシアさんを母さんって呼んだ方が良い?」
一連の話題を渋い顔で聞いていたザディリスに、バスディアがそう答えながらふと妙な事を口走り始める。彼女の娘のジャダルもそう言い出した。
「なっ!? なんて不吉な事を言い出しますの!? もしそれで私にまで幼いイメージが付いて魔法少女がうつったらどうしてくれますの!?」
「ちょっと待てぃ! 前半は同意するが、後半は納得できん! 儂らは病気か何かか!?」
タレアのあんまりな言い方に、ザディリスが食ってかかるが彼女は臆することなく言い返した。
「ザンディアさんと新顔のカナコさんに移しているじゃありませんの。特にカナコさんに対してはヴァン様に変身杖を渡すように促してまで。
しかもあれだけ魔法少女を嫌がっていたのに、一緒に『あいどるゆにっと』なんてものまで組んで……あなた、さては口では嫌がって見せながら、実際にはこのタロスヘイムを魔法少女だらけにし、魔法少女の祖として君臨するつもりですわね!?」
「一周回って面白そうですね、魔法少女都市国家タロスヘイム」
「お願い、思いとどまって。何でもするから」
ヴァンダルーが煤けた背中のまま呟き、『蝕帝の忠犬』の二つ名を最近獲得したばかりのエレオノーラが思わずザディリスに頼み込む。
「何じゃその悪夢のような未来絵図は!? 誰が君臨などするか! 坊やも同意するでない! エレオノーラに頼まれんでもやらん! あれは、ただ……カナコの方が色々詳しいようじゃし、人気は歌も踊りも付け焼刃な儂よりもカナコの方に集中するはずじゃから、頃合いを見て他のメンバーと交代すれば、多くの者達からは忘れられるじゃろうと思ったからじゃ」
ザディリスは色々と考えあっての事なのだと説明する。
「それに三人一度に注目を浴びれば、誰が最初に魔法少女になったかも気にならなくなるとカナコが教えてくれたのじゃ」
「……あなた、それは乗せられているだけじゃないの?」
「むぅ……今になって考えると、儂も若干そう思う」
だが、実際はカナコの話術に乗せられただけのようだ。
「手の上で転がされるのは程々にしてよ……まったく」
『確か、お前とベルモンドの変身杖もヴァンダルー様は作っている筈よね?』
「アイラ、そう言うあなたは旦那様の妹に成らなくて良いのですか?」
『私はヴァンダルー様の忠実な僕であって、妹では断じてないわ』
「静かに。どうやら、今がその時のようだ」
ルチリアーノが白紙に何かを書き込みながらそう言った時には、カプセルの中の膜が大きく揺らめいていた。内部のダルシアが、明らかに意思を持って動き出したのだ。
柔らかな膜を内側から破り、細い腕が現れる。
「カプセルを」
「畏まりました」
ヴァンダルーの声に応えて、グファドガーンが即座に出現する。彼女が手を上下させると、保存液が排出されカプセルが開く。
そして、膜からダルシアが――。
『フォーメーション開始!』
『おぉぉぉぉぉん!』
「ぷはっ、皆――えっ!? なに!?」
現れるという瞬間、骨人やクノッヘン、サムが彼女の四方を囲み手に持った黒い布……暗幕を広げ、周囲の視線を遮る。
『ダルシア様っ、タオルです!』
「こちらが御召し物になります」
そして暗幕の内側に入ったリタやサリアが保存液に濡れた彼女の身体を拭き、ベルモンドが服を用意する。
「あ、ありがとう。皆、凄く手際が良いのね……あぅっ」
目を白黒させながら身体や髪を拭かれ、服を着つけられたダルシアは、小さく呻いて頭を押さえる。
『ダルシア様!?』
「母さん!? どうしました?」
「大丈夫、ただちょっとステータスが……アナウンスが凄くて……一度に来るものだから眩暈が」
サリアや驚いて飛び込んだヴァンダルーに声をかけられたダルシアは、よろめきながらそう答えた。どうやら、様々なスキルの獲得等で脳内アナウンスが連続で鳴り響いているせいで、眩暈に襲われたようだ。
「ふぅ、ちょっとヴィダ様のところで頑張り過ぎちゃったかも……まあ、ヴァンダルー……ほんの少しの間に、大きくなったのね」
そして優しげな紫紺の瞳でヴァンダルーの姿を映すと、優しげに息子の頭に触れる。
成長期の結果か、ヴァンダルーの身長は十センチ程伸びていた。元々年齢の割に小柄だったので、まだザディリスより少し背が低いが、ダルシアがその腕に抱いていた時よりもずっと大きい。
「こんなに大きくなるまで苦労をかけてしまって、ごめんね。私を取り戻してくれてありがとう。
これからは、ずっと一緒よ」
「はい、母さん。戻って来てくれて、ありがとう」
あの温もりだ。三度目の人生にして、初めて自分に無条件の愛情で接してくれた温もりだと、ヴァンダルーはダルシアの手から伝わる温もりに、涙を流した。
「もう、二度と誰にも奪わせない」
同時にこの誓いを噛みしめる。取り戻したという事は、再び奪われるかもしれないという事だと魂に刻む。この時タロスヘイムの周辺に展開していた使い魔王達は、最大限の警戒心を発揮していた。
あるかもしれないロドコルテやアルダ勢力の介入を防ぐために。
「すっかり心配性にしちゃったわね」
息子の様子からそれが分かっているダルシアは、そう言ってほほ笑むとヴァンダルーを安心させるように抱きしめる。
「でもこれからは私も戦うし、ヴァンダルーを手伝うからね。ヴァンダルーが色々無茶をするから、種族もカオスエルフソースって言う変なのになったし、スキルだって凄いんだから!
私、ヴィダ様の化身になったみたいなの♪」
「カオスエルフ、ソース? それにヴィダの化身って……」
ダルシアの新しい身体は、外見上は生前の彼女とあまり変わらないように見える。少し肌が以前より黒くなった気がするが、それぐらいだ。
「ヴィダの気配は少し感じますけど、母さんその物のように思えますが?」
「ええ、化身って言っても意識も人格も私のものよ。私がそのままヴィダ様の化身になったって感じかしら」
どうやら、ダルシアがヴィダと融合したとかそういう訳では無く、ヴィダと接続された事でダルシアがそのままヴィダの化身になったらしい。
実質、凄く強力な加護を得たのと同じ事のようだ。
「あ、着替え終ったわ! 皆さんに挨拶したいからお願いできる?」
『御意』
それまで空気を読んで黙っていた骨人達が、暗幕を持ったまま離れる。復活したダルシアがヴァンダルーを抱えたまま手を振る姿を見て、待っていた者達は大きな歓声を上げた。
「皆さん! 私はヴァンダルーと皆さんのお蔭でこうして復活できました! これからも息子とこの国をよろしくお願いします!」
再び大きな歓声が上がる。この瞬間、ダルシアは『皇太后』の二つ名を獲得した。
「それと、カナコ・ツチヤさんとメリッサ・J・サオトメさんはいる? ちょっとお話があるから、来てくれないかしら?」
そして、何故かカナコとメリッサを指名する。
「わ、私達ですか?」
やや離れた場所に居たカナコとメリッサが、驚きと困惑を浮かべながら周囲に促されるようにして彼女の前に出て来る。その後ろを同じような顔つきのダグも付いて来ている。
「あ、あのー、何ていうか……ご、ゴメンナサイ?」
「す、すみませんでした」
「え? 何で謝られるのか分からないのだけど……」
正体不明の不安感によって思わず謝ってしまうカナコとメリッサだったが、ダルシアは二人に「うちの子に取り入ろうとするなんて悪い虫ね」的な文句を言う意図で二人を指名した訳では無かった。
「あなた達二人、後ろのダグ君も入れて三人ともヴィダの新種族に成りたいのよね? それは今も変わらない?」
「え、あっはい! 変わりません! でも、出来ればあんまり大きく姿が変わらない種族を希望したいんですけど……」
「わ、私もカナコと同じ気持ちで希望です!」
「じゃあ、少し肌が黒くなるぐらいなら別に良いかしら?」
「「はい! ダークエルフ大歓迎です!」」
背筋を伸ばして応える二人に、「じゃあ、丁度良いからやっちゃいましょうか」とダルシアは微笑む。
「ダークエルフじゃないけど……あなた達二人に祝福を」
そしてヴァンダルーを降ろすと、代わりにカナコとメリッサを左右の腕で抱き寄せ彼女達の額に口づけをする。
「あ……あああああっ!?」
「はぁぁ……これ、凄い……」
すると二人は声を上げ、それを後ろで見ていたダグが驚いて指を指す。
「二人の肌が、黒くっ!? ダークエルフになったのか!?」
カナコとメリッサの白い肌が、ダルシアの唇が触れた額から黒く染まって行く。ヴァンダルーは一応二人の生命反応などを観察したが、変化の速度が速い割に身体には何の負担もかかっていないようだ。
「いいえ、ダークエルフじゃなくて、カオスエルフになったのよ。私と同じ種族の。
そう言う訳で皆さん! 私はダークエルフからカオスエルフと言う新種族になりました! これからも改めてよろしくお願いします!」
「何と……始祖が不在であるためダークエルフ化の儀式が行えなかった我々に代わって、新たなエルフが誕生するとは……何と喜ばしい! これも女神のご意志か!」
ダークエルフ王のギザンがそう言いながら、新たな種族の誕生を歓迎する。
彼と同じように、他の国々の者達もカオスエルフの誕生を歓迎した。
「それでダグ君は……どうする? 二人と違って君は人種だからちょっと時間がかかるし、何度かしないといけないかも知れないけど」
そのギザン達の反応にほっとしたダルシアは、変化に伴う快感や脱力で身体を弛緩させたままのカナコ達を抱きしめたまま、ダグに視線を向ける。
「すみませんっ! 遠慮させて頂きます!」
しかし、ダグはその彼女の横にいるヴァンダルーからの視線に気がつくと、慌てて辞退した。
こうしてダルシアは復活し、また新たなヴィダの新種族が『ラムダ』に誕生した。
《ヴァンダルーの種族は、ダンピール(ダークエルフ)から、ダンピール(母:女神)に変更されました!》
「おや?」
その影響を受けて、ヴァンダルーの種族も変わったようだ。
・名前:ダルシア
・種族:カオスエルフソース
・年齢:0
・二つ名:【魔女】 【聖母】 【モンスターのペアレント】 【ヴィダの化身】 【皇太后】
・ジョブ:無し
・レベル:0
・ジョブ履歴:無し
・パッシブスキル
闇視
魔術耐性:10Lv
物理耐性:10Lv
状態異常耐性:10Lv
剛力:5Lv
超速再生:5Lv
生命力増大:7Lv
魔力増大:5Lv
魔力自動回復:5Lv
魔力回復速度上昇:5Lv
自己強化:ヴァンダルー:10Lv
自己強化:導き:10Lv
能力値強化:創造主:1Lv
能力値強化:君臨:1Lv
色香:6Lv
弓装備時攻撃力増強:中
非金属鎧装備時防御力増強:中
眷属強化:1Lv
・アクティブスキル
料理:5Lv
家事:5Lv
狩弓神術:1Lv
竈流短剣術:1Lv
格闘術:10Lv
無属性魔術:5Lv
魔術制御:10Lv
命帝魔術:1Lv(生命属性魔術から覚醒!)
水属性魔術:10Lv
風属性魔術:10Lv
精霊魔術:2Lv
解体:1Lv
霊体:1Lv
限界突破:1Lv
詠唱破棄:5Lv
連携:5Lv
女神降臨:1Lv
・ユニークスキル
ヴィダの化身
生命属性の神々(ヴィダ派)の加護
カオスエルフの祖
ヴァンダ■■の加護
神鉄骨格
再生の魔眼:5Lv
混沌
・ダルシア解説 ルチリアーノ著
師匠が考えた、最強の母。短くまとめるとそう言う以外に無い。
生前はダークエルフでも百歳未満で、【見習い魔術師】、【弓術士】、【精霊魔術師】のジョブを経験しただけのD級冒険者だった彼女だが、今ではS級冒険者と互角以上に戦う事が出来……そして殺し合いなら勝つ事も不可能では無い。何せ、彼女は師匠やレギオンとは別の意味で徹底的に死ににくい。
まずどちらもレベル10の【魔術耐性】と【物理耐性】スキル。これのおかげで、生半可な腕ではどんな武器や魔術を使っても彼女に大きな傷を与えるのは難しい。【状態異常耐性】までレベル10なので、毒や呪いも効き目が薄い。
そして師匠が精密に創り上げたオリハルコン製の骨格によって獲得した【神鉄骨格】。これにより、彼女はまず骨折しない。罅すら入らないだろう。何せアダマンタイト以上の物理防御力とミスリル以上の対魔術防御力、更に驚異的な柔軟性による対衝撃性能まであるオリハルコン製の骨格だ。
同じオリハルコンの武器で攻撃されても、使い手が余程の達人でなければ骨まで傷つける事は出来ないだろう。
関節技をかけられた場合でも、彼女の関節は本来とは逆の方向に折れ曲がっても破壊されず離されればすぐ元に戻る。
それらの障害を越え彼女に大きな傷を与えても、【超速再生】という驚異の再生能力を持っているためほぼ意味は無い。手足を切断されても一分と経たずに元通りになってしまう。
そしてダルシア自身の戦闘能力も高い。全体的には『傭兵王』ヴェルドの指導を受けながら、『猟の神』リシャーレから【弓術】を、『竈の女神』デルボラから【短剣術】……だろう、多分。それらを修めている。他の神々からも指導を受けたようだ。(ゴドウィンの祖母から【房中術】や【枕事】スキルを習う機会があったらしいが、それは別の機会にと遠慮したそうだ)
そして生命属性と水属性、そして風属性の魔術……まあ、挑むだけ無謀だろう。
神域での訓練の結果、彼女の戦闘能力は原種吸血鬼達と模擬戦でならやり合える程になったそうだ。身体が揃っている今なら、もしかしたら勝てるかもしれないと言っていた。
そしてこれからは常に師匠の使い魔兼分体の『使い魔王』が付けられる予定なので、ますます隙は無い。
これでまだ生まれ変わった事によりジョブに就いていないのだから、これからジョブチェンジを重ねて行ったらどうなるのか……末恐ろしい。
ただ彼女について驚くべき点は、カオスエルフソースと言う新種族の祖となった事と、女神の化身である点だろう。
カオスエルフと言う種族に付いてはダークエルフが更に強化されたヴィダの新種族であると思われるが、まだ詳細は不明だ。ただ、ダルシアは同意の意思があるエルフやダークエルフに祝福(口づけ)をする事でカオスエルフにする事が出来るようだ。また、人種も多少時間をかければカオスエルフに出来るらしい。
この事からソースとは、「源」を意味すると思われる。
これは新種族化を自ら経験し実験し、更に寿命が延びるチャンスだと思うのだが……一応師匠の了解を得てから頼んでみよう。ダメでも彼女が復活したのをきっかけに、『ヴィダの寝所』で眠る原種吸血鬼達が起きるらしいのでその誰かに吸血鬼化して貰うか……いっそ師匠自身に頼んでみるか。
女神の化身に付いては、「凄く強力な加護」と考えれば良いらしい。なんでも、ヴィダの神域で修業した結果そうなったのだとか。
一定時間女神と融合する【女神降臨】という、【英霊降臨】や【分霊降臨】よりも更に上位のスキルを獲得しているのも、そのお蔭だと思われる。
尚、彼女の二つ名に付いては後日師匠が『ヴィダの寝所』に直接事情を聴きに行く予定である。