The Demon King Seems to Conquer the World

Episode 129: The Great Military Council of the Crusades *

十字軍軍議の場には、各国の代表者が集まってきていた。

十字軍に派遣されてくるのは、王はさすがに少ないが、王弟、太子のような人材は当たりまえに居る。

これほどの貴人が一堂に会するイベントは、他にはほとんどない。

それこそ、教皇葬儀の場くらいだろうか。

ただ、ユーフォス連邦軍だけは、ここには居なかった。

彼らは、北方の都市の抑えに出ており、都市から出た兵が包囲陣の背中を突かぬよう見張っている。

その軍議の場で、一通りの定例報告が済むと、エピタフ・パラッツォは一人手を挙げた。

「エピタフ殿、どうぞ話されよ」

最も上座にいる兄帝アルフレッドが言った。

エピタフは、アルフレッドが座っている長机の端から見て、すぐ右にいる。

これは次席であった。

「先ほど、アンジェリカ殿が一匹の悪魔を捕らえ、私と共に尋問しましたところ、重大な情報を聞き出すことができました。つきましては、アンジェリカ殿から説明していただきます」

名指しされたので、アンジェは起立した。

「それでは、説明させていただきます。まず、最初に……、前々から話にのぼり、ついに捉えること叶わなかった竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の男ですが、彼の素性は……アルフレッド王の父、そしてもちろん、私の父である、レーニツヒト・サクラメンタ先王を殺害した人物の、甥に当たる人物と判明しました」

それを言うと、会議の雰囲気が引き締まったのを感じた。

「彼は、シヤルタ王国南部にある、ホウ家領と呼ばれる地域を継承する立場にある者です。この地域は、シヤルタ王国においては最も肥沃であり、そこを統治するホウ家は王国内でもかなり……いえ、最も強力な大貴族である、と言っても差し支えないでしょう。また、彼と同道していたのは、シヤルタ王家のキャロル姫であることも判明しました」

諸侯にざわめきが走った。

にわかには信じられない、というより、場違いな妄言に戸惑っている、という雰囲気だ。

「質問を?」

手を挙げたのは、ガリラヤ連合(ユニオン)の代表者、フリッツ・ロニーという者だった。

ガリラヤ出だけあって、彼は平民の出身で、勲章は数あれど、爵位は騎士(ナイト)という名誉称号があるだけだ。

なので、末席に近い場所にいる。

しかし、目には理知的な光があった。

真に優秀な商人が、王族に媚びる合間合間に見せる、物事を見通す目だ。

「どうぞ」

「アンジェリカ殿は、この場にいる誰よりもシヤルタ王国の国情に詳しいと存じます。なぜ、一国の姫君が最前線にあったのですか?」

当然の疑問であった。

一国の姫君といえば、普通は深窓の令嬢のように育つものだ。

いくら国情に通じているといっても、アンジェとてシヤルタ王室やキルヒナ王室の、一介の姫一人ひとりの性格まで事細かに調べこんでいるわけではない。

わざわざ前線に出てきた理屈は、正直なところアンジェにも説明できかねた。

「わかりません、が……私と同じような性分なのかもしれませんね」

事情は違えど、同じ姫君であるアンジェリカも、現実に戦場にでている。

冗談交じりに言うと、会議の場に伝播するように、さざめきのような小さな笑いが広がった。

「なるほど、分かりました」

フリッツ・ロニーはそう言って、机の上に乗せていた手をひっこめ、椅子の背もたれに深く体を預けた。

その仕草は一歩引くような印象を見せ、質問はもうない、という言葉を、無言のうちに伝えてきた。

続く質問がないか、確かめるように一拍置くと、

「続けましょう。その者が言うには、彼らは……六日ほど前、我らが到着する直前にリフォルムに到着し、翌日、キルヒナ王国の姫君と市民ら千人、そして兵が三百名という陣容で、シヤルタに向けて出発したそうです」

そう言うと、会議の雰囲気はスッと静まった。

悪い話だったからだ。

誰であれ、そのような存在があれば追撃をしたい。

が、六日も前に逃げた、というのは、かなり厳しい条件であった。

一日二日であれば、馬が疲れる前に一息で追いつけるが、六日も空けられてしまうと、こちらも本格的な補給を組む必要がある。

追いついても勝てないのでは仕方がないので、三百を追うとすれば、こちらは六百は欲しい。

六百の数の騎馬隊を、本格的な補給込みで用意するとなれば、これは結構な手間である。

また、それを実施したとしても、捕捉できる保障があるわけではない。

せっかくの機会ではあったが、今回は残念だった。ということだ。

そういった雰囲気が広がっていた。

「アンジェリカ殿、ありがとう。座ってください」

エピタフが口を挟んだので、アンジェはその場に着席した。

「我ら教皇領は、彼らを追滅したく思います」

エピタフがそう言うと、会議の場がざわめいた。

あからさまに顔をしかめた者もいる。

アンジェにとっても、エピタフの発言は初耳であった。

「ただし、連れて行くのは精鋭千名。彼らの兵である三百名というのは、城兵の中から最も若い者を選んだそうです。我ら挺身騎士団精鋭千名であれば、容易に蹴散らせましょう」

エピタフは威勢のいいことを言った。

だが、そこは確かにエピタフの言うとおりであった。

若い者はやはり練度に劣っている場合が多いし、兵というのは数を集めれば、その日から戦えるようになるわけではない。

集めて次の日に連れて行ったのであれば、農民一揆の民兵より脆弱かもしれない。

エピタフ麾下の挺身騎士団というのは、教皇領の一般兵とは違い、教皇直下の精鋭部隊である。

在りし日の神衛帝国の伝統を受け継ぎ、練度、士気ともに申し分のない兵が揃っている。

ジャコ・ヨダの話が本当であれば、万全の状態での激突であれば、千どころか百ほどでも戦えるかもしれなかった。

が、問題はそれほど単純ではない。

問題なのは、どこまで追うのか、という話だ。

相手の速度は未知数ではあるが、追うということはこの場合、相手の支配下に食い込むということを意味する。

敗勢の相手とはいえ、それは一般常識として危険なことだ。

たとえ会戦で蹴散らした敗残の軍といっても、敵の軍勢はどこで再結成をしているか知れたものではない。

どれだけの精鋭であろうが、突出して侵攻した場所で敵の大集団と激突すれば、敗滅の危険はある。

「その際、奥部まで道を知っているアンジェリカ殿をお連れしたいのです。構いませんか」

エピタフは、顔を少し動かし、アルフレッドを見、口元で微笑んだ。

質問がおかしい。とアンジェは思った。

この質問では、アルフレッド麾下の手勢の一人としてのアンジェリカを借りていくことの認可を求めている。

だが、本来この出陣を裁可するかどうかの権限は、アルフレッドにある。

十字軍という集団の伝統的ルールを考えれば、アルフレッドが否といえば、この出陣は中止する必要があるだろう。

順番から言えば、借りるだの借りないだの、という話は出陣を認められてからの話だ。

言わば、今エピタフはアルフレッドの頭越しに軍の行動を決めたと言ってよい。

だが、アルフレッドとしては、ここでエピタフと対立するのは好ましくない。

この出陣によって、教皇領の担当部分に穴が空くことになるが、何かと物言いを付けたがる教皇領がいなくなるということは、むしろ好ましいとすら思っているかもしれない。

断れ、と願うと同時に、アンジェの頭脳は、首を縦に振る、と予想してしまっていた。

アルフレッドは、少し沈思する様子を見せ、しばらくの後、

「承認する」

と言った。

***

会議が終わった後、アンジェはエピタフを追い、教皇領の陣営までついていくと、

「エピタフ殿、どうかお考えなおしを」

天幕に入るなり、即座にそう言った。

「なぜです?」

明らかに運搬に不便そうな、どっしりとした木製の椅子に座りながら、エピタフは答える。

その目は、欠片の戸惑いも映していなかった。

「標的はあまりに先行しており、追えば御身が危険です」

アンジェはエピタフの無事など少しも心配していなかったが、自分の心配はしていた。

エピタフはアンジェにとって上司というわけではないが、いわば格上ではある。

命令を受ける筋合いはないが、兄王アルフレッドにとっては、アンジェは消えてくれたほうが望ましい。

アンジェが断ったところで、兄の方から従うようにと命令が下るだろう。

アンジェにとっては、同行しないという選択肢はなかった。

となれば、エピタフに意見を変えさせるしかない。

「私とて、わざわざ悪魔の手にかかり、死ぬつもりはありません。我に策あり、です」

策?

「船を使うのです。我々は、あれほど船を有しているのです。使わない手はないでしょう」

つまりは、上陸作戦ということか。

船を使えば、確かに有利を得ることはできる。

リフォルムの近くには、臨時の船着場として空き樽を重ねた浮桟橋が設置してあり、その近くには多くの船が錨を下ろしている。

暇をしている船は、幾らでもあった。

アンジェには無理だが、エピタフの発言力があれば、それらを使うのは難しいことではない。

「風の具合によっては、半島の”くびれ”に先回りすることもできるでしょう」

「艦隊は自由に使えるのですか?」

アンジェは聞いた。

「千名程度を運ぶのに、不都合はありません」

「とはいえ、リフォルムから国境までは、健脚なら十日少しで踏破できると言います」

既に六日、先行されている。

まさか、避難民を連れて歩いている連中が、健脚の成人男性と同程度に歩けるとは思えないが、ひどく先行されていることに変わりはない。

国境にたどり着かれてしまえば、その向こうにはシヤルタ王国の本国軍がいるので、そちらに手出しすることはできない。

船を使うといっても、船というのは帆が破けるほどの順風が吹いていれば馬でも追いつけぬほど速いものだが、ひとたび凪いでしまえば、櫂(かい)で動かす仕組みの船でなければ動きようがない。

「やってみなければ、分からないことです」

エピタフは、超越した意思に従う僧侶のように言った。

逡巡すら見られない。

決意は硬いようであり、やってみなければ分からない、というのは事実でもあった。

「わかりました。それでは、お伴しましょう」

アンジェからしてみれば、どのみち選択肢はないし、ここにいても警邏を続けるだけなのであった。

見込みは薄いとは言え、エピタフに帯同し、ホウ家の嫡男、そして王女を二人も手に入れたとなれば、これは大きな功績となる。

「早速、一つ意見を具申します」

「なんです」

「どれだけ急いでも、搭乗や物資の積み込みには一両日かかるはず。それならば、先に砲艦を差し向け、橋を砲撃して頂きたい」

砲艦というのは、大砲を船に積み込んだ船で、最近現れた艦種である。

これは、海賊行為で知られたアルビオ共和国が発明したもので、当初商船護衛戦において散々にやられた経験から、商人が船に砲を装備するようになり、追って軍船にも採用されるようになった。

現状では、命中率も悪く、砲数もないため、そう洗練されたものではないが、アンジェはこの艦種を有望視していた。

「なるほど。橋というのは、河口付近にあるものなのですか?」

「大きい方の橋は、その通りです。上流のほうに小さな橋もあるので、橋を壊してもそちらに廻られるでしょうが、もし間に合えば猶予を稼ぐことはできるでしょう」

「素晴らしい。早速、実行に移させましょう」

話が分かり、他人を認めるのは、この男の数少ない美点だ。

そう、アンジェは思った。