The Demon King Seems to Conquer the World
Episode 149: Join Carlia
「それで……カーリャ殿下もいらっしゃるのですが」
カーリャ?
妹のほうもか。
……いや、なんで?
まあ、家族の晩餐ということを考えたら、いてもおかしくはないのか。
どちらかといえば、俺のほうが邪魔者なのかもしれない。
「………」
女王陛下が、今まで見たことのない表情をしていた。
眉間にシワを寄せているところとか、初めて見た。
「……んー、ユーリくん、カーリャも同席して構わないかしら?」
若干の葛藤があった後、外に聞こえない程度の小声でそう言った。
なんというか、どうもここでカーリャを排斥する流れを見せたくないように見える。
ここでカーリャを入れたら、夕食も一緒に、という流れになるだろう。
簡単に言えば、家族喧嘩を見せたくないような、そんな気配がする。
通常、こういった流れでは、俺は「もちろん、構いませんよ」というのが当然だ。
だが、ここでは「いえ、勘弁してください」と言っても、女王陛下はカーリャの同席を断る理由ができて、むしろ喜ぶかもしれない。
「もちろん、構いませんよ」
だが、勘弁してください、と言うわけにもいかない。
案の定、女王陛下はため息でもつきたそうな顔を一瞬して、
「いいわ。入ってきなさい」
と言った。
*****
扉が開かれると、すぐに見覚えのある金髪が現れた。
カーリャだ。
「ユーリ! 久しぶりね!」
相変わらずの高飛車な声だった。
続いて入ってきたキャロルと比べると、身長が低い。
やはり、成長期における運動が成長にもたらす影響というのは大きいのか、一歳しか違わないのに、カーリャのほうはかなり骨格が細く見えた。
満面の笑顔で、元気いっぱいに部屋に突入してきた。
「お久しぶりです」
オウム返しのように答える。
「キルヒナはどうだったの!? 怪我はなかった!?」
カーリャは、俺の近くまで早足でかけてきて、近くに寄り添ってきた。
「ええ、なんとか大丈夫でした」
如才なく答えておく。
いや怪我なかったか聞いてるのに、その答えはねーか。
実際怪我あるんだし。
「どうしたの? いつもと調子が違うじゃない」
カーリャは不思議そうな顔をした。
怪我がどうこうではなく、話し方に違和感があるのだろう。
いつもカーリャと話す時は……その、ぶっきらぼうな感じだからな。
女王陛下の前でクソミソ言うのはさすがにちょっとな。
「女王陛下の御前ですので」
「ああ、なるほど……そういう言葉遣いもできるのね」
そりゃできるだろ……。
「ーー活躍は聞いたわ! 凄いじゃない。褒めてあげるわ。よくやりました」
……んー。
あ、俺、こいつに対しては権威を感じてないな。
心がまったく動かなかった。
「お褒めいただき、光栄です」
もう適当いっとけ。
「それで、どうだったの!? キルヒナのお話を聞かせてよ」
土産話をご所望なのか?
……なにが狙いなのか、よく分からん。
フツーに知りたいのか?
なんつーか軍事関係の話なので、こいつに興味があるようには思えないんだが。
「それはまたの機会に」
面倒くせぇ。
ていうか女王陛下の前じゃなかったらマトモに応対する必要もないし。
「えーーーっ」
とカーリャが抗議の声を上げると、
「私も聞かせてもらいたいわ」
と女王陛下が言った。
おーっとぉ。
なんか言い始めた。
「どちらにしても、これから何度もせがまれるのだし……食事になるまで時間もあります。構わないわよね?」
んーーー。
暇なのが嫌なのかな?
まあ、実際そうなんだろう。
カーリャがここにいるせいで……いちゃいけないわけではないのだが、込み入った話はもうできなくなってしまっている。
あんまり口が堅いようには見えないし。
さっき口に出しかけてた玉璽のこととか、カーリャに言ってしまったら、教養院で言いふらすだろう。
堅く口止めしておくにしても、カーリャは話さないことに大変な自制心を求められる。
こういう軽率なタイプは、話のネタになることは友達に話したくて話したくて、居てもたってもいられなくなるからな。
最初から聞かなければ我慢する必要もないのだから、ハブっておくのがカーリャにとっても幸せなのだ。
そしたら当たり障りのない雑談をするしかない。
そんなかで言ったら、俺の話が今一番ホットで興味のある話題なのだろう。
「せっかくだからカーリャに聞かせてあげて。白樺寮でもいい話のたねになるでしょう」
女王の一言でピンときた。
そうか、カーリャをスピーカーにして、白樺寮……というより魔女の巣窟に話を広めなさい、ということか。
考えてみれば、内容に悪いバイアスをかけずに話してくれ、かつ影響力の大きいスピーカーというのは貴重かもしれない。
そもそも友達が少ないであろうシャムあたりでは、こういう役割はできない。
「陛下がお望みなら是非もないですが、面白おかしいことなんてないですよ」
女王陛下はともかく、俺としては熱心に自分の活躍を布教したいという願望はないので、どうでもよかった。
というか、どちらかというと気が進まなかった。
「いいから聞かせてよ。ユーリのことだったらなんだって興味あるんだから」
なんか変なことを言いながら、カーリャは俺の隣の椅子に座った。
近い近い。
しかし、さっきからまったく空気なのだが、キャロルのほうはなんなんだ?
挨拶もせず、無言で部屋に入ってきて、今、無言で俺の対面にあたる椅子に座った。
別に顔はキレているふうではないが、努めて沈黙を守っているようだ。
この姉妹はそーとーウマが合わないというか、ぶっちゃけあんまり仲がよろしくないらしいし、妹と話したくないのかな。
妹の参席を断らなかった俺にキレてるんだとしたら、困るんだが。
まあ、どうでもいいか。そういう気分なのかもしれない。
「それじゃー、どこから話しましょうか」
俺としては、会戦が始まってからのことなど、思い出したくもないのだが。
地味だったり、悲しかったり辛かったりした話を省くのは嘘のような気がするが、女王陛下がそういう影響を望んでいるのなら、脚色はしないまでも、できるだけシンプルに面白く話すべきだろう。
「じゃあ、村人を困らせていた熊を退治した話から始めましょうか……」
*****
シヤルタの料理というのは、特段決まったフルコースというのはないのだが、王家ではやはり皿に一口二口の料理が載ったものが順々に何皿も運ばれてくるようだ。
一番フォーマルというか、お行儀よろしい食事だよな。
俺は料理人が手によりをかけたと思われる料理を、ナイフとフォークを駆使して口に運んでいく。
とても美味しい。
魚料理も肉料理も、見事に臭いが消されているし、香り付けも繊細だ。
上手い上手いと平らげる食事ではなく、料理人と対話するような食事だった。
食事を単なる栄養補給ではなく、文化として楽しむ習慣がなければ、こうはならない。
キルヒナでもこういう料理を食ったが、あの時はとてもじゃないが味を楽しむ余裕はなかったからな。
女性ばかりということで、量は若干少ないかなと思ったが、話をしながらなのでちょうどいい。
最後に出てきたのは、なんとシャーベットだった。
味の濃い乳が混ぜ込んであって、アイスクリームとシャーベットの合いの子のような味がする。
シャーベットを食べ終わるころになると、大分端折りながら話した俺の話は、終わりかけていた。
「質問なのだけど、橋が燃え落ちたというのを勘違いしてくれなかったら、困ったことになってたんじゃない?」
「事実燃えているのだから、石造という情報を得ていても情報のほうが間違えていると考えるだろう、とは思いましたね。文字の情報よりは、ふつう実際に見た報告のほうが確かですから」
「それはそうねぇ……」
「まあ、危険な賭けでしたね」
カーリャの手前、勘違いしないようなら難民を見捨てて自分たちだけ渡るつもりだった、とは言わないが、どうも女王陛下のほうは言わずとも理解してくれているようだ。
「ユーリ、大変だったね」
カーリャがなんか言ってくる。
なんか今日おかしないか? こいつ。
妙に席を寄せてくるし、なにかと……こう言っちゃなんなんだが、媚びるような仕草をしてくる。
心配そうな顔はしているが、うーん……俺のことを心配してるのか?
なんというか、演技のようにも見えるし、本気のようにも見える。
なんつーか、読めねえんだよな。
四十のおっさんが十五の娘の思考を理解しかねるように、思考形態の違う宇宙人のような存在としか思えない。
まだ魔女家の女のほうが話の通じる近縁種な気がする。
奴らは利害対立の背景があって意見が対立しているだけだからな。
いつもだったら逃げるのだが、逃げられないのがキツい。
「…………」
相変わらず無言に徹しているキャロルの機嫌が悪そうなのもキツい。
俺がなにかしでかして機嫌が悪いのならまだしも、俺はなんもしてないのに機嫌だけが悪くなっていくという、わけのわからない状況である。
一切の口を挟まず、ひたすらに黙っているのも怖い。
「さて、ユーリさん。食後のお茶はいかがかしら?」
女王陛下が言った。
お茶か。
わりと楽しみにしてたんだよな。
「ぜひ、いただきます」
「それじゃ、用意をお願いするわね」
女王がチラリと部屋の隅で待機していた女中に目線を向けると、意を得たりとばかりに女中が動き出し、部屋を出ていった。
凄いな。なんか全自動みたいだ。
「キャロル、カーリャ、悪いけれど、二人にしてもらえないかしら」
あれ?
追い出すのか。
「えーーーーーーっ!?」
カーリャが、案の定抗議の声をあげた。
「私が淹れてあげようと思ったのに! いいじゃない、ここにいても」
かなりご立腹な様子であった。
ていうか、家族とはいえ、女王に対してその口のききかた……?
ま、まあ、ここは言ってみれば家の中だからな。
いくら王といっても家庭の中ではフランクに接していいのかもしれない。
「カーリャ。二人で内密の話があるのです。あなたが同席していてはできない話もあるのよ。聞き分けなさい」
女王陛下が厳しい声でそう言うと、
「うぅ~~~~~」
と唸り声のようなものをあげ、
「………わかった」
と捻り出すように言った。
地団駄でも踏み出すのかと思ったが、さすがにそれはないか。
「その代わり、あとで私の部屋に来てよね。話すことがあるんだから」
………???????
えーー、何いってんのこいつ?
俺は思わず、ポケットから懐中時計を引きずり出して、時刻を確認した。
七時半をかなり過ぎている。
朝の七時半だったか?
まさか、そんなわけはない。
……ありえん。
行くわけねーだろ、クソガキ。ちったぁ常識を考えやがれ。
というセリフが実際口まで出かかったが、喉のところでようやく止まった。
女王陛下のほうを見ると、若干表情が崩れている。
キャロルのほうを見ると、唖然と呆れを足して二で割ったような、なんとも感情豊かな表情をしていた。
「ちょっと今日は、疲れているので無理ですね」
二人は唖然として声が出ないようなので、俺が代表して断っておいた。
「えぇ~~~………。でも、しょうがないか。次はダメだからね」
こいつ何かを盛大に勘違いしてないか?
次などあるわけがないし、俺がつきあってるのは女王陛下の御前だからなのだが。
二人で会ってたら、さっきの言葉が喉元で止まる理由はないぞ。
「それでは、失礼します」
キャロルが本会食で初めての一言を発し、席を立って女王陛下に一礼すると、
「ほら、行くぞ」
とカーリャの手を掴んだ。
「ちょ、なにするのよ! あ、ユーリ! またね!」
抗議の声をあげながら、二人は部屋を出ていった。
二人が部屋を出ていき、二人きりになると、女王陛下はパンパン、と二度拍手をした。
部屋のドアが開き、王剣の女性が現れる。
「キャロルを呼び戻して頂戴」
「はッ」
あ、呼び戻すのか。