The Demon King Seems to Conquer the World

Episode 186: The Witch Forest *

王都北部、区画の通し番号で数えると、第十三区となる場所に、魔女の森は《ウィッチズ・フォレスト》ある。

だが、実際には、その区画は第十三区と呼ばれることは少ない。

一般には大魔女区画と《グランドウィッチ・スクエア》呼ばれている。

一つの区画を丸々使った森の周辺に、七大魔女家(セブンウィッチズ)とその眷属の屋敷が、連々と建ち並んでいるのだ。

森はその内側にあり、当然一般人は立ち入ることはできない。

一千年前、大皇国の時代においては、その土地は白狼半島を根拠地とする将軍の所有地であった。

その頃には屋敷は一つもなく、ただ広い森が柵で囲まれていた。

将軍とその部下たちは、その森に動物を放ち、寸暇の合間に頻繁に訪れては狩りを楽しんだという。

つまりは狩猟の森であったものが、後にシヤルタ・シャルトルがこの地を支配すると、女王に献上される運びとなった。

その後、共にやってきた魔女の一族に下賜されると、この土地は魔女一族の根拠地になった。

かつて森に放たれていたイノシシなどの動物は駆逐され、現在ではシカとリスなどの小動物だけが、適度に間引かれつつ暮らしている。

太古の昔、皇祖シャモ・シャルトルを支えた七人の魔女は、黒海の北の森で薬草を採り、狩人からは動物の一部を買い、薬を錬(ね)る薬師の一族であった。

森の賢者として尊敬を受けていた彼女たちは、シャモ・シャルトルによく仕え、後の大皇国の礎(いしずえ)となった。

森は薬の原料となる生薬(しょうやく)の産地であり、七人の魔女の末裔を称する魔女家にとって、森を家の近くに擁することは、魔女家という誇り高い一族の出自(オリジン)を確認する上で重要な要素であった。

シカを残しておいたのは、幼い雄鹿の生えたばかりの角が、薬の材料として重要な生薬の一つであるからだ。

だが、残ったのは理由だけで、始祖の魔女たちの生業の名残は、現代に生きる最後の魔女たちには、少しも残ってはいなかった。

伝統を重んじて業(わざ)を伝え、薬を錬(ね)っていた最後の一族は、キルヒナ王国にあったユルミの魔女家であり、そのような魔女家はシヤルタ王国では保護されず、とっくに絶えてしまっていた。

その森の中心部に、一つの家がある。

完璧に手入れされた森の中、木々を少しばかり伐採し、開けた場所に木造の小さな家が建っている。

その家は、よく見ればとても腕の良い大工が作った家のようで、最上級の木材が使われ、外壁には杉皮が丁寧に張られていた。

屋根は板でも瓦でもなく、天然石によって葺かれている。

この天然石は、既に滅亡したヤルタ王国という国の、髭の谷と呼ばれる土地で採取された石で、当時は有名な輸出品であった。

髭の谷のとある断崖に生じた板状節理は、厚みの均一性が高く、そこから採れた安山岩は、大した加工なしで屋根に利用することができたのだった。

当然、ヤルタ王国が滅びて久しい現代においては、そのような石を使う住宅は存在しない。

かつてその石によって葺かれていた家屋も、建て替えられて、あるいは別の工法で葺き替えられ、今残っているのはこの一軒の家だけだ。

今の屋根に使われている石は、ヤルタ王国が滅びた当時、現在の魔女の祖先が大量に購入してストックしておいたものであった。

大皇国時代の建築法を使って、幾ら金がかかっても当時のような家を建てることが、魔女たちのささやかな誇りなのだ。

石造りと比べて耐久性が高いとは言えない木造の家は、幾度もの建て直しや修繕を経て、九百年前とほぼ変わらぬ形でそこに建っていた。

変わった事といえば、調薬室と呼ばれていた生薬の棚と調合道具の揃った部屋がなくなり、保管庫になったことくらいであった。

その家の中に、今六人の魔女たちが集まっていた。

ヴィヴィラ・マルマセット

シャルン・シャルルヴィル

キーグル・カースフィット

ジューラ・ラクラマヌス

グーラ・テンパー

キキ・エンフィレ。

ギュダンヴィエル以外の各家の家長が、今一つの屋根の下、集っていた。

「そういうわけじゃ。それから、儂に使いになれと言って逃しおった」

キーグル・カースフィットは説明を終えた。

その言葉は、現代シャン語ではない。

古代シャン語であった。

この家にて集い、行われる夜会(サバト)においては、古代シャン語が使われるのが通例であった。

魔女とは大皇国から続く文化の継承者であり、その頂点にある七家であるからには、古代シャン語は当然に喋れなければならない。

その程度のことができぬ無学者は、発言する権利はない。とされていた。

「そうかい……それだと、あんたのところは苦しくなるねぇ」

キキ・エンフィレが言った。

エンフィレ家は、王城に多く役職を持っており、キーグル・カースフィットの言った言葉が正しければ、最も家業に動揺が少ない。

今後もそれなりに安泰と思われた。

「これから、どうするんだい?」

「さあね……分からないよ」

カースフィット家の家業は第二軍がほぼ全てであり、恐らくはこれから、第二軍は解体されるだろう。

そのまま残すということは常識的に考えてありえない。

だとすれば、カースフィット家の家業は丸々なくなってしまう事になり、これから蓄えが尽きれば、一族郎党露頭を迷うことになるかもしれなかった。

単純に考えれば、一番ダメージを受けるのはカースフィット家であった。

「私兵でも起こせばいいじゃないかい。少しなら雇ってやる」

ヴィヴィラ・マルマセットが言った。

第二軍は魔女の森の警備も担当しており、また王都において軍警の役割も担っている。

それらが居なくなってしまうのだから、私兵のレンタルは需要が見込めた。

「これからは、傭兵と呼んだほうがいいかもしれないね。まあ、多かれ少なかれ、皆仕事は変えていかなきゃならない――」

「そんなことはどうでもよいのじゃ!」

シャルン・シャルルヴィルがヴィヴィラの言葉を遮り、金切り声をあげて机を叩いた。

皆、年の功か驚きもしない。

ビクリと身を竦(すく)めて反応したのは、一番年若のジューラ・ラクラマヌスだけだった。

「ぐうっ――」

シャルン・シャルルヴィルは、立ち上がりかけたが、高齢のため急速に息が苦しくなり、椅子に座り直した。

彼女は、今年百二十歳になった。

九十年前、陰謀家として名を轟かせた才女は、今こうして息切れに喘いでいた。

「……ハァ、ハァ。教皇領とのやりとりが、ユーリ・ホウに露見しているのか、いないのか。今話し合うべきはそれじゃろう。もう何人が知っておるのじゃ。ここにいる六人と、ボフと、ノザ……」

シャルン・シャルルヴィルは苦々しく顔をしかめた。

「くっ……だから言ったじゃろう……連中を巻き込むべきではないと」

「……今ごろ言ってどうするね。あの時は、あんただって渋々賛成したじゃないか。暗殺をしたあとホウ家とルベ家に備える必要はあったんだよ」

グーラ・テンパーが言った。

テンパー家は王都の港に強い利権を持っている。

ボフとノザの当主を抱き込むという案は、彼女が出したものだった。

「無視すればよかったのじゃ。こちらに寝返るような腰抜けは、どうせ動きゃせんのじゃから」

「ホウ家とルベ家に挟み撃ちにされたら、勝ち目はないという話でまとまったじゃないか。契約がなければ、ボフはルベの軍を通してしまう。そしたらやっぱりやられてしまうって話だったじゃないか」

グーラ・テンパーはまだ若く、現在は七十代だった。

彼女は古代シャン語が苦手で、何度も同じ語尾を付けて話すのが癖になってしまっている。

グーラ・テンパーの意見としては、もしホウ家を一網打尽にしたとしても、まだ根性のある将家が一翼いる。

それはルベ家であり、両家を時を同じくして一網打尽に暗殺する術があるならばいいが、それが不可能であるならばルベ家の動きは止めねばならない、という理屈であった。

「シャルン、終わったことをお言いでないよ。夜会(サバト)の同意で為されたことなんだからね」

ヴィヴィラ・マルマセットが言う。

彼女は、この夜会(サバト)の中でも立場が強く、最も上座に座っていた。

夜会(サバト)の同意といっても、そこにはギュダンヴィエル家が抜けている。

七魔女の盟約《セブンウィッチ・プロミス》を無視することは、ここにいる魔女たちにとっては禁忌だったが、慣例には魔女全体への裏切り者は排除(パージ)していいというものもある。

それを拡大解釈するということで、ギュダンヴィエルは外すことになったのだ。

「十字軍のことが露見してはならないというのは、私も同意見だ。もう第二軍はないんだからね。やつらがなんとでもできるということを、忘れちゃならない」

ヴィヴィラはキーグル・カースフィットを見ながら言う。

最後に一命を賭してユーリ・ホウを殺りに行ったのだと自分で言ってはいたが、あまり信じてはいなかった。

「ノザもボフも、露見したら困るのは連中も同じじゃないか。天爵を持ってるてっぺんから下に情報は漏れていないよ。それほど危惧する事態ではないじゃないか」

グーラ・テンパーが言った。

「確かにね。これからのことを考えるなら、連中は口をつぐんでいたほうが利口さ。そのくらいの頭はあるだろうよ」

ヴィヴィラが同意する。

「の、逃れるという案は……?」

ここで今日はじめて口を開いたのは、ジューラ・ラクラマヌスだった。

この場にいる誰よりも若い。

次に若いグーラ・テンパーの半分しか生きていない、ついこのあいだ教養院を卒業したばかりの魔女であった。

顔には刃物で切ったのであろう、傷跡が残っている。

「ッチ……」

と、舌打ちをしたのはシャルン・シャルルヴィルであった。

歯がいくつか抜けているせいで、吸うような舌打ちになった。

「ボフ家もノザ家も受け入れんじゃろうが。そのくらいのことも分からんのかえ。それともあんた、ユーリ・ホウに頼み込んでアイサ孤島にでも送ってもらうつもりかや」

アイサ孤島への船便は、今やユーリのホウ社が取り仕切っているので、ホウ家を介してでしか渡ることができなくなっていた。

天測航法による船便が、伝統的な航法での船便と比べて圧倒的に事故率が低いせいで、たった数年でそれ以外の船は廃れてしまったのだった。

今やアイサ孤島への船便は、命がけの旅路ではない。

隣で散歩のように行ったり来たりしている者たちの横で、命がけの航海をしたがる者はいなかった。

「で、ですが……ゆ、ユーリ・ホウは……」

「なんじゃい。そのザマは……。まったく、草葉の陰でルジェが泣いておるよ。かわいそうに」

「……すみません」

ジューラ・ラクラマヌスはうなだれてしまった。

海千山千の魔女に囲まれて、ジューラはあまりにも弱く、また全学斗棋戦でかいた恥の記憶も冷めやらぬうちのルジェの死、そして当主への就任だったために、夜会(サバト)では馬鹿にされ続け、萎縮しきってしまっていた。

「あの文書を持ってきた時の威勢はどうしたんじゃ」

「あの時は威勢が良かったねえ。ユーリ・ホウに意趣返しできると、やる気満々だった。今は怖くてたまらないのかい」

シャルルヴィルとマルマセット、二人の古老に罵倒され、ジューラはさらにうなだれる。

頭がどうにかなりそうだった。

「ユーリ・ホウを逃したというのに、死体の安置所にいって両親の腹を刺したらしいね。よっぽど恨みがあったのかい。気持ちはわからないではないが、ユーリ・ホウが遺体を見たらどう思うか……」

キキ・エンフィレが言う。

キキは、この面々の中では仲間想いと言える性格で、古参による若手虐めを快く思わず、これまでの夜会(サバト)ではジューラにたびたび助け舟を出してきた。

それでも、この件に関しては直接言わずにはいられなかった。

「はあ、そんなことをしたのか……」

グーラ・テンパーがため息をついた。

これは王城に特に根を張るエンフィレ家だから知り得た情報で、キキが予め相談していたマルマセットとシャルルヴィル以外の者は、まだ耳にしていない情報だった。

「ユーリ・ホウが逃げた時に、今の状況になるかもしれないとは想像できなかったのかい。あの報を知ってからやったのだとしたら、救いようがないじゃないか」

「うぅ……」

ジューラは頭痛をこらえるように、頭を抑えている。

ジューラの頭の中は、既にユーリ・ホウへの恐怖と、魔女家の長たちからかけられるプレッシャーで、はちきれそうになっていた。

ギィィ――。

そこで、おもむろに小屋のドアが開いた。

五人の目線が、ドアに集まる。

そこにいたのは、杖をついた老婆。

ルイーダ・ギュダンヴィエルだった。

「おまえ――」

ヴィヴィラ・マルマセットが言う。

「私に内緒で、随分と楽しげなことをしているみたいだね。座らせてもらうよ」

ルイーダは血色のよい顔で、一つだけ空いている自らの椅子に座った。

座ったのは、一番入り口に近い末席だったので、歩くのは短くて済んだ。

ギュダンヴィエル家が外されていたから、席が詰められたわけではない。

ずっと、その末席がルイーダの定位置なのだ。

ギュダンヴィエル家が、他のどの家よりも家の格が低く、小さな家であるからだった。

「何をしに来たんだい」

ヴィヴィラが言う。

この二人の間には古くからの確執があり、今でも仲が悪い。

「特等席で、馬鹿どもを見物しに来たのさ。溺れる者は藁をも掴むとはいうけどね……クックック、商人相手にさんざんやってきたことだったけど、大魔女(おおまじょ)にも通用するんだねえ、アレは」

ルイーダは、今までの鬱憤を晴らすかのように楽しげに笑った。

ギュダンヴィエル家は、今でこそ格が劣るという扱いを受けているが、昔からそうだったわけではない。

ギュダンヴィエルの家業は、元々は不動産業だった。

九百年前半島に来た祖先は、将来王都が拡張することを見越して、まだ市街地化されていなかった王都郊外の土地を取得した。

当時の世界では、先行きへの不安感が蔓延しており、不動産という流動性の低い資産に投資しようという動きがなかったのだ。

持ち込んだ資金の殆どをそれに使ってしまったが、次の代になったときには、シビャクの拡張がその地まで達し、そこからは地主として安定した収益を得られるようになった。

ギュダンヴィエル家の繁栄はそこから始まり、次々と王都の物件を買っては売りさばき、あるいは貸し、一時期は栄華を極めた。

それを台無しにしたのは、ルイーダの先代だった。

これからは貿易が儲かると勝手に思いはじめ、せっかく所有していた金の成る木である一等地を、次々と他の魔女家に売りさばいてしまった。

その金を湯水のように注いで完成させた船団は、ずっと赤字続きだった。

特にこれといった見通しもないまま始まった貿易は、何を仕入れ、どこに売るかも決まっておらず、ただひたすらに迷走するだけだった。

かといって損切りをして事業をたたむこともせず、ダラダラと事業を続けた結果、ギュダンヴィエルの資産はほとんど全て消えてしまった。

ルイーダの代になったとき残ったのは、王都中にバラまかれた紙片のような細切れの土地と、累代与えられている王城での重役の座くらいのものだった。

ルイーダはそれだけを頼りに、金を集め、少しずつ少しずつ家を再興していった。

家長を受け継いだ若い頃は、細切れの土地に目一杯の大きさの看板を立て、広告主を募ったりもした。

そのうちには、重役の職を汚すようになり、ならず者を雇って店主を脅し、無理やり広告を出させるようになった。

だが、やはり元手が少なく、最後まで他の家に追いつくことはできなかった。

ギュダンヴィエルの家は、一時期に比べれば再興はしたが、他の七大魔女家と比べれば格が落ちるのが現実だ。

そして、次代を託すべき孫は、ルイーダを裏切り、まるで違う方向へ行ってしまった。

その時のルイーダの失望は、言葉では言い表せないものだった。

「ギュダンヴィエルを蚊帳の外にしたのは悪かった。じゃが、悪いのはあんたのところの娘だよ。わしらも必死だったのじゃ」

シャルン・シャルルヴィルが言った。

「構やしないよ、シャルン婆。むしろお礼を言いたいくらいだ。うちは無傷で残るからね」

シャルン・シャルルヴィルはルイーダより五歳年上だ。

この歳になっては、その程度の年齢の差はないようなものだったが、若い頃は家が隣り合っていたこともあって、仲が良かった。

シャルン婆と呼ぶのは、若かりし頃シャルン姐と呼んでいた名残だった。

「なにが無傷で残るだい。たいした家でもないくせに」

「おまえのところは取り潰されるねえ。ざまあみやがれってところだ」

「あいにく、取り潰されたりはしないよ。ユーリ・ホウは我々を懐柔しにきたんだ。残念だったね」

ヴィヴィラ・マルマセットは不快そうに顔を歪めながら言った。

マルマセットは、市街の商人に根を張り、脅迫などで幅を利かせて成長してきた家だ。

ヴィヴィラはルイーダより十年ほど早く家長になり、ルイーダの先代からは随分と土地を買った。

ルイーダは、家長に就任すると、先代の末期に足下を見て買い叩いた土地があまりにも安すぎたということで、七魔女の盟約《セブンウィッチ・プロミス》に違反していると審議を求めたのだった。

その時から、決定的に対立するということはないが、同世代のライバル感情もあり、なんとなく仲が悪い。

「ハァ……よくもまあ、自信満々に言えたもんだ。あんたら、ユーリ・ホウを見たことがあるのかい。あたしゃ、直接話したよ。あんたらは一言話したこともないんだろう」

ルイーダはジューラ・ラクラマヌスを見る。

「そこの嬢ちゃんは、とんでもない阿呆だが、ユーリ・ホウのことは自分で見て知ってるんだ。だからこうして、まともに怖がってる。あんたらよりなんぼかマシかもしれないよ」

ジューラは、話を振られてビクリと身を竦めた。

自信満々だった往時の彼女はどこにもいない。

ルイーダが言った通り、他の五人とは違う何かを見ているのは確かだった。

「何が言いたいんだい。まどろっこしいことをお言いでないよ」

ヴィヴィラ・マルマセットは苛立ったように言った。

ルイーダが勝ち誇ったような顔をしているのが気に食わなかった。

この七十年少し、ヴィヴィラは常に上で、ルイーダは下だった。

差は次第に埋まっていったが、その上下が逆転したわけではない。

ルイーダに見下されるのは我慢ならないことだった。

「あの小僧は、殴られたら殴りかえす男だよ。殴られっぱなしでいるもんかえ」

ルイーダがそう言うと、五人の魔女たちの表情に、緊張の色が差した。

「殴られたら殴りかえす、殺されたら殺しかえす……あたしらがずっとやって来た事だ。それなのに、あんたらこんな所で、都合よくひと固まりになってさ。クックック……」

ルイーダは心底楽しげに笑う。

「右のほっぺた差し出すか、左のほっぺた差し出すか、そんなこと話し合ってるなんてさ。可笑しいったらありゃしない」

ヴィヴィラの眉が歪み、ルイーダを睨みつけた。

「ルイーダ、私たちを売ったのかい」

ヴィヴィラがそう言うと、ルイーダは笑いを止めた。

「ふう」と小さくため息をつくと、ヴィヴィラをつまらなそうに見つめる。

「あたしゃ魔女の一員だ。どんなことがあっても七魔女の盟約《セブンウィッチ・プロミス》を守るのが、あたしらの誇りだろう……だけど、売るまでもないんだよ。あの小僧には、あたしの秘蔵っ子がついてる。あの子は、魔女の森のことをよーっく知ってるんだ。ここが遊び場だったんだからね」

ルイーダは事実、なにもしていなかった。

誰から何を聞かされたわけでもなく、ただ手駒を使って独自に察知し、ここに来たのだ。

ルイーダは、この陰謀から外されていたために、一歩外から誰よりも冷静に事態を観察することができていた。

「嫌……」

ジューラは、そう言って椅子から立ち上がって、窓を見た。

「嫌! もう来てるの!?」

窓の外には松明の光は見えなかった。

ただ、半月に欠けた月が、森との間の草むらを照らしている。

月の光でも、森の中に光る異質な金属の輝きは見ることが出来た。

その影は、遠巻きに小屋を囲んでいた。

ギィィ――。

小屋のドアが、ゆっくりと開かれた。