The Devil’s Origin

70. Outside: The Being of the Brave

勇者という存在

俺は、生まれたときから“勇者”であった。

望む望まないに関わらず、“勇者”であった。

俺は一度たりともそう望んだことはなかった。

けれども……。

“勇者”であるしかなかった。

幼少期の頃からその片鱗はあった。

力が異様に強く、精霊の姿が見える。

信託のあった親たちはそんな俺を“勇者”として扱った。

あなたは“勇者”なのだから。

おまえは“勇者”なのだから。

幼子であった俺にとって、親は甘える対象ではなかった。

次第に、一人でいることが増えた。

過度な期待を背負わされていることはわかっていた。

だから、あまり両親と一緒にいることを望まなかった。

同じ年頃の少年たちもそうだ。

俺を異物としてとらえる。

その親たちも、“勇者”と遊んで怪我でもさせたら、と思い、子どもを遠ざけた。

俺は常に一人だった。

一人のほうが、気が、楽だった。

押しつぶされそうになるような期待を持った眼差しで見続けられるより、一人のほうがいくらでもましだった。

そんな俺は一人で修練に励む。

“勇者”たるもの、強くあらねばならないからだ。

森に生息していた魔族は良い力比べになった。

魔族を倒すたびに、自分の力が強くなっていくのを感じる。

誰に教えられずとも、その力は魂に刻まれているかのごとく強くなっていった。

もちろん、反撃をくらい、傷つくこともある。

けれども、それを修復するための魔法はすでに覚えていた。

10歳のころには、その生に虚しさを感じていた。

いくら強くなったところで……誰も俺を見てくれはしない。

「さすが勇者!10歳でそこまで強くなるなんて!!」

そう、父親に言われた時には目の前が真っ黒になった。

何度も傷つき、喘ぎ、強くなったのは、俺だ。キルラトゥールだ。

勇者だからじゃない。俺が強くなった。血反吐を吐くような思いをして魔族と戦ってきたからだ。なのに……。

誰も、俺を、見てくれない。

俺は、勇者である自分に絶望を覚えた。

誰だ、宣託なんてしたのは。

神の加護を受けし者、だなんて。

神は、魔族を屠るための力は与えてくれても、人間としての安らぎなんて与えてくれない。

誰も俺を見ない。

それは、“勇者”であるからこその絶望と孤独であった。

俺はますます魔族を殺すことにのめりこんでいった。

自分を証明するには力しかない。

“勇者”であることしか自分の価値がないのなら、力を手に入れるしかなかった。

13歳を迎えるころには、レベルは300を越していた。

そして、転機を迎える。

「我が魔王だ!!!」

王都を襲った魔物の王はそう名乗った。

力の限りに王都を蹂躙するもの。

俺は―――笑んだ。

俺の存在理由が、やっと現れてくれたことに。

魔王を守る狼を一撃で屠る。

魔王との対峙を誰よりも望んだのは俺だ。

魔王だけが、俺を望んでくれる。

魔王だけが、俺の存在理由となる。

だが―――

軽く振るった剣の刃が魔王を貫く。

「ぐふっ、我を倒したとして……魔王はいずれ復活する………その時まで……一時の夢を見るがいい……人間よ…………」

嘘だろう?

そんな……そんなあっさりと倒れるだなんて。

あわてて魔王に近寄るが、魔王はさらさらと砂のように消え失せてしまった。

「若き勇者よ!!魔王を倒してくれたことに感謝する!!!」

騒ぎを聞きつけた王が何かを言っている。

まって。

まって。

そんな……俺は―――

これから、どうすればいい。

魔王を倒すことだけを目標に生きてきたのに……その魔王はあっさりと消え失せてしまった。

幼きころから持つ勇者の剣を見つめる。

あんなに、魔王が弱いだなんて……。

いや、違う。

俺が、強すぎたのか…………?

「魔王をよくぞ打ち取った!!これで数百年は安泰だ!!勇者よ!!よくぞやった!!」

「い……いえ……」

「褒美は何がよい?巨万の富か?地位か?なんでも与えてやるぞ?」

「………いえ、何も」

何もいらない。

だから、俺に存在理由をくれ。

俺に、存在してもいい、理由を、ください。

だれか、どうか……。

―――俺を、見てくれ。

それからはあっという間だった。

ぼんやりとしている中での祝賀会。

俺は勇者として召し上げられることになった。

他国へも勇者としてその存在を見せることになった。

この国の王としては、勇者というのは見せびらかすのに非常に都合のよいものだったのだろう。

俺は大人たちの利害と利益とその他のたくらみによって上手く“使われる”ことになった。

王にとって、“勇者”である俺は何よりも使い勝手のよい道具となったのだ。

「おお、あなた様が勇者であらせられるか。是非とも我が国を脅かす魔族を退治してほしく」

「ええ、構いませんよ」

俺は、道具として幾たびも残っている魔族を殺した。

魔王が滅びたとしても、魔族自体は滅ばなかったからだ。

呼ばれれば殺し、見つけては殺し、殺して殺して殺しまくった。

気がつけばレベルは800を超えるほどになった。

魔族を殺すことが俺の新しい存在理由になった。

「神も歴代の中でもっともすぐれているあなた様を祝福してくださるだろう」

く…祝福、ね。

神は何も言わない。祝福もしない。

神は、ただ力を寄こすのみだ。

救いも、なにも、俺にもたらしなどしない。

俺でなければならない理由はないのだ。

俺でなければならない理由など、存在しない。

ただ、神の力を行使する存在があればいい。

それは、俺でなくともできる。

……人に使われて俺の青春は終わった。

二十代半ばにもなると、色々とわかってくるものがある。

どれだけ人が醜いのか。どれだけ利権や利益によって社会がかき回されているのか。

いいだろう。

“勇者”として踊ってやる。

――それが、俺の存在価値なのだとしたら。

そんなときだった。

俺が運命と出会ったのは。

王都から少し離れた街でのこと。

迷子かと思って声を掛けた、小さな子ども。

「君、どうかしたのかい?」

大人として迷子は放ってはおけない。そう義務的にかけた声。

振り向いたその瞬間に、俺は今まで感じたこともないような衝撃を受けた。

涙で緩んだ目。

ぷくりと赤い唇。

脳ではわかっている。平凡な少年だ。

どこにでもいるような少年だ。

「ま、迷子に……」

とろけそうなほどに甘く聞こえる言葉。

ああ、その涙を舐めとってしまいたい衝動に駆られる。

これは、なんだ。

この感情はなんだ。

「そう、それは悲しいね。泣かないで。一緒に探そう」

恐る恐る延ばされる小さな手。

ああ、駄目だ。囚われる。

この手を取ってしまったら最後。

俺は、どうしようもなくこの子に囚われてしまう。

怯えたようにも見える小さな子ども。

その子は、最初躊躇したように思えたが、そっと俺の手を握ってくれた。

ああ、俺は。

俺は、この子に会うために産まれてきたのか。

ぎゅっとその小さな手を握り返す。

マオ君という少年。

その少年のことで頭がいっぱいになる。

こんなこと、今までなかった。

誰かのことで頭がいっぱいになるだなんて。

マオたんと一緒に歩きながら、俺は幸せでいっぱいになる。

小さな彼のことを思うだけで、小さな彼とこうして手をつなぐだけで。

俺は生きていると感じられる。

「またね、キラおにいちゃん」

キラと呼ぶ人間はほとんどいない。

俺が許していないからだ。

キラ。キルラトゥール。

俺は、あの子に呼ばれるときだけは勇者ではなく、キルラトゥールになれる。

あの子といるときだけは、俺は“勇者”ではなくキラとして存在できる。

神よ。

呪わしき神よ。

この力を与えたあなたを憎んでばかりいたけれど。

今は感謝いたします。

彼の住む世界を守ることができるのなら、この力いくらでも使おう。

“勇者”として、魔族を狩ろう。

“勇者”として、すべての害悪から彼を守ろう。

俺に、愛する人を与えてくれた貴方に感謝いたします。

俺の半生はすべて、このためにあったのか。

(待っててね……マオたん……おにいたん、マオたんのために何でもするからね。残りの魔族も滅ぼして平和をマオたんにプレゼントするからね。はぁはぁ、そしてマオたんが俺のおうちで裸エプロンで待っていてくれてお風呂にする?食事にする?それともマオにする?だなんて問いかけをしてくれたら、間違いなく玄関でマオたんの体にむしゃぶりついて俺のエクスカリバーでもってマオたんの小さな下のお口にずっこんばっこんしちゃったりしてーーーーーー)

「勇者殿…勇者殿」

「……なんだい?」

一瞬意識が飛んでいたが、何食わぬ顔で返事をする。

「マオという少年、近隣では見つかりませんでした」

「そうなのか……少し遠くから来ているのかな」

「それと気になる点がありまして」

この情報屋は口が堅く、信用における。

「最近、この街から近くの森の利権が貴族から移っておりましてな」

「それが?」

「どうやらその新しい権利者の名前が……マオというそうなのです」

「詳しく聞こうじゃないか」