The Duchess of the Attic

12. Duke Territory

数日後、トレヴァーが調べた結果、不正が行われていることが確実となった。

しかも、かなり以前から――先代公爵が亡くなった頃から行われていたらしいのだが、どうやらノーサム卿が亡くなってからかなり大胆になったらしい。

さらに数年前の大干ばつが拍車をかけたようだった。

「噂で聞いたところ、マクラウド公爵の後見人のノーサム卿はたびたび領地へ戻っていたようですが、肝心の公爵様は、ご両親が亡くなられてから一度も戻っていないそうです。ですから、この記録書を作成した者――要するに、管理人としてはどうとでも嘘を吐けたのでしょう。本来ならたとえ領地に戻られなくても、ホロウェイ伯爵――旦那様のようにしっかりとチェックされるはずですがね。旦那様が公爵様のことを『甘い』とおっしゃったのも頷けますよ」

「やっぱり、犯人は土地管理人なのね……。まあ、公爵様は天使に夢中だから」

「はい?」

「ううん、何でもないわ。それで、どうすればいいの? 公爵様に訴える?」

「そうするのが一番でしょうが、その前に確たる証拠を摑みたいですね。単独犯か、複数犯かもわかりませんし」

「確たる証拠?」

「はい。おそらく裏帳簿のようなものが存在するはずです。ただそれは公爵様のご領地にある領館の……書斎には正式な記録書が置いてあるはずですから、さすがにそこに一緒には置かないでしょうね。とすれば、管理人の私室か、また別の場所か……」

「公爵様の……旦那様の領地ね……」

書斎でトレヴァーから話を聞いていたオパールは、その言葉に少し考え込んだ。

もうどうでもいいと思っていたが、やはり不正をこのまま見過ごすことはできない。

たとえ一年後に離縁してもらって関係がなくなったとしても、すっきりしないだろう。

「わかったわ。じゃあ、さらにトレヴァーには酷なお願いをするけど、公爵領までついてきてくれないかしら? ここを留守にするのはやっぱり都合が悪い?」

「いいえ。私の管理は完璧ですからね。何しろ、私がいなくてもしっかり回るように人材を育てているのですから。少々留守にしたからといって、どうってことはありません。それよりも、このまま不正を見逃すほうが寝覚めが悪いですから、ぜひお供させてください」

わざとらしく自慢げに言うトレヴァーの態度に、オパールは笑った。

結婚してから笑い方を忘れてしまったかと思ったが、伯爵領に戻ってからは笑ってばかりだ。

「ありがとう、トレヴァー。では、旦那様に手紙を書いて、公爵領に行くことをお伝えするわ。前もって、公爵領にも伝えてくださいってね」

「そうですね。初めていらっしゃるなら、そのほうが間違いないでしょう。正直なところ突然のほうが相手も油断するでしょうが、お嬢様だけでしたら警戒もされないでしょうし……。私は従僕ということでお願いします」

「わかったわ。では、日程が決まり次第教えるわ」

「かしこまりました」

書斎を出たオパールはさっそくヒューバートへ手紙を書いた。

すると、翌々日には返事が届き、好きにすればいいとあった。

「予想通りだけど、もう少しないのかしらね? 元気にしてるか? とか、気をつけて行ってこい、とか」

愛想も何もない内容に一人でぶつぶつ文句を言って、オパールはトレヴァーやマルシアに公爵領へ五日後に発つことを告げに行った。

ヒューバートが公爵領へオパールのことを伝えるのに、余裕を持った日数だった。

警戒されないようにと、ヒューバートには領館に伯爵家の自分の荷物を移したいと書いたのだ。

公爵領の管理人に警戒され、帳簿などを隠されては困るが、たいていの貴族女性は土地管理になど興味もなく、数字もさっぱりというのが常識なので、おそらく大丈夫だろう。

オパールも、祖母から遺された土地を管理するために、トレヴァーから習っていたからこそ、おかしいと気付いただけなのだ。

どこがおかしいのかと問われても、正確には答えられなかったのは間違いない。

こうして五日後、オパールはトレヴァーを従僕に、メイドのナージャを連れて、伯爵領から公爵領までの四日間の旅をすることになった。

道中は天候に恵まれ、特に問題もなく公爵領に入ったオパールは、伯爵領に比べて田畑の実り具合が悪いことに気付いた。

また領民の家や服装もかなり粗末に感じる。

「正直な感想として、管理が行き届いているとは思えないわね」

「だからと言って、災害の痕は見えませんね」

「私としては、可もなく不可もなくって感じですね。私が以前住んでた村の雰囲気に似てます。伯爵領がとても豊かなんですよ」

車窓から外を眺めながら、オパールとトレヴァーが話していると、ナージャもひょこっと覗いて呟いた。

ナージャは数年前の大干ばつの時に、他領のお屋敷を解雇され、遠縁のマルシアを頼ってやって来たのだ。

そのため王都とすぐ近くにある伯爵領しか知らないオパールより、よほど物知りである。

「そうなの?」

「まあ、そうですね。旦那様は怠け者には厳しいですが、勤勉な者にはきちんと報酬をくださいます。また、ご領地の発展のためには惜しまずに出資してくださいますからね。橋が必要だとなれば頑丈な石橋を、領民の農具が壊れれば新しい物を与えてくださいます。ですから領民もやる気を出すのですよ」

「そう聞くと、お父様は素晴らしい領主ね」

オパールの言葉に、トレヴァーは苦笑した。

ナージャは伯爵に会ったことさえないので、何も言わない。

「旦那様は抜け目のない方ですから」

「そうね。醜聞にまみれた娘を早々に結婚させずに三年も放置していたのは、自由にさせてくれるつもりではなく、公爵様が破産するのを待っていただけなんだもの。そして最高の相手にお金とともに娘を押し付けたわけよね。自分の地位をさらなる高みへと上げるために」

「お嬢様は素敵な方です。公爵様は果報者ですよ」

「ありがとう、ナージャ」

ナージャの言葉に微笑んでお礼を言っただけで、オパールは現状については触れなかった。

公爵領の領館の者たちが、いったいどういった態度を取るのかまだ予想がつかないのだ。

オパールは窓の外へ視線を戻した。

「国にはきちんと上納しているようだし、これが普通なら領民からも不満は出ないしで、第三者も気付かなかったんでしょうね」

「上手いやり方ですよ。だからこそ、公爵様が困窮しているなどと誰も思わなかったのでしょう」

「お父様は気付いていたけどね」

「あ、お嬢様! お屋敷が見えてまいりましたよ」

ナージャは二人の会話に興味がないのか、雰囲気を変えようとしたのか、オパールとは反対側の小さな窓を覗きながら明るい声を上げた。

オパールも反対側に移動して窓から覗く。

「ずいぶん大きなお屋敷ね。それに手入れも行き届いているみたい」

「そうですねえ。これほどの矛盾なら、一度でも領地に戻られていれば気付いたでしょうに……」

トレヴァーの呟きにオパールが答えることはなかった。

だんだん近づいてくる屋敷の正面玄関が大きく開かれ、多くの使用人が出てきているのが見えたのだ。

オパールは窓から離れ、背筋を伸ばして馬車が止まるのを待った。