The Duchess of the Attic
62. Future
「それで、エリクはどんな調子だ?」
「報告は受けているだろ?」
「お前の口から聞きたいんだよ」
「……まあ、当然のことながら人が変わったようだよ。どうにかして父親と兄の無実を証明しようとして、さらに打ちのめされたようだ。今は茫然自失といったところかな」
「そうなるだろうな」
バポット侯爵とテューリの無実の罪を晴らそうとすればするほど、どれだけのことをしていたのか家族なら知り得てしまうだろう。
テューリがアレッサンドロに叛意を抱いたのは、クロードが侯爵に陞爵されただけでなく、ボッツェリ公爵位を賜ったことが原因らしい。
ボッツェリ公爵領を任されることがどういう意味か理解しようともせず、嫉妬に囚われてしまったテューリの未熟さは代償が大きすぎた。
しかし今の問題はここからエリクがどう成長するかだ。
国王やクロードたちに恨みを抱くようなら残念だがエリクにも何らかの罪をかぶってもらうことになる。
後顧の憂いをなくすためにも避けられないことだった。
それはバポット侯爵家だけでなく、今回の謀反に関わった者たち全ての家族も同様である。
この先、全員が密かに監視され続けるのだ。
あれから国王側でも何度も調査が行われた結果、下された裁きが覆ることはなく、バポット侯爵たちは謀反という大逆に死をもって償うことが確定した。
そのことについて社交界でどう受け止められるかも注目されていたが、特に大きな混乱はないようだ。
そこでジュリアンはそろそろタイセイ王国を離れるべきだと判断したらしい。
「次のシーズンは王都に戻るのか?」
「いや、しばらくはここでゆっくり過ごすよ」
「それは皆、残念がるだろうな。少しでもボッツェリ公爵夫妻にお近づきになろうと必死だったぞ。俺に何だかんだと付きまとって鬱陶しくて仕方なかったんだからな」
「それは普通にお前に近づきたかっただけだろう?」
「当然それは言うまでもないだろう?」
「少しは謙遜しろよ」
幼馴染の言葉に、クロードは笑いながら答えた。
そのとき、誰かが訪ねてきた気配がして二人とも押し黙る。
耳を澄ませば執事が応対する声が聞こえ、どうやら手紙が届いたらしいことがわかった。
それから二人であれこれと話を続け、そろそろ出かけなければと会話を打ち切ったとき、オパールが部屋に急ぎ入ってきた。
「オパール、ゆっくりでいいよ」
「相変わらず落ち着きのないやつだな」
「黙りなさい、ジュリアン」
クロードはすぐに立ち上がり、気づかわしげにオパールに歩み寄る。
オパールはジュリアンに言い返しながらクロードの手を借りてソファに座った。
「クロード、マクラウド公爵から今手紙が届いたんだけど……」
「どうしたんだ?」
「公爵が爵位を返上するって言っているの」
「また極端なことを」
「かまって君かよ」
先ほど届いたばかりの手紙の内容に困惑するオパールと違い、クロードもジュリアンも冷たい。
あまりに話を省きすぎたと気付いたオパールは、改めて手紙の内容を説明した。
「正確には今すぐっていうわけじゃないの。ただ遺言にそのように書いたらしいわ。この先、自分は結婚することがないだろうから、後継者の問題がある。よく知らない遠縁に責任ある公爵の位を譲るわけにはいかないから返上するって。でもその相手に財産の何割かは譲るつもりだそうよ」
「プロポーズを断られて自棄になっているだけだろ。放っておけばいいよ、オパール」
「え、何? まさか公爵のプロポーズを断った子がいるの?」
「もう! 二人とも真面目に聞いて。爵位返上も問題だけど、何より領地を私たちに遺贈するつもりなのよ!」
やはり真剣に取らない二人に、オパールは苛立った。
公爵位を返上するだけでも大事なのに、なぜか領地を他人であるオパールたちに譲ると言い出しているのだ。
だがクロードは片眉を上げただけで、ジュリアンはにやりと笑う。
「そんなに気に病む必要はないよ、オパール。そのうち失恋からも立ち直って気が変わるだろ」
「帰国ついでに社交界に顔を出すのも面白そうだな。クロード、パスマに行くんだろ? 俺も一緒に行ってそのまま船に乗るよ」
「泊まっていかないの?」
「泊まってほしいのか?」
「別にそんなことはないわ」
また意地を張るオパールの返事にクロードは微笑み、ジュリアンはひらひらと手を振る。
次にいつジュリアンと会えるのかはわからないが、オパールは引き止めることはしなかった。
「何だよ、見送ってくれるのか?」
「クロードをね」
ジュリアンの問いかけにオパールはつんと答えて玄関まで一緒に向かう。
クロードの準備はすでにできており、上着と帽子を執事から受け取ると、オパールの頬に軽くキスをした。
馬車はすでに待機している。
「それじゃあ行ってくるよ、オパール」
「ええ。気をつけてね、クロード。……ジュリアンもまあ、気をつけて」
「ああ、またな。バカオパール」
「ジュリアン!」
ついでのように声をかけると、ジュリアンはオパールの頭をくしゃくしゃと撫でた。
怒るオパールに笑い声を残して、ジュリアンは急ぎ階段を駆け下りる。
「丈夫な子を産めよ、オパール! まあ、心配はいらないだろうけどな!」
「言われなくてもわかっているわよ、バカジュリアン!」
公爵夫人らしからぬその言葉に執事は驚き、ナージャは声を上げて笑った。
クロードもまた楽しそうに笑い、オパールをそっと抱き寄せふっくらしてきたお腹に手を当てる。
「まったく、困ったお母さんと伯父さんだね」
「ジュリアンが悪いのよ」
「うん、そうだね」
クロードはやはり全面的にオパールの味方をして、今度はその唇にキスをした。
それはオパールがジュリアンとの別れを寂しがっていることを慰めるような優しいキス。
「じゃあ、俺は夕食までには戻るから。無理は禁物だよ」
「ええ、おとなしくしているわ」
涙を押し戻して微笑むオパールの返事に、クロードは疑わしげな顔をした。
オパールの無理の基準は他の女性と少々違う。
クロードがナージャに視線を向けると、お任せくださいとばかりに力強く頷いた。
「クロード、早くしろよ」
「勝手なやつだな」
「本当にね」
いきなり押しかけてきて、一緒に連れていけと言い、今は早くしろと言う。
ジュリアンらしい態度に二人で笑い、クロードは階段を下りていった。
その背を見送って走り去っていく馬車に手を振りながら、オパールはもう一方の手で膨らんできたお腹を撫でた。
子供の頃に夢見ていた、素敵な旦那様と温かい家庭を作ることは叶いつつある。
それでもまだこれは初めの一歩なのだ。
オパールはお腹を守るように優しく手を当て、やるべきことをするために屋敷内へと戻っていった。