The Economics of Prophecy

Four Stories: Late Family Photos

村から帰った俺は、職人街の食肉加工場に来ていた。鳥に効く毒の質問に行ったら、ダルガンの工房に連れてこられたのだ。

「つまり、砂糖の替わりに蜂蜜を使いたいってことですか」

「おお、肉を保存するには塩を大量に使わなくっちゃならない。だけど使いすぎると塩抜きしないと食えねえ。だから、高級品は塩と同じくらいの砂糖を使う。ヴィンダーの蜂蜜なら砂糖とそんなに変わらない値段だろ」

ダルガンが商談を持ちかけてくる。砂糖を使うということは、干し肉ではなくてハムのような物だろう。冷蔵庫がない以上、肉の保存は浸透圧で行うしかなく。そもそも、細菌の餌である糖の塊である蜂蜜が腐らないのは、浸透圧のおかげだ。

自然が砂糖を作るのと、蜂蜜を作るのでは、砂糖の方が圧倒的にコストが低い。意外に聞こえるかもしれないが、砂糖は三大栄養素の中で一番コストが低い。植物が水と二酸化炭素、そして太陽エネルギーから直接作るのは砂糖だ。タンパク質も、脂肪もその砂糖のエネルギーを使ってわざわざ作り出す。

植物は作った砂糖をデンプンという貯蔵しやすい形にする。これが穀物だ。あるいは砂糖をつなげて丈夫な繊維を作り、自分の体の材料にする。植物にとって、砂糖という物がどれだけありふれているかわかる。

逆に言えば、純度の高い状態のまとまった量の砂糖を入手するのは難しい。

この世界でも人間がサトウキビのような植物を畑で栽培、砂糖を抽出するのに膨大な時間と労力をかける。元の世界風に言うと、人件費と土地代がかかるということだ。

一方、蜂蜜はどうか。単純に言えば、花蜜という薄く分布する砂糖を凝縮した物が蜂蜜だ。必要な労力を純粋に計算すれば、砂糖など目じゃない高コストだ。

ポイントは、その労力のほとんどをミツバチにさせることだ。ハチというコストの低い労働力で、しかも畑の外に広がる土地から得られる蜂蜜は、村にとってはボーナス的扱いとなる。

ちなみに牧畜も基本同じ構造だ、人間が食べても栄養に出来ない食物繊維という形の砂糖を、牛という動物を使って肉に変えることだからだ。

この国の環境ならウチの養蜂の技術を使えば、砂糖と変わらない、下手したら安く作れるのだ。

「それに、砂糖とは違う風味で新しい商品が出来るかもしれねえ」

「それもあったか」

砂糖と蜂蜜の違いはショ糖のままか、果糖に分解したかだ。蜂蜜に多く含まれる果糖は低温で甘みが強いという性質を持つ。清涼飲料水に使われる理由だ。

ちなみに、現代の地球ではデンプンを砂糖に戻す技術があり、さらに、砂糖を蜂蜜のようにグルコースとフルクトースに分解する技術もあった。結果、健康問題が引き起こされるくらいに清涼飲料水が溢れた。

全く、原理だけ知ってても応用は専門家に及ばないな。今の話も、言われて初めて思い出したんだから。

「そうですね、今後蜂蜜の生産量は更に上がりますし。でも一つ問題があって……」

「なんだ」

俺はダルガンに毒草の花粉が混じった蜂蜜のことを話した。

「普通その程度のことを気にするか? 何も食えなくなっちまうぞ」

「わかってるんですけどね」

「ま、商売相手としてはその馬鹿正直は悪くねえ。それで、俺に何をしろって言うんだ」

「ええ、実は花粉の毒性を調べるための実験サンプルとして小型鳥類、えっと小鳥が欲しいんです」

俺の言葉を呆れた顔で聞いていたダルガンだが、ウズラのような鳥を用意すると請け負ってくれた。後は館長に預けてあるあの花のマーキングが終われば実験が出来るな。

「じゃあ、商談は終わりだな。……そういやヴィンダー。おまえの本命は誰だよ」

突然声を潜めてダルガンが聞いてきた。

「はっ?」

「いや、おまえの周りってとんでもない美人揃いじゃないか」

「いやいや、高嶺の花どころか、雲の上に咲いてるような物でしょ」

「隠すなって。先週デートしたことだって知ってるんだぜ」

「あれはほら、えっと、そう従業員教育の一環というか」

「高嶺の花の中でも一番高いのが従業員か、そりゃすげえ」

ダルガンは訳知り顔で俺をからかった、株主と言うべきだったか。

俺は通りの向こうを見た。大通りの向こうには遊びに行ったフォルムがある。

「羨ましい話だよな。凜々しいクラウディア様も一緒だったんだろ」

「要するに誘わなかったことを恨んでるわけですか、いやいや、同級生の集まりじゃないですか」

「ははは、それ以外にだって……。おっと、ほら噂をすればお迎えみたいだぜ」

黒髪のお下げを揺らして小柄な少女が走ってきた。わざわざ迎えに来てくれたのか? いや待てよ、ミーアがあれだけ慌てているのはおかしい。

「先輩……。アルフィーナ様が……。……で倒れたって知らせが店に……」

息せき切って駆けつけたミーアから出た言葉に俺は血の気が引いた。

「そりゃ一大事だ。今はどういう状態なんだ」

「あっ、いえ、意識はちゃんとあって……」

固まった俺に変わって、ダルガンが聞いた。息を整えたミーアが説明する。聖堂で水晶に向かっている時に倒れ、急遽大公邸に戻されたという。

「過労だろうという話です。ご本人も大丈夫だからと聖堂に戻ろうとして、大公が止めていると」

「つい先週までは元気だったじゃ無いか。それに、水晶のイメージはもう確定したって……」

ミーアの言葉に少しだけ安心したが、次にこみ上げてきたのはやるせない気持ちだった。

フォルムのお買い物から四日しかたっていない。あの時少しだけ、予言のことを聞いた。そんなにきつい状況なら…………。

「そんなに頼りにならないか……」

「落ち着けよ。わざわざ連絡が来たってことは、何かあるんだろ」

そうだ、らしくないうぬぼれに拘泥してどうする。冷静になれ。

「そ、そうだ。まずは情報収集だ」

「おい、いったい何を言って――」

「多分ですが、見舞いに行くと言ってるので大丈夫です。ダルガン先輩」

「あ、いやそう言うことだけど……」

「おまえ、その言葉の選択はまじいぞ」

我ながら今のはどうかと思った。良く翻訳出来たなミーア。

「とにかく事情は解った。早く行け。鳥はちゃんと用意しとくから。食っても旨いくらい活きの良いのをな」

「あ、ええ、お願いします」

そういえば、花粉の毒性テストの話をしてたんだった。任せても大丈夫だろう、フォルムのあの旨かった焼き鳥だって、ダルガンから仕入れたって言ってたし。

フォルム? のどに刺さったとげのように何かが引っかかった。いや、違う焼き鳥のことじゃない。その後だ、二人で果実水を買いに行って、そのときアルフィーナが……。

「先輩急ぎましょう」

「あ、ああ、でも先に確認しておくことがある」

◇◇

「このレリーフだよな」

屋台の配置も種類も四日前とは違うが、広いフォルムの中でも一番大きな石版は見間違えようがない。俺はその前で立ち止まった。ミーアはまだきょとんとしている。

見事な浮き彫りをじっと見た。

一ダースほどの男女が古めかしい衣装で並んでいる。ギリシャ神話のオリンポスの神々、あるいはキリスト教の十二使徒のような構図だ……。

「そうか……」

俺は古代ローマのフォルムを思い出した。同じように群神を描いたレリーフがあった。ただし、神々になぞらえられていたのは、当時の皇帝一族。となると、ここに描かれているのは……。

「要するに、これは王家の家族写真か……」

「先輩? はい、この広場は王と大公を筆頭に大貴族が分担して作ったって、リルカが。……あっ!」

「……何が芸術的な意味がある空白だよ」

中央近くの空白。出来たときには、ここには一人の人物が描かれていたはずだ。その後で削り取られたのだ。不自然なわけだ。

もう一つ確認だ。俺はフォルムで二番目の大きさを誇る石版に向かった。二つあるが、当然西に置かれている物だ。

「先輩?」

「……記録抹消刑って訳か」

俺は石のベンチを叩いた。自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。アルフィーナの置かれている状況についてもっとちゃんと情報を集めるべきだったのだ。