The Economics of Prophecy

5 Stories: The reason for the first part

「ごめんなさい。リカルドくんには心配かけてばかりですね。でも、大丈夫ですから、少し疲れただけなのです」

大公邸の一室、天蓋付きのベッドの上に身を起こしたアルフィーナは言った。意識はちゃんとしているし、言葉もしっかりしている。少しだけほっとした。

ただ、元々白磁のような白い肌に青い血管が目立つ。

「水晶に向かっている時に倒れたと聞きましたが」

「……少しでも明確なイメージが得られればと思って。ちょっと無理をしてしまいました」

問題その一、水晶は使用者に負担をかける。しかも、より深く予言を見ようとすればするほど。情報は確定させようとすればするほどエネルギーを必要とする。物理学からビジネスまで変わらない。普遍の原理だ。

「そうしなければいけない状況だったと言うことですね」

「先輩、今は……」

ミーアが俺を止める。だが、俺はアルフィーナをじっと見た。

「…………そうですね。災厄がどこで起こるかも、まだ特定出来ていません」

問題その二、予言への対処はうまくいっていない。そして、その三。

「アルフィーナ様が巫女姫の役目にそこまでこだわる理由を教えていただけませんか?」

俺はずばり核心に迫った。ダルガンの言葉がよみがえる。対人情報を集めることは、常に保身を気にしている俺の習慣だった。つまり、人から情報を集めることは調査だった。だから、親しい人間のことを調べることに躊躇した。

心配なら直接聞くべきだったのだ。大公に手助けすると宣言したんだし、何をはばかることがある。

「私にしか出来ない役割だからです」

その役割を果たさなければ反逆者の血筋であるアルフィーナには立場が無い。だが、それなら王の意向に背いて前回の予言を公開した理由が無い。もちろん、民を守る巫女としての役割を果たそうとした、それに間違いは無いだろう。

レイリア村で村人を心配そうに見ていたあの表情に嘘があるとは思えない。

「予言に関して、私にも、私にしか出来ない役割があると考えるのはうぬぼれでしょうか?」

「いいえ。…………………………前回の災厄はリカルドくんの助けなしには決して防げませんでした。でも、リカルドくんばかりに頼ることは出来ません」

俺の言葉にアルフィーナは首を振る。

「それに、今回のことは本当に無理をした私の責任なのです」

上に立つ者は、自身の体調管理の責任もまた重い。それを否定するつもりは無い。だが、だからこそなおさら、そこまで無理をさせた原因の方を少しでも軽くしておきたい。それが、戦略的対応として正しい……。いや、今はそういうことじゃ無い。

俺は一度深呼吸をした。

「ここに来る前に、フォルムで二つの浮き彫りを見てきました。一つは王家の物。この前、アルフィーナ様と一緒に見ましたね。そして、もう一つはベルトルド大公家の物です」

「……っ」

沈黙が部屋を覆った。アルフィーナがシーツをぎゅっと握ったのがわかった。

フォルムを作った王家と大貴族の栄誉の象徴、家族写真としてのレリーフ。二つの浮き彫りにはそれぞれ、消された箇所があった。つまり、そこに描かれていた人物が、後に無かったことにされたのだ。

古代ローマの皇帝というのは、暗殺されるのが仕事なんじゃ無いのかと言うくらい殺されまくっているが、そこまでされた人間は少ない。それくらい、徹底した罪の形。記録抹消刑だ。

二つのレリーフで、消されていた二人、いや男女は当然……。

この後は、俺の口から言うべきことじゃ無い。じっとアルフィーナの反応を待った。

「父様は……周囲の反対を押し切って……母様を娶りました。父様はそのことを後悔していなかった。母様も最後まで父様に感謝していました……」

しばらくの沈黙の後、アルフィーナはやっと口を開いた。俺は何も言わずに黙って聞く。アルフィーナはぽつぽつと王都での幽閉生活を語る。寂しそうであったが、その口調には両親に対する愛情を強く感じた。

「誰がなんと言おうと、父様と母様は幸せな夫婦でした。だから……」

アルフィーナの両親はあのレリーフのようにまるでいなかったように扱われている。おそらくだが、聖堂の結婚記録も抹消されているだろう。

「父様と母様の名誉を回復したいとは思いません。ただ、一組の幸せな夫婦はいた、それだけは……」

国家は多くの異なる立場の人間が所属する。そして、国家の方針は基本的には統一されていなければならない。この二つはどちらも事実であり、この国の方針の厳密さの度合い、つまり硬直的すぎる、と文句がある俺にだって否定は出来ない。

ただし、この二つは当然矛盾する。割を食う人間が出てくる。例えば、この前のペドロだ。ペドロは養蜂の管理者としてはたぐいまれな資質を示した。変化に対する適性とでも言うべき物がある。だが、おそらく農業従事者としてはそうでは無かっただろう。

農業を主とする村の有り様、つまり繰り返しと安定をよしとする、の中にあればペドロはいろいろな意味で問題になる。これは村が保守的すぎるとか、ペドロに配慮が足りないという問題ではない。

多くの人間が一つの組織として動く以上、多かれ少なかれ必然だ。養蜂によってペドロが居場所を得たように、軽減する方法はある。俺が目指す総合商社はそう言ったニッチを増やすことを目的の一つにしている。

だが、あくまでそれはマシにするという話だ。ゼロには出来ない。

そもそも、俺自身もそう言う犠牲の結果として作られた安定の中で生きてきた。それは、この世界だけで無く、前の世界でも基本は同じだっただろう。気にくわないから変えるけど、悪と否定は出来ない。

だから、アルフィーナの父親が疎まれるのはいいのだ。いてもらっては困るから力で排除するのも仕方が無い。あくまで必要の為と弁えていれば、非情もやむなしだと思う。

それをやるなと言うのは、自分には出来ないことを人に求めていることになる。

だが、存在していた物を存在していなかったことにするのはやり過ぎだ。

「…………」

「レリーフから消された夫婦、その忘れ形見が巫女姫として国家に貢献する。それはつまり二人の結婚が間違っていなかったことの証明になる、ですか」

むちゃくちゃな論理である。因果関係をひっくり返している。現実を受け止められない子供のヒステリーにも似ているかもしれない。

「…………そうです。私のわがままです。だから……」

だから、俺たちには迷惑をかけれない。そういうわけだ。

「そうですね、貴方のエゴだ。私がアルフィーナ様を助ける理由は無いようですね」

「はい……」

「先輩!?」

「それでは、まずは災厄が訪れる場所の特定から始めましょう」

「リカルドくん?」

「先輩??」

おろおろしていたミーアと顔を伏せていたアルフィーナが困惑の瞳で俺を見る。

「別におかしなことではありません。国家にも個人にも、それぞれ立場と都合と意思があります。それでいいのです。アルフィーナのエゴは、エゴとして存在する限り、エゴとして存在して良い。それは、ご両親が存在していたのと同じように事実です。そして、私がアルフィーナのエゴを気にくわなければ、私のエゴとしてそれを妨げましょう」

国家にエゴがある。俺にエゴがある。その二つがぶつかる。エゴがあることも、それがぶつかることも否定出来ない。単にそういう物だからだ。そうで無ければエゴでは無い。

そして、交渉でも戦いでもいい。なるべく効率の良い形でそれを処理する。これが保身というものだ。だが、今回の俺の行動原理はもうちょっとシンプルだ。

「リカルドくん。ですから……」

「今回私が力を貸すのは、アルフィーナ様には関係ない理由です」

俺は言った。アルフィーナは必死で考える表情になった。

「それは、リカルドくんが国のことを考えて……」

「違います。もっと簡単です。私はクラウス・ベルトルドとソフィア・フェルバッハの二人に感謝しているからです。私の友人を一人、この世に送り出してくれたという理由で」

何しろ俺はぼっちだ。そのエゴの形もちょっと違う。友人一人の価値というのは相対的にとても大きいのだ。貧乏人にとっては銅貨一枚が貴重なのと同じ。ましてや彼女は……。

「っ!」

俺の宣言に、アルフィーナは顔を伏せた。

「では、私のわがままのために、情報をいただきましょう」

俺は言った。うつむいたアルフィーナの肩が震えている。しばらくして、首がわずかに縦に動いた。

「まずは予言……。どうしたミーア、なんで押すんだよ。今から――」

「わかりました。わかりましたから。先輩が策士らしく捻くれまくってることは十分わかりましたから。アルフィーナ様が落ち着くまで、ちょっと部屋の外に出ていてください」

俺はミーアに外に追い出された。おかしいな、俺は自分の望みを主張しただけなんだが。

扉を開いて、俺の入室をミーアが許可したのは四半刻後だった。