The Economics of Prophecy
Ten stories: For the second half of the civilian
「この度の功績を持って、クレイグ・クラウンハイトを王国騎士団総長補として、第二騎士団と第三騎士団を束ねて新しく編成する魔獣討伐騎士団団長とする」
謁見の間に、王の言葉が響いた。万雷の拍手の中。真新しい白銀の鎧に着替えたクレイグが赤いカーペットの上でひざまずいた。総長補という微妙な位階はともかく、魔獣に対抗する戦力が統一されるのは素晴らしい。
第二騎士団は被害甚大とは言え、もともと第三騎士団よりも大きい。クレイグ指揮下の人員は現状でも倍増。旧第二騎士団の復旧を考えれば三倍増だ。おそらく予算も……。
新団長がその増えた人数の中に俺を入れたりしなければ、ひたすらめでたい話だ。予算にはちょっと食い込みたかったりするけど。
「クレイグ殿下の功は計り知れませんな」
宰相が言った。確か第二王子側のはずだが、少なくとも表情にそう言った色は無い。問題は、弟を呪わんばかりの目で見ている、文官服にやたらと王家の紋章を貼り付けた男。そして隣の、髭の中年男。なるほど、これがクルトハイト大公か。この二人、確か義理の親子になるんだよな。
ヒルダ先輩は美人だったけど、全くうらやましくない。
「続いて、討伐に貢献をなした者への褒賞を発表する」
貪竜討伐に貢献した名前が挙がっていく。騎士団の功労者。賢者フルシー。食料ギルド長ケンウェルを中心としたセントラルガーデンのメンバーの名前も挙がる。不祥事続きの食料ギルドで見送られていたギルド長への名誉爵位がやっと許可されるらしい。板挟みの立場ご苦労さんだ。
アデル伯の無実も改めて告げられた。冤罪の償いとばかりに、新設される騎士団の副団長の一人に就任らしい。
「わずかな犠牲で貪竜を討ち果たした騎士団長のますますの活躍に期待する」
「剣と薔薇に誓って。恐れながら陛下。余興として、今一人、ささやかながら功績を賞されるべき者を紹介させて頂きたいのですが」
王子の言葉に廷臣達がざわめき始める。
クレイグが俺を手招きする。手伝ってくれとは頼んだけど。あんまり派手な演出は注文してないぞ。せっかくささやかな功績だって言ってるんだから。
「その者は?」
騎士団のメンバーでは無い俺の姿に、宰相が怪訝な目を向けてくる。周囲のお偉いさん達も、学生服の若造に困惑の表情だ。
「王国学院生でリカルド・ヴィンダーと申す者です。食料ギルドに所属する商会の跡取りでもあります」
「商会の跡取り?」「つまり平民か」「なぜ殿下が……」
廷臣達のざわめきを宰相が手で制した。
「このものがどんな功績を上げたというのですか新団長」
疑わしげな宰相に、王子はにやりと笑った。
「リカルド・ヴィンダーはトゥヴィレ山の過酷な環境で戦う為の方法を、鉱夫達と共に騎士団に進言しました。また、食料ギルドの一員として、災厄の地がクルトハイトであるという絞り込みに協力しております」
もちろん毒のことも、打撃系武器がドラゴンに有効なことも伏せてある。騎士団の功績を貶めることは出来ないが、俺の功績ならむしろ貶めてくれ。
ささやかな功績、良い言葉だ。
帝国がまともな頭をしているなら、今頃は第三騎士団がどうやって竜を討ったかを必死に調べているはずだ。最終的にはばれるかもしれないが、遅ければ遅いほど良い。俺の保身的には特に。
ところが、周囲の視線がそこそこ痛い。特にクルトハイト大公とその横の第二王子だ。お前の領土守ってやったのに、余計なことをしてくれた、みたいな顔をされている。
ああなるほど、第三王子派閥と認識されてるわけだ。本当に勘弁してくれ。
だがそれとは別にお前らはすでに警戒対象だ。俺が戻る前の帝国との交渉は聞いているぞ。
「なるほど、第三騎士団は鉱夫達から戦い方を学んだと」
「ほう。トゥヴィレ山周囲に領土を持つ貴族が半狂乱で騒ぎ立て。第二騎士団が準備も無く出征し、多くの犠牲者を出したことをお忘れか。大公」
「ぐっ……」
「平民といえど、いえ平民の身で魔獣討伐に同行した勇気も併せて考えれば、このものは賞されるに値すると考えております」
いいね、俺は所詮平民。功績はあくまで手伝い。戦いも参加賞みたいな感じだ。
「ふむ、功があるのは間違いないようですな」
「リカルド・ヴィンダーよ。魔獣討伐に対する貢献、ご苦労であった」
よりによって王が直々に声をかけてきた。
「滅相もございません。私は賢者様の手伝いに過ぎません。騎士団の訓練についても、鉱夫達の長年の経験のたまものです。そもそも、王国の”二十年”の繁栄のおかげで、貪竜を討つまでトゥヴィレ周囲が持ちこたえたのでございましょう」
俺は恐懼の体をとった。この演技は得意だぜ。何しろ、ほっとけば自然に出てくるんだから。そして、最後のヨイショは特に重要だ。
「殊勝な態度である。王としてその功に報いねばなるまい。望みを述べよ」
来た。俺がこんな場所に顔を出したのは、ちゃんと欲しいものがあるからだ。
「はっ、陛下の恵みにすがりたいことが一つございます」
緊張で口の中が乾く。だが、この要求は俺にしか出来ない。王の養女であるアルフィーナはただでさえ実の両親を口にすることは許されない。先の内乱が王族の内情に深く関わっている以上、第三王子も大公も同じだ。
空気を読めない平民の若造がアホな逆ギレを口ばしるしか無いのだ。まあ、それだけでは無いけどな。
「王都のフォルムを年に一度、三日間お預かりして、我が商会が見本市を開催することをお許しください」
俺の言葉に反応は無かった。
「…………」
王は無表情のまま。宰相の顔にあるのは困惑だ。見本市なんて言葉は聞いたことが無いだろうな。でも、似たような物はある。ギルドの枠を離れた、唯一の商売の場。
「私は王立学院の紹賢祭で、商品を広く展示する意味を学ばせていただきました。フォルムにてそのまねごとをお許しいただきたいのでございます」
説明を加えた。宰相が王を見た。王がうなずいた。
「陛下のご許可は降りた」
宰相が言った。第一の目的達成だ。だが、問題はこれからだ。
「ありがたき幸せにございます。では、その準備としてフォルムにある二つのレリーフを修復するご許可を賜りたくお願いいたします」
俺の言葉に、王も宰相もきょとんとした顔になった。だが、次の瞬間、宰相の顔に朱が差した。
「平民の分際で、功に驕って王国の規律に口出しをするというのか」
宰相が声を荒げた。
「宰相、話を聞いてやれ。あのフォルムは平民の憩いの場らしい。その平民の見方を知っておくのも一興だぞ」
クレイグが砕けた口調で言った。宰相が黙って俺を睨む。
「宰相閣下のお言葉には、とんでもございませんと答えるしかございません。そのようなことは二重の意味で不可能でございます」
あの資料を見る限り、宰相は現実教徒だ。現実を判断の基盤とするが、その現実が変化することを頑なに拒む。規則や法によって、変わらぬ現実を維持しようとする。もちろん、彼を信任している王も同じだろう。
宰相が騎士団の削減に取り組んだのは、内乱による軍事費の増大と対帝国戦が終わっても維持され続けた軍権益に対抗するためだ。現王は弟に厳格に対処するのみならず、先王が野放図に広げた王族関係の費用を適切な規模に削減している。
これが彼らの現実だ。そして、王国の統治という点において、このコンビは機能した。俺にとっては不満たらたらだが、二十年間緩まずに機能させ続けたことは決して簡単なことでは無い。俺はそう評価している。
もちろん、次の二十年機能するかは大いに疑ってるけど。
ならばチャンスがある。理想はその定義からして変化をゆるさないが、現実はその定義上変化しうるからだ。俺はそれを説明しなければならない。
「先日、私と先ほどあげられた食料ギルドの仲間は、アルフィーナ様をお誘いしました。紹賢祭においてお世話になったお礼でした。さて、我々はどこに殿下をお連れしたでしょうか」
俺の言葉に、宰相が虚を突かれたように目を左右した。何を言いたいのか分からないだろうな。と言うか、こんなクイズみたいな聞かれ方を平民からされるとか、新鮮だろう。その分こっちは薄氷を踏む思いだ。だが、これは個人的逆ギレじゃ無いといけない。
「我々がアルフィーナ様をお連れしたのは、あのフォルムです。自分たちが何をしているのか認識していた人間は一人もいませんでした」
俺の自嘲に宰相の顔が初めて引きつった。
「物を知らぬ我ら平民にとってはそんなものです。あの場所を日々用いている者も、もはや誰もあそこに何が描かれていて、何が描かれていないかなんて覚えていません。いえ、少し違うのでしょう」
俺は言葉を切った。玉座を見る。
「おそらくレリーフが出来た時から、そんなことは誰も意識していません。もう一度言います。そんなものですよ」
お前達の中にある現実なんてそんなものだ。それが俺の逆ギレめいた進言だ。
「……その程度だというのならば、其方はなぜ今更の修復を望む」
感情を感じさせない、それなのに底冷えする声が遙か高みから降ってきた。
まあ、そうなんだよな。今更レリーフを修復したところで大して意味は無い。だが……。
「フォルムで催す見本市には、アルフィーナ様とご一緒させていただいたメンバーが参加します。出来ますれば、我らが気兼ねなく運営できるようお願いいたします」
俺はそう言って頭を下げた。
「クレイグよ」
「はい陛下」
「このものが今回の討伐に功を立てたことに間違いは無いな」
「剣と薔薇に誓って間違いございません」
「陛下。……そもそも、ギルドを飛び越えて市を開くなど……」
「宰相よ。これは我が判断する」
場の緊張が高まる。王の管轄、つまり王家に関係する判断だと言うことだ。
「リカルドとやら」
「は、はい」
「望むのはあくまでも、レリーフの修復なのだな」
「間違いございません。陛下の御世、王国の繁栄の中で十六年生きて参った私としては、その程度が分相応でございます」
俺は、この国の安定と平和の中で生きてきた。それは否定出来ない事実なのだ。だから、望むのはその程度のこと。そして、その程度ではお前ら二人の二十年の成果は揺るがない。
平民にとっては、平和と安定が保たれたことに比べれば、どうでも良いことだ。これが二つ目の理由だ。
「二度にわたり王国の危機を救ったのだ。この程度のたあいない望みなら叶えても良かろう。宰相よ、後であれをこのものに渡してやれ」
「……かしこまりました」
王の言葉に宰相は不承不承といった体でうなずいた。
「ありがたき幸せにございます」
俺は改めてひざまずいた。頭を下げすぎて、自分の内太ももが見える。失禁しそうなくらい震えてるよ。
保身がどうのってレベルじゃ無い。王に直訴とかもう二度とやらない。絶対だ。
……そういえば、二度ってなんだ?