The Economics of Prophecy
Three Stories The Neutral Theory of Change
王宮に近い旧第二騎士団本部は今は対魔獣騎士団の団長府になっている。野戦陣地さながらだった第三騎士団の駐屯地とは大違いの立派な門構えだ。
その広い中央会議室に案内された俺は少し居心地の悪い思いをしていた。
「睨まれてないか?」
俺たちを会議室まで案内した見たことのない若い男の騎士が鋭い目を向けている。
「旧第二騎士団から採用された新しい副官殿だな」
クラウディアが俺に耳打ちした。なるほど、新しい騎士団として一つになるための融和人事の一環か。
俺がそう思っていると、なぜか視線が鋭さを増した。
「確かクラウの幼なじみですね」
アルフィーナが俺に耳打ちした。ああ、そういえばクラウディアの最初はこんな感じだった。俺の心を読んだように、我慢に据えかねたという表情の騎士がこちらに来た。いったいどんな不調法をしたんだろうか。
「なぜ平民の商人ごときが王女殿下とクラウディアの間に当たり前のように座っているのだ」
「…………そうだった。すいません」
まったく正論だったので、俺は思わず謝った。
「ハイド。席の配置は殿下のご指示だ」
そう言ったのはアデル伯、つまりクラウディアの父親だ。さっきまで、憎々しげに俺を睨んでいたのは貴方も同じでは?
「しかし、副団長」
「忌々しい話だが、この男が騎士団に多大な貢献をしたのは事実なのだ。忌々しいが、私にとっても恩人であるしな」
食い下がるハイドにアデルは言った。騎士団の輸送用馬車は次々改良馬車に置き換わっている。ベルトルドの二人の職人はうれしい悲鳴だ。その中には、伯爵様に納期を迫られるのは辛すぎる、という本物の悲鳴が混じっていたりするが。
花粉に関しても、乾燥させておけば効果は持続していることが実験で示された。ドラゴンに対する準備は次の段階に進めるつもりだ。花粉成分の薬物動態テストが絡むのでフルシーが頼りだな。
「待たせたな」
奥のドアが開き、クレイグが二人の騎士と現れた。全員が立ち上がって頭を下げる。
「以下がアルフィーナ殿下の予言から導き出される災厄の結果の分析です」
「最初に検討すべきは、やはり魔脈の動向であろうな」
俺達はすでに知っている、縁起でもないベルトルド崩壊の予言が説明された。宰相による情報統制も同時に解かれるので、クルトハイト大公も知ることになる。引き延ばしはここまでが限界らしい。
ここからは後ろから撃たれる前にどれだけ前に進めるか、という非常に理不尽な競技が始まる。前門の魔獣、後門の敵派閥といったところか。世にありふれた普通のことなんだが、めんどくさい。
「これが現在の赤い森と、王国西部の魔脈の状況か」
「はい、アンテナ……測定器を西部にも向けた結果と、以前の馬車レースの時の測定数値を使って作られたマップです」
王子はノエルとミーアが提出した地図を見た。ミーアとノエルが数値の相対化や統計分析を終えている。赤い森に魔獣氾濫の予兆はなく、王国西部つまりベルトルド東方に広がる薄い魔脈は鎮静化している事が改めて確認されている。
「つまり、今のところ魔脈に異常はなく、仮に異常が生じてもすぐに察知出来る体制が整っていると言うことだな。リカルドの提言が活きているな」
クレイグが俺に言った。
「大規模な魔脈の変動が起こっている以上、それをなるべくリアルタイムで知るための仕組みを作ることは当然ですよ。…………が実際にはフルシー館長とノエル宮廷魔術師見習いの功績ですね。ははは……」
ハイドの顔が驚きに歪んだので、俺は慌てて言った。早期警戒体制を俺が差配してるなんて勘違いされたらたまらない。
「となると、別のことを検討せざるを得ませんな」
アデル伯が苦々しげに言った。災厄は東方から来る。明らかに明確な意図を持って破壊された城壁と蹂躙された街。魔獣以外でもっとも人間にとって危険な動物、つまり人間による攻撃は決して除外出来ない。
「帝国が迂回して東方から攻撃という可能性はないだろうな」
「はい、行軍路を考えればあり得ないかと。仮に、帝国がそのような無謀な進路を取れば、補給路の一番の弱点を王都に向かって晒すことになります。仮に例の馬車が多数あったとしても、それは変わりません」
「ふむ、災厄が起こるのは遅くとも二ヶ月先。帝国に動きがあれば流石に分るだろうしな」
アデルの言葉にクレイグは頷いた。
「リカルドならどうだ。其方なら突拍子もないベルトルドの落とし方を考案出来るのではないか」
「私は軍事行動については全くの素人です」
「ほう、騎士団の活動にとって最も重要なのが輸送部隊の効率と俺に説いて、改良馬車を売りつけたリカルドが素人か」
「商人は輸送の専門家ですので」
相変わらず、この王子はいろいろ心臓に悪い。
「リ、リカルドくんは商人なんですから、安全な場所にいてもらうべきです。商人として活躍してもらうのが災厄を防ぐためにも一番良いはずです」
「ほう、それは予言なのかな」
「違います。でもリカルドくんのことはクレイグ殿下よりも分っていますから」
アルフィーナがクレイグを睨んだ。クレイグは余裕の表情で義妹を見返した。ありがたい言葉だけど、第三王子閥分裂の危機、みたいな雰囲気は作らないで欲しい。
「さて、そうなると、クルトハイトのことを考えざるを得んな」
クレイグが言った。どうやら、いやな話題になる前に冗談で場を和ませようとしたらしい。俺にはないスキルだ。そうして、そういうスキルがない人間が往々にして出汁にされるのだ。
「いくら団長殿下と第二王子殿下を争わせようという動きがあるとしても、流石にあり得ないかと」
「そうだな、いかにリカルドのせいで兄が追い詰められていてもな」
ハイドの配慮を無駄にして、クレイグが言った。その視線が地図城の王都に注がれている。そう、流石に考えずらい。クルトハイトとベルトルドの間には王都がある。
「陛下や宰相の立場から言っても、王都がベルトルドを攻めることを認めるとは考えられぬな」
クレイグが言った。王都とクルトハイトが組んでベルトルドを潰す。この場合は最悪勅命による討伐、は考えなくても良いらしい。ただし、王都には別の懸念事項がいる。
「ただ、第二王子閥を警戒するのなら、帝国との繋がりを除外出来ません。王都には皇女が来ているのですから」
「タイミングからして無関係と考えるのは人が良すぎるであろうな。リカルドは同級生であろう。皇女に招かれて公館までいったと聞くが」
「皇女殿下の本命は王子ですよ。ドラゴン討伐の武勇伝が聞きたいみたいですね」
俺は言い返した。
「そうです。リーザベルト殿下の相手はクレイグ殿下がすれば良いのです。リカルドくんは危険すぎます」
なぜか、アルフィーナが言った。
「ほう、どうしてリカルドだと危険なのだ、同じ学院生なら自然で良いではないか」
王子は面白そうに聞き返した。
「えっと、それは、リカルドくんは…………」
そこまで言って、アルフィーナは首をかしげた。
「そうです。リカルドくんは帝国にとって貴重な情報を沢山持ってます。その、リーザベルト殿下に近づけるのはとても危ないです」
アルフィーナは言った。
「まあそうだな。俺が帝国なら最重要ターゲットにするな。リカルドが帝国に付きでもしたら、俺は本気で負けた後のことを考えないといけないぞ」
何怖い冗談を言ってるんだ。俺が付いた方が勝つなら、そんな不意確定要素を消しちゃうのがいいって考え方も出るじゃないか。
「団長、いくら王女殿下をからかうと言っても冗談が過ぎましょう」
ハイドが団長をたしなめた。同意を求めるように周囲を見た。なんで誰もいまのもっともな言葉に頷かないの?
「まあ、それはともかく。結局、現時点の情報では災厄の特定は出来ぬと言うことだな」
「そうなりますね。ベルトルドの城壁を複数箇所破壊する要因はどこにもありません」
手詰まりの空気に場が静まる。
俺はフルシー達が作ったマップに目を落とした。西方の魔獣氾濫は早くとも三年後、西部の魔脈は間違いなく沈静化している。全体としては、有意差を持って瘴気の量が減っているのだ。
だが、細かく見ると魔脈地帯にはおぼろげながらパターンがある。縞状に周囲よりも高い部分がいくつかある。ここでなにかが起こるのか。だが、高い部分といっても俺達がレース中に測定した時よりは心持ち低下しているのだ。有意差はなし、傾向ありといったところだが、少なくとも増えてはいない。
「いや違う。逆だ」
下がっている場所がいくつかあるんだ。ベルトルド東方の薄い魔脈地帯の”変化”と言う意味では明確なのは低下のパターンだ。
何かが起こる場合、直接つながりそうな要因を探すのは当然だ。だが、それが見つからないなら、注目すべきは変化そのものだ。経済学のケーススタディーにはある企業が画期的な新製品を出したことが、その企業の破綻の原因になった。逆に、ある企業の不祥事がその企業の飛躍の切っ掛けになったという例が山ほどある。
恩師が言っていた。ライバル企業の不祥事を喜ぶ経営者の気が知れないと。因果律のねじれは滅多にないが、起こった時の影響はきわめて大きい。
「ミーア。ノエル、ここの数値だけど、もっと小さいメッシュ……、細かく見れないか」
「なんで? 魔脈の活動が下がってるところじゃない」
俺が指差した場所を見てノエルが首をかしげた。だが、ミーアが黙って計算を始めるのを見て、ノエルもそれに倣った。
「低下しているいくつかのスポットには、一貫して低下しています。最初は測定限界がもたらすのだと思っていましたが、明確なパターンがあります」
四つ、いや五つか。南北に並ぶ魔脈のコールドスポットとでも言うべきものがある。王子を筆頭に騎士団のメンバーが怪訝な顔になった。
「何を言っているのだ。魔力が低下しているのなら問題ないではないか」
ハイドが言った。
「確かにそうですが、下がっている場所の配置が規則正しすぎます」
ベルトルドと王都の間。そこにまるで量子力学実験の干渉波の様に波模様が現れている。そこに円形状の魔力が低下しているスポットがあると言うことだ。
「では、何が起こるというのか」
「分りません。言ったとおり、測定限界から規則正しく低下しているように見えるだけの可能性はあります。自分の目で検証するしかないと思います」
俺はいくつかのコールドスポットの中で、一番王都に近い場所を指差した。
「アレの出番か。おまえも付いてくるのであろうな」
退屈そうにしていたフルシーがばっと顔を上げた。
「どうやらベルトルドに行かなければいけないようですから、方向的に重なりますね」
俺は言った。エウフィリアと工房を含めた避難計画を立てなければならない。
「よし。調査は賢者とリカルドに任せよう。念のため、こちらはいつでも動けるように準備をする。そうだ、護衛としてお前もついて行けハイド」
「……了解しました」
クレイグが余計なことを言った。ハイドは俺を睨みながら王子に一礼した。
「アルフィーナはそれとなく皇女に接触して、予言のことについて何か知っているか感触を見て欲しい。学院ならそこまで危険はないだろう。俺との会談を餌にすれば短絡的な行動もするまい」
「わかりました」
ついて行きたいと俺に目で訴えていたアルフィーナが不承不承頷いた。
そういえば、シェリーがリーザベルトとフレンチトーストを食べに行く約束をしていたな。プルラの店なら安全確保がやりやすいし、シェリーとリルカもアルフィーナが一緒なら心強いだろう。