The Economics of Prophecy

Four stories, deep red hole.

「以上がトゥヴィレ山の現在の調査結果でございます。鉱石と岩塩の産出については把握いたしました」

机にかがみ込んで魔導陣にペンを走らせるメイティール。偵察部隊のトップが上官のつむじに報告している。

「つまり、口紅はまだ特定できていないということね」

メイティールは顔を上げた。小さく爪を噛む仕草に、男は体を硬くした。

「恐らく、小型であると考えられます。また帝国とは色が異なっているだけでなく。魔光計《プリズム》での観測に手間取っております。深紅は直進性が高いため、接近しないと観測が難しく」

「そんなこと、私が分らないとでも? ベリト、魔結晶の魔力容量はあとどれくらい?」

メイティールは傍らの軍需関連を任せている側近を見た。

「魔結晶の残り容量は5000を切っております。大河の飛竜領域の突破に加えて、クルトハイトを短期に落とすため火力を惜しみませんでしたから」

側近が答えを返した。メイティールは顔をしかめた。

「本国からの補給はどうなっているの。補給路を確保しても物が届かないんじゃ仕方ないわ」

メイティールの視線が卓上の地図に注がれた。東部のクルトハイトから北の大河まで何カ所もの帝国の旗が立っている。

「三日後には到着すると連絡が来ております。ただ、大河を越える以上輸送自体に魔結晶を消費することから、その分は差し引くと」

「ダゴバードが敗れた今こちらに全てを投入すべきでしょ。そもそも、あの男とバイラルの調査が甘いせいで、私たちまで苦労しているのよ。トゥヴィレ山の事前調査だけでもちゃんと終わっていれば、今頃は……」

メイティールは敵に捕らわれた競争相手を非難した。側近は沈黙を守った。

西部攻略軍の敗北は帝国の戦略を大幅に損ねている。失われた兵数は僅かだが、主戦力が壊滅的被害を受けたのだ。先が潰れた杭が地面に刺さるはずがない。

しかも、本国はこれ以上の馬竜の損失を恐れ、西部攻略軍は守勢に徹している。

「守るだけならともかく、攻勢に出るにはきついわね」

「言いづらいのですが。このままでは導師の命じられた軸受けの解析にも支障が……」

側近が言葉を濁した。メイティールが馬車の特殊な軸受けの再現にこだわっているため、少なからぬ魔結晶が消費されていたのだ。

メイティールは側近から目を逸らした。そして、再びトゥヴィレの探索の責任者を見る。

「どうすれば早急に発見出来るか、方法を言いなさい」

「はっ、南北からではなく、三方から探索することが出来れば、恐らくは」

「…………分りました。二班から人員を割きます。早急に深紅の魔口(クリムゾン・ベント)の場所を特定しなさい。成竜が目をつけた以上、トゥヴィレには必ず存在するはず。発見次第、炉の設置にかかるわ」

「かしこまりました」

「魔口に炉さえ設置出来れば、魔力の自給が可能になるわ。後はダゴバードを破った花粉の事ね……、リーザベルトはまだ到着しないの」

メイティールはいらだたしげに言った。

「三日後の本国からの補給に同行される予定です」

「そのことですが導師。バイラル伯が王都に潜伏させていた間者が面会を願っております」

秘書のアリーが言った。

「そのバイラルの失敗のせいで苦労しているのよ」

メイティールはハエを追うように手を振った。

「それが、いくつかの重大な情報を入手したと主張しております。例の馬車の軸受けについての報告もあると」

「面白そうね。いいわ、すぐに連れて来なさい」

軸受けと言う言葉に、メイティールは表情を一変させた。

◇◇

「それで、これの情報っていうのは?」

メイティールはベアリングをくるくる回しながらローブの男に尋ねた。

「すでに目をつけられておられるとは。ですがまず――」

「当たり前でしょ。いい、これ自体もだけど、これを作成した方法は帝国にとっても有益なの。言っている意味が分るかしら。帝国の錬金術の水準を部分的にとはいえ、王国が上回っていたの」

間者を責めるようにメイティールは言った。

「不明は恥じております。ですが、まずはこれをご覧ください。我が国の魔脈についての信じがたい情報でございます」

王国に居る帝国の最上位者に対して意を通そうとする間者。メイティールは眉をひそめた。だが、魔脈という言葉に手を伸ばした。男は数字の列の書かれた紙を差し出した。そこには七十個の数字が、年数と並んで書いてある。

メイティールはうさんくさげに数字を見る。視線が三分の二まで来たところで、顎に手をやる。そして、最後まで数字を追った後、彼女の指が震えた。

「……なによこれ。帝都近くの魔脈の長期的パターンじゃない。私達だってせいぜい四十年分のデータしかないのよ」

メイティールが間者に挑みかかるように言った。

「調略を進めていた第二王子派の貴族が持っていた物です。王国の侵攻の直前に入手いたしました。対帝国の方針を決める会議において提示された資料であるそうです」

「…………おかしいと思ったのよ。ダゴバードに破られたとはいえ、王国はこちらの侵攻に備えていた。50年寝ていた国がよ。ようやく理解出来たわ。これを知っていれば、目の見える者なら帝国の意図を察して当然だもの」

「ちなみにこれを持っていた者は、その重要性を理解しておりませんでしたが」

「帝国に裏切り者が……。いえ、私にも無理なデータを取れる帝国の人間がいるはずがないわ」

「王国において大賢者と言われる魔術師が測定したということです」

「フルシーね。魔脈の変動と魔獣氾濫の関係を導いた研究は見事だったわ。関連性はあるわね。でも何十年も前の業績でしょ。そもそも、どうやって七十年前の過去を測定するのよ。帝国が死にものぐるいで魔導を開発していたとき、王国はなんの進歩もしていなかった」

メイティールは間者をじろりと睨んで続ける。

「私だって、ここを落としてから王国の魔術の水準についてはさんざん調べたわ。ほとんどなんの知見も得られなかったわ。失望したぐらいよ。そして実際、この街は私たちの攻撃に無力そのものだった。それなのに西ではダゴバードが敗れた。そして、軸受けにこのデータ。何でこんなにちぐはぐなの。貴方は王都で活動していたのよね」

メイティールの厳しい視線が間者に突き刺さる。

「第三王子というよりも、西の大公の関係から突然出てきたとしか……」

「軸受けを作っているのはベルトルドという街なのよね」

「私どもの調査では農業が主体の地域です。そこに突然、このような新しい技術が生じております。また、殿下がおっしゃられるとおりフルシーは最近まで忘れ去られた隠居老人にすぎませんでしたし。その軸受けの型を作ったという錬金術士も学生の身分だったと。両人とも西の大公の派閥と思われています」

「更に言えば、あなたたちは虫をけしかけて失敗。ダゴバードはそこを落とそうとして惨敗した。大公と言っても東西で大違い」

メイティールが東《はずれ》を引いた間者を睨んだ。

「……実は、それらの全てに関与している新興の商会があることが分かりました。西の大公が抱えた商会で、ハチミツを扱っています。またその息子が巫女姫アルフィーナと極めて親しいという噂があります。また、その商会が西の大公に近づいた時期が、丁度クレイグが西の魔獣討伐を行った時期と近いのです。王国ではよほどのことがない限り新興の商会が大公に認められるなどあり得ないことです」

「商人と言うことは魔術には関わっていないはずよね」

「はい、リーザベルト殿下がその商人の息子をお招きになった時に調査しておりますが、なんの資質も持っておりません。ただ……」

「西の大公から出てくる不思議について、何らかの情報を持っている可能性が高いということね。いいわ、最優先で調べなさい。必要なものは何?」

間者はゆっくりとメイティールに近づいた。秘書のアリーが動こうとするが、メイティールはそれを制した。

「今回クルトハイト大公を切り捨てたことで王都で使える伝が細まっております。そして、東の大公の失脚で第二王子の立場が極めて不安定になっております」

「さぞかし恨んでいるでしょうね」

メイティールは嘲笑を浮かべた。

「はい。ですが、何度か会った私の見立てでは視野が狭い者です。後ろ盾を失い、対立関係にあった弟のクレイグは帝国軍を唯一破ったことでその名声は天井知らず。それに、帝国は東のクルトハイトを落とし西はカゼルまでを占領して王都を挟み撃ちの体勢。ここで、何らかの餌を与えれば帝国に対する怒りを忘れさせることも不可能ではないと……」

間者は声を潜めた。

「いいわ。この軸受けや魔脈記録の秘密が分るならたいていの条件は安いものよ」

メイティールは頷いた。