The Economics of Prophecy

Five Stories: First Half Information Can Be Bought For Money

「簡単に言えば予言の超高密度の”情報”は”超高密度の”波長”で有り、超高”エネルギー”と言うことなんだ」

俺はメイティールを説得すべく説明を開始する。といっても、あらかじめ断っておかないわけにはいかない。

「三人が期待するような話とはちょっと、いや完全に違うと思う。想像も出来ないくらい抽象的な話だから」

「聞きましょう。聞いてから判断するわ」

「お主の話が想像の範囲に収まったことの方が少ないわい」

「私には、えっと、お手柔らかに」

メイティールが頷き、フルシーとノエルも俺の前に並ぶ。俺は三人の生徒、全員俺より頭が良い、に押されるように石板の前に立った。

「前提が二つある。一つは、魔術も魔導も魔力を使った情報処理だという事。もう一つは水晶の予言はその情報処理の中でも、膨大な情報の観測と伝達を必要とすること。言い換えれば超高密度の情報を扱うこと」

俺は自分の考えを整理するようにそう切り出した。

俺は魔術も魔導も使えない。ましてや、あの忌々しい水晶が具体的にどんなメカニズムで未来を計算しているのかは分からない。俺に分かることは”その計算に必要な情報が精密かつ膨大であろう事。そして、情報が精密かつ膨大であると言うことの物理的帰結だけだ。

エンジンの細かい仕組みは分からなくても、鉄の塊を高速移動するためには膨大なエネルギーが必要だと言うことは分かる。そういうレベルの話だ。つまり、高密度の情報は高密度のエネルギーと等価ということだ。

「情報……。リカルドがいつもこだわってる言葉ね。螺炎の時もそうだった。リカルドの言う情報って何?」

「まずはそこだよな……。逆に質問で悪いけど【情報】ってなんだと思う」

「……単純に言えばこのような文章で書かれた物かしら」

メイティールが石板に貼り付けられた紙を指差した。紙に書かれた文字は確かに情報だ。だが、俺の言っている情報は人間がいなければ成立しない特殊なものではない。

「もちろん、その紙に乗っているのは情報だ。ただ、俺の言う【情報】はもっと広いものになる」

人類が文字を生み出す前にも、【情報】はあった。例えばDNAの遺伝情報だ。高度な情報はバクテリアレベルから存在したことになる。ただ、俺がこれから説明するのは、生物すら関係ない物理学レベルの話だ。

「例えば、この紙に王国と帝国の比較という【情報】が書かれていたとする。何が書いてあると思う?」

それでも敢て身近な例を挙げた。……自分の理解で可能な説明をするためだ。

「……帝国の統治者は皇帝、王国の統治者はリカルド、とか?」

「冗談をいってる場合じゃないんだけど」

冗談はこれから俺が話す内容だけで十分だ。

「分かったわよ。「帝国は山地が多く、王国は平地が多い」とか」

「それ、そういうことなんだ」

「…………」

「それでは分からんぞ」

「頼りなくて済まないが、自分でも整理してる。……えっと、今の例で良いんだ。「どちらの国も大地がある」とは書かないだろ」

「それはそうでしょう。当たり前のことだもの」

「そう、当たり前、つまり共通のことは【情報】にならない。逆に言えば違いが【情報】なんだ」

王国人同士が自己紹介する時に「私は王国人のリカルドです」「私は王国人のノエルです」と言わない。

「違いが情報……。分かるような解らない話ね。とりあえず情報は違いでいいわ。それで?」

「【情報】が違いと言うことは、一番単純な違いが【情報の基本単位】になると言うこと。……わかりやすく目に見える物でいえば……」

俺はポケットから銅貨を一枚取り出した。指先ではじくと、高い音を立てて空中で回転する。

「お金持ちと貧乏人の違い?」

ノエルが首をかしげた。人を守銭奴みたいに……、情報理論よりも俺の実体《しょうにん》に近いのが泣けてくるな。まあ、全てを情報で表現するというのは、人間の価値をお金で換算するのに似てると言えば似てるが……。

「この場合は、表と裏があることを言っている。一番基本的な違いは二つの違いなんだ。表と裏、イエスとノー、無《セロ》と有《イチ》。この違いが全ての【情報の基本単位】だ。仮にコイン一枚の裏表で表現できる情報利用を【1ビット】としよう」

俺はコインをひっくり返しながら言った。コンピュータの話をするんじゃない、コンピュータがビットを扱う理由が、今俺が説明したモノなのだ。

「つまり、情報の”量”というのは、このコインの数に換算できることになる……」

俺の言葉に三人が揃ってキョトンとする。分からないよな。俺だって分かってるかと言われると怪しい。

次の例えが必要だ。俺は周囲を見渡す。窓の外から校舎が見える。……放課後の教室には人っ子一人いない。

「あの教室をみてくれ。あそこに、一人さみしく座っている学生がいるとする」

俺は教室を指差した。幸いそんなぼっちは居ないが、例えだ。何でこんなたとえを思いついたのかは考えたくない。

「模式図にしたらこんな感じだ……。簡単にするために、あの教室の席が縦4列、横4列の16しかないとする」

三人の怪訝な視線を浴びながら、俺は石板に教室の模式図を書く。そして、一つだけ席を埋める。

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「この学生の位置をコイン何枚で記述できるか考えてみる」

俺はそう言って生徒達の顔を見回す。

「……突拍子もないところに飛ぶのう」

「言ってることは分かるけど、何が言いたいのか全く分からないわ。いつものことだけど……」

フルシーとノエルがうーんと言う顔になる。

「軍隊の位置が情報であるような物?」

メイティールが言った。軍事的には位置情報というのは最重要な物だ。

「そう、位置情報だ。メイティール殿下なら分かるはずだ。位置情報には精度がある。最初はコイン一つで表現できる情報だ。教室の一人の学生はどう表現できるか」

俺はコインを二枚取り出して、片方を表、片方を裏にする。石板にその違いを示す。

教室に生徒が居るか?  ●《イエス》 ○《ノー》

「コイン一枚で表せるのは、生徒が教室の中にいるか、いないかだけだ」

「イエスかノーね」

「そう、この場合、

教室に生徒はいるか? ●《イエス》

と表現される。生徒が教室に居ることだけが分かって、16席の中のどこに座っているかは全く分からないことになる。つまり……」

俺は石板の上の16の席を”薄く”塗りつぶした。

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■ ■ ■ ■  =生徒は16席の内”どこか”にいる

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「コイン一枚、1ビットの情報はこういう認識になる」

メイティールが慎重に頷いた。この時点で俺よりも頭が良い。俺がこの話を聞いた時は、情報通信技術とコインに何の関係があるんだと文句を言った。

「じゃあ次はコインを一枚増やす。すると、もう少し細かく情報を表せる」

教室に生徒はいるか?     ●《イエス》

教室の左半分に生徒がいるか? ○《ノー》

「つまり、コイン二つを使えばこういう認識になる。視覚的にとらえれば……

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□ □ ■ ■  =生徒は教室の右半分のどこかにいる

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こんな感じに近い」

俺は席の半分をさっきまでよりは心持ち濃いめに塗りつぶした。

「確かに、学生は後半にいるわね」

「だけど実際に教室には席が四列だから、左半の左と右のどちらかを指定する情報が必要だ。つまり、この学生の位置を指定するにはもう一枚コイン必要。計3枚だ」

生徒はそもそも教室に存在するか?     ●《イエス》

右半分に居るか?             ○《ノー》

左半分の左半分に居るか?         ●《イエス》

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□ □ ■ □  =生徒は教室の左から三列目のどこかにいる

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「ただし、生徒が教室にいることを前提にしたら、コインは2枚で良い。コイン2枚あれば、四つの可能性の内の一つを区別できると言うことだ。次は縦軸だ「前半分に居るか?」に置き換えて続ける。その結果、16席の中から一つ、つまり16の可能性の中から一つを指定するには結局4枚のコインが必要だと言うことになる」

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俺は模式図を最初のモノに戻した。

まあ、実際にやっていることは単純だ、机に1から16までの番号を振って、生徒の座っている番号を二進数《ビット》で表すようなもの。ただし、今言ったように、精度が問題になる。

「ポイントは、生徒の位置情報を絞り込めば絞り込むほど、情報量が増えていくということだ。今回は机という単位で表しているが、もっと正確な位置を表現したければ、もっと情報、つまりそれを表現するためのコイン《ビット》が必要になる」

例えば、教室の縦何センチメートル、横何センチメートルだともっと細かくなるし、ミリメートルだともっと細かくなる。誰がぼっちか知りたいだけなら席の位置だけで良いだろうが、仮にスナイパーとして狙撃するならより詳細な情報が必要になる。

「なんかとてつもなく回りくどいけど、結論は当たり前ね。それで、これが魔力と何の関係があるの?」

メイティールが言った。

「ふむ、これが予言と繋がるのか……」

「私はこの後どんなことになるのか頭が痛いです……」

三人は一応興味を持っている。次は、このコインの数と、波長と、エネルギーをイコールで結ぶ。