The elegant daily routine of sage Grecas - here we go with a lovely 'Sage Hall' life!

Masked King Southout Jormusa and the measures of the wise

『そう! 我こそが新世界の支配者――ザウザウト・ヨルムーザよ!』

低く粗暴な声が朝のリビングに響き渡った。

その名は言うまでもなく、エルゴノートの滅んだ故郷であるイスラヴィア王国の跡地(・・)に建国された新興国家(・・・・)、ネオ・イスラヴィアの首領のものだ。

プラムやヘムペローザ、イオラとリオラも、場違いなダミ声に何事かと水晶球を遠巻きに眺める。

俺にとってもっとも腹立たしいのは、折角エルゴノートがルゥローニィとスピアルノの仲裁をしてくれたほわほわ気分に水を指された事なのだが。

--ったく、空気の読めない奴だな。

まぁ、こいつがやっていること自体、空気もなにもあったものではないが。

とはいえ俺は、リビングダイニングにいる面々に手で合図を送り、この場から離れるようにと指示を出した。

こちらの室内の様子は水晶球を通じて向こうにも伝わる可能性がある。

ディカマランの英雄として顔が知れているファリアやルゥは堂々としても構わないが、プラムやイオラ達などは、不用意に顔を見られては困る可能性もあるからだ。

賢いリオラやヘムペローザはすぐに俺の意図を察して身を低くし、水晶球が見えない位置に皆を移動させてくれた。スピアルノは言われるまでもなく、忍者のような素早さで机の下に潜り込ませていた。

ダイニングテーブルの中央に置かれた水晶球に、突如として映し出された頭目の姿に俺は一体どんな人物かと目線を向ける。

顔全体を覆う深いトンガリ帽子のようなマスクを被った人物は、大柄で一目で男と判るのだが、素顔をうかがい知ることは出来なかった。三角錐のマスクには目の穴が開いておらず、その代わりにぐるりと取り囲むように不気味な赤い「目」の紋様が描かれている。

おそらくは世界の全てを見通す「神の目」とやらを気取っているのだろうが、それとも何か特殊な魔法が仕込まれているのかもしれない。

いずれにせよ、胡散臭さ満載だ。

「ほぅ、こいつがネオ・イスラヴィアの首領というわけか」

水晶球の一番近くに座っていたエルゴノートが、表情をさほど変えずに俺に耳打ちする。

「らしいな。エルゴノート、この男に見覚えは?」

「無いな……。まぁ顔をマスクで覆っているので何ともいえないが」

勇者が水晶球の向うの人物を睨みながら、僅かに眉をひそめる。

魔王大戦で滅んだエルゴノートの母国に残っていた国民をかき集め、一つの国として再興した手腕は特筆すべきだが、問題はその後だ。

エルゴノートの身柄を引き渡せとメタノシュタットに無茶な要求を行い、それが聞き入れられないと判ると呪詛を宿した暗殺者を送り込み、挙句『鉄杭』という特殊な術式による領土略奪という挑発行為を繰り返している張本人(・・・)だからだ。

その目的はおそらく国内政治的失敗による不満(・・)を外に向けさせる為と考えれば合点がいく。国内政治の問題を、エルゴノートという旧王家に押し付けて逸らし、さらには『鉄杭』による領土拡張で国威発揚をして乗り切ろうというのだろう。

――まったく、何処の世界でも「支配者」とやらの考える事は変わらんな。

黒服面に検索魔法(グゴール)で歴史書を数百年分見せてやりたい思いに俺は駆られていた。どれほどの国々が興っては滅んでいったのか、それは何故なのか、そのとき誰が一番犠牲になるのか……。

俺は冷たい目線を注ぎつつメガネを持ち上げる。

おそらく水晶球にはエルゴノートの背後でメガネを光らせている「賢者」が映っていることだろう。

『カカッ。我らの魔法戦力(・・・・)の強大さを身に染みて判った頃だと思うてな』

黒覆面、サウザウト・ヨルムーザの声からは「余裕の笑み」を感じ取れる。

この通話は秘匿回線(・・・・)である『水晶球』の共鳴回線に割り込で行われているものだ。王都メタノシュタットの王宮にある水晶球と賢者の館に向けて、同時生中継しているのだから、おそらく王宮でも今頃大騒ぎだろう。

しかし、これほどの事を易々とやってのけている時点で、かなり高位の魔法使いが黒覆面の背後(・・)に居ることがわかる。

――ダークエルフ、シュスヴァルト・アルベリーナか。

サウザウト・ヨルムーザの声に、いよいよエルゴノートが重い口を開いた。

「魔法がいくら優れていようとも、使う者次第でハナクソ程の役にも立たん、……という歴史的な事例を見せてもらっている最中さ」

『ぬ……ぅ?』

いきなり挑発だった。

エルゴノートも普段は穏やかな物腰だが、その本質は熱く燃え滾るような魂を持つ男だ。

自分が魔王を倒すという目的の為に決死の旅を続けている間に、国を掠め取られたと思っていても無理はない。

『エルゴノート・リカル……! イスラヴィアを捨てて逃げ出した腰抜(・・)けの王子よ……。魔王軍に国が焼かれたあの後、それでも生き残った国民は必死に瓦礫の中から這い上がり、健気にも王の帰還を待っておった。だが、貴様はどうだ? 魔王を倒したという功績は認めるが、自分だけがのうのうと生き残り、メタノシュタットの王城で姫に取り入り暮らしていたのではないか? ……あのようなパーティまで催され、さぞや気分がよかろうが?』

憎しみと怨嗟交じりの声に俺は眉をひそめた。

――私怨か。この男……イスラヴィアの元軍属か、貴族だろうか?

黒覆面は大仰に両手を持ち上げて、訴えるように語り続ける。

おそらく背後の部下達と、もしかすると「国民」とやらにも聞こえるような仕掛けになっているのかもしれない。

「……違う。俺は知らなかったのだ。国は完全に焼け落ち、生き残った国民は居ないと……。そう……思っていたのだ」

エルゴノートの精悍な横顔に、明らかな苦渋の表情が浮かびはじめた。

『カ、カカ! これだから世間知らずの『王子』様というものは……。見よ! 我がこの忌まわしくも美しい傷(・)の数々を、これは全てイスラヴィアから魔物を追い払い人々を救ってきた証! 真(・)の救世主(・・・)たる、我が勲章だ!』

黒衣の男は衣をまくりあげると腕を見えるように曝け出した。およそ王族とは思えない筋肉質の腕と無数の傷と縫い跡が見えた。それは嘘偽りのない戦いの傷跡だ。

この男は嘘は言っていない。

元兵士……それも軍を率いていたようなある程度の地位に居た人物なのだろう。

「何が目的だ?」

エルゴノートが険しい顔で水晶球を睨みつける。

『我らネオ・イスラヴィアは、新世界の秩序を構築するため、神の鉄槌砲――ヴァビリニア・カタパルトでメタノシュタットを砂漠化し、我が神聖な領土に編入する。止めて欲しければ貴様の持っている宝物、雷神(サンダガード)の黎明(ホルゾート)の剣を差し出すのだ』

--成る程、身柄引き渡しというのは口実で、真の目的は「宝剣」か。

「この剣は正当なる王の証だ。渡すわけにはゆかぬ」

『カカカ! 正当な王(・)はこれから我(ワレ)がなるのだ。貴様はそこで死ぬがいい。よかろう……。貴様が自ら差し出すというまで鉄杭を打ち込んでくれようぞ。まずは……その、賢者の館にな』

黒覆面が嗤ったように見えた。

「なに……!」

片手を挙げると、水晶の画面が切り替わり砂漠と空の景色を映し出した。

すると忽然と砂漠の中に巨大な鉄のモニュメントのような、塔がそそり立っているのが見えた。

数百人は居ると思われる奴隷のような人々が何かの資材を運んでいた。それが巨大な溶鉱炉のようなものに次々と投げ込まれてゆく。よく見ればそれは鉄で出来た鎧や剣、そういったガラクタだった。

多くの黒衣をまとった魔法使い達が一斉に呪文を励起している様子が映し出された。巨大な鏡のような魔法で太陽光を一箇所に集め、超高温を作り出しているのだ。

眩いばかりの光の渦の中心で、鉄が一瞬で赤熱し白色の光を発しながら水のように流れ出した。それは更に一箇所に集められ、巨大な鉄の構造物である塔の下へと流れ込んでゆく。

――これが……ヴァビリニア・カタパルトか!

俺は可能な限り画像を解析する。

砂漠の真ん中にそびえるのは、高さはおそらく30メルテはあろうかという長大な鉄骨の塔だ。骨組みのやぐらのような構造体で、中心にレールのような一本の柱が見える。

塔の真横には半円形クレーター状の溶鉱炉が見えた。それは魔法で太陽の光を集めるという一種の「太陽炉」だろう。それに奴隷のような姿の国民に集めさせた鉄くずを投げ入れ、溶かしたものを整形した後に「円環魔法(サイクロア)」で加速射出しているのだ。

再び画面が切り替わった。

『カカッ……あと10分ほどで鉄杭砲が射出される……! 目標地点は腰抜けの王子、エルゴノートが潜伏(・・)しているそこ、賢者の館よ!』

「――やめろ! この館は関係ない! 用があるのは俺と宝剣なのだろう!?」

館に打ち込まれると聞いて、ついにエルゴノートが顔色を変えた。

リビングに駆けつけたレントミアと妖精メティウスが、ファリアの両脇で水晶球を通した緊迫したやり取りに息を飲む。

「こ、こわいのですー」

と小さく呟くプラムをリオラが抱きしめている。

『カーカカ! 我(ワレ)が正当なる王になる事を国民も望んでおる! 賢者の館が無くなれば……次はメタノシュタットの王城ぞ。さあ剣を渡すがいい! 命だけは助けてくれようぞ』

「き、貴様……!」

普段は飄々として余裕の笑みを浮かべているエルゴノートから、完全にその色は消えていた。

もしメタノシュタットが魔王大戦にて疲弊していなければ、今頃は数万という屈強な王国討伐軍(・・・・・)が国境を越えてこの男のもとに押しかけていただろう。

長らく続いた魔王軍との戦いで国民も兵士も疲れ果て、この一年でようやく平和へと向かう軌道に乗り始めた所なのだ。

誰もが認めるティティヲ大陸随一の大国であるメタノシュタットとはいえ、このネオ・イスラヴィアの暴君を止める手段がないのだ。

――ならば。

「……恐れながら申し上げます、サウザウト・ヨルムーザ閣下」

俺は口を開いた。静かに、まるで場違いとさえ思える静かな声で。

「ググレ……」

エルゴノートがはっと俺の方を振り返る。

『ぬぅ……? 何者ぞ?』

「賢者ググレカスと申します。勇者エルゴノートと共に旅を続けてまいった、仲間にございます」

『ほぅ? 貴殿が噂に聞く世界で唯一の賢者、ググレカスか……。よい、話してみよ』

サウザウト・ヨルムーザは玉座に身を沈め、手を胸の前で組んで俺の言葉を待つ。おそらく、あまりにも若い賢者に対する純粋な興味だろう。

この水晶球の映像と音声は、メタノシュタットの王城にいる者たちと、ネオ・イスラヴィアの国民、少なくとも玉座の間に居る兵士達や魔術師達に聞こえているはずだ。

「王はたった今、『賢者の館が無くなれば次はメタノシュタットの王城』と申されました」

『……あぁ、言った。それがどうかしたか? まさか……エルゴノートを匿(かくま)っておきながら、やめてくれとでも懇願なさるおつもりか?』

覆面は無表情だが、明らかにあざ笑う様な冷たい気配が俺に向けられた。

「とんでもございません。『鉄杭』はやがて放たれましょう。この館目がけて」

あぁ、と俺はおどけたような仕草で返す。

『カカ……! 世界中のどんな魔法使いもあれを防ぐ事は不可能ぞ? それとも……賢者(・・)どのならばどうにかできると申されるか?』

「鉄杭はたしかに恐ろしい。ですが、それを打ち込まれても尚、我が館が消えず、壊れず、無傷のままあり続けたらどうなさいます?」

『――――! そんな事があるわけなかろう! 10トンを超える鉄だ! どんな事をしても防ぐ手段はない!』

覆面王サウザウト・ヨルムーザは鉄杭に絶対の自信を持っている。

だから超国家旧の秘密兵器であるヴァビリニア・カタパルトの全容を曝け出したのだ。あの兵器に狙われればどんな国の王も震え上がり、討伐軍を送ろうなどとは考えないからだ。

俺はメガネを指先で持ち上げて、そして賭けに出る。

「お約束ください。もしも我が館が無事ならば……王城への攻撃は止めていただきたい」

水晶球の向うに見える黒衣の兵士や魔法使い達にわずかな動揺が見られた。

王たるもの、一度口にした約束を反故には出来ない。

『……いいだろう賢者ググレカス! 貴殿の申し出、受けようぞ!』

――乗ってきたな。

ざわ、と背後の王宮がざわめいた。おそらくメタノシュタットでも同じような状況だろう。

「感謝いたします、偉大なる新世界(・・・)の王、サウザウト・ヨルムーザ様」

俺は最大限の皮肉を込めて恭しく礼をして見せた。

『……貴殿の館が粉砕される映像は、我らが放った使い魔達の目(・)を通じ、水晶球に送られる仕組みだ。粉微塵に粉砕される前に、安全な場所へ逃げることだな』

王は凄みを利かせた声で威嚇するように言い放った。

それでも俺は表情を変えず、

「お心遣い感謝します。それと……、王」

『な、なんだ……?』

「我らディカマランの英雄全員(・・・・)で、そちらにご挨拶に伺おうと思います』

俺はニイッと口角を持ち上げた

「メタノシュタットに古くから伝わる、友好親善の証として、王の額に『肉(にく)』と書かせて頂きたい所存にございます」

ビギシ! と、なにかが切れる音がした。恐らくは王の青筋の音だろうが。

『……賢者……ググレカス。では、神の鉄槌をくらうがいいッ!』

<つづく>