The elegant daily routine of sage Grecas - here we go with a lovely 'Sage Hall' life!
Reasons for joy and the planar slime Princess Lana
◇
一夜明けた翌日――。
「あちぃ……」
見上げた空は青く、今日も暑くなりそうな予感だ。
俺はTシャツ姿のまま膝下ほどの深さの清流に入り、ジャブジャブと冷たい水で汚れ物を洗っていた。
ここは賢者の館のすぐ横を流れる幅2メルテ程の小川だ。川岸ではマニュフェルノとリオラが、石鹸水の入った樽の中で汚れの酷い物をゴシゴシと擦っている。リオラは愛用のエプロンを念入りに洗っているし、マニュフェルノは俺のズボンを揉み洗いしている。
リオラは邪魔にならないようにと艶やかな栗毛をきゅっと後ろで束ねているし、マニュフェルノも銀髪をひと結いの三つ編みにまとめている。二人とも薄手の町娘のような平服姿で、涼しげな夏の装いだ。
白い首筋や耳元、そして肩の鎖骨や胸元に連なるラインが綺麗で、マニュフェルノのほうが胸が大きいのが判る。リオラは、なんというか発展途上な感じだろうか……。
「邪悪。そんな視線を感じました!」
「ぐぅ兄ぃさん! 手が止まってます!」
ぴちゃっ! とマニュフェルノに石鹸水のしぶきを飛ばされる。
「――目が!?」
って、メガネが無ければ悶絶していた所だ。
なんというか昨日の戦いが嘘の様に平和な光景だ。
朝食を食べ終わった俺は、リオラとマニュフェルノと一緒に、川で洗濯を手伝っていた。
昨日の戦いで泥だらけになった賢者のローブやらズボンやら、自分自身の汚れ物ぐらいは自分で洗おうと思ったからだ。
いつもは「俺の仕事」である台所での皿洗いは、ルゥとスピアルノにお任せしてある。
二人並んで仲良く皿を洗うネコ耳少年と犬耳少女は、時おり腰や肩をぶつけあいながら、なにやらおしゃべりをしていた。完全に二人だけの世界なので、俺はもう、そそくさとその場を去るしかなかった。
「ぐぅ兄ィさん、今日は王都に行くんですよね?」
リオラが手元の洗濯物を延ばしながら尋ねた。
「あぁ。いろいろ日用品も足りなくなってきたし、みんなも何枚か夏服が欲しいだろ」
「わ! 嬉しい。じゃ、わたし買い物リスト作りますね!」
「それはリオラに任せるよ」
リオラが瞳を輝かせて洗濯の速度をあげる。やはりこういう家庭的なことになると俄然楽しそうだ。
メタノシュタット王都に行くのは、「もしかするとまた旅になるかもしれない」という予感もあったからだ。物資を補給しつつ、敵の動きを探りたいという思惑も勿論ある。
それに、逃がした蜘蛛怪人(・・・・)の反応が王都近郊で消えたことも判っていたからだ。
「あ、ぐぅ兄ぃさん。すすぎが終わったら絞るのをお願いします」
しっかりものの妹がてきぱきと指示を出す。
「男手。やっぱり洗濯物を絞るのは力仕事……!」
「いつもそれが大変ですよね」
「手荒。手も痛くなるし」
ねぇ、と互いに顔を見合わせてから、リオラとマニュフェルノは微笑んで、期待混じりの目線を向けてきた。
女の子たちにそんな事を言われては、俺だってがんばるしかないじゃないか。
「お、おぅ! まかせとけ」
早速ぎゅう、と濡れた洗濯物を絞ってみるが、これが意外と力仕事だ。自分の腕の細さが恨めしいが、こうなったら……
――魔力強化外装(マギネティクス)!
「ふぬぬッ!」
っと、一気に水を絞りきる。便利魔法で一気に力強い頼りになる男を演出だ。
「反則。ググレくんずるい!」
だがマニュフェルノにはお見通しだったようだ。メガネの奥でほにゃっとした瞳が笑っている。
「いいんだよ! 魔法も含めて俺の力なんだから」
――チカラ、か……。
俺は夕べ『フルフル』を培養槽に入れ、その無事を確認した。更に敵が送り込んできた『黒いスライム』の回収サンプルから、メティウスと共に仕込まれていた魔法術式(・・・・)を解析し、対抗手段を考え始めていた。
悲劇を繰り返さない為にも、俺はまだ強くならなければダメなのだ。
平穏な日常を望む為に、力を――、か。
俺は手元の洗濯物を、ぎゅっと強く絞り上げた。
◇
「――新(ニュー)陸亀号(グラン・タートル)号、『賢者の館』発進!」
俺が多くの魔法を一斉に自動詠唱(オートロード)すると、館の周囲に複雑な光の紋様が浮かび上がった。地面から噴き出すオーロラのような輝きは徐々に径を広げていき、やがて30メルテほどの円形の魔法陣を描いた。
「賢者ググレカス、館の各部に異常なし! 水平安定術式(オートバランサ)正常、『隔絶結界』臨界を保ちつつ安定稼動、微速……前進しますわ!」
メティウスの掛け声と共に、超臨界駆動(スーパーアクセル)させた「隔絶結界」の力により、空間そのものを地面から抉(えぐ)ることで浮かび上がった賢者の館は、ゆっくりと向きを変えて歩き出した。
戦術情報表示(タクティクス)には『賢者の館』の状況が全て映し出されている。
船(・)の底にはスライムを形成して固めた人造の筋肉、すなわち歩行機関である「二本の足」が生えている。量産型ワイン樽ゴーレム『樽(バール)』を船体下部に配置し、樽から浸出(しんしゅつ)させたスライムの形状を変化させたものだ。
歩行用の脚が二本生交互に地面を蹴って推進力にしているが、振動もなく極々静かなものだ。
「改めて見るとすごい魔法だな……」
「あぁ、館が地面を歩くのだから、ググレの魔法には驚くばかりだよ」
ファリアとエルゴノートが動き始めた館の庭先でそんな会話を交わしている。同じく庭先で見物していたメンバー達も一様に驚の声を漏らしている。
――いや、凄いのはレントミアだよ。
俺は館の二階の窓を見上げて、手を振った。
窓辺で頬杖をついて景色を眺めていたレントミアが、吹き込む風に若草色の髪を耳にかきあげて、そして俺に微笑を返す。
「賢者ググレカス! 私、レントミアさまのところに行って見ますわ、眺めが良さそうですもの!」
「あぁ、どうぞ」
妖精メティウスがふわりと二階の窓へと飛んでいった。
レントミアが一ヶ月以上前に詠唱した「超臨界駆動(スーパーアクセル)」させた隔絶結界の効力は今も健在だ。
砂漠の旅を終えても隔絶結界の特殊境界面は安定的に維持されていて、簡単な術式だけで館を歩行形態へと移行できる。
魔法の師匠であり、偉大なハーフエルフの魔法使いレントミアの円環魔法(サイクロア)は、改めて驚異的なものだと舌を巻く。
ヘムペローザの蔓草魔法(シュラブガーデン)を砂漠の緑地化に使えるほどに進化加速させ、そして俺の隔絶結界をこんな形で加速(・・)し続けているのだから。
『コロ……コロ!?』
『これが賢者さまの魔法なのデス!?』
ガレージの入り口に掴まって、きょろきょろと辺りを見回しているのは、ダンゴムシの半昆虫人(イノセクティアン)のコロちゃんだ。頭の上に乗せているのは、文字でコミュニケーションがとれるという前代未聞の反則級の進化系スライム姫のラーナちゃんだ。
「へーきなのですよー。ググレさまが魔法でお家を歩かせるのですー!」
「まぁ、驚くのも無理は無いがにょ! ちなみにワシは賢者にょの一番弟子にょ!」
『コロ……!』
『やはり噂に聞きし賢者さま、凄いデス……!』
コロちゃんはプラム達の手当てのお陰で、フラフラしていた昨日よりは元気になったように見える。背筋もシャンとして……まぁ、ダンゴムシなので丸いのは丸いのだが、昨日に比べて、という意味だが。
相変わらずプラムはコロちゃんの話がわかるようだし、ラーナ姫は自分の体の一部を文字列に変えてコミュニケーションをとっている。
と、コロちゃんに運ばれてきたスライムのラーナ姫が、文字列で俺に話しかけてきた。
『王女様が賢者ググレカス様を目指して旅をしなさい、とおっしゃった意味がわかりましたデス……』
「意味……?」
『ここにいる仲間達(スライム)は、みんな、とっても楽しそうなのデス! 存在(・・)を認めてくれた事や、役に立つ事が嬉しくて……幸せなのデス!』
「スライムが、喜んで……?」
俺は姫の言葉に面食らった。
『えぇ。みんな、一緒に旅をして共に居られる事を喜んでいるのデス』
「あ、あぁ……そうか、そうなのか」
フルフルが最後に見せてくれた微笑の意味――。樽に押し込まれて辛いとか嫌だとか、この子達はそんな風には思っていないのだ。
俺はスライム姫の言葉に、目の前の世界ががまた一つ明るく広がった気がした。
『ここ……凄く気に入りましたデス! でも、このままじゃ不便……人間の街も見てみたいデス』
と、姫がいいかけたところに、丁度イオラが俺を探して歩いてきた。庭先を歩いてガレージの前にいる俺たちを見つけたようだ。
「あ、いたいたぐっさん! あのさ、リオが買物リストを作ったって。メタノシュタットの街に行く前に……」
『そこの――可愛い男の子! キミに……きめたデス!』
突然、びょーん! とピンク色のスライムが跳ねたかと思うと、歩いてきたイオラのシャツの胸の部分にペタリとへばりついた。
「わ!? ちょっ! なになに!?」
いきなりスライムにくっつかれたイオラが驚いて目を白黒させる。慌ててスライムを引っ張るが、既に服と一体化していて外れない。
「イオラ、ちょっとまて一応それお姫様だから……!」
「ぐっさんなにこれ!? どーなってるの!」
『街の中は……この子に運んでもらうことにするのデス!』
イオラのTシャツの胸の上で文字列が流れ、平面美少女(・・・・・)がニコリと微笑んだ。
「えぇえ!?」
こうして――。
平面スライムのラーナ姫をTシャツの胸に貼り付けたイオラが、メタノシュタットの街を歩くことになった。
<つづく>