「安堵。すっかり元気そうね」

明るく弾むような声に振り返ると、水着(・・)を着たマニュフェルノが立っていた。いつもは括っている銀色の髪をストレートに解き、大胆に肌を露出したビキニスタイルでだ。

紫色の大人っぽい感じの水着は、腰にパレオを巻いてはいるが……ヒモだ。

「マ、マニュ!? オッ……いや! 水着なんて初めて見たよ、うん!」

白い肌に意外なほど立派な谷間のある胸、ふっくらと肉感のある柔らかそうな腹や腰まわり……。普段は僧侶服――とはいってもどの教会にも属していないのだけれど――を身に纏う事が多いマニュフェルノがこんな格好をするなんて、自作の同人誌の登場人物だけだと思っていたのに……!

以前は「肌を見せるのは教えに反します。見るのは好きだけど」といっていたマニュフェルノとは思えない冒険水着(?)だと思う。

「賢者ググレカス! お怪我の調子はよろしくて!?」

メティウスも俺めがけて跳んでくるが、こちらもギリギリな感じの水着姿だ。妖精じゃなかったら目のやり場に困--

「だっ!?」

いきなり俺のメガネに張り付いてきた妖精(メティウス)の羽で前が見えない。いや、見えているのはメティウスの肌色と水色のビキニだが。

「よかったですわ……!」

「うわわ、まてまて!」

そっと手のひらで引き剥がすと、メティウスがうるうるとした瞳でまたメガネにへばりついた。俺は視界をふさがれながらも、「寝ている間の乙女のキス」の正体を突き止めようと考えた。おそらく前科からしてメティウスだと思うが。

「なぁメティ、俺が寝ている間、何かしたか?」

「? 私はマニュフェルノさまとリオラにイオラ……、あとスライムの姫君さまと、それにファリアさんにルゥさん、レントミアさまに、……兎に角、全員交代で賢者ググレカスさまを見守っておりまわしたわ」

「全員で?」

「はい、それが何か?」

うーむ。そのメンバーが互いに見ているときに、俺にキスとするとは思えない。となるとプラムかヘムペロか?

まさか……レントミアのやつではあるまいな?

なんだかそんな気もしてきたが、これ以上の詮索は無理のようだ。

気が付くと、俺はマニュフェルノを凝視していたらしかった。慌ててあたふたとメガネを直したりする。

「羞恥。ちょっと恥ずかしいかも」

「い、いや! ごめ な、なんだか見慣れなくて……」

「寸法(サイズ)。合ってないのかな?」

「いや、ちょうどいいな、うん」

――っといかんいかん、これじゃガン見している人じゃないか!?

マニュフェルノがぱちん、と胸の上のヒモを弾いてから、きゅっと胸を隠そうとする。けれどそれが余計に谷間を強調する結果となる。

俺は、ぎゅんっ……! と後頭部が痺れたような熱い感覚に襲われた。おそらくこのままだと鼻血がでるかもしれない。今時、王都で売っている漫画でも鼻血を出すヤツなんていない。

何か気の効いたことを言わなくては……。そうだ、海が青いとか、水着が可愛いとか、肌艶がいいとか、髪が綺麗だとか。

「あ、足……治してくれてありがとな」

「謙遜(いえいえ)。いつものことですし、別に気にしないで」

極めて事務的な硬い会話になってしまった。

マニュフェルノはそれを聞いても優しく笑う。

きりりと顔を引き締めて、丸メガネの向こうの深紅を帯びた瞳を覗き込む。優しくまなじりの下がった様子はいつものマニュフェルノで、俺は何故だかほっとする。

「…………」

「わっ! と!」

肩を貸してくれていたリオラが、すっと俺から身を離した。一瞬だけ「き」と鋭い目線を俺に向けていたような気もするけれど、すぐにいつもの機嫌のよいときの顔つきに戻って、マニュフェルノのほうへと軽やかな足取りで駆け寄っていった。

「マニュさん水着可愛い! いいな。私も着ようかな……」

「海辺。みんなも遊んでいるんだから、リオラもすこし休めばいいのに」

リオラはマニュフェルノの言葉に、水着を間近で眺めながらも手を後ろで組んで俯いて、まるで悩んでいる時のように足先で白い砂を掘った。

その様子がまた可愛いが、マニュフェルノを見上げてぽつりと呟く。

「でも、ぐぅ兄ぃさんが心配だったので……そばに居たくて。皆は、マニュ姉ぇは……心配じゃないんですか?」

それは少しだけ抗議じみた声色だった。

確かに皆は木陰で寝ていた俺を放り出して、楽しそうに海で遊んでいるし、マニュフェルノさえも水着に着替えてしまっている。

リオラはそれを「冷たい」と感じたのかもしれない。

その間リオラだけは最初から最後までずっと、俺の傍らで見守ってくれていたのだろう。

半昆虫人(イノセクティアン)達がせっせと葬儀(・・)の準備を整えていく様に困惑しつつも、付き添ってくれていたのだ。

「リオ……」

「平気。だってググレくんは、このくらいのことじゃ死んだりしないもの」

俺が口を開きかけたその時、マニュフェルノが静かに、けれど力強く言った。それは「信じているから」とも聞き取れた。

「このぐらいって……。ぐぅ兄ぃさんは刺されて血が出て、痛いのに……、私を……かばってくれて」

リオラは栗色の瞳に涙を溜めて、困惑したように俺とマニュフェルノを交互に見た。

確かに以前の冒険では、これぐらいの怪我はよくあったことだ。それに治療が終われば安全な場所だとさえ確認できれば、あとは寝かせておくしかない。

マニュフェルノ、そしてレントミアやファリアにしてみれば、この島も半昆虫人(イノセクティアン)たちも、既に安全だと判断したのだろう。

それは阿吽の呼吸のようなものだが、けれどリオラにしてみれば、怪我人を治療したとはいえ俺をほったらかしておく事が、俄に信じられなかったのだろう。

けれど、リオラの話を聞いたマニュフェルノの唇が弧を描いた。

「微笑(そう)。リオは良い子。優しくて、強くて、だいすきよ!」

マニュフェルノは腕を広げると、リオラをぎゅっと思い切り抱きしめた。胸の谷間にリオラの顔が埋まり「もふ!?」と目を丸くする。

すりすりと頭を撫で、頬にちゅっちゅする。

「もー! マニュ姉ぇやめてくださいいい!」

「興奮。ハァハァ、漲ってきますね、ググレくんの気持ちもわかります?」

「きゃ、あはは」

良いマニュなのかダメなマニュなのか、既によくわからないが、2人は何事も無かったかのように笑う。

「な、なにしてんのリオ?」

「まぁ、相互理解を深めている最中さ」

「ふぅん?」

イオラが妹と同じ色の瞳を瞬かせた。

マニュフェルノが語った話によると、俺はあれから2時間ほど寝ていたらしかった。

ファリアやレントミアは俺を心配していたが、マニュフェルノの治療が終わったことを確認すると、「なら、もう大丈夫」と、さっさと休息に入ったらしい。

イオラが手に半昆虫人(イノセクティアン)達が運んで来た果物を持っていた。

「リオ、これ食べられるかなぁ?」

「え? イ、イオ? いきなり食べないでよ!?」

イオラの様子にリオラが慌てふためく。腹ペコなイオラは、俺の周りに並べられていた沢山の果物の一つを持ち上げて、まじまじと眺めたり匂いをかいだりしている。

確かに言われてみればもう昼杉で、何も食べていない皆も空腹のはずだ。

「どれ、見てみるよ」

検索魔法(グゴール)画像検索(ガゾン)で果物を照合してみる。答えはすぐに現れた。形や色は違えどもグァバにマンゴーに、パパイヤと、どれも南国の島で取れるフルーツで、マリノセレーゼの市場でも売られているものばかりだ。

中には、高級な果物と珍重されるものまで混じっている。

これらは全て、俺が死んだと思い込んでいた半昆虫人(イノセクティアン)達が悲しみ、森で集めた果物や花を沢山並べてくれたものらしい。

半昆虫人(イノセクティアン)達にもこうして死を悼む文化や、気持ちがある事に驚く。

どうやらイオラ達は「半昆虫人(イノセクティアン)達がお見舞いで持って来てくれたんだな」ぐらいに思っていたようだが、実はラーナ姫が俺が死んだと勘違いしたままコロちゃんにその事を話してしまったことで生じた誤解らしかった。

まぁ笑い話で済んだことだし、食料も手に入ったわけだが……。

「全部、安心して食べられる果物ばかりだ。みんなで昼飯にしようじゃないか!」

「はいっ! じゃ、私みんなを呼んできますね!」

リオラが砂浜の方に駆け出していった。

マニュフェルノに薦められて、オレンジ色の太陽のような可愛らしいヒラヒラのついた水着を着ている。伸びやかな白い手足が眩しい。

だが俺は、そこで忘れていたことを思い出した。

――そうだ! 『ブルブル』それに……エルゴノート!

<つづく>