The elegant daily routine of sage Grecas - here we go with a lovely 'Sage Hall' life!
Sage VS Genius, Computation and Trump Cards
俺は遂に、仇敵キュベレリアと対峙していた。
氷に覆われていた七色砦は、「2つの太陽」による熱で融解し水滴を降らせ始めていた。白い魔法使いの背後では、氷の階段がゴゴ、ゴゴゴ……と、重々しい音を立てて崩れてゆく。
キュベレリアは貴族のような華美な衣装の上に、魔法使いのローブを羽織っているが、どれもが純白(・・)で金糸銀糸で縁取られた最高級品だ。
肌は白磁のようで血の気が無く、髪も銀色から更に色素を抜いた白。瞳だけが紫水晶のような禍々しい光を放っている。
「望みどおり……決着をつけようかキュベレリア」
俺は、肩まで達した呪いの痛みに耐えながら、ジリッと一歩踏み出した。胸ポケットに潜んでいる妖精メティウスも最後の力を温存しながら時を待つ。
高所から足場を失って落下したキュベレリアは、ゆっくりと立ち上がると、お得意の含み笑いをうかべた。
「フ……、フゥフフフ!」
前髪をかきあげて更に大声で笑う。
「……何がおかしい?」
「賢者ググレカァァス! 君はこの程度で僕に勝ったつもりでいるのかい? フゥフフ! ……まわりを良く見て『状況』を考えてご覧よ。それに手持ちの『カード』もね」
「カード、だと?」
俺はその言葉に眉をひそめた。
「まぁ、ルーデンスの狂戦士(・・・)に結界を破られ、肩に仕込んでおいた『戦闘用拡張魔法』を破壊されたのには流石に驚いたよ。計算外だった」
サーニャの想像を超えた爆発力により結界を破られ、破壊された左肩のパットからは今も湯気が濛々と立ち昇っている。
「賢者様! お一人では危ないです!」
サーニャが駆け寄ってきて、残り一本となった剣を抜き身構える。
「大丈夫、後方に下がっていてくれ」
「でも……」
「魔術の戦いは、不可視の力のぶつかりあいだ、もう……始まっている」
俺は相手から目線を外さずに言った。俺とキュベレリアとの間にで弾ける異様な緊張感を察したのか、サーニャが数歩下がる。
「わかりました」
「けれど、僕自身はまだ充分に魔法を使える余力(・・)がある。それに少し溶けてしまったが、ブリザード・ドラゴン・ゴーレム だって健在だ、わかるかい? フフフフ!」
白いローブを翻して、まるで見せ付けるかのように手で巨大なゴーレムを指し示す。おそらく、七色砦に仕込んだ「映像中継」の魔法を意識しての動きだろう。
チラリと向けた視線向こうでは、ファリア達が巨大なブリザード・ドラゴン・ゴーレムと対峙していた。
人工と本物、二つの太陽がキラキラと全身を覆う氷のウロコを輝かせている。
巨大な氷像のような白い竜は、既に輻射熱により全身からボタボタと雫が滴り落ち始めていた。とはいえ充分に危険な存在だ。
『キルキル……キル!』
「ブレスが来るぞ! 下がれ、間合いを取れ!」
ファリア達は今も巨大な竜の怪物を相手に必死で戦ってくれている。
「賢者ググレカス! このゲームはね、君への『チェックメイト』から始まった僕の勝利以外はあり得ない出来レースさ! ……あの時、ルーデンスの城で君を殺すことも出来たのだよ?」
「よく喋るな。……時間でも稼いでいるのか?」
「フフフ、察しがいい。……こちらにもいろいろ事情があるのさ。そう、七色砦(・・・)に含まれる鉱石の固有振動共鳴を使った、映像の全世界一斉配信(・・・・・・・)が整ったところで僕の完全勝利を見せないと、本国のお偉いさんが納得してくれなくてね。……わかってくれるかな? 僕の友人、ググレカス」
急に小声になり肩をすくめながら、理解しがたい表情で嘲(あざけ)る。
「……知るか。それと友ではない」
俺はキュベレリアの垂れ流した言葉を聞きながら、睨み返した。
こちらとしても、レントミアの人工太陽による魔力の消耗を誘う意味では、時間の引き延ばしは望むところだ。が、不確定過ぎる。
15メルテ離れた位置では、馬車『陸亀号(グランタートル)』の前で、鼻血の止まったイオラを先頭に、プラムとヘムペローザが身構えている。
「反面、そちらのカードはどうだい? 呪いを解くことさえ出来ず、死を目前にした『賢者』を筆頭に、魔法を使い果たしたハーフエルフ、そして消耗しきったルーデンスの戦士たち……! フフフ。何処に勝ち目がある? 無いだろう?」
「……それ以上、俺の仲間をカード等と呼ぶな! 殴りたくなる」
「おやおや! 魔法が使えないと人はそこまで野蛮になれるのか! フフフ!」
と、何処からとも無く馬車と馬の嘶きが聞こえてきた。振り替えって見ると、2頭立ての屋根の無い馬車が森を飛び出してこちらに向かってくる。
御者一人に乗客が二人。
どうやらそれも、キュベレリアが待っている「切り札」らしかった。
「フフフ! 来たか……!」
馬車の御者席では大柄な人物が馬を操っていた。それはモルハラームと呼ばれた恐ろしい呪詛を放つ魔法使い、神域極光衆(オーヴァ・オーラリア)の一翼を担う男だ。
つまり後ろに乗っているのは、火炎魔法の使い手 マダム・フリティーヌ、そしてキュベレリアの手下として暗躍を請け負っていたガリエル老だ。
――く、このタイミング……!
「おやぁ? ググレカス、君は今、もうダメだ、という顔をしたね? フゥフウウウ! そうさ、そのとおり! 戦力の差はもはや圧倒的! 無残にも仲間たちが死んでゆくのを……そこで泣き喚きながら見ているがいい!」
キュベレリアは両手に氷の刃をまとわせた。
極低温の氷のナイフは鋭く、突き刺さった箇所を氷結させる魔法術式も仕込んであると見ていい。
俺に、直接トドメを刺すつもりなのだ。
「呪いで死なれては、見ている全世界の魔法使いや、王侯貴族たちにどちらが最強か、伝わらないからね! 悪いが……君の心臓を貫かせてもらうよ」
「ふん……! やってみろ」
俺も身構える。
無論、魔法など使えない。
せめて心臓を貫かれた瞬間に、顔面に拳を叩き込む覚悟だ。
神域極光衆(オーヴァ・オーラリア)たちの乗る馬車が、イオラたちの居る馬車の前へと突っ込むように走りこみ、車輪を軋ませながら、停車した。
ザアッ! と三人は立ち上がると、黒いローブを振り払った。
「計画通りだな! すべて僕の計算どおりだ! ググレカスに破れた場合に、ルーデンスに捕まり、そして釈放されるまでの時間も過去の実績から割り出したとおり! 終結場所であるここへ来るまでの時間! タイミング! すべて僕の計算に狂いは無い! つまり、完全に約束された――勝利!」
キヒャァアアアア! と両手の氷の剣を高く掲げて愉悦に歪んだ顔を俺に向ける。
そして、神域極光衆(オーヴァ・オーラリア)に命じる。
「さぁ、殺れ! お前たち。今まで邪魔されてきた恨みを込めて、ググレカスの仲間を目の前で焼き殺せ! ルーデンスの戦士たちを呪いで黒く染め、生きたまま腐らせろ! さぁ!」
神域極光衆(オーヴァ・オーラリア)たちは何も答えない。
「……どうした! やれ! 殺レェエエエッ!」
キュベレリアが強く叫ぶ。
目を見開き歯をむき出しにして、天才とは程遠い猿のような形相で。
と、プラムが剣を抜き身構えるイオラの横から、トコトコと前に進み出た。
「プラム!? 逃げろ!」
気がつくと俺は無我夢中で叫んでいた。サーニャが地面を蹴り、イオラたちのほうへと向かう。
イオラもヘムペロも、レントミアもマニュフェルノも、今は逃げるしかない、と。
けれどプラムは、勇気を全身から振り絞るように唇をぎゅっと噛んで、そして叫ぶ。
「お爺さんに御姉さん、おぢさんも……! ググレさまをいぢめないでくださいーっ! 仲良く……仲良くしてほしいのですーっ!」
声は戦場に響き渡った。プラムは息をもう一度吸い込んで、続ける。
「お願いなのです……、ググレさまをこれ以上、痛くしないで……、いぢめないでくださいー……! かわりに、プラムが痛くなってもいいのですからー………」
両手を握り締め、ぽろぽろと涙をこぼしながら訴えた。最後がえぐえぐと嗚咽にかわるプラムの声に、誰もが息を飲んだ。
「プラム……!」
俺は駆け寄りたい衝動に駆られた。だが今は無理なのだ。
「ばっ! や、やめろプラム!」
イオラが慌てて制する。
「お願いなのですー……」
けれどプラムは止めない。涙を浮かべながらも願うように、祈るように叫ぶ。
「それでも、いぢめるなら……」
「おにょれ! そうにょ! ワシが相手にょ!」
「ええい! くそ! 俺もだ!」
ヘムペローザが叫ぶ。今にも倒れそうな顔をしているが、勇気を振り絞ってプラムの横に立つ。イオラも吹っ切れたように恐ろしい魔法使い達に対峙する。
「小ざかしい! ガキどもから始末してやるゥッフフぅ!」
キュベレリアは、右手に励起していた氷の刃を砕き、細かないくつもの氷のナイフへと変じさせた。
「――さがって! プラム、ヘムペロちゃん!」
「撤退。逃げてみんな!」
馬車からレントミアが飛び出して、応戦の構えを取り、マニュフェルノは二人を抱きかかえ馬車へと戻そうとした。
レントミアは俺に代わって、ここまであらゆる魔法を駆使し戦ってくれていた。そして、人工太陽の円環魔法(サイクロア)を励起した事で、魔法力はほとんど空のはずだ。
キュベレリアの、物理攻撃を伴う氷結魔法を今のレントミアでは防げないのだ。
「ボクだって……ググレを……一人でなんて戦わせない! 命を触媒にすれば……最後の魔法は使えるんだ!」
と、次の瞬間――。
盛大な爆炎が、白い魔法使いを包み込んだ。
真っ赤な火炎が炸裂し、俺は思わず体制を崩す。
「ぐっ!……うがぁああああ!? な、なにぃいっ!?」
炎に包まれたのは氷結の魔法使いキュベレリアだった。氷の刃はすべて消滅し、炎が全身を包んでいる。
――な、なにぃ!?
「フリティーヌ……きっ、貴様あぁああああ!?」
炎を氷の結界で耐火(レジスト)したキュベレリアが、怒りと混乱で血走った眼を、ギロリと馬車の上の女魔法使いに向けた。
「オホ!? オーホホ! あらやだ! アテクシ、賢者ググレカスにやられた時のダメージのせいかしら、手元が……狂いましてよ!?」
自分の手を見て、首を左右に振りながら慌てた様子で頭を抱える。
「まったく! ググレカスにやられたダメージなど……うおっとぉおおぁ!?」
御者席に居た呪詛使いのモルハラームが、俺に両手を差し向けて真っ黒な蝶の群れのような呪詛の塊を放つ。
けれど、それは俺の方向でも、プラムたちの居る方向でもなく、ぐねぐねと曲がりながら飛び、結局キュベレリアを直撃する。
「もっげぇえええええっ!?」
黒い奔流に飲み込まれ、吹き飛ばされる白い魔法使いは、右肩に残っていた熱源を全放出して呪詛を吹き飛ばした。
「ききッ、貴様らァアアッ! まさか裏切るのか!? 低脳のクソ虫が!」
「ヒヒイ!? めめめ、滅相も無い! 祖国を裏切るなど……! だが、我らの魔法はどうやら……賢者ググレカスにどうにかされてしまったようですじゃ!」
ガリエル老が持ち前の卑劣な言い回しで叫ぶ。
――あいつら……!
俺はそんな卑劣な魔法は掛けていない。呪文詠唱が出来なくなるシビレ毒は昨日で切れているはずだ。となれば、ルーデンスの最上級肉による買収(・・)が項を奏したか、あるいは……。
……我らにも誇りがある。幼子(おさなご)殺しの汚名だけは受け入れられぬ。
モルハラームの放った、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
――俺はまた、みんなに助けられたのか。
「まったく、酷いものですわ!」
「あぁ、最悪だ!」
フリーティンとモルハラームが互いに頷く。
「これでは、任務は無理ですじゃのぅ」
驚くほどに下手糞な芝居じみた声で、三人の神域極光衆(オーヴァ・オーラリア)は同時に腕を組むと、さも残念そうにガクリと首を曲げた。
そして、プラム達に片目をつぶる様子が、俺の位置からはっきり見えた。
「はわー……!」
ぱぁぁ、とプラムが笑顔を浮かべると、三人は同時にニッと微笑んで親指を立てて見せた。
無論、キュベレリアからは死角となる位置で。
「おおお、おのれ、おのれぇええええ! 賢者ググレカアアアアス!」
キュベレリアは、ブシュアアと両肩から怒りの白煙を噴出させながら地面を蹴ると、俺目掛けて一直線に向かってきた。
<つづく!>