「今日はもう日が暮れます、今夜は泊まっていかれるがよい。女子連れでは夜の旅は厳しかろうて」

「突然の訪問だというのに申し訳ない。お心遣い感謝します……!」

俺は竜人(ドラグゥン)達の長老の暖かな言葉に恐縮し、マニュフェルノと顔を見合わせて頷いた。

ここは、かつて訪れた事のある長老の家の大広間だ。

「なぁに、構わぬよ。むしろ大歓迎じゃ! この村を救ってくれた英雄が、今度はわれらの神をも救ってくだすったのじゃ。それに、アネミィが手紙を出したとは聞いておったからの」

竜人(ドラグゥン)たちの長老は、温厚な笑みを浮かべると、女達に夕食の準備を指示した。

ちなみに女達というのは竜人の女性の他に、彼らと共存している半昆虫人(イノセクティアン)、カブトムシ怪人のメスも含まれている。

以前、樹液酒を勧められるがままに飲み、意識を失ってしまった嫌な思い出が脳裏を掠める。

あかちゃんが生まれましたと、手紙には添えられていたが、天に誓って俺のじゃない。

(手紙にはちゃんと「カブ子とカブ太との間に生まれた、と書いてあったしな)

「ありがとうございます。では……一晩だけお言葉に甘えさせて頂きます」

「賢者ググレカス、ここが竜人たちの村なのですね」

メティウスが瞳を耀かせる。

「そうかメティウスは初めてだものな」

「驚きましたわ! 伝説の種族がこんなに……!」

「真竜に竜人(ドラグゥン)、世界にはまだまだ隠された神秘があるってことさ」

「やっぱり賢者ググレカスといると毎日がドキドキですわ」

メティウスが竜人たちに挨拶をしてまわっている。彼らにとっても妖精は珍しいのかか、なり驚いて歓迎されているようだ。

「安堵。よかった、森の中で野宿しなくてすみそうね」

「これもマニュフェルノがいたからさ」

「微笑。また求婚されちゃうわ」

くすくすと照れ笑いを浮かべるマニュフェルノ。

だいぶ前の話になるが、この「竜人(ドラグゥン)の里」を訪れた際、マニュフェルノは傷ついた大勢の竜人たちを癒した。

そのあとマニュフェルノは竜人たちの大歓迎を受け、結婚を申し込む若い竜人まで出る始末だった。

今回はそれに輪をかけて、彼らの神とさえ呼べる「真竜(ハイ・ドラゴン)、アイアハイム・リ・ユーグリア」を治療したのだ。

マニュフェルノは竜人(ドラグゥン)たちにとって、まさしく女神様のような存在になりつつあるようだ。

今も大広間の入り口には、若い衆が押しかけて「女神」を一目見ようと騒いでいる。

「引退。この村でシャーマンとして暮らしてもいいかも」

「って、何から引退するんだ?」

「作家。同人作家からです」

「いや……その、引退したら、お、俺が引き取るから」

「赤面。冗談なのに、もう」

マニュフェルノがメガネを指先でくいっと持ち上げる。

どうやら俺のマネらしいが、なんだか可愛い。

というか、今夜は遂に邪魔されずに二人きりになれるんじゃないか!?

むふー。と思わず鼻息が荒くなるが、メガネを持ち上げて誤魔化す。

「け、賢者様、おお、俺は……ここ、ここにいて大丈夫でしょうか?」

セカンディアが身体を震わせながら、俺に擦り寄って耳打ちをした。

「えいいくっくつな。うーん、まぁ許してもらえたんだし、大丈夫だろう?」

「いや、明らかに殺意を感じるんですが……」

見れば、幾人かの竜人からセカンディアは鋭い視線を向けられている。やはり真竜(ハイ・ドラゴン)の角を折ったという悪評は轟いているようだ。

一応、同行してくれたドラゴンライダーの翼竜(ワイバーン)使いたちが、事の顛末を説明し真竜が許し、事は丸く収まっていると伝えてくれたようだが、彼らにとっては割り切れない複雑な感情もあるだろう。

まぁセカンディアには引き続き、謙虚に自重願うしかなさそうだ。

「よし、では一つ策(・)を授けよう」

「それはどんな!?」

「エプロンを生かすのさ。今から晩飯の準備をしてくれるそうだが、それを手伝うんだ」

「お、おぉ!」

女達の評判が上がれば、自然と男たちも認めざるをえなくなる。

世の中とはそういうものだ。

「だが、くれぐれもクワガタとかカブト女子に手を出すんじゃないぞ」

「だ、だしませんけど!?」

そう言うとセカンディアは近くに居た竜人に話をして、台所へと消えていった。

まぁ、あいつもコミュ力はかなり高いのだから大丈夫だろう。

大広間の向こうでは、竜人の子供たち4、5人に混じり、プラムとヘムペローザが楽しそうにおしゃべりをしていた。

床に座り込んで、皆でお菓子(木の実を炒った物らしい)をつまみながらの会話だ。

子供同士、久しぶりの再会にいろいろな話題で盛り上がっているようだ。

「アネミィちゃん、翼、大きくなったのですねー!?」

赤毛の髪の毛はプラムと殆ど同じだが、姿は幼いながらも竜の人そのものだ。

野生的な顔つきに背中から生えた竜の羽。

民族系の衣装で身体を包んでいるが、手足の側面には桃色を帯びたウロコが見える。

「えへへ、羽、まだ役に立たないけどね」

「えー? かっこいいのですしー。プラムのはもう大きくならないのですよー」

「そうなの?」

「ググレさまと同じになったのですしー!」

「プラムにょ、誤解を与えるように言うでないにょ! 同じ人間になった、であろうがにょ」

あははと笑い声が響く。

プラムは背中に小さな羽根の痕跡が今も残っているが、それもやがて小さくなり消えてしまうだろう。

竜人の血を引く証はそれでも身体の中に眠っているのだが。

「安堵。プラムちゃんも友達に会えてよかったね」

「あぁ、どうせ来るつもりだったし、手間が省けたと思えばいい」

百人ほどは入りそうな部屋は、床も柱も全てが木材で作られていて、靴を脱ぎ、床に座り込むようにしてくつろげるので、どこかホッとする感じがする。

と、マニュと二人で壁にもたれかかって座りながら、お茶をすすってのんびりしていると、大事な事を思い出した。

「あ! そうだ! ファリアにセカンディアの事を伝えねば! レントミアにも」

「忘却。それ忘れちゃダメですね。みんな心配しているよ」

「だな」

慌てて戦術情報表示(タクティクス)を展開し、通話系の術式を選び出す。

まずは館にいるレントミアの銀の指輪と、リオラのペンダントに通話を入れ「上手くいったが、時間が遅いので竜人たちの里に泊まる」と伝えた。

向こうは明日から始まる謝肉祭に関する話題で盛り上がっているようで、なんでもいろいろなイベントに参加して楽しむつもりのようだ。

明日から三日間の謝肉祭が楽しみで、今回の旅を締めくくるイベントになりそうだ。

「さて、王家(・・)にも伝えておくか」

ファリアの金の腕輪に通信を繋げ呼びかける。

「ファリア、聞こえるか?」

『――ググレカス! あぁ! よかった! 聞こえるぞ! ッゴホゴホ』

ファリアの喜び慌てた声が聞こえてきた。

「お、おい大丈夫か?」

『すまん、晩飯を食べていてな。どうした!? 援軍が必要かよしわかった!』

「いいから落ち着けよ! 全部おわった、もう大丈夫だ」

『大丈夫……それはつまり』

「真竜の治癒も終わった。セカンディアの事も許してくれたよ」

『お、ぉおお! そうか! 凄い! あ、ありがとう、本当に! 本当に感謝するググレ……』

ファリアが少し涙ぐんでいるようにも聞こえた。

背後ではサーニャやフォンディーヌ、四女フィリーナの声も聞こえてくる。

「今は竜人、ドラグゥンたちの里にいる。もう時間も遅いから夜間飛行は危険だと、泊まらせてもらう事にしたよ」

『あぁ、わかった! 王にも皆にも伝えておく!』

「明日の謝肉祭、楽しみにしているぞ」

『はは、ググレも参加してくれるのか?』

ルーデンスの男は常に戦い、激しく競い合う。そして強いものしか生き残れない……という若干誇張された逸話を思い出す。

そんな修羅たちの祭りに参加したら身体とメガネがバラバラになりそうだ。

「はは、まぁ読書感想文対決とかなら考えてみるよ」

『相変わらずだなお前は。…………その、ググレカス、あの』

「なんだ? 何か、あったのか? ファリア」

何かを言いたような、そんな声色。俺は静かにゆっくりと問いかけて待った。

背後で「お姉ちゃん言っちゃいなさいよー!」とか聞こえるが、何をだ?

『い、いや……! その、良かった。嬉しい……。うん、嬉しくてな』

それは心の底から安堵したような、静かな囁きのような言葉だった。

「そうだな俺も嬉しいよ。ありがとうよ」

『ばっ!? こちらこそだ。帰ってきたら……たっぷりと礼をさせてもらうからな!』

「何でケンカ腰なんだよ……」

いつものファリアの調子に、思わず笑みがこぼれる。

『ハハ。竜人たちにもよろしくな。皆も無事なんだよな?』

「無論だ。プラムはむしろ大喜びさ、セカンディアは竜人たちと夕飯の支度、メティウスは珍しがられて大人気。あとマニュフェルノも……」

「宿泊。今夜はなんだかゆっくりできそうです」

マニュフェルノが横から言った。

『――そ、そうか! うむ、では……明日な!』

「あぁ、また!」

底で通信は終えた。

俺は全てをやり終えた満足感と安堵に、うーんと伸びをした。

「いやぁ、明日は祭りが楽しみだな」

「微笑。そうね……」

ぽす、とマニュフェルノが肩に頭を乗せてきた。

俺は照れながらも手を握り、ほんのりとした時間を過ごす。

長く苦しかった戦いも、こういう時間があればこそ耐えてゆけるのだろう。

ドタドタと竜人の若者たちが「供物」をもって雪崩れ込んできた。

「うぉお! われらが女神!」

「女神をかけて我らと勝負を所望する!」

「メガネ賢者ググレカス! 女神を是非とも我らに! 我ら伝統の決闘、『人生ゲェム』で勝負を所望する」

数人の若者たちが、大きなタペストリーを床に広げ、馬車のオモチャと人形を並べる。どうやら人生をシュミレートする「すごろく」のようなゲームらしい。

これでどちらが幸せに出来るか勝負というわけか。

「困惑。どうしよう、ググレくん!?」

「あぁ……やれやれだ。だが……! ゲームなら、負けんぞ!」

俺はメガネを持ち上げると、竜人たちとの勝負の輪へと飛び込んでいった。

<激闘のルーデンス (竜撃羅刹の系譜 編) 了>